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憂鬱な月曜日
イケメンスイッチ発動(意味不明)
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美織は必死だった。いや、決死の覚悟と言ってもいい。
目と鼻の先―――と言っても1メートル以上は離れているのだが―――に座っている、二次元から飛び出してきたのかと思う程整った顔が、微かに強張った気がして美織は咄嗟に息を呑んだ。
でも、ここで怯む訳にはいかない。
何としてもお点前のお稽古をお願いしようと、更に強く膝の上で拳を握りしめながら、身を乗り出したところで、彼が手を上げてそれを制した。
「わかりました。」
そう言った彼が、一瞬目線を下げた後、顔を上げて真っ直ぐに美織を見つめる。
その真っ正面からのイケメン攻撃(されてる気分)を受け、うっ…と呻きそうになる声を必死で堪える美織に、彼が思案顔で尋ねた。
「それで、文化祭はどのようにする予定ですか?」
先程までとは打って変わって柔らかな口調に、美織は戸惑った。その変貌たるや、首の後ろにスイッチでもついてんじゃないだろうかと疑うようなレベルだ。
「はっ?! えっ?!」
「去年は何を?」
「えっ、きょっ、ね…」
顔に似合わぬ低い声に、美織の心臓がバクバクと激しい音を立てる。顔に血が上っているのがわかるが、どうしていいのかわからない。
(おっ、落ち着いてっっ、落ち着いてっ、あたしっっ)
美織は大きく息を吸い込んだ。
「きょ、去年はっ、ここっでっ、茶会をっ」
彼が美織を見つめたまま、続きを促すように優しげに頷く。美織はもう堪えきれずに視線を逸らした。
イケメン恐るべし…目を合わせるのがこんなに危険だったとは―――!!
美織は目の前の炉を睨み付けながら続けた。
「こっ、今年は、中庭でしようと思って、今っ、申請を出しては居るんですけどっ」
「…中庭、という事は、野点をする、という事ですか?」
「そっ、そうですっっ。」
どもりながらも必死で言い切ると、返事の代わりに沈黙が落ちた。美織がこっそりと隣を窺うと、彼は顎に軽く拳を当てて腕を組み、考え込んでいる。
下向きに伏せられた睫毛が長い……思わず見とれていた美織は、不意に顔を上げた彼とバッチリ目が合ってしまい、内心で飛び上がった。
「神崎さん」
「はっ、はいっっ」
「風炉は準備出来ますか?」
「えっ…」
彼の言葉に面食らっていると、近くから素っ頓狂な声が上がる。
「えっ、お風呂?! そんなもんあんの?!」
「ていうか、センセーが今からはいんの?!」
もちろん、そんな訳は無い。
“風炉”というのは、畳を切って床に作られた“炉”に対し、畳の上に置いて使う火鉢状の炉の事である。
基本は夏場だが、炉が無い場所などでは年中使われるもので、当然ここにもある。
「で、出来ます…。」
「では、それを。まずは神崎さんがお点前をして下さい。佐山さんは水屋とお運び、栗田さんは正客をお願いします。」
“変なの”3人組が「??」となっているのを尻目に、彼は水屋から顔をのぞかせていた2人にも指示を出す。
「菓子は…」
「あっ、お干菓子買っちゃったんですけど…」
「構いません。本番同様に懐紙に載せて、佐山さんが運んで下さい。」
「はっ、はい!!」
叫ぶように返事をして立ち上がると、美織は足早に水屋へ飛び込んだ。頬に手を当てると、熱を持っている気がする。
「先輩大丈夫ですか? 顔赤いですよ?」
不思議そうな顔で覗き込んでいる2人に、美織は動揺を抑えるべく、深呼吸をして答えた。
「う、うん、大丈夫(多分)」
「でも、良かった~、お稽古出来ますね!さすが先輩!」
「えっ、あ…」
(そうか、そうだよ!お点前!)
本来の目的を思い出した美織が、正気を取り戻しかけた、その時だった。
「神崎さん」
背後からの声に、美織の背筋がピシッと伸びる。驚いて振り返ると、水屋の入り口に彼が立っていた。
「“釜かん”はありますか?」
「え…」
“釜かん”は、釜を持ち上げる取り外し式の輪っかになった取っ手の事だが、何をするのかと反射的に首をかしげると、彼は下向きに視線を逸らした。
「…釜の入れ替えを、手伝います。」
まさかの申し入れに、美織は一瞬絶句した。
「いっ、いえ、先生にお手伝いしていただく訳にはっっ」
「いえ、させて下さい。本来なら、先週指示しておくべきなのに、俺が至らなくて…」
思いがけない言葉に瞠目した美織から、彼が逸らしたままの視線を茶室に向けるのと、その向こうから愉しげな笑い声が響くのが同時だった。
例の3人組が「なんかわかんないけど、“わり”じゃないみたい~」「やり~」と騒いでるのが水屋に聞こえてくる。
改めて彼を見つめると、相変わらずの無表情ながら、何処か頼りなげに見えて、美織はそう感じた自分に戸惑った。
鴨居に届きそうな程の高身長だけれど、首も肩もほっそりとしている。姿勢が良く堂々として見えるから、すっかり忘れていたけれど、そうだ、この人は―――
(高校生…しかも年下だった…)
不意に思い至って、美織は何も言わず、水屋の戸棚から釜かんを取り出し、彼に差し出した。
「すみません、じゃあ、お願いできますか?ここではお湯を沸かせないので、お湯の入れ替えを手伝って貰えると助かります。」
美織は無意識に微笑んでいた。
彼が一瞬、驚いたように固まった気がしたけれど、微かに頷いて釜かんを受け取り茶室に戻ったのを見送ってから、よし、と息を付く。
「さ、じゃあ準備しようか。」
目と鼻の先―――と言っても1メートル以上は離れているのだが―――に座っている、二次元から飛び出してきたのかと思う程整った顔が、微かに強張った気がして美織は咄嗟に息を呑んだ。
でも、ここで怯む訳にはいかない。
何としてもお点前のお稽古をお願いしようと、更に強く膝の上で拳を握りしめながら、身を乗り出したところで、彼が手を上げてそれを制した。
「わかりました。」
そう言った彼が、一瞬目線を下げた後、顔を上げて真っ直ぐに美織を見つめる。
その真っ正面からのイケメン攻撃(されてる気分)を受け、うっ…と呻きそうになる声を必死で堪える美織に、彼が思案顔で尋ねた。
「それで、文化祭はどのようにする予定ですか?」
先程までとは打って変わって柔らかな口調に、美織は戸惑った。その変貌たるや、首の後ろにスイッチでもついてんじゃないだろうかと疑うようなレベルだ。
「はっ?! えっ?!」
「去年は何を?」
「えっ、きょっ、ね…」
顔に似合わぬ低い声に、美織の心臓がバクバクと激しい音を立てる。顔に血が上っているのがわかるが、どうしていいのかわからない。
(おっ、落ち着いてっっ、落ち着いてっ、あたしっっ)
美織は大きく息を吸い込んだ。
「きょ、去年はっ、ここっでっ、茶会をっ」
彼が美織を見つめたまま、続きを促すように優しげに頷く。美織はもう堪えきれずに視線を逸らした。
イケメン恐るべし…目を合わせるのがこんなに危険だったとは―――!!
美織は目の前の炉を睨み付けながら続けた。
「こっ、今年は、中庭でしようと思って、今っ、申請を出しては居るんですけどっ」
「…中庭、という事は、野点をする、という事ですか?」
「そっ、そうですっっ。」
どもりながらも必死で言い切ると、返事の代わりに沈黙が落ちた。美織がこっそりと隣を窺うと、彼は顎に軽く拳を当てて腕を組み、考え込んでいる。
下向きに伏せられた睫毛が長い……思わず見とれていた美織は、不意に顔を上げた彼とバッチリ目が合ってしまい、内心で飛び上がった。
「神崎さん」
「はっ、はいっっ」
「風炉は準備出来ますか?」
「えっ…」
彼の言葉に面食らっていると、近くから素っ頓狂な声が上がる。
「えっ、お風呂?! そんなもんあんの?!」
「ていうか、センセーが今からはいんの?!」
もちろん、そんな訳は無い。
“風炉”というのは、畳を切って床に作られた“炉”に対し、畳の上に置いて使う火鉢状の炉の事である。
基本は夏場だが、炉が無い場所などでは年中使われるもので、当然ここにもある。
「で、出来ます…。」
「では、それを。まずは神崎さんがお点前をして下さい。佐山さんは水屋とお運び、栗田さんは正客をお願いします。」
“変なの”3人組が「??」となっているのを尻目に、彼は水屋から顔をのぞかせていた2人にも指示を出す。
「菓子は…」
「あっ、お干菓子買っちゃったんですけど…」
「構いません。本番同様に懐紙に載せて、佐山さんが運んで下さい。」
「はっ、はい!!」
叫ぶように返事をして立ち上がると、美織は足早に水屋へ飛び込んだ。頬に手を当てると、熱を持っている気がする。
「先輩大丈夫ですか? 顔赤いですよ?」
不思議そうな顔で覗き込んでいる2人に、美織は動揺を抑えるべく、深呼吸をして答えた。
「う、うん、大丈夫(多分)」
「でも、良かった~、お稽古出来ますね!さすが先輩!」
「えっ、あ…」
(そうか、そうだよ!お点前!)
本来の目的を思い出した美織が、正気を取り戻しかけた、その時だった。
「神崎さん」
背後からの声に、美織の背筋がピシッと伸びる。驚いて振り返ると、水屋の入り口に彼が立っていた。
「“釜かん”はありますか?」
「え…」
“釜かん”は、釜を持ち上げる取り外し式の輪っかになった取っ手の事だが、何をするのかと反射的に首をかしげると、彼は下向きに視線を逸らした。
「…釜の入れ替えを、手伝います。」
まさかの申し入れに、美織は一瞬絶句した。
「いっ、いえ、先生にお手伝いしていただく訳にはっっ」
「いえ、させて下さい。本来なら、先週指示しておくべきなのに、俺が至らなくて…」
思いがけない言葉に瞠目した美織から、彼が逸らしたままの視線を茶室に向けるのと、その向こうから愉しげな笑い声が響くのが同時だった。
例の3人組が「なんかわかんないけど、“わり”じゃないみたい~」「やり~」と騒いでるのが水屋に聞こえてくる。
改めて彼を見つめると、相変わらずの無表情ながら、何処か頼りなげに見えて、美織はそう感じた自分に戸惑った。
鴨居に届きそうな程の高身長だけれど、首も肩もほっそりとしている。姿勢が良く堂々として見えるから、すっかり忘れていたけれど、そうだ、この人は―――
(高校生…しかも年下だった…)
不意に思い至って、美織は何も言わず、水屋の戸棚から釜かんを取り出し、彼に差し出した。
「すみません、じゃあ、お願いできますか?ここではお湯を沸かせないので、お湯の入れ替えを手伝って貰えると助かります。」
美織は無意識に微笑んでいた。
彼が一瞬、驚いたように固まった気がしたけれど、微かに頷いて釜かんを受け取り茶室に戻ったのを見送ってから、よし、と息を付く。
「さ、じゃあ準備しようか。」
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