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1.Cape jasmine
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
模試の結果はまあまあだった。
何とか、長篠に入れそう?なレベル。正直私的には、もうちょっと余裕あるところに行きたかったんだけど仕方ない。
「じゃあ、長篠で決定なんだ?」
「うん、リツも?」
「うん。長篠は進学校だけど、そんなにギスギスしてないよって」
そう言って微笑んだリツの顔は、すっかり“オンナノコ”になっていた。
こないだ塾の帰り道で知らない人に後をつけられたリツは、逃げ込んだコンビニで、バイトしてたコウさんに出会った。
駆け込んできたリツのただならぬ様子を見たコウさんは、直ぐオーナーさんに連絡して許可を取ると、リツをバックヤードに匿い警察に連絡をしてくれたのだという。
写真で見るコウさんはホントに普通っていうか、ものすごくカッコいい見た目では無いけど、落ち着いた雰囲気の、とても優しい目をした男性で、リツは側にいるととても安心出来ると言っていた。
それが恋なのかどうかはわからない。コウさんには『それは吊り橋効果だよ』と笑われたらしいけど。
「でも、一緒にいない時でも、コウさんの事考えるんだ。思い出すと、何か変な感じがするっていうか…」
「変な感じ?」
「この辺がもやもやして、読書に集中出来ない」
胸元を押さえたリツは何だか不貞腐れたような顔で、それがおかしくて可愛かった。
「コウさんの事、好きなの?」
「…どうなんだろう…そもそも、“好き”ってのが良くわからない…」
そう言って、リツは遠くを見るような目をして押し黙った。コウさんの事を考えているのかもしれない。ペントハウスの扉の前の段差に腰かけたまま、膝に頬杖をついた。
遠くの喧騒がわずかに届くだけの、静かなその場所は、そこだけ切り取られた異空間みたいだ。
ここに座る私達も、学校の中にいながら、そこに属さない異分子の様な錯覚を覚える―――実際、異分子なのかもしれない。
教室でたわいない会話を聞き流しながら、頭の中で考えるのはナオの事だ。
カッコいいよね、見てるだけでドキドキする!…なんて、そんな生易しい感情じゃない。
胸に響く低い声。
温もりの混じる香り。
ざらりとした肉厚なそれの感触を思い出しては、胸が騒ぎ、舌先が疼く。
そんな自分が浅ましくて、そのくせ、拒む事も出来ないのが情けなかった。
彼女いるんじゃないの?
聞いてみればいいのに、出来ないのは怖かったからだ。
中学3年生にもなれば、恋バナなんて下手すれば猥談だ。少しススんでるコ達は教室で自慢げに話していた。
『彼氏とシタけど、やっぱ慣れてないからチョー痛かった』
『知識だけはあるからウザいよね、指でグリグリされても痛いだけなんだっつーの』
『そのクセ入れていい?入れていい?って、サカり過ぎなんだよ』
『入れたら入れたで痛いし!』
『慣れてる相手とだったら気持ちーのかな?』
『えー、試してみる?』
『誰とよ?進藤君とか?』
そう言いながら笑う彼女達の視線を、気付かないフリでやり過ごしても、その言葉はしこりの様に残って、離れなくなった。
慣れてる?
だから、―――気持ちが良いの?
そんな時だったのだ。
「老後の面倒見ないといけないのが、3人いるからな。」
その言葉に息を呑んだ。3人って、まさかうちのお母さんも入ってる…?
放課後の教室。ナオはその日、三者面談を終えた所で、ケイマ君と進路の事で話をしていた。
「…それ、担任にも言ったんだ?」
ナオが頷くと、向かいに座っていたケイマ君が眉を下げた。情けなさそうな、やり切れなさそうな。それだけで、ナオの顔が今、どんな顔になっているのかわかった。
きっと、難しい顔をしてる―――無意識に手の平を握りしめた。
「いやいやいや、実に堅実で見事な…」
「文句あるか?」
「いや、全然無いよ。うん、そんなもん、ちゃー、そんなもんかな?」
言いながら、ケイマ君が乾いた笑い声をあげた。
「や、だってさー、割と手に届きそうなところに、大きな夢?っていうか、そういうのが現実的になりそうな立場なのに、勿体ないっていうか、羨ましいっていうか…」
「夢?」
「プロ野球選手、とか?」
「無いな。」
「早っ」
ケイマ君が額に手を当てて、ナオを上目遣いに見た。
「何だよー、俺らまだ中学生なんだぞー、夢見せろやー。」
「もう、中学生だろ。5年経ったら成人式なのに、そんな悠長な事言ってられるか。」
「こえー、大学卒業したら、ソッコー結婚しそうだわ。」
そこでナオが黙り込んだ。
当たり前だ、そんな人生あり得ない。あって良い訳ない。
同意する様にため息を吐いたケイマ君が、ふと顔を上げた。
「あ、あー、と、ミヤマ、さん…」
咄嗟に踵を返した。
「先、帰るね」とか、言った気もしたけど、とにかく必死で走った。それなのに、昇降口に着く前にはナオに腕を取られてた。
「今日は醤油買うんだろ?」
「あー、うん。でも、1人で大丈夫だよ。雨も降ってないし…」
「何言ってんだ?どーせ同じとこ帰るのに」
呆れた様に言ったその声はいつもと変わらなかったけど、怖くて顔を見る事が出来ない。その俯いていた私の背中に、大きな手の平が当てられたのを感じて、ビクッと背中を逸らした。
「スミ?」
「あ…、靴、履き替えてくる、ね」
何とか出した声は小さく震えた。逃げる様に自分の下駄箱へ走って息を吐く。
たかが背中を触られただけじゃん?
何それだけで感じちゃってんの?
バカバカしさに笑いが込み上げた。
終わりにしなきゃいけない。
こんなバカな関係は。
―――ナオの為に
模試の結果はまあまあだった。
何とか、長篠に入れそう?なレベル。正直私的には、もうちょっと余裕あるところに行きたかったんだけど仕方ない。
「じゃあ、長篠で決定なんだ?」
「うん、リツも?」
「うん。長篠は進学校だけど、そんなにギスギスしてないよって」
そう言って微笑んだリツの顔は、すっかり“オンナノコ”になっていた。
こないだ塾の帰り道で知らない人に後をつけられたリツは、逃げ込んだコンビニで、バイトしてたコウさんに出会った。
駆け込んできたリツのただならぬ様子を見たコウさんは、直ぐオーナーさんに連絡して許可を取ると、リツをバックヤードに匿い警察に連絡をしてくれたのだという。
写真で見るコウさんはホントに普通っていうか、ものすごくカッコいい見た目では無いけど、落ち着いた雰囲気の、とても優しい目をした男性で、リツは側にいるととても安心出来ると言っていた。
それが恋なのかどうかはわからない。コウさんには『それは吊り橋効果だよ』と笑われたらしいけど。
「でも、一緒にいない時でも、コウさんの事考えるんだ。思い出すと、何か変な感じがするっていうか…」
「変な感じ?」
「この辺がもやもやして、読書に集中出来ない」
胸元を押さえたリツは何だか不貞腐れたような顔で、それがおかしくて可愛かった。
「コウさんの事、好きなの?」
「…どうなんだろう…そもそも、“好き”ってのが良くわからない…」
そう言って、リツは遠くを見るような目をして押し黙った。コウさんの事を考えているのかもしれない。ペントハウスの扉の前の段差に腰かけたまま、膝に頬杖をついた。
遠くの喧騒がわずかに届くだけの、静かなその場所は、そこだけ切り取られた異空間みたいだ。
ここに座る私達も、学校の中にいながら、そこに属さない異分子の様な錯覚を覚える―――実際、異分子なのかもしれない。
教室でたわいない会話を聞き流しながら、頭の中で考えるのはナオの事だ。
カッコいいよね、見てるだけでドキドキする!…なんて、そんな生易しい感情じゃない。
胸に響く低い声。
温もりの混じる香り。
ざらりとした肉厚なそれの感触を思い出しては、胸が騒ぎ、舌先が疼く。
そんな自分が浅ましくて、そのくせ、拒む事も出来ないのが情けなかった。
彼女いるんじゃないの?
聞いてみればいいのに、出来ないのは怖かったからだ。
中学3年生にもなれば、恋バナなんて下手すれば猥談だ。少しススんでるコ達は教室で自慢げに話していた。
『彼氏とシタけど、やっぱ慣れてないからチョー痛かった』
『知識だけはあるからウザいよね、指でグリグリされても痛いだけなんだっつーの』
『そのクセ入れていい?入れていい?って、サカり過ぎなんだよ』
『入れたら入れたで痛いし!』
『慣れてる相手とだったら気持ちーのかな?』
『えー、試してみる?』
『誰とよ?進藤君とか?』
そう言いながら笑う彼女達の視線を、気付かないフリでやり過ごしても、その言葉はしこりの様に残って、離れなくなった。
慣れてる?
だから、―――気持ちが良いの?
そんな時だったのだ。
「老後の面倒見ないといけないのが、3人いるからな。」
その言葉に息を呑んだ。3人って、まさかうちのお母さんも入ってる…?
放課後の教室。ナオはその日、三者面談を終えた所で、ケイマ君と進路の事で話をしていた。
「…それ、担任にも言ったんだ?」
ナオが頷くと、向かいに座っていたケイマ君が眉を下げた。情けなさそうな、やり切れなさそうな。それだけで、ナオの顔が今、どんな顔になっているのかわかった。
きっと、難しい顔をしてる―――無意識に手の平を握りしめた。
「いやいやいや、実に堅実で見事な…」
「文句あるか?」
「いや、全然無いよ。うん、そんなもん、ちゃー、そんなもんかな?」
言いながら、ケイマ君が乾いた笑い声をあげた。
「や、だってさー、割と手に届きそうなところに、大きな夢?っていうか、そういうのが現実的になりそうな立場なのに、勿体ないっていうか、羨ましいっていうか…」
「夢?」
「プロ野球選手、とか?」
「無いな。」
「早っ」
ケイマ君が額に手を当てて、ナオを上目遣いに見た。
「何だよー、俺らまだ中学生なんだぞー、夢見せろやー。」
「もう、中学生だろ。5年経ったら成人式なのに、そんな悠長な事言ってられるか。」
「こえー、大学卒業したら、ソッコー結婚しそうだわ。」
そこでナオが黙り込んだ。
当たり前だ、そんな人生あり得ない。あって良い訳ない。
同意する様にため息を吐いたケイマ君が、ふと顔を上げた。
「あ、あー、と、ミヤマ、さん…」
咄嗟に踵を返した。
「先、帰るね」とか、言った気もしたけど、とにかく必死で走った。それなのに、昇降口に着く前にはナオに腕を取られてた。
「今日は醤油買うんだろ?」
「あー、うん。でも、1人で大丈夫だよ。雨も降ってないし…」
「何言ってんだ?どーせ同じとこ帰るのに」
呆れた様に言ったその声はいつもと変わらなかったけど、怖くて顔を見る事が出来ない。その俯いていた私の背中に、大きな手の平が当てられたのを感じて、ビクッと背中を逸らした。
「スミ?」
「あ…、靴、履き替えてくる、ね」
何とか出した声は小さく震えた。逃げる様に自分の下駄箱へ走って息を吐く。
たかが背中を触られただけじゃん?
何それだけで感じちゃってんの?
バカバカしさに笑いが込み上げた。
終わりにしなきゃいけない。
こんなバカな関係は。
―――ナオの為に
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