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2.Yellow star jasmine
乃東枯
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―――いくつだよ、ありゃ…
出て行く背中を見送りながら、顎を撫でた。
まだたったの十五だというのに、伏せた睫毛の色気といったら、末恐ろしい程だ。
一体どんな女と付き合ったらああなるんだか…と、思ったところで、3ヶ月前まで中坊だった事を思い出して苦笑した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私立成陵学園は設立が戦前まで遡る古い学校だ。
県下有数のスポーツエリート校で、特に野球に強 かった―――と、過去形なのはここ十年近くも甲子園から遠ざかっているからに他ならない。
「3月でやっと、勇退される事が決まりましてね。」
そう言って、就任したばかりだという、まだ四十代の若い理事長はニッコリと笑った。
くせ者だな…と見ただけで分かる微笑みで続ける。
「暴力以外なら何をやっても構いません。責任は全てこちらで取ります。」
だから、野球部を創り変えて欲しい―――と。
成陵は20年近く同じ監督が指導していたせいか、旧態依然とした練習法や上下関係がやたらと厳しい事(おそらく学園側がもみ消しているだろう暴力沙汰の痕跡が伺える)などもあり、入部希望者が年々減って、流石の名門も形無しという状況だった。
何しろ部室がタバコ臭いのだ。2,3年生の体付きを見ても、これまでの様子が窺えようと言うもの。
それを創り変える―――というのは剣呑だな、と言うのが正直なところだった。何しろもう年だし…と思いつつ、それでも入ってきた1年生達に、「先生がいるから成陵にしました」と言われれば、もちろん悪い気はしない。
まあ、1年様子を見てみるか…と思い始めていた頃だった。
「今日も走ってたのよ。偉いわよね~、一緒に走ってたコはどうしたのかしら」
やけに嬉しそうに報告しながら、「お父さん、おかわりは?」と聞いてくる“母”に、茶碗を差し出した。
認知症では無い、と医者は言った。心の問題だろうと。
両親はこの年代には珍しく、恋愛結婚だった…とは聞いていた。
葬儀の時は気丈に振る舞っていたから気にしていなかったのだが、四十九日を過ぎても音沙汰が無い事に気付いて訪れた自分の姿を見るなり、母は言ったのだ。
「お父さん、お帰りなさい。今日は早かったのね。」と。
その頃指導していた野球部はもうしっかり体制が整っていたから、早々に辞めて実家に戻った。幸い(?)離婚して独り身だったし、こんな状態の母を1人には出来なかった。
実家の近くにある成陵から声が掛かったのがちょうどその頃で、母の様子を見ながら出来るというのは正直ありがたかった。
そんな母の趣味は家庭菜園で、庭先に作ったささやかな畑にプチトマトだのピーマンだのを植えて朝早くから世話をしていたのだが、新学期早々から毎日ランニングをしている生徒がいると聞かされた。ご近所の息子さんでは無いらしいし、今までいなかった…という事は一年生でさらに寮生だろうと簡単に察しがつく。
成陵学園では広く日本中から生徒を集めているから、寮生は十中八九運動部所属になるが、野球部では無い事に気付いて少し残念に思った。そのぐらい、その男子生徒は良い体格をしていたからだ。
高校から始めるには少し遅いか…とは思いつつ、今いる部員達よりは使えるかも…なんて事を考えていたせいだろう。
「あいつ、お前の 友達か?」
クラブハウスに向かう途中で、ツレと別れたのを見計らって声を掛けた。
風間という、1年の中でも大柄な部員だ。なのにさっきのツレは、並んで歩いているのを見た限りでは、同じくらいの身長だ。やっぱり、デカイ。
「何かやってんのか?」
「いや、今は、やってないです。…中学では野球部だったんですけど」
思わぬ情報に瞠目した。
「辞めたのか?」
「たぶん。進学コースだし」
「ふーん…上手いのか?」
「上手いですよ。クソ上手い」
真顔だった。クソとか言う割に。
「すげー長打打つし、足早いし、でも選球眼もスゴくて、全く無駄振りしないし」
「べた褒めだな」
「べた褒めです!!」
「何で辞めたんだ?」
「さあ…、何かあったっぽいんですけどね。俺、中学違うし」
「…同中のヤツはいるのか?」
クラブハウスの方に顎をしゃくって聞くと、ちょっと考えるようにして言った。
「…気になりますか?」
「ああ。」
そこまで聞いたらそうだろう。風間が嬉しそうに破顔した。
スカウトを担当していた部長に聞くと、どうも一度断られた相手だったとわかった。
中学時代のポジションは、センターで打順は3番。
ピッチャーの後ろ、二塁ベースを挟んで、一塁寄りをセカンド、三塁寄りをショート、そのさらに後ろ、バックスクリーン前をセンターと言って、ここは俗にセンターラインと呼ばれる守備の要だ。バッターの打った球がよく飛んでくる場所だから、当然足が速く守備の上手い選手が配置される。
しかも3番はクリーンナップという“打つ”事が求められる打順なだけに、進藤の野手としての評価がいかに高かったかが窺い知れる。全国大会ではホームランを3本も打って、ベスト8進出に貢献していた。公式記録の打率は6割。これで学業も優秀とくるのだから、リアル出来杉君にも程がある。
ただ、本人にはプロ希望意思が無いらしく、大学進学の為というのが辞退理由として記入されていた。
それなのに、今、ここにいる理由…まさかホントに女じゃねぇだろうな?まあ、いいけど。
朝練を止めて、夜も20時までの練習とする、と告げた時、2,3年生の間からは当然反発の声が上がった。そんな事をして、全国行けなかったらどうしてくれるのか?!と。
「まさか、進藤の為じゃないですよね?」
監督のお声掛かり、というだけでも目立つ上に、進藤の身体能力はずば抜けていて、彼等のやっかみを買うには十分だった。進藤が今月に入って立て続けに2回、練習をサボった事で“それ”が判明する。
「マネージャー連れて、遊びに行ってるんじゃないですか?」
と言いながら浮かべたニヤニヤと下卑た笑いを思い出して、無意識に顔を顰めた。
まったく、くだらない。そんな暇あったら真面目に練習しろよ。
たったそれだけの苦言が奴らには気に食わなかったようで、そのマネージャー含め、かなりの人数が退部届を出してくれた。いずれも前監督の肝いりで入部した連中で実力もたかが知れていたから、正直なところ非常に助かった。まったく進藤様様である。
いいとこの坊っちゃんが多かったが、その親関係は理事長に丸投げしておこう。どうせそのへんも込みの依頼だったのだろうから。
んんーっ、と伸びを一つして、パイプ椅子から立ち上がった。新しいチーム編成を考えなきゃならないだろう。これから忙しくなりそうだ。
ドアを開けるとむわりと熱を孕んだ風が吹き込んでくる。もう夏だな…と思いながら部室を後にした。
出て行く背中を見送りながら、顎を撫でた。
まだたったの十五だというのに、伏せた睫毛の色気といったら、末恐ろしい程だ。
一体どんな女と付き合ったらああなるんだか…と、思ったところで、3ヶ月前まで中坊だった事を思い出して苦笑した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私立成陵学園は設立が戦前まで遡る古い学校だ。
県下有数のスポーツエリート校で、特に野球に強 かった―――と、過去形なのはここ十年近くも甲子園から遠ざかっているからに他ならない。
「3月でやっと、勇退される事が決まりましてね。」
そう言って、就任したばかりだという、まだ四十代の若い理事長はニッコリと笑った。
くせ者だな…と見ただけで分かる微笑みで続ける。
「暴力以外なら何をやっても構いません。責任は全てこちらで取ります。」
だから、野球部を創り変えて欲しい―――と。
成陵は20年近く同じ監督が指導していたせいか、旧態依然とした練習法や上下関係がやたらと厳しい事(おそらく学園側がもみ消しているだろう暴力沙汰の痕跡が伺える)などもあり、入部希望者が年々減って、流石の名門も形無しという状況だった。
何しろ部室がタバコ臭いのだ。2,3年生の体付きを見ても、これまでの様子が窺えようと言うもの。
それを創り変える―――というのは剣呑だな、と言うのが正直なところだった。何しろもう年だし…と思いつつ、それでも入ってきた1年生達に、「先生がいるから成陵にしました」と言われれば、もちろん悪い気はしない。
まあ、1年様子を見てみるか…と思い始めていた頃だった。
「今日も走ってたのよ。偉いわよね~、一緒に走ってたコはどうしたのかしら」
やけに嬉しそうに報告しながら、「お父さん、おかわりは?」と聞いてくる“母”に、茶碗を差し出した。
認知症では無い、と医者は言った。心の問題だろうと。
両親はこの年代には珍しく、恋愛結婚だった…とは聞いていた。
葬儀の時は気丈に振る舞っていたから気にしていなかったのだが、四十九日を過ぎても音沙汰が無い事に気付いて訪れた自分の姿を見るなり、母は言ったのだ。
「お父さん、お帰りなさい。今日は早かったのね。」と。
その頃指導していた野球部はもうしっかり体制が整っていたから、早々に辞めて実家に戻った。幸い(?)離婚して独り身だったし、こんな状態の母を1人には出来なかった。
実家の近くにある成陵から声が掛かったのがちょうどその頃で、母の様子を見ながら出来るというのは正直ありがたかった。
そんな母の趣味は家庭菜園で、庭先に作ったささやかな畑にプチトマトだのピーマンだのを植えて朝早くから世話をしていたのだが、新学期早々から毎日ランニングをしている生徒がいると聞かされた。ご近所の息子さんでは無いらしいし、今までいなかった…という事は一年生でさらに寮生だろうと簡単に察しがつく。
成陵学園では広く日本中から生徒を集めているから、寮生は十中八九運動部所属になるが、野球部では無い事に気付いて少し残念に思った。そのぐらい、その男子生徒は良い体格をしていたからだ。
高校から始めるには少し遅いか…とは思いつつ、今いる部員達よりは使えるかも…なんて事を考えていたせいだろう。
「あいつ、お前の 友達か?」
クラブハウスに向かう途中で、ツレと別れたのを見計らって声を掛けた。
風間という、1年の中でも大柄な部員だ。なのにさっきのツレは、並んで歩いているのを見た限りでは、同じくらいの身長だ。やっぱり、デカイ。
「何かやってんのか?」
「いや、今は、やってないです。…中学では野球部だったんですけど」
思わぬ情報に瞠目した。
「辞めたのか?」
「たぶん。進学コースだし」
「ふーん…上手いのか?」
「上手いですよ。クソ上手い」
真顔だった。クソとか言う割に。
「すげー長打打つし、足早いし、でも選球眼もスゴくて、全く無駄振りしないし」
「べた褒めだな」
「べた褒めです!!」
「何で辞めたんだ?」
「さあ…、何かあったっぽいんですけどね。俺、中学違うし」
「…同中のヤツはいるのか?」
クラブハウスの方に顎をしゃくって聞くと、ちょっと考えるようにして言った。
「…気になりますか?」
「ああ。」
そこまで聞いたらそうだろう。風間が嬉しそうに破顔した。
スカウトを担当していた部長に聞くと、どうも一度断られた相手だったとわかった。
中学時代のポジションは、センターで打順は3番。
ピッチャーの後ろ、二塁ベースを挟んで、一塁寄りをセカンド、三塁寄りをショート、そのさらに後ろ、バックスクリーン前をセンターと言って、ここは俗にセンターラインと呼ばれる守備の要だ。バッターの打った球がよく飛んでくる場所だから、当然足が速く守備の上手い選手が配置される。
しかも3番はクリーンナップという“打つ”事が求められる打順なだけに、進藤の野手としての評価がいかに高かったかが窺い知れる。全国大会ではホームランを3本も打って、ベスト8進出に貢献していた。公式記録の打率は6割。これで学業も優秀とくるのだから、リアル出来杉君にも程がある。
ただ、本人にはプロ希望意思が無いらしく、大学進学の為というのが辞退理由として記入されていた。
それなのに、今、ここにいる理由…まさかホントに女じゃねぇだろうな?まあ、いいけど。
朝練を止めて、夜も20時までの練習とする、と告げた時、2,3年生の間からは当然反発の声が上がった。そんな事をして、全国行けなかったらどうしてくれるのか?!と。
「まさか、進藤の為じゃないですよね?」
監督のお声掛かり、というだけでも目立つ上に、進藤の身体能力はずば抜けていて、彼等のやっかみを買うには十分だった。進藤が今月に入って立て続けに2回、練習をサボった事で“それ”が判明する。
「マネージャー連れて、遊びに行ってるんじゃないですか?」
と言いながら浮かべたニヤニヤと下卑た笑いを思い出して、無意識に顔を顰めた。
まったく、くだらない。そんな暇あったら真面目に練習しろよ。
たったそれだけの苦言が奴らには気に食わなかったようで、そのマネージャー含め、かなりの人数が退部届を出してくれた。いずれも前監督の肝いりで入部した連中で実力もたかが知れていたから、正直なところ非常に助かった。まったく進藤様様である。
いいとこの坊っちゃんが多かったが、その親関係は理事長に丸投げしておこう。どうせそのへんも込みの依頼だったのだろうから。
んんーっ、と伸びを一つして、パイプ椅子から立ち上がった。新しいチーム編成を考えなきゃならないだろう。これから忙しくなりそうだ。
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