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1.Cape jasmine
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たっ、たっ、たっ―――という軽快な足音に、洗濯物を干す手を止めて、階下を覗き込んだ。
朝早いと他の音が無いから、6階でもよく聞こえる。
いつもと変わらない時間に、いつもと同じように走って行く見慣れた後ろ姿。
―――隣に住んでんのに、俺に聞くんだ?
隣に住んでいても遠いよ、ケイマ君。
ここからじゃ、ナオの顔は見えないから。
「おはよ、スミちゃん。」
不意に呼び掛けられて、ハッとなる。境界壁の間から、かなちゃが顔を覗かせていた。
「おはよ、早いね?」
「今日は試合あるからね~、保護者は大変なのよ。」
そう言って、かなちゃが苦笑する。レギュラーは一旦、学校に集合して、そこから保護者の車に分かれて乗って会場に行くそうだ。今日は帰りが配車で、行きはお茶当番だとか言ってたっけ。
「まぁ、でも、今年で最後だし。」
その言葉にちょっと驚いて、洗濯物を広げる手を止めて見ると、かなちゃがちょっと寂しげに笑った。
「高校ではやらないかもって。」
「そうなの?」
「うん、昔からプロとか目指してないしって、言ってはいたんだけどね~。」
聞きながら、もう見えなくなった背中を、坂の向こうに追いかけた。
ナオがどういうつもりでそう言ったのかはわからない。わからないけど、ひどく居たたまれない気持ちになる。
「スミちゃんも、来る?」
言われて目を瞬いた。試合を見に行かなくなってずいぶん経つ。それこそ、父が亡くなったあの日から、だ。
かなちゃがそっと、小さく微笑む。
「最後だし、昔みたいに。」
言われて、視線を伏せた。
昔みたいに―――?
「…ナオが、嫌がるかも…」
口にした言葉は、自分でも驚くほど小さな声になってしまった。
「ええ?大丈夫よ~、行きも帰りも別々だから。見えない所で、応援してあげて。」
見えないとこって…と、ちょっとだけ笑ったら、かなちゃの手が髪を撫でてくれた。それに委ねながら目を閉じる。
昨日「とりあえず、いじめは無いって」と伝えたけど、当然ながらそれだけでは終わらなかった。
結局、ナオが人のスマホを壊した理由―――私の写真を盗み撮りされていた事を言うしかなかったけど、かなちゃはそれを聞くと、「あー、なるほどね」と、何故かスンナリ納得していた。
「ゴメンね」
「何でスミちゃんが謝るのよ~、盗み撮りなんてしたコが悪いんでしょ?好きなら面と向かって言えってのよ、ねぇ?」
そう言ってかなちゃはカラカラ笑った。
「でも、その事スミちゃんは知らなかったのよね?」
「あ、うん…」
「なのに何で、ナオは…」
「…あ…」
何も言えずに黙り込むと、かなちゃが意味ありげに笑った。
「わかった、ナオずっと不機嫌だし、怒ってるんでしょ?」
「え…」
「わかる、わかる。スミちゃん、ちょっと無防備過ぎるもんね」
「…無防備?私?」
「そー、なんか油断してるっぽいって言うか。まあ、ナオがあんだけ近くにいたら無理もないけどさ」
うんうん、としたり顔でうなずいて、かなちゃが顔を近付けてきた。
「もうね、中3なんだから。それでなくても、スミちゃんはちょっと大人っぽいし、変なのに気に入られないようにしないとね?何だかんだ言って、腕力じゃ男には敵わないんだから。特に男ってのは、気持ちが無くてもそーゆう事出来ちゃう生き物だしね」
気持ちが、無くても―――
「特に中高生なんて盛ってるんだから、要注意よ!!」
そうか、そうだよね。
怒っていたからなんだ、と思えば、まだ納得出来るかも知れない。そう言えば、何で服着ないんだって言われたっけ。
それで、警戒心持たせようと思って?
バカだな…逆効果だよ。
挙げ句、後悔して、落ち込んでる、なんて…
無意識に乾いた笑みを浮かべてしまったんだと思う。かなちゃがぽんっと、私の頭に手をおいた。
「そうそう、気にしないのよ。ナオが勝手にやった事なんだから。まぁ、だからってスマホぶっ壊すのはどうかとは思うけどねぇ」
「かなちゃ、その事なんだけど、ナオはもしかしたら知られたく無かったのかも…。踏んづけただけって言ってたんだよね?」
「あー、そうね…。ナオ、格好つけしぃだもんねぇ…」
ふと気付いて釘を刺したのは、もしかしたらケイマ君がナオに責められるかも知れないと思ったからだ。
実際、いじめ云々とか言って怒らせなければ、ケイマ君も教えてはくれなかったかも知れない。
「オッケ、たっくんには内緒にしとく!でも、ナオとはさ、早目に仲直りしてあげてね?」
そう言って、片目を瞑って見せたかなちゃは、筋金入りの親バカだ。
理由をしつこく聞いてはこないけど、ナオの様子がおかしい事を気にして、それで、今日も誘ってきたに違いない。
「そ、だね。行こっかな…」
ケイマ君に言われたものの、結局何も出来ずにいたから…なんて、ただの言い訳だけど。
ナオを放っておけない、それだけは確かだ。
ホントはこのまま離れてしまうのが1番だと、わかっていたけれど。
朝早いと他の音が無いから、6階でもよく聞こえる。
いつもと変わらない時間に、いつもと同じように走って行く見慣れた後ろ姿。
―――隣に住んでんのに、俺に聞くんだ?
隣に住んでいても遠いよ、ケイマ君。
ここからじゃ、ナオの顔は見えないから。
「おはよ、スミちゃん。」
不意に呼び掛けられて、ハッとなる。境界壁の間から、かなちゃが顔を覗かせていた。
「おはよ、早いね?」
「今日は試合あるからね~、保護者は大変なのよ。」
そう言って、かなちゃが苦笑する。レギュラーは一旦、学校に集合して、そこから保護者の車に分かれて乗って会場に行くそうだ。今日は帰りが配車で、行きはお茶当番だとか言ってたっけ。
「まぁ、でも、今年で最後だし。」
その言葉にちょっと驚いて、洗濯物を広げる手を止めて見ると、かなちゃがちょっと寂しげに笑った。
「高校ではやらないかもって。」
「そうなの?」
「うん、昔からプロとか目指してないしって、言ってはいたんだけどね~。」
聞きながら、もう見えなくなった背中を、坂の向こうに追いかけた。
ナオがどういうつもりでそう言ったのかはわからない。わからないけど、ひどく居たたまれない気持ちになる。
「スミちゃんも、来る?」
言われて目を瞬いた。試合を見に行かなくなってずいぶん経つ。それこそ、父が亡くなったあの日から、だ。
かなちゃがそっと、小さく微笑む。
「最後だし、昔みたいに。」
言われて、視線を伏せた。
昔みたいに―――?
「…ナオが、嫌がるかも…」
口にした言葉は、自分でも驚くほど小さな声になってしまった。
「ええ?大丈夫よ~、行きも帰りも別々だから。見えない所で、応援してあげて。」
見えないとこって…と、ちょっとだけ笑ったら、かなちゃの手が髪を撫でてくれた。それに委ねながら目を閉じる。
昨日「とりあえず、いじめは無いって」と伝えたけど、当然ながらそれだけでは終わらなかった。
結局、ナオが人のスマホを壊した理由―――私の写真を盗み撮りされていた事を言うしかなかったけど、かなちゃはそれを聞くと、「あー、なるほどね」と、何故かスンナリ納得していた。
「ゴメンね」
「何でスミちゃんが謝るのよ~、盗み撮りなんてしたコが悪いんでしょ?好きなら面と向かって言えってのよ、ねぇ?」
そう言ってかなちゃはカラカラ笑った。
「でも、その事スミちゃんは知らなかったのよね?」
「あ、うん…」
「なのに何で、ナオは…」
「…あ…」
何も言えずに黙り込むと、かなちゃが意味ありげに笑った。
「わかった、ナオずっと不機嫌だし、怒ってるんでしょ?」
「え…」
「わかる、わかる。スミちゃん、ちょっと無防備過ぎるもんね」
「…無防備?私?」
「そー、なんか油断してるっぽいって言うか。まあ、ナオがあんだけ近くにいたら無理もないけどさ」
うんうん、としたり顔でうなずいて、かなちゃが顔を近付けてきた。
「もうね、中3なんだから。それでなくても、スミちゃんはちょっと大人っぽいし、変なのに気に入られないようにしないとね?何だかんだ言って、腕力じゃ男には敵わないんだから。特に男ってのは、気持ちが無くてもそーゆう事出来ちゃう生き物だしね」
気持ちが、無くても―――
「特に中高生なんて盛ってるんだから、要注意よ!!」
そうか、そうだよね。
怒っていたからなんだ、と思えば、まだ納得出来るかも知れない。そう言えば、何で服着ないんだって言われたっけ。
それで、警戒心持たせようと思って?
バカだな…逆効果だよ。
挙げ句、後悔して、落ち込んでる、なんて…
無意識に乾いた笑みを浮かべてしまったんだと思う。かなちゃがぽんっと、私の頭に手をおいた。
「そうそう、気にしないのよ。ナオが勝手にやった事なんだから。まぁ、だからってスマホぶっ壊すのはどうかとは思うけどねぇ」
「かなちゃ、その事なんだけど、ナオはもしかしたら知られたく無かったのかも…。踏んづけただけって言ってたんだよね?」
「あー、そうね…。ナオ、格好つけしぃだもんねぇ…」
ふと気付いて釘を刺したのは、もしかしたらケイマ君がナオに責められるかも知れないと思ったからだ。
実際、いじめ云々とか言って怒らせなければ、ケイマ君も教えてはくれなかったかも知れない。
「オッケ、たっくんには内緒にしとく!でも、ナオとはさ、早目に仲直りしてあげてね?」
そう言って、片目を瞑って見せたかなちゃは、筋金入りの親バカだ。
理由をしつこく聞いてはこないけど、ナオの様子がおかしい事を気にして、それで、今日も誘ってきたに違いない。
「そ、だね。行こっかな…」
ケイマ君に言われたものの、結局何も出来ずにいたから…なんて、ただの言い訳だけど。
ナオを放っておけない、それだけは確かだ。
ホントはこのまま離れてしまうのが1番だと、わかっていたけれど。
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