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第5章:それぞれの選択
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海の底の時は静かに流れていった。
本当に、この世界は崩壊なんてするのだろうか。
私と綾の未来を変える方法は
やっぱり見つからないみたいで、
皆さんのお手伝いをする日々は
日常のような気がするようになってきていた。
私は、綾を先に行かせて、
今日はひとりで部屋にいた。
少し、考えたいことがあったからだ。
「華菜ちゃーん? ちょっといいかい」
しかしひとりの時間はそう長くなく、
空山さんが、訪ねてきた。
私は部屋のロックを外すキー操作をした。
どうも私は機械物全般が苦手らしく
今のも千秋さんと綾に教えてもらった操作を
丸暗記しただけの動きだ。
「何ですか?」
「…………」
空山さんは私の顔をまじまじと見る。
「……うん。落ち込んで
部屋にこもってる…って顔じゃないな。
やっぱり……今しかないな」
「……?」
「華菜ちゃん、落ち着いて聞いて欲しい。
俺からの、ふたつの話を」
「……ふたつ?」
「ああ、ふたつだ」
空山さんは部屋の中に入ってきて、
椅子に座った。
仕方がないので、私はベッドに座り
ふたりは対面する。
「俺は、繰り返される事象を否定することは……
回避しようとすることは
この問題の解決には繋がらない気がしてきた」
「あの、もう少しわかりやすく。
何が繰り返されて、何を否定していたのか
教えてください。
でないと私には意味がわかりません」
「お、おう……? ごめん。わかった」
私が明確に、何を知りたいのか
聞き返したのがそんなに意外だったのか、
空山さんは少し驚いている。
……文系を甘く見ないでよね。
よく喋るけど話がうまくない体育会系の子の
楽しい話や悩みの話を、
私はずーっと聞いてきたんだから。
――空山さんは語った。
柊さんが、なぜ私にあんな態度を取るのか。
そして……私と綾をこの世界に逃がしても
別の私と綾が辿った道は
繰り返されているのではないか……と。
「つまり、別の世界でのこととはいえ……
似たようなことが起こらないよう、
その現実を否定して、
防いだり逆にしたりしても、無駄かも知れない、と?」
「無駄ではないかも知れない。
でも、最後を変えられなければ……
俺たちにとっては、ほとんど、意味がない」
「…………」
最後。
それはきっと、綾が失踪し私が死ぬことだろう。
「それで、ここからが本題なんだけど」
「柊以外は知ってるんだ。
誰が、あんなことをしたのか……」
“あんなこと”?
……ああ、多分あのことか…。
でも、確認はしておいた方がいいよね。
「私の死体が、
送りつけられてきたっていう事件ですね」
「う。……は、はっきり言うね、君」
「初めこそ驚きましたが、
今はあまり気にしていません。
……その犯人を、ご存じだと?」
私も実は、少しだけ予想していた。
全く無関係な人間が、
そんなことをするはずがないもの。
「…………。綾、ちゃんなんだ。
勿論あの子じゃない。
君が死んだ世界のあの子だ」
「…続けてください」
あり得なくはない。
柊さんと“私”の接点があれだけしかない状態で
見知らぬ別世界の住人である私に目を付けようと
考える人間は少ないだろう。
汚染された地上から
私をわざわざ回収する危険を冒してまで
柊さんに嫌がらせをする必要もない。
逆に最初から柊さん恨みを持っていて、
恨みを晴らすために私を使おうと考えることが
出来る人間も少ない。
だとすれば……やったのは、
私に関係のある人物ということになってしまう。
もし、その世界でも、
私と綾は無二の親友という関係だったなら……。
突飛で、しかも綾に失礼な考え方だが、
友達の少ない私だからこそ
そういう可能性が否定できないのだ。
でも、私は信じている。
そんなことをするのは“別の綾”で、
私の知っている綾ではないと。
たとえ将来、性格が暗くなる可能性を
持っていたとしても……
綾の失踪が前倒しになって起こっている今、
そうなる可能性は低いと……。
「柊は君のことしか考えていないから、
気づかなかったんだろう。
だが、俺たちは気づいてしまった」
「…………」
「違う君は多分、綾ちゃんに全て話した。
柊がどこから来たのか。
どうすれば会えるのか」
「……あの人が、自分の素性を
自分から話すようには…見えませんけど」
屋上での一件すら、
過去の事象の否定だったというのなら……
あの人は自分からは
本当に何も言わない、ということになる。
「ああ、そうだ。
君が突き止めたんだ。
厳密には…倒れていた柊が落とした
安全装置の中を見たんだと思う」
言いながら、空山さんは自分の制服の袖をまくる。
左腕には、重そうな機械の腕輪に……
USBスティックのようなものが差し込んであった。
「……は? なんですか、これ」
さすがの私も驚いた。
安全装置……とか言っていたが、
何故そこにUSBのメモリスティック?
「並行世界であるが故のおかしさ、と
でも言えばいいのかな。
俺たちの世界では、この形状のものを
こういう風に使うことにしたらしい。
君たちの世界では、
データを記録するのに使うらしいね?」
「はい」
「これを一般人が気楽に扱うらしいってだけで
俺達からすると、不思議な感覚なんだけど
きっと君も、俺のこれに何か感じているんだろう」
ええ、感じていますとも。
私の世界では、重要な情報を
そんなものに入れるなんて考えられないよ……。
「この中には、自分の位置情報を知らせる
信号のプログラムとか
俺たちにとって便利なデータが
たくさん入っている」
データの入れ物である点は同じだが、
用途が違うようだ。
「そんなに便利なら、千春さんや千秋さんにも
持たせてあげた方がいいんじゃ?
千春さんは一度、時に飲まれたんでしょう?」
「あぁー…ここに残ってる奴のスキルじゃ
ちゃんとしたのは作れないんだよ、これ。
この基地を貰ったときも柊は死んだことになってたし
俺もこれだけは返却するよう言われた。
ここにあるこれは、
ちあちゃんが内部データのコピーを取って
俺と相談しながら我流でプログラムを仕込んだ、
まぁ、その……結構適当なものなんだ。
中身は暗号だらけだから、
正しく設定できないって言えばいいかな。
実際、誤作動もかなりするし。
とにかく他の人に使わせる気にはなれない」
時に飲まれ慣れている空山さんにしか
使えない装置、か……。
「君は柊の……これの中身を見たんだろう。
並行世界ゆえの事故か……
おそらく、あちらの世界の機械でも
これの中身を見ることが出来たんだろう。
そしてあいつが、時を越えた存在だと知った。
この先は推測になるが、
君はデータの中身は分かったが、
装置の使い方までは分からなかったんだと思う」
「…………」
多分、そうだろう。
違う私も、英語が苦手だったのなら。
「だが装置の本質を知った君は、
失踪した綾ちゃんを見つけることには
成功するんだ。これは、観測した。間違いない。
泣きながら抱き合っていた」
そういえば、その気になれば
別の世界の人の生活を覗けるんだっけ……。
「でも、それならどうして……
柊さんや皆さんはそっちの私を
助けようとしないんですか?
どうして、別の“私”なんですか?」
「…………。
柊が“君”を見つけたのは偶然なんだ。
だから、任務中にそのまま姿を消したんだと思う。
そして……俺たちが観測した過去も、
柊が行った世界だとは限らないんだよ」
「ただ、すごく似ているというだけで」
「綾ちゃんが失踪する、
それは今のところ変わらないことだけど……
その世界の華菜ちゃんは、
柊とは会わなかったかもしれない。
違う方法で綾ちゃんを見つけたのかも知れない。
そこまでは、わからないんだ」
「あまり詳しく知ろうとすると、
俺たちがその世界に干渉しなきゃならないから
結局、未来の世界を増やしてしまうだけ。
無限のように世界が増え続けることを
俺たちは否定しないことにしているけど
無闇に増やしていいとも思っていない」
「歴史を変えたくないのなら、
ただ、見てみることくらいしか…できない」
ああ、だから“観測”って言ったのか。
「…………」
「そういう話なら、ちょっとわかります。
でも、だとすると
私が死んだ理由は、綾の失踪のせいではないですね」
「恐らく」
空山さんはゆっくりと頷いた。
「そして君は、綾ちゃんに相談する。
誰よりも信頼できる友達に。
読み解くのが得意な君と
飲み込みの早い綾ちゃんの力が合わさったとき……
使い方の方まで、分かってしまったんだろう」
しばらく、私たちは沈黙した。
「…………。確認しますけど
死んだ私って当然…
中毒死じゃなかったんですよね?
だからそういう予想をするんですよね?」
「あ、ああ。よく分かったね」
「つまり私が死んだのは、
この世界の地表なんかじゃなく。
自分の世界で過労死したってことですか」
別の私が死んだ場所を告げるとき、
千春さんの態度が少しおかしかった。
あれは、綾と私に嘘を言ったときの
千秋さんと似ていた。
「君の……その、最後の寝顔は…
綺麗なものだった。
それだけじゃ、予想をそれ以上
確信に近づけることはできなかったんだけど」
死に顔、ってはっきり言ってくれてもいいけど……
まぁいいか。
「最近、柊に聞いた話で俺はなんとなく気づいた。
別の君は既にひどく疲れていて
結局、休む間も無かったんだろう……と」
「それで、そのまま人知れず死んだんですか。
不器用なところは一緒なんですね、
私と、その私」
「き、君が不器用かどうかは俺は知らないけど……」
「…………。
俺やちあちゃんは、仕事の覚えが早い綾ちゃんを見て
内心、怯えていた。
これほどまでの能力を持つ子なら、
別の世界からこの世界の技術を使うことも
不可能じゃなかったんだろうな、と」
「微笑ましい片思いの話も
当人の死と共に切ない悲劇に変わり、
良き友は親友を失い鬼となった……と?」
「……は?」
「その綾も良い子だったけど、
勢いだけでやっちゃったんじゃないかな、
……って言ったんです」
「…あぁ。俺たちもそう予想してる」
「なまじ、やり方を知ってるから。
疲れてる恋人の傍にいることも出来ないのか、
このやろー! ……みたいなノリかもしれませんね」
「へ?」
「もし、その綾が私の知る綾と似てるなら」
私は少し笑った。
不謹慎だとは分かっていたけど、笑ってしまった。
私が自分が死ぬ側だからだろう、
相手に思いやって欲しいと思うほどは
深刻な気持ちにはならない。
もっと気楽に話してもらってもいいのに、と
感じるほどだ。
「いや! 少なくとも君は似てないらしい。
その……そこまで慎ましやかではない
らしかったというか……」
素直に「大人しい」とか「引っ込み思案」とか
「内気」とか言えばいいのに……
変な気の回し方をする人だなぁ。
「たいした誤差じゃないですよ。
思考回路が同じなら、追いつめられたときに
やってしまうことは、
似たようなことだと思います」
「そう……なのかな」
「それで、空山さんは
私にどうして欲しくてここに来たんですか?」
この人は、一番重要な本題を、
まだ言っていない気がする。
ふたつの話は終わったけれど、
結論が見えてこない。
空山さんは、一度大きく深呼吸をして。
それから少し、間をおいてからこう言った。
「俺は、あの子の……綾ちゃんの
心の闇の扉を開かせたくない」
「ぶっ!!」
何を言いたいのかわかるけど、
どうして真面目な顔でそんなこと言えるの。
つい、噴き出してしまったではないか。
「い…意外とひどいなぁ、華菜ちゃん!
俺は本気なんだぞ」
「言い回しが……おかしくって」
「あの子が、
身体の方が先に動く性格だってことは、
この間のことで良く分かった。
だったら……君に何かあったら…」
「だから、危ないことしないでくれ、って
頼みに来たんですね?
実は、他の話は全部おまけで」
「そんなことはない!
繰り返される現実を否定することが
未来に繋がるとは信じられなくなってきてるし
俺は君たちふたりと柊を助けたい。
……本当だ」
「……そうですね、ごめんなさい」
ただの友情や情熱だけで、
ここまでやる人達は……そうはいないだろう。
「……綾ちゃんを道連れにするつもりはない。
でも、俺が生きている間くらいは…
ここにいてくれる間くらいは……
見守りたいんだ。 許して、くれるかな?」
あれ?
このふたりって、
あの後くっついたんじゃないの?
……意外と奥手だなぁ。
「それは、私に許可を取るところじゃないです」
「そ、そうか……」
空山さんは照れた顔をする。
なんだか、いつもの顔に戻ってきた。
「じゃあ、行きましょうか。
私がいつまでも空山さんを独り占めしてたら、
綾が勘違いするかもしれませんし」
「お? おう……」
私たちは、少しタイミングをずらして、
戻ることにした。
本当に、この世界は崩壊なんてするのだろうか。
私と綾の未来を変える方法は
やっぱり見つからないみたいで、
皆さんのお手伝いをする日々は
日常のような気がするようになってきていた。
私は、綾を先に行かせて、
今日はひとりで部屋にいた。
少し、考えたいことがあったからだ。
「華菜ちゃーん? ちょっといいかい」
しかしひとりの時間はそう長くなく、
空山さんが、訪ねてきた。
私は部屋のロックを外すキー操作をした。
どうも私は機械物全般が苦手らしく
今のも千秋さんと綾に教えてもらった操作を
丸暗記しただけの動きだ。
「何ですか?」
「…………」
空山さんは私の顔をまじまじと見る。
「……うん。落ち込んで
部屋にこもってる…って顔じゃないな。
やっぱり……今しかないな」
「……?」
「華菜ちゃん、落ち着いて聞いて欲しい。
俺からの、ふたつの話を」
「……ふたつ?」
「ああ、ふたつだ」
空山さんは部屋の中に入ってきて、
椅子に座った。
仕方がないので、私はベッドに座り
ふたりは対面する。
「俺は、繰り返される事象を否定することは……
回避しようとすることは
この問題の解決には繋がらない気がしてきた」
「あの、もう少しわかりやすく。
何が繰り返されて、何を否定していたのか
教えてください。
でないと私には意味がわかりません」
「お、おう……? ごめん。わかった」
私が明確に、何を知りたいのか
聞き返したのがそんなに意外だったのか、
空山さんは少し驚いている。
……文系を甘く見ないでよね。
よく喋るけど話がうまくない体育会系の子の
楽しい話や悩みの話を、
私はずーっと聞いてきたんだから。
――空山さんは語った。
柊さんが、なぜ私にあんな態度を取るのか。
そして……私と綾をこの世界に逃がしても
別の私と綾が辿った道は
繰り返されているのではないか……と。
「つまり、別の世界でのこととはいえ……
似たようなことが起こらないよう、
その現実を否定して、
防いだり逆にしたりしても、無駄かも知れない、と?」
「無駄ではないかも知れない。
でも、最後を変えられなければ……
俺たちにとっては、ほとんど、意味がない」
「…………」
最後。
それはきっと、綾が失踪し私が死ぬことだろう。
「それで、ここからが本題なんだけど」
「柊以外は知ってるんだ。
誰が、あんなことをしたのか……」
“あんなこと”?
……ああ、多分あのことか…。
でも、確認はしておいた方がいいよね。
「私の死体が、
送りつけられてきたっていう事件ですね」
「う。……は、はっきり言うね、君」
「初めこそ驚きましたが、
今はあまり気にしていません。
……その犯人を、ご存じだと?」
私も実は、少しだけ予想していた。
全く無関係な人間が、
そんなことをするはずがないもの。
「…………。綾、ちゃんなんだ。
勿論あの子じゃない。
君が死んだ世界のあの子だ」
「…続けてください」
あり得なくはない。
柊さんと“私”の接点があれだけしかない状態で
見知らぬ別世界の住人である私に目を付けようと
考える人間は少ないだろう。
汚染された地上から
私をわざわざ回収する危険を冒してまで
柊さんに嫌がらせをする必要もない。
逆に最初から柊さん恨みを持っていて、
恨みを晴らすために私を使おうと考えることが
出来る人間も少ない。
だとすれば……やったのは、
私に関係のある人物ということになってしまう。
もし、その世界でも、
私と綾は無二の親友という関係だったなら……。
突飛で、しかも綾に失礼な考え方だが、
友達の少ない私だからこそ
そういう可能性が否定できないのだ。
でも、私は信じている。
そんなことをするのは“別の綾”で、
私の知っている綾ではないと。
たとえ将来、性格が暗くなる可能性を
持っていたとしても……
綾の失踪が前倒しになって起こっている今、
そうなる可能性は低いと……。
「柊は君のことしか考えていないから、
気づかなかったんだろう。
だが、俺たちは気づいてしまった」
「…………」
「違う君は多分、綾ちゃんに全て話した。
柊がどこから来たのか。
どうすれば会えるのか」
「……あの人が、自分の素性を
自分から話すようには…見えませんけど」
屋上での一件すら、
過去の事象の否定だったというのなら……
あの人は自分からは
本当に何も言わない、ということになる。
「ああ、そうだ。
君が突き止めたんだ。
厳密には…倒れていた柊が落とした
安全装置の中を見たんだと思う」
言いながら、空山さんは自分の制服の袖をまくる。
左腕には、重そうな機械の腕輪に……
USBスティックのようなものが差し込んであった。
「……は? なんですか、これ」
さすがの私も驚いた。
安全装置……とか言っていたが、
何故そこにUSBのメモリスティック?
「並行世界であるが故のおかしさ、と
でも言えばいいのかな。
俺たちの世界では、この形状のものを
こういう風に使うことにしたらしい。
君たちの世界では、
データを記録するのに使うらしいね?」
「はい」
「これを一般人が気楽に扱うらしいってだけで
俺達からすると、不思議な感覚なんだけど
きっと君も、俺のこれに何か感じているんだろう」
ええ、感じていますとも。
私の世界では、重要な情報を
そんなものに入れるなんて考えられないよ……。
「この中には、自分の位置情報を知らせる
信号のプログラムとか
俺たちにとって便利なデータが
たくさん入っている」
データの入れ物である点は同じだが、
用途が違うようだ。
「そんなに便利なら、千春さんや千秋さんにも
持たせてあげた方がいいんじゃ?
千春さんは一度、時に飲まれたんでしょう?」
「あぁー…ここに残ってる奴のスキルじゃ
ちゃんとしたのは作れないんだよ、これ。
この基地を貰ったときも柊は死んだことになってたし
俺もこれだけは返却するよう言われた。
ここにあるこれは、
ちあちゃんが内部データのコピーを取って
俺と相談しながら我流でプログラムを仕込んだ、
まぁ、その……結構適当なものなんだ。
中身は暗号だらけだから、
正しく設定できないって言えばいいかな。
実際、誤作動もかなりするし。
とにかく他の人に使わせる気にはなれない」
時に飲まれ慣れている空山さんにしか
使えない装置、か……。
「君は柊の……これの中身を見たんだろう。
並行世界ゆえの事故か……
おそらく、あちらの世界の機械でも
これの中身を見ることが出来たんだろう。
そしてあいつが、時を越えた存在だと知った。
この先は推測になるが、
君はデータの中身は分かったが、
装置の使い方までは分からなかったんだと思う」
「…………」
多分、そうだろう。
違う私も、英語が苦手だったのなら。
「だが装置の本質を知った君は、
失踪した綾ちゃんを見つけることには
成功するんだ。これは、観測した。間違いない。
泣きながら抱き合っていた」
そういえば、その気になれば
別の世界の人の生活を覗けるんだっけ……。
「でも、それならどうして……
柊さんや皆さんはそっちの私を
助けようとしないんですか?
どうして、別の“私”なんですか?」
「…………。
柊が“君”を見つけたのは偶然なんだ。
だから、任務中にそのまま姿を消したんだと思う。
そして……俺たちが観測した過去も、
柊が行った世界だとは限らないんだよ」
「ただ、すごく似ているというだけで」
「綾ちゃんが失踪する、
それは今のところ変わらないことだけど……
その世界の華菜ちゃんは、
柊とは会わなかったかもしれない。
違う方法で綾ちゃんを見つけたのかも知れない。
そこまでは、わからないんだ」
「あまり詳しく知ろうとすると、
俺たちがその世界に干渉しなきゃならないから
結局、未来の世界を増やしてしまうだけ。
無限のように世界が増え続けることを
俺たちは否定しないことにしているけど
無闇に増やしていいとも思っていない」
「歴史を変えたくないのなら、
ただ、見てみることくらいしか…できない」
ああ、だから“観測”って言ったのか。
「…………」
「そういう話なら、ちょっとわかります。
でも、だとすると
私が死んだ理由は、綾の失踪のせいではないですね」
「恐らく」
空山さんはゆっくりと頷いた。
「そして君は、綾ちゃんに相談する。
誰よりも信頼できる友達に。
読み解くのが得意な君と
飲み込みの早い綾ちゃんの力が合わさったとき……
使い方の方まで、分かってしまったんだろう」
しばらく、私たちは沈黙した。
「…………。確認しますけど
死んだ私って当然…
中毒死じゃなかったんですよね?
だからそういう予想をするんですよね?」
「あ、ああ。よく分かったね」
「つまり私が死んだのは、
この世界の地表なんかじゃなく。
自分の世界で過労死したってことですか」
別の私が死んだ場所を告げるとき、
千春さんの態度が少しおかしかった。
あれは、綾と私に嘘を言ったときの
千秋さんと似ていた。
「君の……その、最後の寝顔は…
綺麗なものだった。
それだけじゃ、予想をそれ以上
確信に近づけることはできなかったんだけど」
死に顔、ってはっきり言ってくれてもいいけど……
まぁいいか。
「最近、柊に聞いた話で俺はなんとなく気づいた。
別の君は既にひどく疲れていて
結局、休む間も無かったんだろう……と」
「それで、そのまま人知れず死んだんですか。
不器用なところは一緒なんですね、
私と、その私」
「き、君が不器用かどうかは俺は知らないけど……」
「…………。
俺やちあちゃんは、仕事の覚えが早い綾ちゃんを見て
内心、怯えていた。
これほどまでの能力を持つ子なら、
別の世界からこの世界の技術を使うことも
不可能じゃなかったんだろうな、と」
「微笑ましい片思いの話も
当人の死と共に切ない悲劇に変わり、
良き友は親友を失い鬼となった……と?」
「……は?」
「その綾も良い子だったけど、
勢いだけでやっちゃったんじゃないかな、
……って言ったんです」
「…あぁ。俺たちもそう予想してる」
「なまじ、やり方を知ってるから。
疲れてる恋人の傍にいることも出来ないのか、
このやろー! ……みたいなノリかもしれませんね」
「へ?」
「もし、その綾が私の知る綾と似てるなら」
私は少し笑った。
不謹慎だとは分かっていたけど、笑ってしまった。
私が自分が死ぬ側だからだろう、
相手に思いやって欲しいと思うほどは
深刻な気持ちにはならない。
もっと気楽に話してもらってもいいのに、と
感じるほどだ。
「いや! 少なくとも君は似てないらしい。
その……そこまで慎ましやかではない
らしかったというか……」
素直に「大人しい」とか「引っ込み思案」とか
「内気」とか言えばいいのに……
変な気の回し方をする人だなぁ。
「たいした誤差じゃないですよ。
思考回路が同じなら、追いつめられたときに
やってしまうことは、
似たようなことだと思います」
「そう……なのかな」
「それで、空山さんは
私にどうして欲しくてここに来たんですか?」
この人は、一番重要な本題を、
まだ言っていない気がする。
ふたつの話は終わったけれど、
結論が見えてこない。
空山さんは、一度大きく深呼吸をして。
それから少し、間をおいてからこう言った。
「俺は、あの子の……綾ちゃんの
心の闇の扉を開かせたくない」
「ぶっ!!」
何を言いたいのかわかるけど、
どうして真面目な顔でそんなこと言えるの。
つい、噴き出してしまったではないか。
「い…意外とひどいなぁ、華菜ちゃん!
俺は本気なんだぞ」
「言い回しが……おかしくって」
「あの子が、
身体の方が先に動く性格だってことは、
この間のことで良く分かった。
だったら……君に何かあったら…」
「だから、危ないことしないでくれ、って
頼みに来たんですね?
実は、他の話は全部おまけで」
「そんなことはない!
繰り返される現実を否定することが
未来に繋がるとは信じられなくなってきてるし
俺は君たちふたりと柊を助けたい。
……本当だ」
「……そうですね、ごめんなさい」
ただの友情や情熱だけで、
ここまでやる人達は……そうはいないだろう。
「……綾ちゃんを道連れにするつもりはない。
でも、俺が生きている間くらいは…
ここにいてくれる間くらいは……
見守りたいんだ。 許して、くれるかな?」
あれ?
このふたりって、
あの後くっついたんじゃないの?
……意外と奥手だなぁ。
「それは、私に許可を取るところじゃないです」
「そ、そうか……」
空山さんは照れた顔をする。
なんだか、いつもの顔に戻ってきた。
「じゃあ、行きましょうか。
私がいつまでも空山さんを独り占めしてたら、
綾が勘違いするかもしれませんし」
「お? おう……」
私たちは、少しタイミングをずらして、
戻ることにした。
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