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1.Cape jasmine
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最初に母が連れてきたのは、母自身が気に入って履いているシューズブランドのショップだった。
というのも、歩き出してすぐ母に言われたからだ。
「靴、それしかなかったの?」
「え?おかしい?」
「うん。」
まさかの即答。履いていたのは、最近流行のファストファッションブランドで、去年980円で買ったものだ。まだくたびれてないし、結構気に入ってるサンダルだったんだけど。
「ちょうどいいから、買いに行こう。」
その言葉に、思わず立ち止まった。
まじまじと見つめると、気付いた母が肩を竦める。
「一応、毎年あげてたでしょ?」
「…かなちゃからなのかと思ってた」
割とひどい事言ったかもしれない。でも母は困ったように笑っただけだった。
多分、自分でもわかってたんだろう。この7年の間、ずっと逃げ続けてた事に。そしてそれは、私も同じだったけど。
人通りの多いアーケードの途中にその店はあった。
紳士物のイメージが強いブランドだったけれどレディースも扱っていて、母曰く、奇をてらわないデザインと履き心地の良さが気に入っているのだそうだ。
実際に勧められたサンダルは、ちょっとヒールが高かったけれど、中底にクッション性があって、思いの外安定感があった。
「じゃあ、それにしよう。」
「…でも、高いよ。」
何気に一万円オーバーだ。高校生が履く値段じゃ無くない?
「もう、サイズ変わらないでしょ。服はチープなものでいいけど、靴とバッグは出来るだけ良いのを身につけるようにしなさい」
そう言って支払いに向かう母を見送って、もう一度鏡に向き直った。
ひょろりとした貧相な身体にショートボブの、まるで女っ気のないヤツが鏡に映ってる。
白いブラウスは、胸元と裾にレースが付いていて、幅広なボーイフレンドデニムを甘くしてる。それを引き締めるように鮮やかな赤いサンダル。
綺麗な赤い色は、それまで買ったことの無いもので、私1人で来てたらまず買ってなかったと思う。
まるで、真っ赤なルージュを引いたように、それだけで、女を主張しているかのようだ。
店内の照明を受けて、胸元の石が光る。無意識に指でそれに触れた。
「それ、さっきのヤツ?」
いつの間にか母がすぐ後ろに立っていた。鏡越しに目が合うと、ふ、と、目で微笑む。
「よく、似合うよ。もう立派に“オンナ”なんだね」
“オンナ”?…って、どこが?
そう思ったのが顔に出たのか、母は苦笑してぽんと肩を叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『そいつ、アンタのこと隠し撮りしてたんだよ』
そう言われた時、正直あまりピンとこなかった。実際にナオがスマホ壊してるから本当だったんだろうけど。
165を超えている母に似て、子供の頃から大柄だったから、小学校までは周りの男子達も、ナオを含め自分より小さな子が多かった。
髪も肩より伸ばした事が無いし、細いと言えば聞こえがいいけど、ただの子供体型だと思う。お腹は出てないけど、出るとこも全く出てないのだ。
「ほら、中身もさ、毎日特売チェックしてるオバチャンだし?」
「…まぁ、中身は外からわからないから」
いつものように、晩御飯を考えながら呟くと、やっぱり本を読みながら、“リツ”が苦笑交じりに相槌を打ってくれた。
夏休み明けから、昼休みは南校舎に来るようになった。そこは彼女の特等席だったみたいだけど、文句は言われなかったからいいんだと思う。
野崎律花―――というから、じゃありっちゃん、と言ったら、「ちゃんはやめて」と断固拒否された―――リツとは、一緒にいてもそんなに話はしなかった。
大抵リツは本を読んでいて、自分はスマートフォンのアプリで特売情報を見ては晩御飯のメニューを考えていたから。
リツは色々聞いてこないし、私も聞かない。それが今の自分には居心地が良い。
きっかけは、変な話、ブラジャーだった。
「え、みやまん、それ何?」
体育の着替え中にいきなり言われて、逆に驚いた。
「え、何って…?」
「わー、ちょっと、見てみて、かわいーっっ」
わらわらと人が集まってくる。着ようとしていた体操服で胸元を隠したけれど、見せて見せてと寄ってくる。何だろう?
「このブラ、どこで買ったの?もしかして、パンツとおそろ?イズミヤじゃないよね?“街”で買ったの?」
言い当てられて、ドキリとした。
着ていたのは、ついこの間の休みに、かなちゃに連れられて行った、隣町のランジェリーショップで買ったセットの1つだ。
あれ以来、カップ付きのキャミソールが着づらくなって、本当なら母に相談するべきだったのだろうけど、何となくかなちゃに相談してしまった。
すると、もう年頃だし、いい機会だからちゃんと測りに行こうという話になった。母にはかなちゃが話し、お金もちゃんと準備したから、気にせず気に入ったの買おうね~と、やけに嬉しそうだったのは何でだろう?
店員さんにキチンと測ってもらって、色々勧められながら選んだのは、白地に控えめなレースが飾られたものや、ブルーの小花柄のものだったりで、決して“かわいーっ”と絶叫されるようなものでは無いと思っていたのに。
「いいよね~、うちなんか、ママがまだ早いって。」
「うちもー、綿でじゅーぶんよって、もー、ありえーん。」
そういうものなんだろうかと思いながら、手早く体操服を着込むと、離れたところから、ぷっ…と誰かが吹き出すのが聞こえた。
「えー」
「だって…じゃない…?」
そのグループはこっちを見ながら、クスクスと笑っている。
何だか嫌なカンジだなと思いながら、更衣室を出ようと側を通った時だった。
「“ない”のに何張り切ってんのってカンジ?」
以前の自分だったら、「は?何言ってんの?」と睨み付けて終わってたのに。
何も言えないまま、逃げるように更衣室を飛び出した。
最初に母が連れてきたのは、母自身が気に入って履いているシューズブランドのショップだった。
というのも、歩き出してすぐ母に言われたからだ。
「靴、それしかなかったの?」
「え?おかしい?」
「うん。」
まさかの即答。履いていたのは、最近流行のファストファッションブランドで、去年980円で買ったものだ。まだくたびれてないし、結構気に入ってるサンダルだったんだけど。
「ちょうどいいから、買いに行こう。」
その言葉に、思わず立ち止まった。
まじまじと見つめると、気付いた母が肩を竦める。
「一応、毎年あげてたでしょ?」
「…かなちゃからなのかと思ってた」
割とひどい事言ったかもしれない。でも母は困ったように笑っただけだった。
多分、自分でもわかってたんだろう。この7年の間、ずっと逃げ続けてた事に。そしてそれは、私も同じだったけど。
人通りの多いアーケードの途中にその店はあった。
紳士物のイメージが強いブランドだったけれどレディースも扱っていて、母曰く、奇をてらわないデザインと履き心地の良さが気に入っているのだそうだ。
実際に勧められたサンダルは、ちょっとヒールが高かったけれど、中底にクッション性があって、思いの外安定感があった。
「じゃあ、それにしよう。」
「…でも、高いよ。」
何気に一万円オーバーだ。高校生が履く値段じゃ無くない?
「もう、サイズ変わらないでしょ。服はチープなものでいいけど、靴とバッグは出来るだけ良いのを身につけるようにしなさい」
そう言って支払いに向かう母を見送って、もう一度鏡に向き直った。
ひょろりとした貧相な身体にショートボブの、まるで女っ気のないヤツが鏡に映ってる。
白いブラウスは、胸元と裾にレースが付いていて、幅広なボーイフレンドデニムを甘くしてる。それを引き締めるように鮮やかな赤いサンダル。
綺麗な赤い色は、それまで買ったことの無いもので、私1人で来てたらまず買ってなかったと思う。
まるで、真っ赤なルージュを引いたように、それだけで、女を主張しているかのようだ。
店内の照明を受けて、胸元の石が光る。無意識に指でそれに触れた。
「それ、さっきのヤツ?」
いつの間にか母がすぐ後ろに立っていた。鏡越しに目が合うと、ふ、と、目で微笑む。
「よく、似合うよ。もう立派に“オンナ”なんだね」
“オンナ”?…って、どこが?
そう思ったのが顔に出たのか、母は苦笑してぽんと肩を叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『そいつ、アンタのこと隠し撮りしてたんだよ』
そう言われた時、正直あまりピンとこなかった。実際にナオがスマホ壊してるから本当だったんだろうけど。
165を超えている母に似て、子供の頃から大柄だったから、小学校までは周りの男子達も、ナオを含め自分より小さな子が多かった。
髪も肩より伸ばした事が無いし、細いと言えば聞こえがいいけど、ただの子供体型だと思う。お腹は出てないけど、出るとこも全く出てないのだ。
「ほら、中身もさ、毎日特売チェックしてるオバチャンだし?」
「…まぁ、中身は外からわからないから」
いつものように、晩御飯を考えながら呟くと、やっぱり本を読みながら、“リツ”が苦笑交じりに相槌を打ってくれた。
夏休み明けから、昼休みは南校舎に来るようになった。そこは彼女の特等席だったみたいだけど、文句は言われなかったからいいんだと思う。
野崎律花―――というから、じゃありっちゃん、と言ったら、「ちゃんはやめて」と断固拒否された―――リツとは、一緒にいてもそんなに話はしなかった。
大抵リツは本を読んでいて、自分はスマートフォンのアプリで特売情報を見ては晩御飯のメニューを考えていたから。
リツは色々聞いてこないし、私も聞かない。それが今の自分には居心地が良い。
きっかけは、変な話、ブラジャーだった。
「え、みやまん、それ何?」
体育の着替え中にいきなり言われて、逆に驚いた。
「え、何って…?」
「わー、ちょっと、見てみて、かわいーっっ」
わらわらと人が集まってくる。着ようとしていた体操服で胸元を隠したけれど、見せて見せてと寄ってくる。何だろう?
「このブラ、どこで買ったの?もしかして、パンツとおそろ?イズミヤじゃないよね?“街”で買ったの?」
言い当てられて、ドキリとした。
着ていたのは、ついこの間の休みに、かなちゃに連れられて行った、隣町のランジェリーショップで買ったセットの1つだ。
あれ以来、カップ付きのキャミソールが着づらくなって、本当なら母に相談するべきだったのだろうけど、何となくかなちゃに相談してしまった。
すると、もう年頃だし、いい機会だからちゃんと測りに行こうという話になった。母にはかなちゃが話し、お金もちゃんと準備したから、気にせず気に入ったの買おうね~と、やけに嬉しそうだったのは何でだろう?
店員さんにキチンと測ってもらって、色々勧められながら選んだのは、白地に控えめなレースが飾られたものや、ブルーの小花柄のものだったりで、決して“かわいーっ”と絶叫されるようなものでは無いと思っていたのに。
「いいよね~、うちなんか、ママがまだ早いって。」
「うちもー、綿でじゅーぶんよって、もー、ありえーん。」
そういうものなんだろうかと思いながら、手早く体操服を着込むと、離れたところから、ぷっ…と誰かが吹き出すのが聞こえた。
「えー」
「だって…じゃない…?」
そのグループはこっちを見ながら、クスクスと笑っている。
何だか嫌なカンジだなと思いながら、更衣室を出ようと側を通った時だった。
「“ない”のに何張り切ってんのってカンジ?」
以前の自分だったら、「は?何言ってんの?」と睨み付けて終わってたのに。
何も言えないまま、逃げるように更衣室を飛び出した。
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