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憂鬱な月曜日
それはとても苦い思い出
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きっかけは、バレンタインだった。
入学した大学附属小学校1年生の冬。
「終わりの会」終了後、校門で待っている迎えの所へ向かう途中、不意に呼び止められた。
多分、同じクラス。割と背が高くて、少し大人びた顔の女子が、後ろに2人引き連れて立っていた。
「あの、これ…」
そう言って差し出してきたのは、半透明のプラ袋に入れてリボンを掛けたチョコレート。
ピンク色のギザギザしたハート型カップに入れて、上にカラフルな粒々(?)を乗せて固めたそれは、おそらく手作りだったのだろう。
上目遣いにこっちを見ながら差し出されたその物体を受け取ることに、翔眞は一瞬、躊躇した。
今日がバレンタインだという事はもちろん知っていた―――朝、母が父と自分に渡してきたから。
毎年お弟子さん達からも沢山貰っていたし、単純に女性の好きなイベントなんだろうと思っていたのだが、まさか学校で貰うとは、その時まで全く思っていなかったのだ。
ていうか、お菓子持ってくるの禁止じゃなかったっけ?
これ見つかったらどうなるんだろう…?
そう思いながら彼女を見つめつつ無意識に首を傾げると、途端に彼女の顔が真っ赤になった。
「あっ、あのっっ、受け取ってくれるだけでいいんでっっ」
そう叫ぶように言うと、手にしていたチョコレートをあろう事か翔眞の足元の“床”に置く。
ええっっ―――?!
突然の思わぬ行為に呆然とする翔眞に背を向けると、彼女達はキャーと叫びながら走り去った。
後に残された翔眞はしばらくその場に立ち尽くしたが、どうする事も出来ずに、恐る恐るチョコを拾い上げる。
どうしたものかと困惑しつつ下駄箱に行った翔眞は、そこに“突っ込まれて”いたチョコレートと覚しき幾つかの物体を見つけて、更に脱力した。
―――だから、食べ物だろ?!
事の顛末を聞いた母は苦笑しつつも、「まあ、バレンタインだから」と気持ちばかり彼女達を擁護したが、翔眞からすれば知らない人間からの、しかも床だの下駄箱だのに置かれた食べ物を口にする気にはなれない。
それらは部屋にしばらく放置していると、知らないうちに無くなっていたから、翔眞はその事を翌月になるまでにすっかり忘れていた。
「翔眞、ホワイトデーはどうする?」
3月に入って間もない頃、朝食の席で母にそう言われた翔眞は首を傾げた。
―――ホワイトデー…?
そんな様子に、両親は苦笑した。
お弟子さん達へは母が古くから懇意にしている菓子屋に手配してそれなりのものを用意していたのだが、翔眞はその事を知らなかった為、バレンタインのチョコレートにはホワイトデーでお返しする…という日本的行事にピンと来なかったのだ。
「一応、貰った以上はお返ししないとね?」
クッキーかキャンディでも…と言う母に、翔眞は首を振った。やはり、学校にお菓子は持って行きたくなかったのだ。
それでも、育ちの良さから“お返し”はすべきだろうとは思い、お手伝いの喜代子さんに頼んで準備をしてもらう。
小学生に高額な物はおかしいだろうから、それなりに―――という母の意を汲んだ彼女が用意した手の平サイズの小さな袋を持って、ホワイトデー当日、少し憂鬱な気分で翔眞は学校へと向かった。
ひとまず下駄箱分については、同じく下駄箱に入れ返した。チョコレートに入っていたカードにクラスと名前はあったものの、顔がわからなかったから―――と心の中で言い訳をして。
そしてクラスに入ると、嫌いな物から先に食べるという性格上、真っ先に“彼女”の元へと向かうと、
「これ、どうもありがとう。」
と、全く心がこもらない(何しろ食べてないのだから)お礼と共に、小さな袋を差し出したのだ。
その彼女は友達同士で集まり、お喋りをしている所だったのだが、一瞬呆気に取られた様な顔になり、と同時に教室がシン―――と静まり返る。
当の本人である翔眞はその事に気付かず、受け取らない様子に微かに苛立ちを覚えて、彼女が座っていた机の上に袋を置くと、踵を返して自分の席に着いた。
ランドセルを開いて中身を取り出し始めると同時に、キャア―――という甲高い声が背後で上がる。
バタバタ足音が近付き、その音に顔を上げると、満面の笑みを浮かべた彼女が、胸元で手を握りしめながら立っていた。
「これ、ホントに貰っていいの?!」
「え、うん、お返しだから。あ、でも…」
もう2度としないで欲しい。特に食べ物を床に置くとか―――と言うより早く、キャ―――ッッという歓声が響き、その大きさに翔眞がたじろいでいる間に、彼女達が席から離れた。
「見せて、見せて―――っっ」
「これ知ってる―――!! お姉ちゃんが持ってた!!」
「良い匂ーいっ、いいなぁ――!!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ!!」
「ダメ――!!」
「ずるーいっっ!!」
その騒ぎに、教室内の他の生徒が唖然としている。
―――一体、何入れてたんだろ…
同じく唖然としていた翔眞は知らなかった。
喜代子さんが選んだのは女子に人気の海外ブランドのハンドクリームで、もちろんプチギフト用の少量サイズではあったけれども、おませな小学生女子ゴコロを擽るには十分なシロモノであったことも。
下駄箱に入れた他クラスの女子の間でも、同様の騒ぎが起きていたことも。
そして翌年のバレンタインでは、直接持って行くと直接返して貰えると思った女子の集団が、期待に(?)鼻の穴を膨らませる勢いで目を爛々と輝かせながら押し寄せて来ることも。
まだ無垢な小学生だった当時の翔眞には、予想すべくも無い事ではあったのだった―――
入学した大学附属小学校1年生の冬。
「終わりの会」終了後、校門で待っている迎えの所へ向かう途中、不意に呼び止められた。
多分、同じクラス。割と背が高くて、少し大人びた顔の女子が、後ろに2人引き連れて立っていた。
「あの、これ…」
そう言って差し出してきたのは、半透明のプラ袋に入れてリボンを掛けたチョコレート。
ピンク色のギザギザしたハート型カップに入れて、上にカラフルな粒々(?)を乗せて固めたそれは、おそらく手作りだったのだろう。
上目遣いにこっちを見ながら差し出されたその物体を受け取ることに、翔眞は一瞬、躊躇した。
今日がバレンタインだという事はもちろん知っていた―――朝、母が父と自分に渡してきたから。
毎年お弟子さん達からも沢山貰っていたし、単純に女性の好きなイベントなんだろうと思っていたのだが、まさか学校で貰うとは、その時まで全く思っていなかったのだ。
ていうか、お菓子持ってくるの禁止じゃなかったっけ?
これ見つかったらどうなるんだろう…?
そう思いながら彼女を見つめつつ無意識に首を傾げると、途端に彼女の顔が真っ赤になった。
「あっ、あのっっ、受け取ってくれるだけでいいんでっっ」
そう叫ぶように言うと、手にしていたチョコレートをあろう事か翔眞の足元の“床”に置く。
ええっっ―――?!
突然の思わぬ行為に呆然とする翔眞に背を向けると、彼女達はキャーと叫びながら走り去った。
後に残された翔眞はしばらくその場に立ち尽くしたが、どうする事も出来ずに、恐る恐るチョコを拾い上げる。
どうしたものかと困惑しつつ下駄箱に行った翔眞は、そこに“突っ込まれて”いたチョコレートと覚しき幾つかの物体を見つけて、更に脱力した。
―――だから、食べ物だろ?!
事の顛末を聞いた母は苦笑しつつも、「まあ、バレンタインだから」と気持ちばかり彼女達を擁護したが、翔眞からすれば知らない人間からの、しかも床だの下駄箱だのに置かれた食べ物を口にする気にはなれない。
それらは部屋にしばらく放置していると、知らないうちに無くなっていたから、翔眞はその事を翌月になるまでにすっかり忘れていた。
「翔眞、ホワイトデーはどうする?」
3月に入って間もない頃、朝食の席で母にそう言われた翔眞は首を傾げた。
―――ホワイトデー…?
そんな様子に、両親は苦笑した。
お弟子さん達へは母が古くから懇意にしている菓子屋に手配してそれなりのものを用意していたのだが、翔眞はその事を知らなかった為、バレンタインのチョコレートにはホワイトデーでお返しする…という日本的行事にピンと来なかったのだ。
「一応、貰った以上はお返ししないとね?」
クッキーかキャンディでも…と言う母に、翔眞は首を振った。やはり、学校にお菓子は持って行きたくなかったのだ。
それでも、育ちの良さから“お返し”はすべきだろうとは思い、お手伝いの喜代子さんに頼んで準備をしてもらう。
小学生に高額な物はおかしいだろうから、それなりに―――という母の意を汲んだ彼女が用意した手の平サイズの小さな袋を持って、ホワイトデー当日、少し憂鬱な気分で翔眞は学校へと向かった。
ひとまず下駄箱分については、同じく下駄箱に入れ返した。チョコレートに入っていたカードにクラスと名前はあったものの、顔がわからなかったから―――と心の中で言い訳をして。
そしてクラスに入ると、嫌いな物から先に食べるという性格上、真っ先に“彼女”の元へと向かうと、
「これ、どうもありがとう。」
と、全く心がこもらない(何しろ食べてないのだから)お礼と共に、小さな袋を差し出したのだ。
その彼女は友達同士で集まり、お喋りをしている所だったのだが、一瞬呆気に取られた様な顔になり、と同時に教室がシン―――と静まり返る。
当の本人である翔眞はその事に気付かず、受け取らない様子に微かに苛立ちを覚えて、彼女が座っていた机の上に袋を置くと、踵を返して自分の席に着いた。
ランドセルを開いて中身を取り出し始めると同時に、キャア―――という甲高い声が背後で上がる。
バタバタ足音が近付き、その音に顔を上げると、満面の笑みを浮かべた彼女が、胸元で手を握りしめながら立っていた。
「これ、ホントに貰っていいの?!」
「え、うん、お返しだから。あ、でも…」
もう2度としないで欲しい。特に食べ物を床に置くとか―――と言うより早く、キャ―――ッッという歓声が響き、その大きさに翔眞がたじろいでいる間に、彼女達が席から離れた。
「見せて、見せて―――っっ」
「これ知ってる―――!! お姉ちゃんが持ってた!!」
「良い匂ーいっ、いいなぁ――!!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ!!」
「ダメ――!!」
「ずるーいっっ!!」
その騒ぎに、教室内の他の生徒が唖然としている。
―――一体、何入れてたんだろ…
同じく唖然としていた翔眞は知らなかった。
喜代子さんが選んだのは女子に人気の海外ブランドのハンドクリームで、もちろんプチギフト用の少量サイズではあったけれども、おませな小学生女子ゴコロを擽るには十分なシロモノであったことも。
下駄箱に入れた他クラスの女子の間でも、同様の騒ぎが起きていたことも。
そして翌年のバレンタインでは、直接持って行くと直接返して貰えると思った女子の集団が、期待に(?)鼻の穴を膨らませる勢いで目を爛々と輝かせながら押し寄せて来ることも。
まだ無垢な小学生だった当時の翔眞には、予想すべくも無い事ではあったのだった―――
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