召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

19話

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 翌朝、いよいよ出発という事で、親方と船大工衆が見送りに揃ってくれた。

「こうかいのぶじをいのってるよ…」

 日傘を差しながらの親方。
 バニラが使っていたのが気に入ったようで、すぐに再現していた。なんとも想像するドワーフらしさのない人である。

「無事の帰還を待ってますからね!」

 プレゼントした木製スプーンを握り締めながら言うローナ。普通に使ってくれ。

「親方もローナも大袈裟ー。ちょっと行って帰ってくるだけだからねー」

 梓がそう言いながら二人の手を取る。

「みんなありがとう。短い期間だったけど、とても楽しくて、有意義な日々だったよー。
 次は一緒に空飛ぶ船を作ろうね。」
「うん。まってるから…」
「お達者で!」
「あはは。すぐ帰ってくるって言ってるのにー」

 梓がそう言うと、笑いが起きるくらい和やかなムードだ。

「だんなさん、このこを、このふねをよろしくね。」

 そう言って、右手を差し出す親方。
 親方に求められた握手が、とても嬉しかった。

「ああ。一家の新しい家だ。大事に使わせてもらう。」
「家…うん。そうだね。そう言ってくれるあなたたちのために仕事が出来て光栄だよ。」

 ここに来て、ようやくハキハキした喋り方になる。ずっと警戒されていたのだと、ようやく気が付いた。

「戻ったら一杯やろう。」
「ドワーフの一杯を舐めちゃいけないよ?」

 握手を終え、今度はオレから握り拳を突き出す。
 これには直ぐに理解してもらえ、親方から拳をぶつけてきた。

「親方、名前は?」
「必要ないよ。私はあなたを旦那さんと呼ぶ。あなたは私を親方と呼ぶ。それで十分だからね。」
「そうか。じゃあ、親方、またな。」

 手を振って別れ、オレと梓は操舵室に入った。
 梓が助手席のような感じで座ったのを確認して、周囲の状況把握を始める。

 快晴、気温は35度くらい、湿度はなかなか、風はそこそこ、マナも正常、船大工達が固唾を飲んで見守っている。
 一家は船上、船内に別れているが、欠けはいないか?

『旦那様、全員揃ってますよ。』

 通話器からカトリーナの声が聞こえてきた。頼りになる嫁だ。
 音には出さないが、梓が少し震えているのが見えた。得難い一ヶ月だったのだろう。
 やはり、梓にはもっと職人に比重を置いてもらいたいが…

「梓」
「だいじょうぶだよ。おとーちゃん、いこう…」

 そう言われたら、これ以上は何も言えない。
 もう梓も子供ではないのだから。

「錨を上げてくれ。出港だ!」

 宣言すると、錨を引き上げる柊とジュリア。
 船大工が突起から係留索を外すと、フィオナとソニアが巻き上げていく。

 魔力を流すと船に命が宿るのを感じる。
 試験航行はしたようだが、本領発揮はこれが初めてだ。

「行くぞ、グロリアス号。この広い海、どこまでも駆けてみせろ。」

 スロットルレバー少し押すと、岸壁から離れるようにゆっくりと噴射されるウォータージェット。港の出口が尻側なので回転せねばなるまい。
 十分に離れたところで半回転。少々、勢いが付きすぎたので操作試験を兼ねてエアロジェットでゆっくり止めた。
 エアロジェットは特にレバーがないが、リレーと同じ要領で操作できる。
 戻したスロットルを再度押し込みゆっくり加速。速すぎず、遅すぎずを心掛け、無事に港を脱出した。

「おとーちゃん、このまま沖まで駆け抜けよう!きっと、この子もそうしたいから!」
「分かった。速度を上げる。甲板上の連中は安全なところに移動しろ。」

 そう告げると、ギリギリの所で海風を楽しんでいた連中が慌てて動き出した。
 移動を終えたのを確認して少しずつ速度を上げていく。港がどんどん遠くなり、体にも重圧と波の感触が伝わってくる。

「最高まで上げよう。」
「分かった。」

 梓に従い、ゆっくりと速度を上げ続け、スロットルレバーもいっぱいになった。

「このまま左に。」
「おう。」

 しばらく直進したところで、速度はそのままゆっくりと左へと旋回していく。
 もう港は小さくなってしまい、流石に人々の様子までは捉えられない。
 親方にはこいつの姿はどう見えたのだろうか。帰って来たら聞いておかないとな。

「ここまで。」
「おう。」

 操舵輪を戻して直進にし、そのままの速度でグロリアス号は進み続ける。
 気になるのは結晶の消耗だが、思ったよりも減りが早い。

「最高速度は消費が大きい。大丈夫か?」
「抵抗があるからね。3割くらいにしてー」
「おう。」

 ゆっくりとスロットルを下げていき、3割程度のところで止めておく。

「このままの速度で進もう。
 おとーちゃん、初めての航海はどう?」
「こいつとなら、北極だろうが南極だろうが行けそうだよ。」
「世界一周じゃないのがおとーちゃんらしいよー」

 苦笑いする梓。その頬には涙の乾いた跡が残っている。

「梓、顔を洗え。その顔じゃ、みんなが困惑する。」
「えっ。あっ。ありがとう…」

 顔を洗浄している間に言うべきを言っておこう。

「無事に港を出て、最高速度のテスト航行も終えた。このままの速度で北の海中ダンジョンを目指すが、脱落者はいるか?」
『甲板付近は全員無事ですわ。風で髪が大変なことになりましたが…』

 フィオナもソニアも長いもんな…

『バニラたちと悠里がダメだったわ…
 ショコラと他はなんともないわね。』

 悠里、おまえもか…
 肉体を捨てているショコラは平気だったようだな。ジェリーが無事なのは少し意外だ。

『甲板上も風はありますが、十分行動出来ますわ。おチビちゃんたちも来てよろしいですわよ。』

 そうフィオナが言うと、子供達の『おー!』という声が聞こえ、すぐにドタドタと物音もしてきた。

「さて、方角が合っているならこのままで良いな。梓も好きにしてきて良いぞ。」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて…ひゃっはー!!」

 そう叫んで部屋を飛び出す梓。好きにしすぎである。
 イグドラシルがだいぶ遠くに感じるが、まだ星の丸さを感じるほど離れてはいない。
 やはり、陸地から離れすぎるのはなんか怖いからな… 
 座礁、というより、削って地形を変えないように気を付けながら、グロリアス号は北進を続けた。




 ソナーやレーダーなどはないので、昼は監視付きでフィオナが、夜は一人でオレがという事になった。
 昼間、寝ている間に魔物の襲撃があったようで、甲板に汚れが残っていた。あまりにしつこい汚れのようで、メイドたちも諦めたらしい。

 明かりは月と星と吊り下げたランタンのみ。
 快晴の月夜は大きな月が良い光源になっている。
 そういえば、この10年は規則正しい生活をしていて、こんな深夜に起きていた覚えがないな。
 そんなことを思いつつ、たまにある暗礁を避けながらぼんやりしていると、バニラがやって来た。

「お勤めご苦労さん。」
「その言い方はどうなんだ?」

 箱に乗ってやって来たバニラに、ツッコミを入れておいた。
 直接立ったり座ったりはダメらしいが、箱に乗って浮いている分には問題ないようだ。多分、急加速はダメだろう。というか、箱が壁をぶち抜いて海に落ちる恐れもあるしな…

「だいぶマシなようだな?」
「予想はしていたが、転生した際に改善しておけば良かったよ…」

 あはは、と力なく笑う。

「でも、こうしてれば大丈夫。広めに作ってもらって良かった。」
「そうか。」

 そう答え、こっちに来るように促した。

「月が、星が、海が綺麗だな。」
「やめろ。それはわたしが落ちてしまう…」
「他に話すことがないんだ。」

  そう言うと、今度は愉快そうに笑い返してきた。

「父さんらしいな。
 でも、本当に綺麗だ。眠れずに見上げる夜空はいつも曇っていたから…今日は運が良い。」

 少し照れ臭そうに、俯き気味で夜空を見上げるバニラ。

「まさか船旅まで出来るとは思っていなかった。それにこの夜空、つねると元の世界に引き戻されそうで怖い…いたぁっ!?」
「ちゃんと現実だろ?」
「思いっきりつねらなくても…」

 手の甲を擦るバニラ。不服そうな表情でオレを見る。

「経験してきた事は全部現実だ。
 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと含めてな。」
「それが今のわたしたちを作り上げたんだ。否定するつもりはないよ。」
「色々あったが、今までで一番辛かったことってなんだ?」
「父さんが壊れた時以上の恐怖はないよ。
 この世の終わりを覚悟したくらいだ。」
「お前が一番冷静だったのが、オレは印象に残ってるんだが。」
「一番諦めが悪かったんだよ。
 どうにもならなかったら…多分、心中を持ち掛けていたと思う。」

 小さな声で呟いた。
 嫁の誰よりも、オレの事を気に掛けてくれている実感はある。そして、その思いがあまりにも強すぎるのも。

「多分、オレも受け入れていただろうな。そのくらい、辛かったから…」
「やめにしよう。こんな夜空なのにもったいない。」
「そうだな。」

 そう言うと、バニラがグラスにイグドラシル水を入れて渡してくれた。よく冷えていてこの季節はとてもありがたい。

「子供たちが海を喜んでくれていたよ。
 事前に練習に行った時よりも嬉しそうだった。」

 思い出したかのようにバニラが言う。

「泳げると楽しいからな。それに、歳も立場も関係なくはしゃいでいたのもあると思うぞ。」
「それに、やっぱり怖いし、不安なんだよ。
 一家の皆を見送るだけだからな。
 それはここで待つことが決まっている母さんたちも一緒だ。どんな場所か分からないのもあるだろう。」

 そう言って膝を抱えるバニラ。寂しそうな、悲しそうな横顔だ。

「わたしの幼少よりずっとマシな親子関係だ。でも、出来ることならちゃんと定住して、友達もたくさん作ってやりたかったな。」
「…そうだな。」

 冒険者一家だからという事情もある。
 世界を暴くという目標もある。
 だが、これまでやって来た色々な事により、敵や一家の人材を狙う勢力が多いという事情もある。まだ力の無い子供たちは良い標的だろう。だから、出来るだけ連れて回るしかない。
 その辺りの事はフェルナンドさんと相談してあり、冬の間は待機組と一緒に世話をしてくれる事になっていた。まだ、組分けは決まっていないが。

「ん?」

 急な周囲の変化を察知する。

「どうした?」

 バニラが不安そうにオレを見る。
 レバーを掴み、減速した。

「気圧が急に…上か。」

 威圧スキルを解放し、変化の元に向けた。

「ヒッ!?」

 側にいたバニラが短い悲鳴を上げる。これがあるので、威圧はあまり使いたくない。

「少し我慢してくれ。」
「す、すまん。最初だけだから…」

 震え声で言うバニラ。最初だけではないのはよく知っている。
 変化の原因がこちらに気付き、一定距離を保ちながら移動を続ける。このまま何もしないならこちらも見逃すが…さて?

 一度落とした速度を、再び上げる。
 既に北の果てに近い海域で、目標のダンジョンも感知が捉えていた。このまま無事に済ませたいが…

『父さん、どうかした?』

 柊が通話器で話し掛けてくる。まだ、ぐっすりの時間のはずだが、こういう時はいつも一番に察してくれるな。
 横のバニラも震えながらオレをジッと見る。

「上空に何か大物がいる。威圧に警戒して、付かず離れずを保っているな。」
『分かった。一応、襲撃に備えるから。』
「ああ。寝てるヤツはそのままで良いからな。」
『うん。』

 そこで一度打ち切り、オレは警戒を強める。

「ヒルデたちにも今のやり取りを流しておいた。」
「助かるよ。空中戦なら出番がある。」

 何もないのが一番だが、想定はしておこう。

 だが、一定の距離を保ったまま向こうも近寄って来ず、日の出と共に去っていった。
 威圧を解くと、バニラもホッとした表情となり、笑顔が戻る。

「いなくなったんだな?」
「縄張りだったみたいだ。帰りはどうか分からんぞ。」
「…世界は思った以上に色々あるなぁ。」

 そうぼやくバニラに、オレは心の底から同意した。


 それから海の様子を探りつつ、3日ほど航行したところで目的地に到着する。
 海中ダンジョンの入口、『淵庭えんていへの渦潮うずしお』が待ち構えて居たのだった。
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