白き時を越えて

蒼(あお)

文字の大きさ
8 / 179
第1章:屋上にて

しおりを挟む
「おい、千春。勝手に話を進めるな。
 しかも、相手が誤解しそうな言い方をしている」

先生が星川さんに言った。

「え、誤解?」
星川さんはきょとんとしている。

「今の言い方だと、まるで今すぐにでも
 穴の向こうへ行けるような
 気がしてしまうだろう。だが違う。
 最低でも半日は時間が要る」
先生は渋い顔をした。

「え、そうだったの?」
「……知らなかったのか」
「知るわけないじゃん。
 私、そっちの仕事はしたことないし」
「……それもそうか」
やれやれ、という呟きが聞こえる。

「とりあえず、貴女は教室に戻るといい」
先生が、私の方を向いて言った。
「……言われなくても」
私だって、サボりになるつもりはない。
居づらい教室だけど、
私が勉強できる場所はあそこしかない。

私は今度こそ、立ち去ろうとした。

「……時丘さん」
戻れと言った人が、私を呼び止める。

「なんですか。まだ話が?」

「話……という程のことではないのだが……」
先生は、少し視線を逸らして。
「俺の名前は、柊 冬紀と言う。
 嫌でなければ、覚えて欲しい」

知ってるよ。
さっき、他の子が『柊先生』って言ってたし
自分でも『柊 冬紀』って言ってたし
星川さんはこの人のことを『柊!』って
呼び捨てにしてるし。

「はぁ。じゃあ、柊先生でいいですよね」
別に“先生”でいいのではないのか。
どうして、担任でも教科担任でもない先生の名前を
覚えなくてはならないのだ。

「いや、その……“先生”とは違うんだ、俺は。
 だから……」
「…………?」

「つまりね」
どうにもならない空気を
どうにかしようと思ったのか、
星川さんが話に割り込んできた。

「柊は、アンタに“柊さん”って
 呼んで欲しいって言ってるんだよ」
何故か、星川さんはニヤニヤしている。

「な、別に強要している訳では……」
「あ~、もしかして“冬紀さん”が良かった?
 さすがにいきなりそれは無理だわー。
 図々しいにも程があるわー」
星川さんは、慌てている先生をからかって
遊んでいるようだ。


「柊……さん?」

ほぼ初対面の先生に
これはないと思うのだが、
もしかすると、この人なりに
生徒と仲良くしようと
しているだけかもしれない。

方向性を間違えている気がするが
確かに最近の学生は
先生を敬わないし、友達のように話す。

いや、それが彼らなりの
敬い方なのかも知れないが
私にはよくわからない。

しかし分からないという事実が
相手を否定する理由にはならない。
それは、私の都合だ。

この先生がそれを望むのなら
応えてあげるのも学生のすべきこと
なのかもしれない。

「おおっ、おおお! まさかの!」
この話に関係ないはずの星川さんの
テンションが妙に高い。

「ありがとう」
先生は、少し嬉しそうだ。

「でもねぇ、柊」
「……なんだ」
「賛成できんわ。
 この子の立場ってもんがあるでしょ。
 アンタは、この子にとって別柊。
 この子も、アンタにとって別華菜ちゃん。
 お互い迷惑かけたら、駄目でしょ?」

星川さんの言う“別”って何だろう?
屋上に来た時も、
『別柊』と口走っていた気がする。

「それも……そうか」
先生はため息をついた。
何に納得したのか、よくわからないけれど。

「まぁ、だからしばらくは
 “先生”か“柊先生”でいいんじゃない?
 こいつの言ったことは忘れて、さ」
星川さんが、肘で先生を小突いた。

「うむ」
「ま、どっちにしろ……
 近いうちに、アンタは
 この柊のことを“先生”と思わなくなるだろね」
……そんなことは、無いと思うけどな。

「時間を取らせて悪かった。
 もう呼び止めない。行ってくれ」
「はい」

私は、遅刻の言い訳を考えながら
教室に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...