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2.Yellow star jasmine
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…どこ行ってたんだ?」
声を掛けられて目を遣ると、同じ1年の風間が廊下に立っていた。成陵の野球部は髪型にうるさいわけでも無いのに、楽だからという理由でしている坊主頭がやけに様になっている強面だ。
19時から塾だという桂馬と別れた後、街中をぶらぶらして、寮へは門限ギリギリに帰った所だった。
「買い物。」
お前は俺の保護者かよ…と心の中で突っ込みながら、手にしていた袋を掲げてみせる。風間が盛大に顔をしかめた。
「またかよ。お前、何であんなヤツらの言いなりんなってんだよ?!」
「言いなりって?」
つまらなさそうに視線を外して言ってやると、風間ががっくりと肩を落とした。
「明日の朝、監督が部室に来いって。アイツらがどういうつもりか、ホントにわかってなかったのか?」
情けなさそうに眉をハの字にした風間を見て、つい笑ってしまった。風間ホントに良いやつだ。そう思う。
去年の地区大会決勝戦の相手が、風間の中学校だった。
1点ビハインドの九回裏ツーアウト2・3塁の出来すぎな場面で、バッターボックスに立った自分は、投げ込まれたやや高めのボール球を高々と打ち上げてしまっていた。
追いついたセンターが捕球して、スリーアウト、試合終了。
―――だと、誰もが思ったのに、
目測を誤ったのか、目にゴミが入るかどうかしたのか、ポテンっとセンターの足下にボールが落ちて、転がった。
慌てて拾って投げたものの、ショートの所までツーバウンドしているうちに、セカンドランナーまでが生還し、うちが逆転サヨナラ勝ちを収めてしまったのだ。
呆然とした様子のセンターに真っ先に駆け寄ったのが、レフトを守っていた風間だった。
バンッと背中をたたき、頭をぐりぐりとして。
笑顔でホームベースの所まで戻ってきたのだ。泣いているセンターの肩を抱くようにしながら。
寮で再会し、同じ部屋になった風間は、最初の頃こそ自分に付き合ってランニングをし、夜も勉強していたが、『お前みたいな体力バカには付き合いきれん!!』と言って、部屋変更の届け出を出した。
スポーツ推薦で入ったのに、このままじゃ体を壊す!!と言って。
成陵に入ると決めた時点で、推薦はもう間に合わなかった。それでもう野球はしないつもりだったのに、何故か風間を通じて監督から勧誘され、練習時間を抑えた上でなら、と答えた。
断る口実のつもりだったのにアッサリ了承されて入部に至った訳だが、当然、それを気に入らない奴らが出てくる訳で、それは主に、2年の先輩方だった。
どっかの大手建設会社の偉いさんの息子だかなんだか知らないが、自分達のお気に入りを使ってやたらちょっかい出してくるのがいい加減ウザかった。
だから、そろそろ潮時かな―――と、思っていたのに。
「―――却下」
そう言って、頬杖をついたまま、瀬川という名の監督がにやりと微笑んだ。
今年から新たに就任したというこの監督は50ぐらいだろうか、無精ひげといい、砕けた口調と言い、凡そ高校野球の監督らしく見えない。
だが、学力レベルの低い学校の野球部を甲子園に連れて行き、県下有数の強豪校に仕立て上げた腕を買われて成陵に招請されたらしく、今年の1年生は風間を含め、この監督に教えを請う為に入部したやつが多い。
「生憎俺はボランティアやってる訳じゃ無いんでね。義理人情でメンバーは選べないんだわ。」
「…依怙贔屓もどうかと思いますけど。」
「してねえよ。」
そう言うと頬杖を外して、今度は腕を組んで椅子にもたれながら、半眼でこっちを見る。
「言われたことをただこなすだけしか能がねぇくせに、女使って小細工するようなアホどもに、甲子園とか無理だろ?」
驚いて目を見張った自分に、監督がさらに続ける。
「プチトマト、旨かったか?」
うちのお袋のは絶品だからな~と言われて、数日前の事を思い出し、さらに唖然とした。
「正直、今の2、3年生の中に、お前ほど長打を飛ばせるヤツはいねぇな。いつからやってんのか知らないが、ランニングはお前の思いつきか?」
「―――父に、言われて…」
野球を初めて直ぐ、自分の貧弱さに呆然とした。走れば転ぶし、バットを振ればその重さに振り回される。情けなさに泣きそうだった自分に、まぁ、取りあえずやってみろ、と父が言ったのだ。
体力を付けて下半身を鍛えると、徐々に練習が楽しくなり、3年生で初めてレギュラーを取った試合で、隣の家族共々に応援される中、初打席でツーベースヒットを打った。
『凄い、凄ーいっっ、ナオッ、やったーっっ!!』
満面の笑顔で喜んでくれたスミがいた。あんな風に、ずっと笑ってて欲しかったのに―――
思い出して、視線を伏せる。
監督はしばらく無言でこっちを見てから、1つ息をついて言った。
「ま、何があったかは知らんし、聞かんが、うちにはお前が必要なんだよ。今までの体制をぶっ壊すのが、俺の使命なんでね。」
使命?―――顔を上げると、監督が苦笑していた。ホントに、十五には見えねぇな…と呟きながら。
「取りあえず、あのマネージャーには辞めてもらったし、練習はきっちり出ろ。再来週の練習試合のメンバーに入れるからな。」
「…練習試合って、この時期にですか?」
「お前、サトー一人に県大会全部投げきれると思うか?二番手三番手まで使えるか見ときたいんだよ。長篠は今、打線が良いからな、相手に取って不足はねぇってとこだ。」
その言葉に体が固まる。
「…長、篠…?」
「お前の地元だったな。練習試合の後は休みだから、家に帰ってきてもいいぞ。」
「…いえ…」
辛うじて返した声は掠れていた。
監督は軽く眉を上げると、話はそれだけだと言い、頭を下げて部室を出る。
ドアに後ろ頭を持たれかけて息をついた。
練習試合なんて、平日する訳ない。
土曜日に、スミが学校来る訳ねぇだろ?
心の中で自分に言い聞かせた。
「…どこ行ってたんだ?」
声を掛けられて目を遣ると、同じ1年の風間が廊下に立っていた。成陵の野球部は髪型にうるさいわけでも無いのに、楽だからという理由でしている坊主頭がやけに様になっている強面だ。
19時から塾だという桂馬と別れた後、街中をぶらぶらして、寮へは門限ギリギリに帰った所だった。
「買い物。」
お前は俺の保護者かよ…と心の中で突っ込みながら、手にしていた袋を掲げてみせる。風間が盛大に顔をしかめた。
「またかよ。お前、何であんなヤツらの言いなりんなってんだよ?!」
「言いなりって?」
つまらなさそうに視線を外して言ってやると、風間ががっくりと肩を落とした。
「明日の朝、監督が部室に来いって。アイツらがどういうつもりか、ホントにわかってなかったのか?」
情けなさそうに眉をハの字にした風間を見て、つい笑ってしまった。風間ホントに良いやつだ。そう思う。
去年の地区大会決勝戦の相手が、風間の中学校だった。
1点ビハインドの九回裏ツーアウト2・3塁の出来すぎな場面で、バッターボックスに立った自分は、投げ込まれたやや高めのボール球を高々と打ち上げてしまっていた。
追いついたセンターが捕球して、スリーアウト、試合終了。
―――だと、誰もが思ったのに、
目測を誤ったのか、目にゴミが入るかどうかしたのか、ポテンっとセンターの足下にボールが落ちて、転がった。
慌てて拾って投げたものの、ショートの所までツーバウンドしているうちに、セカンドランナーまでが生還し、うちが逆転サヨナラ勝ちを収めてしまったのだ。
呆然とした様子のセンターに真っ先に駆け寄ったのが、レフトを守っていた風間だった。
バンッと背中をたたき、頭をぐりぐりとして。
笑顔でホームベースの所まで戻ってきたのだ。泣いているセンターの肩を抱くようにしながら。
寮で再会し、同じ部屋になった風間は、最初の頃こそ自分に付き合ってランニングをし、夜も勉強していたが、『お前みたいな体力バカには付き合いきれん!!』と言って、部屋変更の届け出を出した。
スポーツ推薦で入ったのに、このままじゃ体を壊す!!と言って。
成陵に入ると決めた時点で、推薦はもう間に合わなかった。それでもう野球はしないつもりだったのに、何故か風間を通じて監督から勧誘され、練習時間を抑えた上でなら、と答えた。
断る口実のつもりだったのにアッサリ了承されて入部に至った訳だが、当然、それを気に入らない奴らが出てくる訳で、それは主に、2年の先輩方だった。
どっかの大手建設会社の偉いさんの息子だかなんだか知らないが、自分達のお気に入りを使ってやたらちょっかい出してくるのがいい加減ウザかった。
だから、そろそろ潮時かな―――と、思っていたのに。
「―――却下」
そう言って、頬杖をついたまま、瀬川という名の監督がにやりと微笑んだ。
今年から新たに就任したというこの監督は50ぐらいだろうか、無精ひげといい、砕けた口調と言い、凡そ高校野球の監督らしく見えない。
だが、学力レベルの低い学校の野球部を甲子園に連れて行き、県下有数の強豪校に仕立て上げた腕を買われて成陵に招請されたらしく、今年の1年生は風間を含め、この監督に教えを請う為に入部したやつが多い。
「生憎俺はボランティアやってる訳じゃ無いんでね。義理人情でメンバーは選べないんだわ。」
「…依怙贔屓もどうかと思いますけど。」
「してねえよ。」
そう言うと頬杖を外して、今度は腕を組んで椅子にもたれながら、半眼でこっちを見る。
「言われたことをただこなすだけしか能がねぇくせに、女使って小細工するようなアホどもに、甲子園とか無理だろ?」
驚いて目を見張った自分に、監督がさらに続ける。
「プチトマト、旨かったか?」
うちのお袋のは絶品だからな~と言われて、数日前の事を思い出し、さらに唖然とした。
「正直、今の2、3年生の中に、お前ほど長打を飛ばせるヤツはいねぇな。いつからやってんのか知らないが、ランニングはお前の思いつきか?」
「―――父に、言われて…」
野球を初めて直ぐ、自分の貧弱さに呆然とした。走れば転ぶし、バットを振ればその重さに振り回される。情けなさに泣きそうだった自分に、まぁ、取りあえずやってみろ、と父が言ったのだ。
体力を付けて下半身を鍛えると、徐々に練習が楽しくなり、3年生で初めてレギュラーを取った試合で、隣の家族共々に応援される中、初打席でツーベースヒットを打った。
『凄い、凄ーいっっ、ナオッ、やったーっっ!!』
満面の笑顔で喜んでくれたスミがいた。あんな風に、ずっと笑ってて欲しかったのに―――
思い出して、視線を伏せる。
監督はしばらく無言でこっちを見てから、1つ息をついて言った。
「ま、何があったかは知らんし、聞かんが、うちにはお前が必要なんだよ。今までの体制をぶっ壊すのが、俺の使命なんでね。」
使命?―――顔を上げると、監督が苦笑していた。ホントに、十五には見えねぇな…と呟きながら。
「取りあえず、あのマネージャーには辞めてもらったし、練習はきっちり出ろ。再来週の練習試合のメンバーに入れるからな。」
「…練習試合って、この時期にですか?」
「お前、サトー一人に県大会全部投げきれると思うか?二番手三番手まで使えるか見ときたいんだよ。長篠は今、打線が良いからな、相手に取って不足はねぇってとこだ。」
その言葉に体が固まる。
「…長、篠…?」
「お前の地元だったな。練習試合の後は休みだから、家に帰ってきてもいいぞ。」
「…いえ…」
辛うじて返した声は掠れていた。
監督は軽く眉を上げると、話はそれだけだと言い、頭を下げて部室を出る。
ドアに後ろ頭を持たれかけて息をついた。
練習試合なんて、平日する訳ない。
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心の中で自分に言い聞かせた。
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