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7 泣きそうになったよ
しおりを挟む思いがけない懐かしい面影に思わず泣きそうになり、慌てて淑女の笑みを浮かべ誤魔化した。
やはり自分では平然と対処しているつもりでも、今日のアクシデントは流石に相当ダメージを受けているのだろう。
「ア…ンドレアス…様? あっ…失礼しました。ルーマンディア辺境伯…令息様…いつこちらに?」
「堅苦しいな…昔のように名で呼んでくれ。ところで今夜は呼ばれていないが…いいかい?」
「イヤですわ、もちろん歓迎いたします。
そもそもこちらにいらっしゃることが分かっておりましたらご招待いたしましたのに…」
「実はやっとなんとか帰国できたんだ。
直前にたまたまトルジヤ国に寄ってね。ルドルフにも会えたよ」
「まぁお兄様に! 元気にしておりました?」
「元気…というか、あれは骨抜きだな」
「あら、でもまだ新婚ですもの…羨ましいですわ」
「まぁそうだな。それよりヴィクトリア穣、ルドルフから聞いて陰ながら祝うつもりで駆けつけたが…これは通常の流れと様子がだいぶ違うな?」
アンドレアス様の紺の瞳で心の中まで覗くように強く見つめられ、思わず弱音を吐きそうになる。
もっと心を強く持たないと今日を乗り越えられそうにない。
ヴィクトリアはグッとお腹に力を入れ深く息を吐いた。
「ルーマンディア辺境伯令息様はフィールディングの事をよくご存知でしたね…どうぞお掛けになって?
お兄様の様子も詳しくお聞かせくださいな…」
アンドレアス様はなぜか少し困ったように眉を下げ近くのテーブルに腰を下ろした。
「ルドルフから散々愚痴られていたからね、嫌でもフィールディングのことはすっかり覚えさせらたよ。
それよりアンディーでいいよ…リア」
「もうお互い子供ではありませんのに…」
ヴィクトリアが可笑しそうに笑うとアンドレアス様も朗らかに声を立てて笑った。
「懐かしいな。小さい頃のリアはよくそうやって笑っていた」
「嫌ですわ…わたくしもう大人です」
「それはもちろん知っているよ…とても綺麗になった」
「あら…嬉しいですわ。では再開の乾杯を致しましょう。
ルーマンディア辺境伯令息様はシャンパンでよろしいですか?」
「あぁ構わない。
…ただ僕は君からルーマンディア辺境伯令息などと呼ばれたくないな。…我がままだろうか?」
「…ごめんなさい。わたくし頑なでした。
暫くぶりにお会いできて緊張してしまいました。
わたくしもアンドレアス様からフィールディング公爵令嬢などと呼ばれたらとても悲しく思うはずですのに…」
ヴィクトリアの合図でシャンパンが届きグラスを持つ。
「乾杯…では再開に」
「ん…そうだね…再開に。
どう? 実際に一度試してみるかい? フィールディング公爵令嬢?」
アンドレアス様がイタズラっ子のように笑った。
あーわたしもこの笑顔が大好きだったな。
「あら…ルーマンディア小辺境伯様は案外イジワルでしたのね?
そういえば小さい頃もよくいじめられて泣いた記憶がございます」
「はは…ゴメン。でもそう呼ばれるとすごく距離を感じるだろ?
ただでさえ四年近く離れていたんだ。令息様なんて呼ばれて泣きそうになったよ」
「嘘っ…」
「泣きそうはまぁオーバーだけど…繊細なハートが傷だらけになるからね。もう呼ばせないよ?… いいね? 」
「ふふ…二度と呼びません。それでよろしいですか?」
「あぁ約束だ。破ったらお仕置だな」
「もう…やっぱりイジワルだわ」
「… だけど誓ってリアをいじめた覚えはないぞ?
いじめてたのはルドルフだったろ? 僕は庇った側だ」
「ふふ…そういう事にしておきます。
それにしてもお兄様ったら...そんなにいつも愚痴をこぼしてましたの?
でもそれをあの方、わたくしに全部丸投げしたのですわよ?」
「はは...そうだな。妹には一生頭が上がらないと嘆いていたよ」
「当たり前です! でもお兄様の幸せは祈っておりますの」
「ルドルフは幸せ者だな。ところでだ…いったいどうなっている?
ルドルフから聞いた話であれば極ノーマルな流れで会は進むはずだ。
そもそもなぜ今リアの隣に婚約者が居ない? 当然挨拶の時から横に並び立つはずだろう?」
ヴィクトリアは会場を見渡し、もうだいぶアルコールが回ったらしい二人に視線を止める。
「アンドレアス様ならすぐ気付くのではありませんか?
この場に見知らぬ若い男女が居るのはとても不自然でしょう?
そもそもこの会はオトモダチを呼んだりしませんもの。
そしてもし見知らぬ男性がいる場合はその方が婚約者ということです。
ですからあそこで赤茶の髪のレディの横にふやけた顔で座っている方がわたくしの婚約者に選ばれた方でしたの…」
「…過去形だね?」
「えぇだって、この会を共に成功させようという気すら無い方ですから失格です。
妹さんを優先させてわたくしのエスコートを拒みましたの。
(仮)が取れないだけならまだしも契約は消滅確定です」
「妹?」
「もどきです…」
「なるほど。…リアはそれでいいの?」
「良い悪い以前の問題かと…。
ただ、わたくしは次期公爵としてこの会をなんとしても成功させない訳にはいきませんの」
「なるほど、確かにそうだね。
…ではリアに提案だ。この会を成功に導くために僕を使わないかい?」
アンドレアス様がそう言ってにっこりと微笑んだ。
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