280 / 307
第2部
104話
しおりを挟む
オラベリア領に居を移して5年が経つ。
住んでみて分かったのは、東部ほど土地の質が良くはなく、ルエーリヴより立地が悪く便が悪いという事。第3位という中途半端さも納得の土地だった。
とは言え、それでもビースト領や南部エルフ領に比べれば遥かにマシで、雪も大して積もらなければ嵐もやって来ない。年中活動が出来るのは大きな強みで、リリはそれを活用した政策を展開する。
良くない、と言っても比較対象が恵まれ過ぎているだけなので、各地の利点を取り入れることは十分に可能だった。
そこでリリが打ち出した方針は、夏期は物流の一大中継地として広大な土地と交易路の整備、開拓。冬季は閑古鳥の鳴く中継拠点を、北方からの越冬目的の住民の一時受け入れ地として活用することにした。
2年間はどちらもさっぱりで、政策は失敗したと思われていたが3年目にようやく成果が現れる。
オラベリア領の再建完了宣言と共に、人流、物流が一気に増加。広すぎでは?と思われた中継地は拡張を余儀無くされ、越冬地としても大盛況となった。
元々出稼ぎで西部にやって来る数の多かったビーストだけでなく、同様に冬場は仕事の少ない北方エルフの農民にも好評で、いつか会った気の良い農民達は出稼ぎ先の土地の良さ、勉強の機会を得られた事もあり大喜びしていた。
とは言え、それはそれで問題が続出し、治安維持、食料確保など、リリにとって頭を悩ませ続ける5年であった。
外の人間でリリの仕事に文句を言う者は少ないが、内部は週刊簒奪者と言わんばかりに自称オラベリアの後継者が湧いて出てきている。
「よろしい。では、エルフらしく拳で決めましょう。」
「えっ?」
となるのは週の中頃の恒例行事となっており、ちょっとした息抜きになっていた。
偽者だろうと、本物だろうと容赦なく殴り倒すのは流石エルフである。
ちなみに、今日までに200を越える自称後継者が現れているので、継承事はしっかりやるべきだなと身を以て教えてくれている事に感謝しかない。オレも他人事じゃいられないからな…
子供達はルエーリヴの学校へ通って3年となっている。ノエミとジェリーはまだだが、ノエミは来年、ジェリーは数年後といったところになりそうだ。
来年から高等部という辺り、ソニアが中心に行ってきた英才教育が効いているようだが、生き急ぎ過ぎてる気がしてお父さんは不安である。まだ、遥香と出会った頃のソニアの半分くらいの歳だからな…
今週の偽者退治が速やかに終わり、昼休みとなると、容赦なく顔に拳を叩き込まれた女性は医務室へと連れていかれる。どう見ても、荒事をするタイプではないだろうに…
「リリ、ギルドのグランドマスターから手紙を預かっている。目を通しておいてくれ。」
「分かりました。」
歩きながら手紙を受け取り、早足で自室へと戻るリリ。
閉め出されたので、オレも食堂へ行くか、と思って歩き出すと、
「入っても良いんですよ…?」
と、部屋から半分だけ顔を出して言われたので従うことにした。
「失礼します。」
中では遥香とミミが食事をしており、隅でバニラと梓がいびきをかいていた。
領主様の部屋は一家の休憩室と成り果てている。
「姿が見えないと思ったらここに居たか…」
「二人とも、ここ以外じゃ気楽に休めないそうなので…」
領主の部屋まで入ってきて、叩き起こす輩はいないという事なのだろう。起こすのもなんなのでそのままにしておこう。
「お父さん、ルエーリヴはどうだった?」
「相変わらず賑やかで、ますます人が増えた気がしたな。
あと、ヒュマス領への移住斡旋が始まっていたぞ。」
この5年で完全に解放が済み、スタンピードも発生していない。ようやく、大陸に平穏が訪れたと言っても良いだろう。
「そっか。やっと終わったんだね。」
一家とも因縁の深いヒュマスとの戦いは、ようやく終結を迎えたようだ。
高級素材で作られた上着を脱ぎ、深い椅子に体を預けるリリがこちらを見ている。
「どうした?」
「いえ、思ったよりも早く色々と終わりそうだなと思いまして。」
「フェルナンドさんやロドニー達の協力もあって色々とスムーズに済んだよね。」
ビースト領から直接的なものはほぼ軍事支援のみだが、越冬が厳しい民衆の冬季出稼ぎ政策を推進してくれている。
領内だけでは食料が厳しいという事情もあり、冬場はダブつく労働者が外で稼いで来てくれるのはあちらにとってもありがたい話のようだ。
「遥香、悠里達からも預かってきている。
通話器じゃ伝えきれないからって。」
そう伝え、遥香にノートを一冊手渡した。
「みんな忙しいからしかたないよね。」
そう言って、楽しそうにノートに目を通し始める。
遥香には味わえなかった学校生活のあれこれが書かれているのだろう。その表情は穏やかで楽しそうだ。
「ミミ、あなたも来年からノエミと一緒に学校へ通いますか?」
「えっ…」
困惑の表情を浮かべるミミ。
あの時の経験が災いしてか、男と触れ合うことが全く出来なくなっているそうだ。オレとは同じ部屋に居るまでは出来るが、そこまで。5年間、目を合わすどころかちゃんと会話をしたことすら無い。息子達が相手でも同様である。
ただ、これでもまだマシな方なのだ。
男を見ただけで泣き叫んだり、そもそも精神が完全に崩壊していたり、二人の母のように完全に色狂いになったりする者もいる。
こればかりはバニラにもどうする事も出来ず、療養所や座敷牢のような部屋に閉じ込めて、社会から隔絶するしか解決策がないようだ。
「男性が怖いのは分かります。ですが、何度も言った通り、私たちはいつかこの大陸から旅立つ日がやって来ます。
その時、ミミも一緒に外へ行くか、この地で暮らし続けるか選ばないといけません。どちらにしても、一人で生きていけるだけの力が必要になります。
その時に備えて、しっかり学ばなくてはなりませんよ。」
既に姉と言うより、母と呼んでも差し支えない雰囲気すらある。
仕事でくたくたなりながらも、突然泣き出すミミの世話をしていた事もあり、おやつの時間以外は放任気味なジュリアよりも経験値が高いように思えた。
ジュリアが放任気味なのは、フェルナンドさん達がそんな感じだったからというのもあるそうだが…
「うん…でも…」
オレをチラチラと見ている、元々白い顔が更に白くなり、呼吸が荒くなり始めた。
遥香が手を握ると落ち着きを取り戻すが、根本的な解決にはなっていない。
「一人で生きていけるようになるという事は、男性に力で打ち勝てるようにならなくてはいけません。
学校はそれを克服する機会にもなります。まあ、行ってみて、無理なら辞めちゃって、フェルナンド様の所でご厄介になり続けるのも悪くないかもしれませんね。」
最後の手段だが、それも悪くない選択だろう。
ミミは少なくとも、この5年でソニアからしっかりと教育や訓練を受けており、同年代の標準より高いレベルに仕上がっている。
ただ、本人にその自覚はなく、自覚した後に暴発しないかという恐れがあった。それを確認する意味でも、なるべく早く学校に入れておきたい。
「はい…」
空になった皿を見つめるミミ。
出会った時は幼さが強く残っていたが、5年で成長して少女と言って差し支えないくらいになっていた。肉体的に、というより面持ちが、であるが。
チラッと見た母親とは、リリよりもよく似ている。
リリはこの話はここまで、といった様子で渡した手紙の封を切り、プレストースト片手に読み始めた。
「やっとですか…」
そう言って、オレに手紙を渡して来る。
書いてあったのは、正式なオラベリア領のギルドマスターを選出したという内容。
前のは賊どもと結託していたのがバレてしまい雲隠れしたが、一週間で討伐されて屍が町の外で晒されていた。その後は5年前にオレ達の対応をした受付嬢が臨時ギルマスになって切り盛りしていたが、ようやくその任から解放されるようである。
『わたし、このしごとがおわったら、じっかでしにんのようにねむるんです…』と、口癖のように言っていたので、ようやくその願いが叶えられそうだ。
「それで現ギルマスをルエーリヴへ送る依頼を受けてきた。とんぼ返りしなくちゃならん。」
「あー、そうなんだ。久し振りにお父さんと手合わせ出来るかと思ったんだけど。」
「バカ言え。また一方的にオレがやられる。」
この5年で遥香の刀の腕は更に磨きが掛かり、オレだけ魔法を使っても、5本に3本取れるかというレベルで完全に負けていると言っても過言ではない。
普通に魔法は刀で軌道を逸らすし、僅かでもチャージがあると距離を詰められる。如何に視界の外から攻めるか、という戦いだが、最近は【認識拡張】が育ってきたのか、それすら避けてくるからな…
「でも、【認識拡張】が育つ相手ってお父さんかリリしかいないんだよね。どうも武闘系極致相手だとそれも機能してないみたいで…」
一時は全く敵わなかった極致持ち相手でも、今の遥香は2割くらいで勝つことがあった。
とは言え、相手が未転生のソニアの事が多いので、あまり参考にならない勝率だ。
レベルでいうと150くらい離れてるからな。
「そう言えば、フィオナがロッティ達と戻って来てるよ。やっぱりオーディン怒ってたみたい。」
『グリッチ野郎』の件だろう。オーディンに押し付けてそのままだったからな…
ロッティは東部へ品物を売り込むついでに転生を果たしていたらしい。攻略に付き添ったジュリアから聞いており、失った片目も元に戻したようだ。
「みんなの新作を納めたらすぐにニコニコ顔になったらしいけどね。」
「あの強面、意外とチョロいな。
とは言え、当事者のオレたちが直接謝りにいかないとダメだろう…」
「そうだね。だから…」
リリを見る遥香。
あの日から今日まで、ずっと身辺警護を続けてきたがそれも終わりだという事だろう。
「午後からはフィオナが引き継いでくれる事になってる。これでようやく借りが1つ返せたかな?」
「何を言っているんですか。」
「え?」
「全部チャラですよ。
5年間、ありがとうございました。警護だけでなく、相談やミミの世話までして、むしろ借りを作ってしまった気分ですよ。」
そう言って、リリが握手を求めると、遥香は笑顔で握り返した。
「私も10年は覚悟していましたが、思ったよりも早く引き継ぎが出来そうです。
エルディーのような多種族による統治もいつまで続くかは分かりませんが土台は築き上げました。
オラベリア領は西方エルフの土地ですが、それを支えるのは各地からやって来る方々ですからね。否定する者は内から出てこないと信じています。」
「そうか。」「そうだね。」
オレと遥香の返事を聞き、吹き出すリリ。
「やっぱり、似た者親子ですよ。
困ってる人を放っておけないのも、簡単に自分を犠牲に出来るのも、すぐ大きなトラブルを抱えるのも、その返事も。
でも…」
遥香と握手をしたまま逆の手で、今度はオレに握手を求めてきた。
「今日までその魂に救われて来ました。
何も渡せる物はございませんが、オラベリア領主リリ・オラベリアとして最大限の感謝の気持ちをお伝えします。ありがとうございました。」
ここ否定するのは違うだろう、という思いは遥香も同じようで、照れ臭そうにリリの手を両手で握り、ブンブン振った。
「痛い、痛いですよ。」
「痛くしてるんだよ?」
「ハルカ!」
怒られて手を離す遥香。それを待っていたかのタイミングでフィオナがやって来た。
会うのは数ヶ月ぶりだが、随分と女性らしさに磨きが掛かったように思える。
「ああ、ヒガン様もいらしたのですね。ハルカ、交代ですわよ。」
「うん。リリとミミをよろしくね。」
「お任せください。」
簡単に交代を済ませたのを見届け、オレも立ち上がる。
「そうだ。ルエーリヴからお土産だ。みんなで分けてくれ。」
【アイテムポーチ】をリリに手渡すと、すぐに中身を確認する。
「甘そうなものばかり!種類が増えましたね。」
「オラベリア領のお陰でエルディーへの物流がスムーズになっているからな。料理人達が素材輸送の費用が下がったって喜んでいたよ。」
「そうですか…」
ここが生き残る為に打ち出した政策は、西方エルフ領外にも恩恵をもたらしている。
エルディー南部の伯爵も、物流拠点の構築に着手したくらいだからな。旧ヒュマス領との要所だし、失敗はないだろう。
「まだまだこの大陸は発展できる。リリはそれを見事に証明してみせたよ。」
「ありがとうございます。」
5年前なら感極まっていたのだろうが、今日は最高の笑顔だけで踏み留まった。
「じゃあ、フィオナ。二人とすみっこのもよろしくね。もう半刻くらいしたらお尻を蹴飛ばせば良いから。」
「分かりましたわ。」
「じゃあ、行ってくる。イグドラシルにも寄るから数日掛かるかもしれない。」
寝てる2人が飛び起きる姿を思い描きながら、3人に出発を告げる。
「無事のご帰宅、お待ちしておりますね。」
リリの丁寧な挨拶で送り出され、なんだかむず痒くなるオレ達。
そろそろ出発の準備を済ませたであろう元ギルマスの所へ寄ってから、ルエーリヴへと出発した。
住んでみて分かったのは、東部ほど土地の質が良くはなく、ルエーリヴより立地が悪く便が悪いという事。第3位という中途半端さも納得の土地だった。
とは言え、それでもビースト領や南部エルフ領に比べれば遥かにマシで、雪も大して積もらなければ嵐もやって来ない。年中活動が出来るのは大きな強みで、リリはそれを活用した政策を展開する。
良くない、と言っても比較対象が恵まれ過ぎているだけなので、各地の利点を取り入れることは十分に可能だった。
そこでリリが打ち出した方針は、夏期は物流の一大中継地として広大な土地と交易路の整備、開拓。冬季は閑古鳥の鳴く中継拠点を、北方からの越冬目的の住民の一時受け入れ地として活用することにした。
2年間はどちらもさっぱりで、政策は失敗したと思われていたが3年目にようやく成果が現れる。
オラベリア領の再建完了宣言と共に、人流、物流が一気に増加。広すぎでは?と思われた中継地は拡張を余儀無くされ、越冬地としても大盛況となった。
元々出稼ぎで西部にやって来る数の多かったビーストだけでなく、同様に冬場は仕事の少ない北方エルフの農民にも好評で、いつか会った気の良い農民達は出稼ぎ先の土地の良さ、勉強の機会を得られた事もあり大喜びしていた。
とは言え、それはそれで問題が続出し、治安維持、食料確保など、リリにとって頭を悩ませ続ける5年であった。
外の人間でリリの仕事に文句を言う者は少ないが、内部は週刊簒奪者と言わんばかりに自称オラベリアの後継者が湧いて出てきている。
「よろしい。では、エルフらしく拳で決めましょう。」
「えっ?」
となるのは週の中頃の恒例行事となっており、ちょっとした息抜きになっていた。
偽者だろうと、本物だろうと容赦なく殴り倒すのは流石エルフである。
ちなみに、今日までに200を越える自称後継者が現れているので、継承事はしっかりやるべきだなと身を以て教えてくれている事に感謝しかない。オレも他人事じゃいられないからな…
子供達はルエーリヴの学校へ通って3年となっている。ノエミとジェリーはまだだが、ノエミは来年、ジェリーは数年後といったところになりそうだ。
来年から高等部という辺り、ソニアが中心に行ってきた英才教育が効いているようだが、生き急ぎ過ぎてる気がしてお父さんは不安である。まだ、遥香と出会った頃のソニアの半分くらいの歳だからな…
今週の偽者退治が速やかに終わり、昼休みとなると、容赦なく顔に拳を叩き込まれた女性は医務室へと連れていかれる。どう見ても、荒事をするタイプではないだろうに…
「リリ、ギルドのグランドマスターから手紙を預かっている。目を通しておいてくれ。」
「分かりました。」
歩きながら手紙を受け取り、早足で自室へと戻るリリ。
閉め出されたので、オレも食堂へ行くか、と思って歩き出すと、
「入っても良いんですよ…?」
と、部屋から半分だけ顔を出して言われたので従うことにした。
「失礼します。」
中では遥香とミミが食事をしており、隅でバニラと梓がいびきをかいていた。
領主様の部屋は一家の休憩室と成り果てている。
「姿が見えないと思ったらここに居たか…」
「二人とも、ここ以外じゃ気楽に休めないそうなので…」
領主の部屋まで入ってきて、叩き起こす輩はいないという事なのだろう。起こすのもなんなのでそのままにしておこう。
「お父さん、ルエーリヴはどうだった?」
「相変わらず賑やかで、ますます人が増えた気がしたな。
あと、ヒュマス領への移住斡旋が始まっていたぞ。」
この5年で完全に解放が済み、スタンピードも発生していない。ようやく、大陸に平穏が訪れたと言っても良いだろう。
「そっか。やっと終わったんだね。」
一家とも因縁の深いヒュマスとの戦いは、ようやく終結を迎えたようだ。
高級素材で作られた上着を脱ぎ、深い椅子に体を預けるリリがこちらを見ている。
「どうした?」
「いえ、思ったよりも早く色々と終わりそうだなと思いまして。」
「フェルナンドさんやロドニー達の協力もあって色々とスムーズに済んだよね。」
ビースト領から直接的なものはほぼ軍事支援のみだが、越冬が厳しい民衆の冬季出稼ぎ政策を推進してくれている。
領内だけでは食料が厳しいという事情もあり、冬場はダブつく労働者が外で稼いで来てくれるのはあちらにとってもありがたい話のようだ。
「遥香、悠里達からも預かってきている。
通話器じゃ伝えきれないからって。」
そう伝え、遥香にノートを一冊手渡した。
「みんな忙しいからしかたないよね。」
そう言って、楽しそうにノートに目を通し始める。
遥香には味わえなかった学校生活のあれこれが書かれているのだろう。その表情は穏やかで楽しそうだ。
「ミミ、あなたも来年からノエミと一緒に学校へ通いますか?」
「えっ…」
困惑の表情を浮かべるミミ。
あの時の経験が災いしてか、男と触れ合うことが全く出来なくなっているそうだ。オレとは同じ部屋に居るまでは出来るが、そこまで。5年間、目を合わすどころかちゃんと会話をしたことすら無い。息子達が相手でも同様である。
ただ、これでもまだマシな方なのだ。
男を見ただけで泣き叫んだり、そもそも精神が完全に崩壊していたり、二人の母のように完全に色狂いになったりする者もいる。
こればかりはバニラにもどうする事も出来ず、療養所や座敷牢のような部屋に閉じ込めて、社会から隔絶するしか解決策がないようだ。
「男性が怖いのは分かります。ですが、何度も言った通り、私たちはいつかこの大陸から旅立つ日がやって来ます。
その時、ミミも一緒に外へ行くか、この地で暮らし続けるか選ばないといけません。どちらにしても、一人で生きていけるだけの力が必要になります。
その時に備えて、しっかり学ばなくてはなりませんよ。」
既に姉と言うより、母と呼んでも差し支えない雰囲気すらある。
仕事でくたくたなりながらも、突然泣き出すミミの世話をしていた事もあり、おやつの時間以外は放任気味なジュリアよりも経験値が高いように思えた。
ジュリアが放任気味なのは、フェルナンドさん達がそんな感じだったからというのもあるそうだが…
「うん…でも…」
オレをチラチラと見ている、元々白い顔が更に白くなり、呼吸が荒くなり始めた。
遥香が手を握ると落ち着きを取り戻すが、根本的な解決にはなっていない。
「一人で生きていけるようになるという事は、男性に力で打ち勝てるようにならなくてはいけません。
学校はそれを克服する機会にもなります。まあ、行ってみて、無理なら辞めちゃって、フェルナンド様の所でご厄介になり続けるのも悪くないかもしれませんね。」
最後の手段だが、それも悪くない選択だろう。
ミミは少なくとも、この5年でソニアからしっかりと教育や訓練を受けており、同年代の標準より高いレベルに仕上がっている。
ただ、本人にその自覚はなく、自覚した後に暴発しないかという恐れがあった。それを確認する意味でも、なるべく早く学校に入れておきたい。
「はい…」
空になった皿を見つめるミミ。
出会った時は幼さが強く残っていたが、5年で成長して少女と言って差し支えないくらいになっていた。肉体的に、というより面持ちが、であるが。
チラッと見た母親とは、リリよりもよく似ている。
リリはこの話はここまで、といった様子で渡した手紙の封を切り、プレストースト片手に読み始めた。
「やっとですか…」
そう言って、オレに手紙を渡して来る。
書いてあったのは、正式なオラベリア領のギルドマスターを選出したという内容。
前のは賊どもと結託していたのがバレてしまい雲隠れしたが、一週間で討伐されて屍が町の外で晒されていた。その後は5年前にオレ達の対応をした受付嬢が臨時ギルマスになって切り盛りしていたが、ようやくその任から解放されるようである。
『わたし、このしごとがおわったら、じっかでしにんのようにねむるんです…』と、口癖のように言っていたので、ようやくその願いが叶えられそうだ。
「それで現ギルマスをルエーリヴへ送る依頼を受けてきた。とんぼ返りしなくちゃならん。」
「あー、そうなんだ。久し振りにお父さんと手合わせ出来るかと思ったんだけど。」
「バカ言え。また一方的にオレがやられる。」
この5年で遥香の刀の腕は更に磨きが掛かり、オレだけ魔法を使っても、5本に3本取れるかというレベルで完全に負けていると言っても過言ではない。
普通に魔法は刀で軌道を逸らすし、僅かでもチャージがあると距離を詰められる。如何に視界の外から攻めるか、という戦いだが、最近は【認識拡張】が育ってきたのか、それすら避けてくるからな…
「でも、【認識拡張】が育つ相手ってお父さんかリリしかいないんだよね。どうも武闘系極致相手だとそれも機能してないみたいで…」
一時は全く敵わなかった極致持ち相手でも、今の遥香は2割くらいで勝つことがあった。
とは言え、相手が未転生のソニアの事が多いので、あまり参考にならない勝率だ。
レベルでいうと150くらい離れてるからな。
「そう言えば、フィオナがロッティ達と戻って来てるよ。やっぱりオーディン怒ってたみたい。」
『グリッチ野郎』の件だろう。オーディンに押し付けてそのままだったからな…
ロッティは東部へ品物を売り込むついでに転生を果たしていたらしい。攻略に付き添ったジュリアから聞いており、失った片目も元に戻したようだ。
「みんなの新作を納めたらすぐにニコニコ顔になったらしいけどね。」
「あの強面、意外とチョロいな。
とは言え、当事者のオレたちが直接謝りにいかないとダメだろう…」
「そうだね。だから…」
リリを見る遥香。
あの日から今日まで、ずっと身辺警護を続けてきたがそれも終わりだという事だろう。
「午後からはフィオナが引き継いでくれる事になってる。これでようやく借りが1つ返せたかな?」
「何を言っているんですか。」
「え?」
「全部チャラですよ。
5年間、ありがとうございました。警護だけでなく、相談やミミの世話までして、むしろ借りを作ってしまった気分ですよ。」
そう言って、リリが握手を求めると、遥香は笑顔で握り返した。
「私も10年は覚悟していましたが、思ったよりも早く引き継ぎが出来そうです。
エルディーのような多種族による統治もいつまで続くかは分かりませんが土台は築き上げました。
オラベリア領は西方エルフの土地ですが、それを支えるのは各地からやって来る方々ですからね。否定する者は内から出てこないと信じています。」
「そうか。」「そうだね。」
オレと遥香の返事を聞き、吹き出すリリ。
「やっぱり、似た者親子ですよ。
困ってる人を放っておけないのも、簡単に自分を犠牲に出来るのも、すぐ大きなトラブルを抱えるのも、その返事も。
でも…」
遥香と握手をしたまま逆の手で、今度はオレに握手を求めてきた。
「今日までその魂に救われて来ました。
何も渡せる物はございませんが、オラベリア領主リリ・オラベリアとして最大限の感謝の気持ちをお伝えします。ありがとうございました。」
ここ否定するのは違うだろう、という思いは遥香も同じようで、照れ臭そうにリリの手を両手で握り、ブンブン振った。
「痛い、痛いですよ。」
「痛くしてるんだよ?」
「ハルカ!」
怒られて手を離す遥香。それを待っていたかのタイミングでフィオナがやって来た。
会うのは数ヶ月ぶりだが、随分と女性らしさに磨きが掛かったように思える。
「ああ、ヒガン様もいらしたのですね。ハルカ、交代ですわよ。」
「うん。リリとミミをよろしくね。」
「お任せください。」
簡単に交代を済ませたのを見届け、オレも立ち上がる。
「そうだ。ルエーリヴからお土産だ。みんなで分けてくれ。」
【アイテムポーチ】をリリに手渡すと、すぐに中身を確認する。
「甘そうなものばかり!種類が増えましたね。」
「オラベリア領のお陰でエルディーへの物流がスムーズになっているからな。料理人達が素材輸送の費用が下がったって喜んでいたよ。」
「そうですか…」
ここが生き残る為に打ち出した政策は、西方エルフ領外にも恩恵をもたらしている。
エルディー南部の伯爵も、物流拠点の構築に着手したくらいだからな。旧ヒュマス領との要所だし、失敗はないだろう。
「まだまだこの大陸は発展できる。リリはそれを見事に証明してみせたよ。」
「ありがとうございます。」
5年前なら感極まっていたのだろうが、今日は最高の笑顔だけで踏み留まった。
「じゃあ、フィオナ。二人とすみっこのもよろしくね。もう半刻くらいしたらお尻を蹴飛ばせば良いから。」
「分かりましたわ。」
「じゃあ、行ってくる。イグドラシルにも寄るから数日掛かるかもしれない。」
寝てる2人が飛び起きる姿を思い描きながら、3人に出発を告げる。
「無事のご帰宅、お待ちしておりますね。」
リリの丁寧な挨拶で送り出され、なんだかむず痒くなるオレ達。
そろそろ出発の準備を済ませたであろう元ギルマスの所へ寄ってから、ルエーリヴへと出発した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる