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1.Cape jasmine
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そんな訳ないじゃん…と、どんなに言っても2人は笑うだけだった。
母は普段あまりナオと交流がなかったから、わからなくても無理は無いけど、ナオが“独占欲”?私に?
ありえなさすぎて、ちょっと笑えた。
「…お母さん」
前を歩く母に声をかけると、ん?と言いながら振り向いた。
暗がりに浮かび上がる白い顔は、化粧っ気が無くて色っぽさに欠ける。小石先輩が、“感じが似ている”と言ったのは、そういうトコなのかもしれない。
「お母さんは、お父さんから何か、アクセサリー貰った事あるの?」
母がアクセサリーを殆ど付けないのを知ってて聞いてみると、母はクスッと笑って、髪を耳にかけた。
そこに光っていたのは、小さなダイヤのピアス。
「ネックレスもリングも苦手だったからね。後は時計かな」
ほっそりとした腕に巻かれている黒い革バンドのそれは、ベルトが細くて機械部分も小さく、緩めに留めてあるせいか、バングルのようにも見える。時計なんて最近しない人が多いのに、なんでつけてるんだろう…とは思ってたけど、それが父からだったとは知らなかった。
でもそう言えば、家にいる時は付けて無くて、仕事を始めてから付けるようになってたっけ。
もしかしたら、母の中ではとっくに、父の死は昇華されてたんだろうか。
そう気が付いて思わず、少し先を行く背中に問いかけた。
「お母さんは…、お父さんのこと、愛してた?」
「…は?」
帰ってきたのは間の抜けた声。
そりゃ思わず、だったし、脈略が無かったとは思うけど、それにしたって…。
こっちを向いた母は、呆気に取られたような顔をしていたけど、ふいっと顔を背けた。
「どうだろうね?」
て、私に聞く?
「アイツには色んな意味でハメられたからねぇ…」
そう言って空を見上げると、しばらくの間月を眺めてから徐に、「恋しかるべき…」と呟いて、自嘲気味に笑った。
「毒されてるよね?B'zじゃないんかい?、ってカンジ。」
心にもあらで浮世に永らえば
恋しかるべき夜半の月かな
心ならずも生き続けていれば
いつかこの月を美しいと懐かしむ日が来るだろうか―――
父は高校の国語教師で、特に古典をよく嗜む人だった。日本の言葉は一つ一つに意味があって、美しいと思わないか?そう言いながら、楽しそうに笑う父とよく一緒に散歩していると、昔ながらの花の名前や、季節に応じた和歌の話を聞かせてくれたっけ。
「ヘンなヤツだったよね、オタクっていうか。あんな顔して、ヘンに拘りがあるっていうか、ぶれないっていうか。」
その言葉に、ちょっとやるせない気持ちになった。
母の性格はわかってたつもりだったけど、ここまで容赦ないとは。
もっと違う言い方なくない?
少なくとも、私の中のお父さんは、“穏やかで物静かな優しい人”なんだけど?!
「一緒に暮らそうって言ってきた時にも、パスタとカレーしかまともに作れないって言うから、あ、そうなんだーと思ってたら、ルーから作りやがったからね、アイツは。さすがにあんたが産まれてからは市販のルーを使い出したけど、添加物とか、まー、うるさかったよ」
玉ねぎを飴色になるまでじっくり炒めたり、国産野菜使用のコンソメをわざわざ買ってきたり…そう聞くとまあ、ちょっと、拘りのある人かな、確かに。
「だからあんたのカレー食べた時に、実感しちゃったんだよね、…アイツ、もういないんだな、て…」
そう言って、視線を落とした母は、ふふっと笑った。
「また作ってよ、カレー。今度はちゃんと コンソメ入れてね?」
さすがに入ってないと味がねぇ…という母の声は聞こえてなかった。
『コンソメ入れたらカレー』
不意に、思い出した。
あの日、ナオが言った言葉を。
「―――作らない。」
「は?…なんで?」
「だって、ナオが言ってた。我が家のせいで、もうずっと食べてないって。だから…」
そう言うと母は一瞬目を見開いてから、腕を組み、顎に手を当てた。
「食べてないって?」
「うん。」
「でも、給食とかには出てるんじゃないの?」
言われてみれば…とは思うけど、そうじゃない。
「かなちゃがカレー作らなくなったのは、私達のせいなんだよ」
だから―――ぎゅっと手を握りしめて、唇の端を押し上げる。大丈夫、わらえる。そう心の中で唱えた時だった。
そっと母の手が伸びてきて、私の頬に触れる。
「…だから、遠慮して言えないんだ?」
「え?」
何を?と聞く前に、再び、ぐっ―――と頬を抓られた。
“たって、たって、よっこ、よっこ、まーるかいて、ちょん!”
最後は、びっっ―――と効果音がつきそうな勢いで引っ張られる。
さっきより強くない?!
涙目で睨むと、母が腕を組んでふふん、と鼻で笑った。
「バッカじゃないの?」
「っ、誰が?!」
「あんたがよ。まぁ良いけどね、あたし的にはコイシ君の方がオススメだし?」
「は?」
なんでここで先輩?
意味がわからないまま頬を押さえる私の手に、母の手が重なった。
「言いたい事はちゃんと言いなさい。どんなに近くにいたって、言葉にしなきゃ伝わらないよ」
言いたい事?
疑問符しか浮かばない私に、母はもう一度微笑んで、また歩き出した。訳がわからないまま追いかける。
「…昼間も言ったけど、何でもいいからやってみたら?生活変わると、気分も変わるもんよ」
前を向いたまま母が言うのを横目に見た。母が仕事を始めたように、って事?
「そうしたら、色々吹っ切れる?」
「…そうね」
そう言って、母は小さく笑った。
その隣を歩きながら、胸元に手を当てると、指先に、小さな花が揺れる。
―――6年分
あの時、そう言ってナオは笑った。それまで見たことも無い顔で。
―――カレーの、等価交換だ
母は普段あまりナオと交流がなかったから、わからなくても無理は無いけど、ナオが“独占欲”?私に?
ありえなさすぎて、ちょっと笑えた。
「…お母さん」
前を歩く母に声をかけると、ん?と言いながら振り向いた。
暗がりに浮かび上がる白い顔は、化粧っ気が無くて色っぽさに欠ける。小石先輩が、“感じが似ている”と言ったのは、そういうトコなのかもしれない。
「お母さんは、お父さんから何か、アクセサリー貰った事あるの?」
母がアクセサリーを殆ど付けないのを知ってて聞いてみると、母はクスッと笑って、髪を耳にかけた。
そこに光っていたのは、小さなダイヤのピアス。
「ネックレスもリングも苦手だったからね。後は時計かな」
ほっそりとした腕に巻かれている黒い革バンドのそれは、ベルトが細くて機械部分も小さく、緩めに留めてあるせいか、バングルのようにも見える。時計なんて最近しない人が多いのに、なんでつけてるんだろう…とは思ってたけど、それが父からだったとは知らなかった。
でもそう言えば、家にいる時は付けて無くて、仕事を始めてから付けるようになってたっけ。
もしかしたら、母の中ではとっくに、父の死は昇華されてたんだろうか。
そう気が付いて思わず、少し先を行く背中に問いかけた。
「お母さんは…、お父さんのこと、愛してた?」
「…は?」
帰ってきたのは間の抜けた声。
そりゃ思わず、だったし、脈略が無かったとは思うけど、それにしたって…。
こっちを向いた母は、呆気に取られたような顔をしていたけど、ふいっと顔を背けた。
「どうだろうね?」
て、私に聞く?
「アイツには色んな意味でハメられたからねぇ…」
そう言って空を見上げると、しばらくの間月を眺めてから徐に、「恋しかるべき…」と呟いて、自嘲気味に笑った。
「毒されてるよね?B'zじゃないんかい?、ってカンジ。」
心にもあらで浮世に永らえば
恋しかるべき夜半の月かな
心ならずも生き続けていれば
いつかこの月を美しいと懐かしむ日が来るだろうか―――
父は高校の国語教師で、特に古典をよく嗜む人だった。日本の言葉は一つ一つに意味があって、美しいと思わないか?そう言いながら、楽しそうに笑う父とよく一緒に散歩していると、昔ながらの花の名前や、季節に応じた和歌の話を聞かせてくれたっけ。
「ヘンなヤツだったよね、オタクっていうか。あんな顔して、ヘンに拘りがあるっていうか、ぶれないっていうか。」
その言葉に、ちょっとやるせない気持ちになった。
母の性格はわかってたつもりだったけど、ここまで容赦ないとは。
もっと違う言い方なくない?
少なくとも、私の中のお父さんは、“穏やかで物静かな優しい人”なんだけど?!
「一緒に暮らそうって言ってきた時にも、パスタとカレーしかまともに作れないって言うから、あ、そうなんだーと思ってたら、ルーから作りやがったからね、アイツは。さすがにあんたが産まれてからは市販のルーを使い出したけど、添加物とか、まー、うるさかったよ」
玉ねぎを飴色になるまでじっくり炒めたり、国産野菜使用のコンソメをわざわざ買ってきたり…そう聞くとまあ、ちょっと、拘りのある人かな、確かに。
「だからあんたのカレー食べた時に、実感しちゃったんだよね、…アイツ、もういないんだな、て…」
そう言って、視線を落とした母は、ふふっと笑った。
「また作ってよ、カレー。今度はちゃんと コンソメ入れてね?」
さすがに入ってないと味がねぇ…という母の声は聞こえてなかった。
『コンソメ入れたらカレー』
不意に、思い出した。
あの日、ナオが言った言葉を。
「―――作らない。」
「は?…なんで?」
「だって、ナオが言ってた。我が家のせいで、もうずっと食べてないって。だから…」
そう言うと母は一瞬目を見開いてから、腕を組み、顎に手を当てた。
「食べてないって?」
「うん。」
「でも、給食とかには出てるんじゃないの?」
言われてみれば…とは思うけど、そうじゃない。
「かなちゃがカレー作らなくなったのは、私達のせいなんだよ」
だから―――ぎゅっと手を握りしめて、唇の端を押し上げる。大丈夫、わらえる。そう心の中で唱えた時だった。
そっと母の手が伸びてきて、私の頬に触れる。
「…だから、遠慮して言えないんだ?」
「え?」
何を?と聞く前に、再び、ぐっ―――と頬を抓られた。
“たって、たって、よっこ、よっこ、まーるかいて、ちょん!”
最後は、びっっ―――と効果音がつきそうな勢いで引っ張られる。
さっきより強くない?!
涙目で睨むと、母が腕を組んでふふん、と鼻で笑った。
「バッカじゃないの?」
「っ、誰が?!」
「あんたがよ。まぁ良いけどね、あたし的にはコイシ君の方がオススメだし?」
「は?」
なんでここで先輩?
意味がわからないまま頬を押さえる私の手に、母の手が重なった。
「言いたい事はちゃんと言いなさい。どんなに近くにいたって、言葉にしなきゃ伝わらないよ」
言いたい事?
疑問符しか浮かばない私に、母はもう一度微笑んで、また歩き出した。訳がわからないまま追いかける。
「…昼間も言ったけど、何でもいいからやってみたら?生活変わると、気分も変わるもんよ」
前を向いたまま母が言うのを横目に見た。母が仕事を始めたように、って事?
「そうしたら、色々吹っ切れる?」
「…そうね」
そう言って、母は小さく笑った。
その隣を歩きながら、胸元に手を当てると、指先に、小さな花が揺れる。
―――6年分
あの時、そう言ってナオは笑った。それまで見たことも無い顔で。
―――カレーの、等価交換だ
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