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第5章:綾と空山
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これは、話の本筋からは少し逸れた話。
中井 綾が空山 茂に
時に流されない技術を習っていた時の、
ちょっとしたお話……。
「そう、そこはうまく避けて。
うん、しなやかだ。
今の感覚を忘れないで」
「はいっ!」
「今のは少し危なかったな。
助けようという気持ちを
強く持ち過ぎちゃいけない。
自分の存在を、しっかりと意識しないと
時に飲まれてしまうよ」
「すみません!」
「大丈夫。今は、俺がついていたからね」
訓練は順調に進んでいた。
「綾ちゃん、良い感じだ。
君には素養がある。
この世界が見捨てられていなかったら、
君はきっと色々な人から
この仕事をしてくれないかと、
依頼が来ただろうな」
「おだてても何も出ませんよ」
「お世辞じゃない。
俺の相棒は柊じゃなく
君だったら良かったのに……と
思ってしまうくらいだ」
「……そんなんじゃないです。
本当は、私に…
素養なんてきっとありません」
綾は控えめな口調で、そう呟いた。
「時にさらわれた私が
初めて空山さんと出会ったのは
真っ白い空間の中でした。
何もかも見えなくなった
白しかない視界の中で、
空山さんの姿だけがはっきりと見えて。
何がどうなっているのか分からない私に
貴方は優しく微笑んで
“心配しなくて良いよ”と言ってくれた。
そして私は、貴方に受け止められ、
こちら側の世界にやってきた……」
「私が最後のボタンを押せなかったのは
貴方を失うのが怖かったから。
素人の操作ミスで貴方が消えてしまったら
私はきっと、生きていけないと思います」
「…………」
「時にさらわれた私を、
受け止めてくれた貴方。
きっと私は……あの瞬間、
もう……してしまっていたんだと思います」
「貴方に、一目惚れを」
「綾ちゃん……」
「私は貴方を失いたくない。
貴方を見送るくらいなら、
貴方のように時の中に
身を投じるような生き方をしたい。
私は……貴方の帰りを待つ人には、なれない」
「君は勘違いしていないかい?
……君はいずれは、戻るんだよ。
元の世界に。ただの女子高生に戻るんだ」
「……戻りたく、ない」
「私はいずれ失踪する。行方はわからない。
そんなことになる可能性の高い
自分の世界に戻るより…
空山さんと同じように過ごして
空山さんと一緒に、最後の日を迎える。
そうしたいって、思うんです」
「だけどそれじゃあ、君の家族や友達は……」
「いいんです。
失踪者は見つからないと
あの世界は決めつけているし、
いつかは諦めてくれると思います。
私は……自分の思いのままに生きてみたい」
「私、訳の分からないまま……消えたくない」
中井 綾は家族や友人が多い分、
人には常に気を遣っていた。
楽しそうに友人達と話しながらも、
相手に合わせて、合わせて。
頼りなさそうな人がいたら、
姉のようになって助けようとする。
彼女の人生の主人公が
彼女自身であることは少なかった。
「綾ちゃん……」
「空山さん、私……。
貴方のことが、好きです。
愛しています」
「あ、あ、あ……綾ちゃん!?」
「だから…貴方の最期までの時間の一部を
私と共有させてください。
そして一緒に、最期の時を――……」
「…………」
空山は困った顔をしたが、
「それは、最期の瞬間に……
俺が君の手を握っていてもいい…
その幸福を俺にくれる……
そんな風に取っちゃっても、いいのかな?」
いつもの笑顔で、そう答えた。
「……オーケーって、思っても良いんですか?」
「今のが、君の告白を
断った男の言葉に聞こえたかい?」
「……いいえ」
「俺も君が好きだよ、綾ちゃん」
「……私もです。
私も貴方のこと…愛しています」
こうしてふたりは、破滅を受け入れ、
そして愛を手に入れた。
綾はこの後、
事件が同時に起こったときは……
柊の代わりに、時に飛び込むようになった。
彼女もまた、
見捨てられたチームの一員となったのだ。
中井 綾が空山 茂に
時に流されない技術を習っていた時の、
ちょっとしたお話……。
「そう、そこはうまく避けて。
うん、しなやかだ。
今の感覚を忘れないで」
「はいっ!」
「今のは少し危なかったな。
助けようという気持ちを
強く持ち過ぎちゃいけない。
自分の存在を、しっかりと意識しないと
時に飲まれてしまうよ」
「すみません!」
「大丈夫。今は、俺がついていたからね」
訓練は順調に進んでいた。
「綾ちゃん、良い感じだ。
君には素養がある。
この世界が見捨てられていなかったら、
君はきっと色々な人から
この仕事をしてくれないかと、
依頼が来ただろうな」
「おだてても何も出ませんよ」
「お世辞じゃない。
俺の相棒は柊じゃなく
君だったら良かったのに……と
思ってしまうくらいだ」
「……そんなんじゃないです。
本当は、私に…
素養なんてきっとありません」
綾は控えめな口調で、そう呟いた。
「時にさらわれた私が
初めて空山さんと出会ったのは
真っ白い空間の中でした。
何もかも見えなくなった
白しかない視界の中で、
空山さんの姿だけがはっきりと見えて。
何がどうなっているのか分からない私に
貴方は優しく微笑んで
“心配しなくて良いよ”と言ってくれた。
そして私は、貴方に受け止められ、
こちら側の世界にやってきた……」
「私が最後のボタンを押せなかったのは
貴方を失うのが怖かったから。
素人の操作ミスで貴方が消えてしまったら
私はきっと、生きていけないと思います」
「…………」
「時にさらわれた私を、
受け止めてくれた貴方。
きっと私は……あの瞬間、
もう……してしまっていたんだと思います」
「貴方に、一目惚れを」
「綾ちゃん……」
「私は貴方を失いたくない。
貴方を見送るくらいなら、
貴方のように時の中に
身を投じるような生き方をしたい。
私は……貴方の帰りを待つ人には、なれない」
「君は勘違いしていないかい?
……君はいずれは、戻るんだよ。
元の世界に。ただの女子高生に戻るんだ」
「……戻りたく、ない」
「私はいずれ失踪する。行方はわからない。
そんなことになる可能性の高い
自分の世界に戻るより…
空山さんと同じように過ごして
空山さんと一緒に、最後の日を迎える。
そうしたいって、思うんです」
「だけどそれじゃあ、君の家族や友達は……」
「いいんです。
失踪者は見つからないと
あの世界は決めつけているし、
いつかは諦めてくれると思います。
私は……自分の思いのままに生きてみたい」
「私、訳の分からないまま……消えたくない」
中井 綾は家族や友人が多い分、
人には常に気を遣っていた。
楽しそうに友人達と話しながらも、
相手に合わせて、合わせて。
頼りなさそうな人がいたら、
姉のようになって助けようとする。
彼女の人生の主人公が
彼女自身であることは少なかった。
「綾ちゃん……」
「空山さん、私……。
貴方のことが、好きです。
愛しています」
「あ、あ、あ……綾ちゃん!?」
「だから…貴方の最期までの時間の一部を
私と共有させてください。
そして一緒に、最期の時を――……」
「…………」
空山は困った顔をしたが、
「それは、最期の瞬間に……
俺が君の手を握っていてもいい…
その幸福を俺にくれる……
そんな風に取っちゃっても、いいのかな?」
いつもの笑顔で、そう答えた。
「……オーケーって、思っても良いんですか?」
「今のが、君の告白を
断った男の言葉に聞こえたかい?」
「……いいえ」
「俺も君が好きだよ、綾ちゃん」
「……私もです。
私も貴方のこと…愛しています」
こうしてふたりは、破滅を受け入れ、
そして愛を手に入れた。
綾はこの後、
事件が同時に起こったときは……
柊の代わりに、時に飛び込むようになった。
彼女もまた、
見捨てられたチームの一員となったのだ。
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