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1.Cape jasmine
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「えーと、ミヤマ、サン?」
呼び掛けられて振り向くと、見知った顔が立っていた。
眼鏡を押し上げながら、言葉を探すように目線を泳がせている。
なに?というように首を傾げて促すと、首の後ろに手を遣ってから、思い切ったように顔を上げた。
「進藤、何かあった?」
言われて、体を強ばらせた。
その、心当たりに。でも、それを言う事は出来ない。
「…何かって、…なんで…?」
何とか絞り出した声は小さくて、笑顔で応えたつもりだったけど、全然笑顔になってなかったかもしれない。
ケイマ君が、目を逸らしたから。
ドク…と、嫌な予感に心臓が萎縮した。
ケイマ君は、ホントにナオと仲が良いから、もしかしたら何か聞いているのかもしれない。―――あの女の子みたいに、と。
「あー、いや、何も聞いてないんなら、いいや。」
そう言って、踵を返した彼を、咄嗟に呼び止めた。
「っ、ケイマ君っ、」
と声を掛けた瞬間、彼の体が跳ねた。
振り向いた顔は、目を思いっきり見開いていて、―――いわゆる、驚愕という言葉がぴったりな、顔だった。
「えっ、今っ、俺?!」
「あ、ゴメン…名前、…違った?」
「いや、あってる、あってる、…あってる、よ…?」
言いながらも、視線を左右に彷徨わせ、口元を押さえる。ゴクリ、と息を呑んで、彼は言った。
「ゴメン、それで呼ぶの、止めてくれる?」
思わず息を呑んだ。動揺を押し隠すように。
まさか名前を呼ばれるのを嫌がられるとは思わなかったからだ。だって、彼はナオの…
「…ゴメン…」
「あ、いや、ミヤマサンのせいじゃないから、えっとっ、ゴメンっ」
逃げるような後ろ姿を、呆然としばらく見送ってから、教室に戻るために足を前に出した。
一歩、一歩。
次の授業は、何だったっけ、ああ、国語だった。
ご飯の後だから、眠くなるかも。
あと、あとは―――
何とか階段を上って、廊下へ曲がった所で立ち竦んだ。ナオが自分の教室前の廊下で、誰かと話していたのだ。
うつむき加減で深刻な表情をしていたナオが、ふと顔を上げる。こちらの姿を確認した途端、ふっと眉を顰めた。
嫌なものを見た、そんな風に。
思わず、逃げ出した。
南校舎の外れ階段にだけ、屋上メンテナンスの為のペントハウスがある事を知っている人は少ない。外には出れないよう、扉には鍵がかけてあるけど、踊り場はちょっとした隠れスポットだった。
一気に駆け上がった先に、先客がいた。
「―――大丈夫?」
ずっと走ってきて、息を切らしていたからだと思った。だから、
「大丈夫」
と、微笑んで返したら、何だか変な顔をされてしまった。何でだろう?と思ったのが顔に出たのかもしれない。
彼女は屋上に出る扉の上がり框のようになった場所へ腰掛けて、読んでいた本をパタリと閉じると、真面目な顔で言った。
「それ、癖なの?」
「え…?」
「大丈夫じゃないのに、大丈夫って、言うの」
一瞬、言葉につまった。
「…大丈夫に、見えてない?」
「うん、50パーセント位」
パーセントって―――思わず笑ったら、ちょっと上がった、と言って、彼女も微笑んだ。
「…大丈夫、って言ってたら、大丈夫にならない?」
そう言うと、彼女がああ…と得心したように呟いた。
「でも、限界あるよね。」
何気なく言われたけれど。
ホントに、そうだ―――と、思うと同時に泣きたくなった。
あの日からずっと、ナオとは会ってなかった。
ナオの部活が、全国大会に合わせて朝練を始めたせいもあったけど、何より、どんな顔で会えばいいのかわからなかったから。
―――なんか、甘えてる?
そう言った彼女の顔を思い出す。
彼女の言う通りだった。
ナオが自分のために、息を切らして駆けつけてくれた事が嬉しくて、思わず身を寄せた。
だから、あれは自分が悪い。
ああなってしまったのは、ナオのせいじゃない。ナオの腕がとても強くて、逃げられなかったとしても、ナオは悪くないのだ。
だって、嫌じゃなかった。
怖いぐらいに。
探るように、肌を伝う唇も
味わうように、ざらり、と這う舌先も
自分でも知らなかった、奥深い場所に潜んでいた何かを激しく揺さぶり、引きずり出した、指先も
聞いたことも無いような声を上げ、息を荒げて、体を震わせた―――それが悦びなのだと、嫌でも気が付いた。
でも、ナオは、違ってた。
だって、首筋に触れた私の手を、ぐいっと引き離した。
胸にもたれた瞬間、体を強ばらせた。
大きく、ついたのは、ため息だった。
暗くて、ナオの顔は見えなかったから、わからなかったけど。
ばかじゃねえの?
いつものあのセリフが、冷たく耳にこだまする。ぎゅっと目を閉じて、唇を噛み締めて、あの日から何度となく思った。
いっそ、こんな浅ましい自分なんて、消えて無くなってしまえればいいのに、と。
そうしたら、ナオはもう、自由になれるに違いないから。
ピコンッ―――と機械音が鳴って、振動したポケットからスマートフォンを取り出した。
表示された名前を見て、メッセージアプリを開いて驚く。
『今、学校来てるんだけど―――』
かなちゃだった。
呼び掛けられて振り向くと、見知った顔が立っていた。
眼鏡を押し上げながら、言葉を探すように目線を泳がせている。
なに?というように首を傾げて促すと、首の後ろに手を遣ってから、思い切ったように顔を上げた。
「進藤、何かあった?」
言われて、体を強ばらせた。
その、心当たりに。でも、それを言う事は出来ない。
「…何かって、…なんで…?」
何とか絞り出した声は小さくて、笑顔で応えたつもりだったけど、全然笑顔になってなかったかもしれない。
ケイマ君が、目を逸らしたから。
ドク…と、嫌な予感に心臓が萎縮した。
ケイマ君は、ホントにナオと仲が良いから、もしかしたら何か聞いているのかもしれない。―――あの女の子みたいに、と。
「あー、いや、何も聞いてないんなら、いいや。」
そう言って、踵を返した彼を、咄嗟に呼び止めた。
「っ、ケイマ君っ、」
と声を掛けた瞬間、彼の体が跳ねた。
振り向いた顔は、目を思いっきり見開いていて、―――いわゆる、驚愕という言葉がぴったりな、顔だった。
「えっ、今っ、俺?!」
「あ、ゴメン…名前、…違った?」
「いや、あってる、あってる、…あってる、よ…?」
言いながらも、視線を左右に彷徨わせ、口元を押さえる。ゴクリ、と息を呑んで、彼は言った。
「ゴメン、それで呼ぶの、止めてくれる?」
思わず息を呑んだ。動揺を押し隠すように。
まさか名前を呼ばれるのを嫌がられるとは思わなかったからだ。だって、彼はナオの…
「…ゴメン…」
「あ、いや、ミヤマサンのせいじゃないから、えっとっ、ゴメンっ」
逃げるような後ろ姿を、呆然としばらく見送ってから、教室に戻るために足を前に出した。
一歩、一歩。
次の授業は、何だったっけ、ああ、国語だった。
ご飯の後だから、眠くなるかも。
あと、あとは―――
何とか階段を上って、廊下へ曲がった所で立ち竦んだ。ナオが自分の教室前の廊下で、誰かと話していたのだ。
うつむき加減で深刻な表情をしていたナオが、ふと顔を上げる。こちらの姿を確認した途端、ふっと眉を顰めた。
嫌なものを見た、そんな風に。
思わず、逃げ出した。
南校舎の外れ階段にだけ、屋上メンテナンスの為のペントハウスがある事を知っている人は少ない。外には出れないよう、扉には鍵がかけてあるけど、踊り場はちょっとした隠れスポットだった。
一気に駆け上がった先に、先客がいた。
「―――大丈夫?」
ずっと走ってきて、息を切らしていたからだと思った。だから、
「大丈夫」
と、微笑んで返したら、何だか変な顔をされてしまった。何でだろう?と思ったのが顔に出たのかもしれない。
彼女は屋上に出る扉の上がり框のようになった場所へ腰掛けて、読んでいた本をパタリと閉じると、真面目な顔で言った。
「それ、癖なの?」
「え…?」
「大丈夫じゃないのに、大丈夫って、言うの」
一瞬、言葉につまった。
「…大丈夫に、見えてない?」
「うん、50パーセント位」
パーセントって―――思わず笑ったら、ちょっと上がった、と言って、彼女も微笑んだ。
「…大丈夫、って言ってたら、大丈夫にならない?」
そう言うと、彼女がああ…と得心したように呟いた。
「でも、限界あるよね。」
何気なく言われたけれど。
ホントに、そうだ―――と、思うと同時に泣きたくなった。
あの日からずっと、ナオとは会ってなかった。
ナオの部活が、全国大会に合わせて朝練を始めたせいもあったけど、何より、どんな顔で会えばいいのかわからなかったから。
―――なんか、甘えてる?
そう言った彼女の顔を思い出す。
彼女の言う通りだった。
ナオが自分のために、息を切らして駆けつけてくれた事が嬉しくて、思わず身を寄せた。
だから、あれは自分が悪い。
ああなってしまったのは、ナオのせいじゃない。ナオの腕がとても強くて、逃げられなかったとしても、ナオは悪くないのだ。
だって、嫌じゃなかった。
怖いぐらいに。
探るように、肌を伝う唇も
味わうように、ざらり、と這う舌先も
自分でも知らなかった、奥深い場所に潜んでいた何かを激しく揺さぶり、引きずり出した、指先も
聞いたことも無いような声を上げ、息を荒げて、体を震わせた―――それが悦びなのだと、嫌でも気が付いた。
でも、ナオは、違ってた。
だって、首筋に触れた私の手を、ぐいっと引き離した。
胸にもたれた瞬間、体を強ばらせた。
大きく、ついたのは、ため息だった。
暗くて、ナオの顔は見えなかったから、わからなかったけど。
ばかじゃねえの?
いつものあのセリフが、冷たく耳にこだまする。ぎゅっと目を閉じて、唇を噛み締めて、あの日から何度となく思った。
いっそ、こんな浅ましい自分なんて、消えて無くなってしまえればいいのに、と。
そうしたら、ナオはもう、自由になれるに違いないから。
ピコンッ―――と機械音が鳴って、振動したポケットからスマートフォンを取り出した。
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かなちゃだった。
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