雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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「どした?何かあったのか?」

 買い物を終えて家に帰るなり、ナオにソファーへ連行された。座ってる私の前に膝をついて覗き込んでくる顔は、少し心配そうに眉を下げている。

 こんな時でもオカン発揮だなんて。
 ホント、バカだ。
 自分の人生捧げるなんて、そんなの重過ぎるよ?私でなくても逃げるから。

「何も無いよ?」

 言いながら口角を押し上げて、ナオの首筋に腕を回した。顔を傾けながらゆっくりと唇を近付けると、察したナオが軽く仰反る。

 そっか、そうだよね。
 チクリと走った胸の痛みを、乾いた笑いで誤魔化した。

「ゴメン、私からは嫌だった?」
「いや…」

 反射的に否定するなんて、ホント優し過ぎ。もう一度笑って見せてから立ち上がった。

「スミ、ホントにどした…「ナオ」」

 背中を向けたままで、こっそり息を吸い込んで、吐いた。

「今度から、ちゃんと決めてからにしよう?」
「決めるって、何を?」

 目を閉じて、もう一度息を吸った。
 さあ、終わりにしよう。

「お礼、だよ。今日はお醤油一本運んでもらっただけだから、キス一回が妥当かな?」
「は…?」

 ナオにしては間の抜けた声を聞きながら、ゆっくりと振り返る。震えそうになる自分を心の中で叱り飛ばしながら、真っ直ぐに顔を上げて、固まった様に立ち竦むナオを見た。

「“等価交換”?ていうのかな、対価っていうか」

 ナオが眉を顰める。それ以上耐えられなくて視線を伏せたけど、頑張って口角だけは上げて見せた。

「でないと、きりが無いっていうか、やっぱり、こういう事は、好きな人とするのが1番だと思うし。」

 ぶっちゃけブーメランだと思う。
 でも大丈夫。まだ笑えてる。

「そりゃ、ナオは男だし、最初失敗すると恥ずかしいから練習したいのかも知れないけど。あたしは、ほら、一応女だし?」

 戯ける様に少し首を傾げた時、グッと肩を掴まれた。

「お前、何言ってるんだ?」
「だから…」

 好きな人とだけにしなよ!

 少し苛立たしい気持ちで言い返そうとした時、ピコン―――と、またあの電子音が鳴り響いた。
 リビングのローテーブルに置いていたスマートフォンを見ると、やっぱりというか、かなちゃからだった。

「今日は、肉じゃがだって。」

 “一回戻って持っていって”というメッセージに笑った。ここにも“オカン”がいる。そう思うと泣きたくなって、誤魔化す様に呟いた。

「ナオんちって、肉じゃが多いよね。」

 そう呟いた時、ふ…と見下ろすスマホに影が落ちて、顔を上げた直ぐそこにナオが立っていた。

「カレーが、NGだからだよ。」

 そう言ったナオが、頬を歪めて笑った。

「コンソメの代わりに出汁ダシを入れて煮込んだら、肉じゃがなんだよ。知らなかったのか?」

 カレー、ずっと、食べてないだろ?と、追い打ちをかける様に言われて。

 笑った。
 他にもう、どうする事も出来なかった。

「そ、か…」

 言いながら、震える指で、髪をかき上げる。

「うちって、ホントどうしようも無いね…。親子揃って―――」

 その手を、掴まれた。
 顔を上げた先で、ナオが昏く微笑んでいる。

「六年分」

 低い声が鼓膜を揺らす。

「カレーの、等価交換だ。」

 吐き捨てる様に言ったナオが、噛み付く様に口を開けるのを見て、咄嗟に口を引き結んだ。強く吸って、唇をベロリと舐めたナオが顔を顰める。

「開けろ」

 答える代わりに口角を上げると、ナオが片目を細めて舌打ちし、かがみ込む様に身体を倒すと、そのまま私を子供抱きにした。

 リビングを抜けて、玄関横の部屋のドアを乱暴に開けると、ベッドの上に乱暴に落とされる。
 衝撃に目を閉じた隙に覆い被さったナオが再び口を塞いだ。慌てて口を噤み、背けようとした頬を掴まれる。親指まで使ってこじ開けようとするのを頑なに拒んだ。

 だって、キスはだめだ。
 きっとバレてしまう。

「っそ…」

 大きく息を吐いたナオが身体を起こした。頬の手の平が首筋を滑り、シャツの内側をひと撫でしてから離れる。
 そのまま、左肩を掴んだかと思うと、ジャンバースカートの肩ホックを勢いよく外した。

 ハッとして見上げた先で、ナオの目が怒りを孕んでギラリと光っていた。
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