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1.酒場の喧噪
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―――竜を見た。
黄金の草原の真ん中で、少年は見た。
青く、どこまでも広がる雄大な空を、何者にも縛られず、黒い翼を広げて飛翔する竜を。
本や吟遊詩人の語りでしか現れない伝説を。
―――少年は確かに見届けたのだった。
アルテナ帝国西部の都市ランドレストにある酒場「梟の囁き亭」。
ランドレスト内部に存在する冒険者ギルドに併設されている酒場だ。
ここには仕事を終え祝杯を挙げる冒険者、あるいは仕事に向かう前に景気づけに酒を煽る冒険者がひしめいている。
さらにこの酒場は冒険者のみならず一般の人々も酒を飲みにやってくる。
意気揚々と自らの武勇伝を語る人間ヒュームの冒険者。集った客に技を披露するウッドエルフの曲芸師。酔いつぶれて酒瓶を抱え床で眠るドワーフ。
などなど多種多様な人物がこの酒場に集い、酒を煽り騒ぐ混沌な環境を生み出している。
冒険者であるスタンとサルフェンもまたこの混沌の一翼を担っていた。
「だから、俺は確かに見たんだって」
木製のジョッキを片手に青年が目の前のエルフに向けて管を巻いている。
「はいはい、もう聞き飽きたよその話。何回同じこと言うんだよスタン」
対するエルフの青年は苦笑を浮かべながら言葉を漏らす。
「サルフェンが信じないからだろ」
「そんなこといわれてもなあ」
サルフェンは美しい金髪の髪を揺らしながら口をすぼめる。
二人の間ではこうしたやり取りはおなじみの事になっていた。
二人は同じパーティーに属しており、冒険者ギルドにも同時期に加入している。
加入当初から気が合い、仲が良くなった二人はこうして定期的に酒を飲みかわしている。
しかし酒が進み、酔いも深くなってくるとスタンは決まって同じ話を語る。
「なんでドラゴンを見たって信じないんだよ」
スタンはジョッキに継がれたエールをがぶ飲みし口をとがらせる。
小さいころにドラゴンを見た。そのような話をスタンはサルフェンに幾度となく語っていた。
最初こそ真剣に聞いてきたサルフェンだったが、今では適当に聞き流している。
「なんでって、そりゃあ見たことないからね」
「じゃあ、神様は見たことないくせになんで毎日祈ってんだよ」
「神々は心のよりどころ。それだけに過ぎないさ。少なくとも僕はそれでいい」
「けっ、罰当たりな奴」
スタンは文句を言いながらエールを飲み干す。
「というかグリフォンやらワイバーンやら魔物は腐るほどいるんだぞ?なんでドラゴンだけいないって言えるんだよ」
スタンが反論すると苦笑を浮かべながらサルフェンが答える。
「別にドラゴンがいないとは言わないさ。ただ…ここにはもういないってだけ。確かに歴史上ドラゴンが現れたって記録はあるし、証言も残ってる。だけどもう帝国にはいないだろうさ。だって最後に帝国でドラゴンが見られたのって700年だよ?その間目撃情報なんてない」
サルフェンは蜂蜜酒を片手に、懇々と語る。
確かにサルフェンの言うことは理にかなっている。それぐらいはスタンは理解している。
だがしかし。それで何もかも飲み込めて納得できるわけではなかった。
はっきり覚えている。
穏やかな草原の中から、吞み潰されそうなほど大きい空を悠然と飛び回る黒いドラゴンを。
忘れるはずはなかった。今でも昨日のように思い出せるものだった。
しかしこの話を信じてくれるものは少なかった。
ドラゴンを見たその日、興奮も冷めやらぬまま村の皆に報告したが信じてくれたのは母親のみという有様だ。
スタン一人しか見ていない上に、幼い子供の言うことだった。村人は真剣に取り合ってくれなかった。
やがて成長し、冒険者として働きだした今となってもスタンはいろいろな日人にこの話をしたが、結果は同じ。
まともに聞いてくれるものはすくなかった。サルフェンはまだ付き合ってくれるほうだった。
「じゃ、そろそろお暇させてもらうよ。アルブラン・レーグの新作小説読まなくちゃいけないんでね」
サルフェンはそういうと、蜂蜜酒を飲み干し席を立つ。
「あ、そうそうスタン。次の依頼はランカール山のトロールの討伐だって」
「いつ?」
「二日後だってさ」
「二日後ね。わかった、ありがとよ」
「ああ。スタンもそろそろ休みなよ」
サルフェンは手を振りながら酒場からでていった。
そんなサルフェンの様子を見ながらスタンは物思いにふけっていた。
あのドラゴンは確かに存在した。その証拠を探したかった。
それにもう一度、あのドラゴンを見てみたかった。
――生きる理由を見つけるきっかけになったあのドラゴンを。
スタンは杯に残っているエールを飲み干すと喧噪の途絶えない酒場から出ていくために歩き出した。
黄金の草原の真ん中で、少年は見た。
青く、どこまでも広がる雄大な空を、何者にも縛られず、黒い翼を広げて飛翔する竜を。
本や吟遊詩人の語りでしか現れない伝説を。
―――少年は確かに見届けたのだった。
アルテナ帝国西部の都市ランドレストにある酒場「梟の囁き亭」。
ランドレスト内部に存在する冒険者ギルドに併設されている酒場だ。
ここには仕事を終え祝杯を挙げる冒険者、あるいは仕事に向かう前に景気づけに酒を煽る冒険者がひしめいている。
さらにこの酒場は冒険者のみならず一般の人々も酒を飲みにやってくる。
意気揚々と自らの武勇伝を語る人間ヒュームの冒険者。集った客に技を披露するウッドエルフの曲芸師。酔いつぶれて酒瓶を抱え床で眠るドワーフ。
などなど多種多様な人物がこの酒場に集い、酒を煽り騒ぐ混沌な環境を生み出している。
冒険者であるスタンとサルフェンもまたこの混沌の一翼を担っていた。
「だから、俺は確かに見たんだって」
木製のジョッキを片手に青年が目の前のエルフに向けて管を巻いている。
「はいはい、もう聞き飽きたよその話。何回同じこと言うんだよスタン」
対するエルフの青年は苦笑を浮かべながら言葉を漏らす。
「サルフェンが信じないからだろ」
「そんなこといわれてもなあ」
サルフェンは美しい金髪の髪を揺らしながら口をすぼめる。
二人の間ではこうしたやり取りはおなじみの事になっていた。
二人は同じパーティーに属しており、冒険者ギルドにも同時期に加入している。
加入当初から気が合い、仲が良くなった二人はこうして定期的に酒を飲みかわしている。
しかし酒が進み、酔いも深くなってくるとスタンは決まって同じ話を語る。
「なんでドラゴンを見たって信じないんだよ」
スタンはジョッキに継がれたエールをがぶ飲みし口をとがらせる。
小さいころにドラゴンを見た。そのような話をスタンはサルフェンに幾度となく語っていた。
最初こそ真剣に聞いてきたサルフェンだったが、今では適当に聞き流している。
「なんでって、そりゃあ見たことないからね」
「じゃあ、神様は見たことないくせになんで毎日祈ってんだよ」
「神々は心のよりどころ。それだけに過ぎないさ。少なくとも僕はそれでいい」
「けっ、罰当たりな奴」
スタンは文句を言いながらエールを飲み干す。
「というかグリフォンやらワイバーンやら魔物は腐るほどいるんだぞ?なんでドラゴンだけいないって言えるんだよ」
スタンが反論すると苦笑を浮かべながらサルフェンが答える。
「別にドラゴンがいないとは言わないさ。ただ…ここにはもういないってだけ。確かに歴史上ドラゴンが現れたって記録はあるし、証言も残ってる。だけどもう帝国にはいないだろうさ。だって最後に帝国でドラゴンが見られたのって700年だよ?その間目撃情報なんてない」
サルフェンは蜂蜜酒を片手に、懇々と語る。
確かにサルフェンの言うことは理にかなっている。それぐらいはスタンは理解している。
だがしかし。それで何もかも飲み込めて納得できるわけではなかった。
はっきり覚えている。
穏やかな草原の中から、吞み潰されそうなほど大きい空を悠然と飛び回る黒いドラゴンを。
忘れるはずはなかった。今でも昨日のように思い出せるものだった。
しかしこの話を信じてくれるものは少なかった。
ドラゴンを見たその日、興奮も冷めやらぬまま村の皆に報告したが信じてくれたのは母親のみという有様だ。
スタン一人しか見ていない上に、幼い子供の言うことだった。村人は真剣に取り合ってくれなかった。
やがて成長し、冒険者として働きだした今となってもスタンはいろいろな日人にこの話をしたが、結果は同じ。
まともに聞いてくれるものはすくなかった。サルフェンはまだ付き合ってくれるほうだった。
「じゃ、そろそろお暇させてもらうよ。アルブラン・レーグの新作小説読まなくちゃいけないんでね」
サルフェンはそういうと、蜂蜜酒を飲み干し席を立つ。
「あ、そうそうスタン。次の依頼はランカール山のトロールの討伐だって」
「いつ?」
「二日後だってさ」
「二日後ね。わかった、ありがとよ」
「ああ。スタンもそろそろ休みなよ」
サルフェンは手を振りながら酒場からでていった。
そんなサルフェンの様子を見ながらスタンは物思いにふけっていた。
あのドラゴンは確かに存在した。その証拠を探したかった。
それにもう一度、あのドラゴンを見てみたかった。
――生きる理由を見つけるきっかけになったあのドラゴンを。
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