雨に薫る

はなの*ゆき

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2.Yellow star jasmine

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 マネージャーが居なくなって困った事…というと、正直全くと言っていいほど無かった。何しろ洗濯すら自分達1年の仕事なのだから。

 そして実のところ、洗濯当番それが1番キツかった。
 そもそも洗濯なんて、それまでの人生でやった事が一度も無かった上に、“泥汚れ”というのが厄介なのだ。



 まず大きな金盥―――生で見たのは初めてだった―――に入れて、下洗いをする。それから十台ほど並んだ洗濯機に入れて洗うのだが、その内の半分は、所謂二層式と呼ばれる、脱水時に入れ替える必要のある年代物だ。
 壊れたのから買い換えるという話だからか、使用時に必ず1回は蹴つっとけと、代々申し送りされるとかしないとか。
 幸いというか、今は人数が少なくて使わずに済んでいるから、それについては来年以降の後輩に託し、下洗いの済んだものから全自動洗濯機に放り込んでいく。
 洗濯をスタートさせてから洗い上がるまでに、前に干していた洗濯物を取り込む。今は夏場だから、翌日までにしっかり乾くけど、冬になったらどうするんだ、これ。
 そんな事を考えながらたたんでいると、洗ったばかりの洗濯物から微かに花のような香りがふわりと立ち上り、思わず顔を顰めた。

 つくづく失敗した、と思う。

 これを買ったのは、例の女に連れて行かれたドラッグストアだ。
 早く出たくて、目に付いたものを買ったのだが、無意識に選んだそれが、スミがいつも買っていた洗剤だったことに、ユニフォームに袖を通して気が付いたのだ。

 スミは化粧をしないし、香水なんかも付けてないとわかるほどに、そういう人工的な匂いというものがほとんどしなかった。
 あまり肉を食べないせいだろうか、夏場でも汗臭さを感じない。鼻の頭に汗が光っているから、間違いなく汗はかいているとわかるのに。
 代わりに、身動ぎと同時にふわりと、体温混じりの優しい香りが立ち上る―――それが、洗濯物の香りと同じだと、気付いた時には遅かった。

 運の良い事に(?)、その時はすでにスライディングパンツに履き替え、ファールカップを装着していたから、周りのヤツらに異変を気付かれる事は無かったが。

 ファールカップ、別名、“キンカップ”

 要するに、ボールが直撃して潰れないようにする為の防具だ。
 装着を義務付けられてるのは捕手キャッチャーだけだから、成陵ここでは着けてないヤツの方が多いが、中学の先輩にこれを着ける必要性を力強く訴えかけられ、中学では殆どが着けるようになっていた。

 上から押さえ込んでいる状態だからかなり痛い…それでも、今みたいに何も遮るものが無い状態というよりはマシだ。
 幸い作業台の下に隠れているからいいけど…と、ため息を着いた。つくづく男の身体は困る。

「ホント、ため息出ちまうよな…」

 一緒にやっていた山根が、それに気付いて呟いた。
 練習の後ってのがキツいと言う言葉に、皆が同意する。こういう当番が無い所も多いらしいが、その場合は各自でコインランドリーを使ったりするらしいし、そう思ったら当番でいいっちゃーいいんだろうけど。

「こういうの、マネージャーいたらしてもらえんのかな?」
「いやー、どうだろ、少なくともあのひと・・・・はしてなかったし…」

 いや、あれは参考にならんだろ…と、その場にいた全員から乾いた笑いが上がった。ホント、あの女、部活ここ来て何してたんだ―――って、ナニか。

「募集かけるとか、無理なんかな?」
「そりゃ、かけりゃ高確率で来るだろうけど…」

 そう言った風間がこっちの顔を見る…というか、全員がこっちを見てる。

「何だよ?」
「いやー、進藤が声かけたら、すっげえ手え上がりそうダナーと。」
「はぁ?」

 アホらしい。
 またあの女みたいに纏わりつかれたらどうしてくれる?半眼で見返すと、そそくさと視線を逸らされた。

「まあでも、アレだよな、やっぱ多少は野球わかってるコがいいよな~」
「何とか女子みたいに、何やってんのかわかんないけど、とりあえず点入ったから喜んどこ~、てのじゃなくてな。」
「ついでに可愛いという事なし!」

 うんうん、と皆で頷き合っていたが、そんな都合のいい話は多分無い。特に最後が無理だろ。

 ―――もし、スミがいたら…

 そう考えて頭を振った。いたとしてもマネージャーは無い。こんな男所帯に放り込むなんて有り得ない。まあ、いないけどな…心の中で自虐した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 いつだったか、昼休憩に借りた辞書を返しに行ったら、スミが教室にいないという事があった。

「大体、いないよ~」

 そう言われて少し不思議に思ったのを覚えている。

 小学校の頃、人より大柄だったスミは、学級委員に選ばれる程、クラスメートから慕われるお姉さん的な存在だった。
 それが変わったのはかずさんが死んでからで、それでも、集団から外れるなんて事は無かったのに。
 そういえば、最近廊下などですれ違う時、スミは大体1人でいる事が多かった。教室移動やトイレに行くのに前は・・誰かとつるんでいたような?

 どうしてだろう…と思う気持ちは、それほど長く続かなかった。廊下の向こうからやってくるスミを見つけたからだ。
 スミはこっちに気がつくと、ほんの少し瞳を揺らして口角だけを上げる。いつものアレだ。
 学校だからって、自分にまでそんな顔をするのが面白くなくて、辞書を渡しながら指で手の甲を、すり…となぞってやる。その瞬間、スミがピクッと身体を揺らした。
 上目遣いに睨み付けるのを見て愉悦を覚える。

 これでいい。
 こんな顔、見るのは自分だけでいいのだ、と。

 それがどれ程傲慢な考えだったかなんて、その時には気付かなかった。

 何故なら、スミは拒まなかったから。

 差し込んだ舌で、口内を味わうように舐めまわしても、抱き竦めたスミの身体の柔らかさを自分の身体で堪能しても。
 お陰で暴走しそうになった。

「くっ、そ…」

 何とか唇を離したものの、自分の股間がバキバキに昂ってるのをどうしたものかと思い詰めた時だった。



 ジリリリリーン―――


 レトロな着音が部屋に鳴り響く。
 ハッとして、一瞬スミと目があった。薄らと開いた唇が唾液で濡れているのが扇情的で、慌てて身体を起こす。

 これ以上はヤバい。

 スミが電話に出るのを目の端に捉えながら、リビングを出て隣家のバスルームへ駆け込んだ。

 見下ろさなくても、そこ・・がどうなっているのかわかる。一瞬躊躇ってから、着ていたジャージを脱ぎ捨てた。

 シャワーを出しながら、ギチギチに反り返ったそれを握りしめる。あの日みたいな罪悪感が湧かなかったのは、スミが自分を受け入れてくれた・・・・・・・・からに他ならない。

 少なくとも、その時はそう思っていた。スミが何事も無かったように、焼うどんを作ってくれたのが、その証拠だと思ったのかもしれない。




「素直…」

 スミが帰った後、焼うどんを一緒に食べていた父親が、困った様な顔をしながら呼びかけた。いくら何でも、隣で風呂を使うんじゃない―――そう、言った後で。

「男として、責任が取れない様な事はするなよ?」

 真面目な顔で言う父親に、自分も真面目な顔で頷いた。

「もちろん」


 その時は、そのつもりだった。
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