雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 思いもよらない―――と言うのがぴったりだったのだと思う。

 ケイマ君は、一瞬、呆気に取られたような顔をして、次の瞬間、

「はぁっっ?!」

 と、大きな声を上げた。

なんそれっっ?! いじめっ?! する訳ないじゃんっ、あいつがっっ!! 何ってんの?! バカじゃねぇの?!」

 ものすごい勢いで捲し立てられ、息を呑む。

「あんた、進藤シンドーの事、そんなヤツだと思ってんのか?!」
「っ、まさか…」
「じゃあ、なんで?!」

 ケイマ君は怒っていた。ありえねぇ、ないわ―――と。

「誰の為にやったと思ってんだよ?」

 吐き捨てるように言われて、直ぐには何を言われたのかわからなかった。
「え…?」と間の抜けた声に、ケイマ君が拳を握りしめる。

「あんたの為にぶっ壊したんだよ、あいつは!」

 言われて、体が固まった。
 わたし―――?

「そいつ、あんたの事隠し撮りしてたんだよ。」

 ケイマ君は、苦々しげに言って、視線を逸らした。

「すっげーいっぱい入ってた、体操服とか。あいつそれ全部消せっって。そしたら…」

 消したやつをぶん投げて、めちゃくちゃ踏んづけて、ぶっ壊した、そう言って、ため息をつく。

「その場にいたら、ぶっ殺してたんじゃねぇの?わざわざ自分で職員室持ってったのだって、持ち主見つける気満々だったんだし。」

 ケイマ君はもう一度、気持ちを落ち着かせるように、大きく息をつく。
 正直なところ、頭がうまく動いてなかった。
 自分の為に―――と言われて動揺していたから。

「ホントになんも聞いてねえの?」

 と言われても、曖昧に頷く事しか出来ない。
 ケイマ君がまたため息をついた。

「何なんだかな、もう。あいつもずっと、あんなだし。」
「…あんなって?」

 つい聞いたら、上目遣いに睨まれた。

「隣に住んでんのに、俺に聞くんだ?」

 言われて居たたまれなくなる。
 ナオにはあれからずっと会ってない、とは言い辛かった。

くれえよ、暗い。殆ど話さないし。目の下隈出来てるし。野球も調子悪いって、ジンデも言ってた。―――このまんまじゃ、スタメンも外すって顧問に脅されてるらしいよ。」

 驚いて顔を上げると、ケイマ君はまた大きく息をついて、額を押さえながら言った。

「とにかく、何とかしてくんないかな?何があったのか知んないけど、見てるこっちがしんどいわ。」
「…ゴメン…」
「俺に謝られても知らんし。」
「ごめんなさい…」

 そう言うしかなかった。
 ケイマ君は、最後にもう一度ため息をついた。

「とにかく、いじめとかは無いから。そう言っといて。」

 後ろ頭をわしわしとしながら帰って行く背中を見送って、大きく息を吐き出す。
 何とかして欲しい、と言われて。
 でも、どうしたらいいのかわからなかった。



 昇降口から校門までの道を歩いていると、きゃあっ―――という歓声が聞こえた。
 首を廻らせて見ると、グラウンドでノック練習をやっている。
 セカンド、ショートと、センターの間に、テニスラケットを使って、高いフライのボールを打ち込んで獲らせていた。
 遠目に見ても分かる、背の高いセンターの選手が、捕球しようと前に突っ込んできて、―――落とした。
 ボールを打っていた男性から、何か怒号らしきものがあがり、センターの選手が帽子を取ってお辞儀する。
 またボールが上がって、今度は捕球した。
 続けてもう1球。―――センターばかり、と気付いて。
 さっきの声が頭に蘇った。

 ―――このまんまじゃ、スタメン外すって脅されてるらしいよ。

 ごくっと息を呑むのと、

「進藤君、頑張って~!!」

 という歓声が上がるのが同時だった。
 センターが捕球するのを見て、男性が指示を出し、今度はもっと手前のショートにフライが上がった。

 ゆっくりと、向きを変えて、校門へ向かう。
 女の子達の歓声を背中に聞きながら。

 まだ小さかった頃は、かなちゃについて、よく小学校に練習を見に行っていた。
 あんな風に声を上げて、後からナオに集中出来ないと怒られたけど、まんざらでもない顔をしていた―――と思う。
 まだ父が生きていた頃だ。

 もし、あのまま、父が生きていたら。

 今もあんな風に声を上げて、応援していたのかな?
 ナオも、あの頃みたいに、素直に・・・笑っていてくれたのかな?

 もし、父が生きていたら。

 ナオは隣に住んでるだけのヤツなんか気にせず、可愛い彼女を作って、野球を楽しんでたかもしれない。
 少なくとも、友達に心配されるほど、自分を追い詰めて、傷つけたりはしなかっただろう。

 もし、私がいなかったら。

 きっと、ナオはナオらしくいられたに違いない。

 唇を噛み締めて、
 ゴメンね、ナオ
 と、心の中で呟いた。

 謝ることしか出来なくて、ゴメンね。
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