最弱悪役令嬢に捧ぐ

クロタ

文字の大きさ
42 / 59

第42話 オアシス

しおりを挟む
「水だ……水だぞ!! みんな!!」
 フェール団長の声に、ワッと大きな歓声が上がる。
 それは、この十日間誰もが待ち望んだ光景だった。
 アルカ王国から出国して二十日目——砂漠地帯を十日間移動した末に辿り着いたオアシスが、俺たちの目の前に広がっていた。


「リト、身体を洗うくらい自分で出来ますわ」
「何を今更恥じらっていらっしゃるんです。お嬢様のお身体を洗うのは、私の役目じゃないですか」
「それは……そうですけれど……」

 メイドのリトの言うことはもっともだ。
 メンブルムの屋敷でも、学園の寮でも、俺——フィリアの湯浴みの世話はリトの仕事だ。

 しかし今は状況がまったく違う。
 裸、裸、裸、裸、裸………。
 湯気のないクッキリとした視界に、裸の女性たちがいっぱいいる。
 あー、もうっ!! 俺には刺激が強過ぎるんだよ!!
 何でこんな嬉し恥ずかしい状況になったかというと———

 俺たちはオアシスを発見後、飲料水を確保してから、女性陣が先に水浴びすることになった。
 男性陣はその間、周囲の警備にあたっている。
 魔物に対する見張りがいるとは言え、身分どおり順番に入っている時間的余裕はない。

 この世界は王侯貴族という身分差は存在するが、もともとわりと緩い。
 魔物という脅威のために、「力こそ正義」な実力主義傾向にあるからだ。
 魔物討伐の成果で、平民から成り上がった貴族も珍しくはない。
 そこで今回は身分差関係なく効率重視で、あっさりと同性同士一緒に水浴びすることになってしまった———

「は~、ササP……いえ、クレアさんがこの場にいたら、絶対はしゃいでいたでしょうね」
 チラチラ視界に映る女体から気を逸らすべく、違う話題をリトに振ってみた。
「そうですね。クレア様はお嬢様はもちろんのこと、男性より女性がお好きな方ですから。性的な意味で」
 有能メイドに色々見破られてるぞ、ササP。

「……クレアさん、少しは回復したでしょうか……」
「私の口からは何とも——」
 出国前に見たササPの、包帯だらけの痛々しい姿を思い出す。
 ササPを襲った犯人は誰か———二十日以上経った今も目星はついていないらしい。

「早く、元気になった姿を拝見したいですわ……」
「私もです。お嬢様」
 ふわりと背後からリトに抱きしめられる。
「リトっ!?」
「クレアさんの前に、お嬢様が元気でいないといけません」
「リト………」

 こんな時でもジト目メイドはエプロンを装着している。
 全裸よりマシだが、湖水浴の時と違って今日は正しく『裸エプロン』である。
 大き過ぎず小さ過ぎない彼女の胸が、一枚の布越しに無意識かわざとか、フニフニと緩急つけて押し付けられる。

「元気になりました? お嬢様」
「リト~っっ」
 あ、コレわざとだ。
 俺も彼女に嗜好を見破られてるのかもしんない。

「あら、フィリア様じゃございませんの」

 突然どこかのご令嬢が、お付きのメイドと取り巻きのご令嬢たちを従えて、俺の前に堂々と立ち塞がった。
 最近こういうのご無沙汰だと思ったら、よりによってこんな場面で絡んでこなくても……。
 俺はガン見したいという本能を抑えつけ、サッと視線を逸らした。

 それを敵前逃亡と見做したのか、不敵に笑うご令嬢はさらに俺に近づき、屈み込んだ。見えるから! 揺れてるの見えるから!!

「フィリア様は後方にいらっしゃるから、今までご挨拶出来ず、失礼しましたわ」
「いいえ、お構いなく。貴女たちは遠征において重要な戦力ですもの。前線におられるのに、余計な気遣いは不要ですわ」
「まあ、フィリア様は寛大でいらっしゃること! ……そのお心の広さが、お身体に反映されれば宜しかったのにねえ」
 ご令嬢はジロジロと俺の身体を見て、取り巻き連中とクスクス嗤っている。
 え、何、オッパイ格差でマウント取られてるの? 俺!?

 フィリアを侮られることは悔しいが、ここで俺が微乳の素晴らしさについて反論しても、危ない痛いヤツになってしまう。
 さて、どうしたものか———と思っていたら、背後のリトがスクッと立ち上がった。

「ご歓談のところ申し訳ありませんが、一言よろしいでしょうか」
「リト……?」
「皆様の曲線美は確かに素晴らしいものです。ですが———」

 前置きもなく背後からリトに羽交い締めにされ、一糸纏わぬ姿を観衆に見せつけるように立たされた。

「き、きゃああああああっっ!! ちょっと、リト!!」

 俺の抗議などどこ吹く風で、彼女はますます俺の胸を反らせる。
 ここにいるのは女性だけとはいえ、全身丸見えなのが恥ずかし過ぎる!

「高山しか景勝地と認めないのは如何なものでしょうか。形やその大小にかかわらず、丘や平地にも素晴らしい景色はいくらでもあるはずです」
「えーと、何の話ですの、リト」
「暗喩です。文脈で察してください、お嬢様。あと口を挟まない」
「え~……」

 リトがこほんと勿体ぶって咳払いをする。
「良いですか、皆様。フィリアお嬢様の起伏の少ない、このなだらかな肢体こそ至高であると———私は言いたいのです」
「リト………」

 俺を精一杯擁護してくれる、リトの気持ちは素直に嬉しい。
 でもな、その方法が斬新過ぎてみんなポカンとしてるから、ついてこれないから。あといい加減、晒し者みたいなこの体勢、やめてください、ホントに。

「なになに~、喧嘩してるの~? みんな仲間なんだから、暴力はダメだよ☆」

 この場で一番マウントをとれるラティオが、空気を読まず、たゆんたゆんと割り込んできた。圧倒的強者の出現に、嫌味令嬢たちも言葉を無くす。
 リトはああ言ってくれたけど悲しいかな、胸に関してはボリュームこそ大衆の正義なんだよなあ……。

「さっき悲鳴が聞こえたようだが、大丈夫か?」
「ディエス殿下!?」

 ぬっと木陰から最悪のタイミングでディエスが顔を覗かせた。
 悲鳴って———俺のせいか!?

「きゃあああ! 殿方は出て行ってください!!」
「ご、ごめん、殿下がどうしても様子を見るって聞かなくって」
「殿下、戻りますよ! フィリア様は無事なんですから!」
 女性陣の当然の抗議に、カロルがこちらを見ないように謝罪し、グランスが真っ赤な顔でチラ見しつつも、ディエスを戻そうと引っ張っている。
 その背後には騒ぎに便乗した、下心満載な男どもがワラワラと控えていた。

 当のディエスはというと、全裸の俺を頭から爪先まで眺めたら、
「怪我はないようだな。失礼した」
 と、さっさと行ってしまった。

「お嬢様の素晴らしい身体を見て、動揺も赤面もしないなんて……本当に失礼しちゃいますね」
 リトの意見には同意するが、現在進行形で俺に最大級の失礼をかましているジト目メイドに言われたくない。

 ドゥゥンッ!!

「!?」

 地面が揺れたと思ったら、未練がましくその場に残っていた男性陣が、何故か全員倒れ伏していた。

「やあ、ごめんね、うるさくして。この下心ありありの男どもは、僕が片しておくから安心してね。殿下に乗じて覗きなんて、まったくどうしようもないよね…………うん、この絶景をずうっと眺めていたい気持ちはよーく分かるけど」
「シルワ先生☆」
「何かな、ラティオ先生。え、ちょっと怒ってる?」
「察しが良くて何より。堂々とジロジロ見ているあなたも排除対象なのですよ~、爆散っっ!!」
 ひえっ、我が国の主戦力を粉微塵にするつもりか!?

「お嬢様、コレを!」
 リトが何故か持ち込んでいた魔具の杖が、俺に素早く手渡された。

「えいっ!」
 ラティオの魔法が発動される前に、杖による防犯機能で魔力を吸い込むことに成功した。
 彼女はシルワを粛清し損ねて残念そうな顔をしたが、せっかくのオアシスだ。
 血みどろの事件現場になるのを回避出来て、俺はホッとする。


 ———余談だが、オアシスでリフレッシュした後、シルワ先生が俺に、
「僕はフィリア嬢の真っ平らな胸も可愛らしくて好きだよ」
 と堂々とセクハラしてきたので、サクッとラティオ先生にチクっておいた。
 その後彼の悲鳴が聞こえたような気もするが、俺はもう知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...