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第2部
105話
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くたくたなギルマスを実家に送り届け、遥香と久し振りのルエーリヴ散策をし、しこたま食料を買い込んで久方ぶりの自宅。
野戦病院状態になったこともあったが、今は誰もおらず静かなものだ。
合鍵は貰っているので、出入りは好き勝手に出来るのはありがたい。
「やっぱり落ち着くね。実家に来たって気分になる。」
オレが光明を灯し、遥香が部屋の空気を入れ換える。
相変わらず、きれいなままなので特に掃除は必要なさそうだ。
「お父さん。」
「ん?」
「背、低くなった?」
「お前が高くなったんだ。もうカトリーナと変わらないじゃないか。」
「まだ伸びるかなー?」
手を翳し、オレの頭の上まで手を伸ばす。
「身長まで越されたらもう敵うものがなくなる。」
「ふふ。そうだね。」
そんな事はない、と言わないのは実に遥香らしい。
「でも、誰かを越えるって大変だね。ここまで20年近く掛かった…」
「オレも努力し続けたからな。」
「うん、よく知ってる。だから、私も走り続けられたし、まだ走り続けられる。」
数多の経験、死線を越えてきた遥香の顔は歳不相応に大人びて見える。
もう少女ではなく、女性と言っても差し支えない。
「遥香、大きくなったな。背だけじゃなく、心も。」
「お母さんが幼い時を全盛期って呼んでた理由が今なら分かるよ。けっこう邪魔なんだよね…」
そう言って、フル装備でも目立つようになった胸に手を当てた。
心とはそういう隠語では無いはずだが…
「また転生でもしてみるか?」
「出来るならしてみたいかな。でも…」
オレから離れ、羽織を脱ぎ、オレの目など気にせず冒険服から普段着に着替えて羽織を着直す。
「それでも、私はこの体が大好き。お父さんとお母さんを目指したこの体が大好きだよ。」
ひたすら強くなることを目指した半生の愛娘。
まだ敵わない相手は多く居る。それでも、その強さは誰もが認めていた。
「遥香、ボス狩り最強の戦士はお前だ。」
「ううん。違うよ。」
笑いながら否定する遥香。
「5年経っても【ドゥーム・ブレイク】が使えない私に最強は名乗れない。私たちが揃って最強なんだよ。」
「そうか。大人になったな。」
「お父さんは変わらないよね。ちゃんと大人なんだけど、ずっと何処か子供みたい。」
「反論できないな…」
女性陣が強すぎるのもあり、平時はお荷物になっている自覚はある…
「でも、お爺たちもそうだし、男の人ってそういうものなのかなって気がしてる。」
「まあ、オレ達が特殊なのは否定しないが…」
あの二人も妙に子供っぽい部分が顔出す事があり、夫人と娘に尻を叩かれているのもオレと一緒だ。
「でも、それが3人の良い所なのかなって気もしてる。お爺たちがそんなだから、お婆たちも老け込んでないよね。」
「ああ、確かに二人とも年相応には見えないな…」
フェルナンドさんには息子が増えたし、ハロルドさんとパトリシアさんの間にも息子が生まれた。二人とも、まだまだ現役でやっていける若さがある。
「カッコイイ女の人って漠然とお母さんたちみたいなの想像してたけど、そんな事ないよね。
お婆たちもみんな生き生きしててカッコイイ。」
「そうだな。」
窓際に行き、前庭を眺める遥香。
今も誰か手入れをしているのだろう。雑草など見当たらず、季節の花が綺麗に咲き誇っている。ノラが手入れを続けた庭は今も健在のようだ。
「私、あんな風になれる気がしないよ…
〈白閃法剣〉はあんなにカッコ良くなれない…」
「なれるさ。アリスも最初はお前達の母役を不安がっていたんだ。遥香になれない訳がないだろう?」
「どうだろう。私、自分の事しか考えられないから…」
そう言う遥香の頬を引っ張る。
相変わらずよく伸びる頬だ。
「〈白閃法剣〉は子供の世話だって上手だよ。今日までチビ達やミミの面倒を見てくれたから間違いない。」
「だと良いな。」
窓ガラスに映る遥香の顔は、伏し目がちながらも照れた様子だった。
「さあ、久し振りのルエーリヴの屋台飯だ。食って、休んで、東部へ行くぞ。オーディンに謝罪しないとな。」
「その為にワイン買ったの?」
「飲みたいなら一本開けても良いぞ。」
「やめとく。やっぱり酔って正常な判断ができなくなるのは困るから。」
いつかのあれは、影を落とし続けてしまっているなと思うと少し不憫になる。
「いつか、酔い潰れない範囲で一緒に飲もう。味が分からないと、仕込まれても気付かないからな。」
「そうだね。いよいよ私も大人の仲間入りかー」
人間換算なら17、8くらいだが、この世界では十分に大人だ。酒の味を知っても良い年頃だろう。
「長い気もするけど、振り返るとあっという間だったね。」
串焼きを手に懐かしげに話をする遥香。
「昔話をするほど老け込むにはまだ早いぞ。」
「ふふ。じゃあ、この先の事を話そう。例えば、オーディンにどう謝るか。」
「謝りたくないなぁ。」
「そうだよねー」
そんなこんなであれこれと話ながら買い込んだ食べ物を食べ終えると、揃ってオレの部屋で眠ることになった。
「自分の部屋で寝ないのか?」
「掃除する部屋は少ない方が良いでしょ?」
「まあ、そうだが…」
「じゃ、おやすみ。」
そう言うと、すぐに寝息が聞こえてくる。
女性と呼んでも差し支えない年頃の娘と寝るのも変な感じだが、オレもあっという間に眠ってしまったのだった。
酷かった寝癖をまだ気にする遥香の後ろ姿を視界に入れつつ、賑わう東部の街路を歩く。
東部には手紙配達で頻繁に来ていたが、こちらも人が多い。
イグドラシルが目的の冒険者と関係する職人や商人が中心なので、迷宮都市と言った方が相応しい気がする。
『お帰りなさいませ。旦那様、遥香様。』
「ただいま。久し振りだな、アクア、ケリー。」
東部の自宅に入ると、二人が出迎えてくれた。
アクアはますます女性らしさに磨きが掛かり、カトリーナと並ぶと思わず目を奪われてしまう事がある。
ケリーは独特の長い金毛をバッサリ切り、今はだいぶ短くなっている。切った髪は、娘達の学費や将来の為のお金にすると言っていた。
西方エルフの魔法で色を変化させるだけに留めているようなので、手入れも楽で良いとも聞いた。金毛羊だからなのか、母だけ全く老ける様子がない。
「二人だけか?」
中から他に反応が無いので尋ねる。
「はい。娘たちはノラと一緒に住み込みで研修中ですので。」
「ロッティとショコラは納品に出ていますよ。」
「ノラもか。」
「でも、ちゃんと夕方には一度帰ってきているようです。庭の手入れがされてますからね。」
「ルエーリヴもちゃんとされてたね。誰か引き継いでいるみたいだったけど。」
「そうなのですか?戻ってきたら聞いてみましょう。」
どうやらアクアも把握していないらしい。
どういう事なのか気になるな…
「こっちは変わりなかったか?」
「はい、平穏そのものですよ。
冒険者同士の諍いや、旦那様に会いたいとやって来る者もおりますがそのくらいです。」
「なんだかすまんな。」
「【ドゥーム・ブレイク】は、もう伝説みたいになってますからね。
憧れる魔導師、冒険者、戦士がますます増えるのは仕方ありませんよ。」
苦笑いしながらも誇らしげに話すアクア。
あの頃の旅を絵付きの本にして出版した所、一家に一冊と言われるくらいの大ヒット。より多くの者に読んでもらう為に、要点だけまとめた総集編も貧困層に大人気だそうだ。
劇にもなっているようで、役者や脚本家から取材依頼が入ったこともある。都合がつかなくて断ったが、話はそれっきりだな。
「仕込んだ張本人だよね。」
「てへっ☆」
舌を少し出し、明後日の方向を見ながら自分の頭を小突くアクア。さっき抱いた印象とのギャップが酷い。
「…コホン。まあ、それより、今日はどうなさいますか?」
「すぐにオーディンに会ってくるよ。のんびりしてると余計に怒られそうだからな。
これは向こうの食材と流行りの物になる。好きにして良いぞ。」
「かしこまりました。
おお、面白い食べ物が増えましたね。食材の方は、こっちでも揃うようになりましたよ。東部は畜産、農産が目覚ましいですから。」
エルディーのものはエルディーだけ、という時代は終わったようだ。
一家もだいぶ関わってしまっているので陛下には申し訳ないが、亜人連合全体の利益だからしかたないよ、と笑って済ませてくれそうではある。
ただ、やはり魔導具はエルディーの一人勝ちが続く。リリも木製魔導具の生産に助成をしているが、あまり伸びていない。
「じゃあ、行ってくる。寄り道はせずに戻ってくるよ。」
「お昼の準備をしてお待ちしてますね。」
軽く頭を下げる二人に、遥香と手を振って裏道からフードを被って出ていくことにした。
隠密がエンチャントされた外套なので、騒ぎにならずに済む。
はぐれて問題ないが、遥香の手を引いて入口までやって来ると、転送門前は行列となっていた。
どういう事かと思い眺めていると、出発前の儀式みたいなやり取りをどのパーティーも行い、長いと5分、10分も掛かっている。
『これはひどい…』
オレと遥香の声がハモった。
軽い打ち合わせ、出発前の気合い入れくらいはオレたちもしたが、儀式のような形になるのはやり過ぎである…
「来る度にこれを待つのは困るよね…」
「そうだなぁ…」
経験上、ここでも神は祈ったところで何もしてはくれない。
まあ、その神に今から会いに行くのだが、取引しかしてもらった事がないからな。
最近の冒険者の装備や魔力の状態についてあれこれ遥香と話すこと30分。ようやく受付嬢の前に到着した。
「いらっしゃいませ。こちらでの活動は初めてですか?」
「いや、数年ぶりにやって来た。」
フードを脱ぎ、そう言うと受付嬢が目をパチパチさせてから、飛び出しそうになるくらい見開いた。
「ひ、ヒガン様!?戻っていらしたのは本当だったのですね!」
「久し振りだね。受付嬢のお姉ちゃん。」
「ハルカ様も!ああ、こんなに大きくなられて…お母上と見間違える所でしたよ。」
「そう?ちょっと嬉しいかも。」
小さい時から遥香を見てくれている人だ。お互い、身の上について話したくもなるし、成長を喜び合いたい気持ちにもなる。
しかし、エルフということを差し引いても老けない人だな。15年程度だとそういうものだろうか?
「今日はビフレストの向こうへ行くのですか?」
「うん。そうだよ。」
「他の皆様もそうでしたからね。いったい何があったのかと、ギルド職員は大騒ぎでしたよ。」
「まあ、色々とありまして…」
元凶が歯切れ悪そうに言う。
まあ、詳細を答えるのは憚れる事だからな…
「そうなのですか?
それにしても、変わった出で立ちになられましたね。元々、目立ってましたけど、今は違う意味で目立ちますよ。」
「うん。武器を変えたからね。それに合わせて服装も変えてもらったんだ。」
「そうでしたか。変わってますけど、よく似合っていますよ。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
遥香が礼を言うと、『おぉぅ…』と妙な声が受付嬢から漏れた。まあ、カトリーナと意気投合してたらしいからな。そういう事なのだろう。
その後、素材売却の手順などの説明を雑に受け、受付を終えた。別れ際に手を振ってもらう辺り、遥香には今も変わらず溺愛してくれているのが分かる。
話が長くなってしまったので、儀式のようなあれをどうこう言えなくなってしまったのは反省しないとな…
その後は特に待つこともなく、オレたちは転移門を潜ってイグドラシルの最上層へと移動した。
「この先は通行止めだ!我々が突破するまで通さん!」
などとふざけた事を言うヤツが転移門の先で立ち塞がっていた。安全圏ギリギリという腰抜けっぷりが、小者さを引き立てている。
「いつまで経ってもなくならないね…」
「狩り場独占は人の性かもしれんな…」
遥香はそのまま、オレは追い付けないのでライトクラフトを装着する。
「押し通る。」
言い終えると同時に遥香が駆け出し、立ち塞がっていた男の腹に柄を叩き込む。ダメージは無いようだがノックバックが発生し、安全圏の外へと押し出された。
普通に飛び越えても良かったが、頭を冷やして貰わねば繰り返しになる。
技すら発動せずに普通に抜刀斬擊。男の体は鎧ごと横真っ二つに断ち切られ、ずり落ちる。遥香は向こう側でこちらを向いて納刀していた。
5年間、訓練を欠かさず、公務の合間の息抜きに師匠達に揉まれ続けた遥香とリリ。技の冴えは衰えるどころか磨きが掛かっている。
「おっ…がっ…」
「ひぃぇっ!?」
「い、いっしゅんで!?」
恐怖で完全に竦み上がるパーティーメンバー。
真っ二つにされた男は光となって消え去った。
「バカな事はもうやめろ。他と連携すれば、もっと容易く突破出来るはずだ。」
『は、はい…』
竦み上がったのはパーティーメンバーだけでなく、オレたちの後ろにいた連中も同様のようだ。
「は、白閃様だ…」
「英雄様、もしかして西部から…?」
向こうからでも登れるんだったな。用がないから忘れていた。
「行こう。」
「おう。」
駆け出す遥香。走ったら全く追い付けないのでライトクラフトで地面すれすれを飛ぶ。
さっきの連中の仲間だろうか。打ち合わせ最中だったので気にせずに通り過ぎ、ビフレストの前までやって来た。
『久し振りだな。見違えるほど強くなっている。』
「ヘイムダル、一度一人で戦ってみたいけど今日はやめとくよ。」
『怖じ気付いたか?』
「負けるつもりはないけど、装備や服を無闇に壊すと怒られるから…
回避できる戦いなら回避したい。」
『では、またの機会を待つとしよう。精進を怠るなよ。』
「ありがとう。じゃ、通るね。」
そう言って、駆け足で行く遥香に続いてオレも飛んで行く。
「全部行ったから分かるけど、ここから見える風景って嘘だらけだよね。オーディンのいい加減さがよく分かるよ…」
「まあ、精密な地図も衛星写真も現地の映像もないからな。行かなきゃ分からないのは嘘でも本当でも構わないんだろう。」
「そっか。でも、この風景で全部見たいって気持ちになったのは悔しいよ。」
「しっかり乗せられたって事だな。」
偽物と分かった以上、眺めていても仕方ない。
遥香の背を押し、先へ行くことを促した。
それほど時間が掛からずに場所が切り替わり、虹の橋は美しい花畑へと移る。
『やっと来たか。待っていたぞ。』
ふてぶてしい顔のオーディンがオレたちを迎える。
8本脚の馬に股がり、杖まで携えていた。本体と戦闘は無理ゲーなのでご遠慮願いたい。
「本日は先日の件で謝罪に参りました。」
深々と頭を下げるオレと遥香。
『先日?そうか。お前達にとって1500日程度は先日か。』
めちゃくちゃ怒ってらっしゃった。
そりゃ、不始末を5年も放置したらオレだって怒る。
【グングニール】
【激流】
不意を突く一撃を遥香の刀が打ち逸らした。
逸らされた一撃は背後で炸裂し、爆風がオレたちの背を押す。
『やるようになったな!娘!』
「素直に謝罪を受け入れて欲しいんだけど。」
『ならばこれを凌いでみせよ!』
【ミョルニル】
【波濤】
二人の間で雷撃と光がぶつかると大爆発が起き、吹き飛ばされそうになる。
バフを掛けるのは無粋だし、二人ともそれを望んでいない。お互い、ギリギリの所で力比べをしているようだ。
『娘、ワシの元へ来い。野に放っておくのが惜しい。』
とんでもないことを言い出す神様。
だが、遥香の答えは鼻で笑うだけで言葉すら返さない。
僅か数秒のやり取り。
今の遥香にはその数秒で十分だった。
【水天】
恐らく、普通なら変哲のない抜刀斬擊に見えていたのだろう。
だが、【認識拡張】は全く違うものを見せる。
天と地を断ち割らんとばかりに尋常じゃない魔力、闘気を纏った刃が解放される。
「っ!?」
驚愕の表情を浮かべたのは遥香の方だった。
下馬したオーディンが、杖で遥香の腕を押し留める。
恐らく、現世において誰も止められないであろうその一太刀。自称、神であるオーディンにはまだ届かなかったようだ。
『我の勝ちだ。』
デコピン一発で吹っ飛ばされる遥香。オレも巻き込まれ、抱き抱える形で転がりに転がった。
「…また負けちゃった。」
「でも、下馬させた上に密着距離まで来させたじゃないか…」
「うん…」
ヒールを掛け、立ち上がる。
既にテーブルと椅子を出し、寛ぎモードに入る神を名乗る者の姿があった。
中途半端に抜き欠けていた刀を納め、魔力や闘気も発散させる遥香。転がってだいぶ汚れてしまったので、洗浄と浄化で綺麗にしておいた。
「やっぱり強いね。」
『エインヘリャルなら止められなかった。我を動かしたこと、誇りに思え。』
「はぁ…そうだね。」
納得いかない様子だが、心を落ち着けてその思いを飲み込んだ。
「ルエーリヴで一番のワインとチーズだ。」
『うむ。今回も良い出来のようだな。』
「私からは西部産の木製コースターと鍋敷き。その内、お姉ちゃんがお鍋を振る舞いたいって言ってたから。」
『丁寧な仕事が為されている良い品だ。受け取ろう。』
コースターと鍋敷きだが、緻密な刻印は一流の職人の手によるものだというのが一目瞭然。いつ仕入れたんだろうか?
「オーディンに気に入ってもらえて、リリも喜ぶと思うよ。」
「リリのだったか…」
日々のストレスを木工にぶつけていると聞いてはいたが、それが見事に才能として開花したようである。
『独り占めしても良いが、今日は気分が良い。我からも振る舞おう。』
そう言うと、グラスを出して嗜む程度の量をオレと遥香にも注いでくれた。
「私もか…」
「良い機会じゃないか。」
多分、この前のやり取りを見て知っているのだろう。この出歯亀はきっと色々と覗いているに違いない。
『娘の成長を祝って。』
オーディンがそう言って、グラスを掲げたので、オレと遥香もそれに倣い、それから一気に飲み干した。
最高級のルエーリヴワインは甘口で、誰もが虜になると言われている。
甘さ、豊潤な香り、滑らかさはよく口にするワインと全く比べ物にならなかった。
「これがワイン…」
アルコール慣れしてない遥香は顰めっ面なっているが、不味いとも思っていないようではある。
「これを基準に考えるなよ。これはトップ中のトップだからな。」
「ああ…先に普通のワインを飲んでおくんだった…」
もう舌が覚えてしまったのでどうしようもない。
まあ、これでもう安酒で変な酔い方をする事はないと思おう。
『あの小さなうるさいだけの娘がここまで成長するとはな。人とは分からぬものだ。』
「そんな風に思われてたんだ…」
口直しと言わんばかりに、イグドラシル水を並々と自分のグラスに注ぐ遥香。 オレの方にもしっかり注いでくれる。
つまみは遥香のミニ串と、オレが依頼で飛び回る合間に溜め込んで煎ったナッツ類になる。
『あの弁えぬ人間とは比べ物にならんがな。
ここ一帯を焼け野原にした挙げ句、力を寄越せとは何を考えていたのか。
最後まで自分は何度でもやり直せると信じていたようだが、我がその糸を断ち切ってやったわ。』
世界の理から外れてしまっていたようで、やはり魔法でどうこうというのは無理だったようだな。
「ごめんね。他に方法が無くって。」
『あれを止めるだけでも大したものだ。
間違いなく、英雄の娘も英雄だったという証明だろう。』
「どうかな。【ドゥーム・ブレイク】は私だけじゃ使えないし。」
『では、もっと精進を重ねよ。この身と相対す日を待っているぞ。』
「うん。お婆ちゃんになる前に極めるから。」
『また転生すれば良い。魂が滅せぬ限り、それは可能だ。まあ、必要なものはいただくが。』
「出来ちゃうんだ。でも、それはまだかな。
私はこの体でもう少しこの道を生きてみたい。」
挑戦心と自信とやる気に満ちた顔で宣言する遥香。この娘は何処までも、何処へでも駆けていく気がした。
オレの娘にしておくのは惜しい。そんな思いさえ浮かんでくる。
「オレはもう一度、転生しないとダメだろうな。」
「なんで?」
「もう体がついていけていないし、お前がオーディンと戦える頃には引退してそうだ。」
人の身であればもう40が届きそうな所。
第一線で現役を続けるのは、亜人であろうと厳しくなっている。エルフならフェルナンドさんのように頑張れるかもしれないが、魔導師向きの傾向の体なら尚更だ。
「だから、教えてくれ。次の転生の条件を。」
『良かろう。それは…』
オーディンの提示した条件に、オレたちは呆気に取られる。
ここで北のアレ、『ホワイトドラゴン』が関わって来るとは思いもしなかった。
野戦病院状態になったこともあったが、今は誰もおらず静かなものだ。
合鍵は貰っているので、出入りは好き勝手に出来るのはありがたい。
「やっぱり落ち着くね。実家に来たって気分になる。」
オレが光明を灯し、遥香が部屋の空気を入れ換える。
相変わらず、きれいなままなので特に掃除は必要なさそうだ。
「お父さん。」
「ん?」
「背、低くなった?」
「お前が高くなったんだ。もうカトリーナと変わらないじゃないか。」
「まだ伸びるかなー?」
手を翳し、オレの頭の上まで手を伸ばす。
「身長まで越されたらもう敵うものがなくなる。」
「ふふ。そうだね。」
そんな事はない、と言わないのは実に遥香らしい。
「でも、誰かを越えるって大変だね。ここまで20年近く掛かった…」
「オレも努力し続けたからな。」
「うん、よく知ってる。だから、私も走り続けられたし、まだ走り続けられる。」
数多の経験、死線を越えてきた遥香の顔は歳不相応に大人びて見える。
もう少女ではなく、女性と言っても差し支えない。
「遥香、大きくなったな。背だけじゃなく、心も。」
「お母さんが幼い時を全盛期って呼んでた理由が今なら分かるよ。けっこう邪魔なんだよね…」
そう言って、フル装備でも目立つようになった胸に手を当てた。
心とはそういう隠語では無いはずだが…
「また転生でもしてみるか?」
「出来るならしてみたいかな。でも…」
オレから離れ、羽織を脱ぎ、オレの目など気にせず冒険服から普段着に着替えて羽織を着直す。
「それでも、私はこの体が大好き。お父さんとお母さんを目指したこの体が大好きだよ。」
ひたすら強くなることを目指した半生の愛娘。
まだ敵わない相手は多く居る。それでも、その強さは誰もが認めていた。
「遥香、ボス狩り最強の戦士はお前だ。」
「ううん。違うよ。」
笑いながら否定する遥香。
「5年経っても【ドゥーム・ブレイク】が使えない私に最強は名乗れない。私たちが揃って最強なんだよ。」
「そうか。大人になったな。」
「お父さんは変わらないよね。ちゃんと大人なんだけど、ずっと何処か子供みたい。」
「反論できないな…」
女性陣が強すぎるのもあり、平時はお荷物になっている自覚はある…
「でも、お爺たちもそうだし、男の人ってそういうものなのかなって気がしてる。」
「まあ、オレ達が特殊なのは否定しないが…」
あの二人も妙に子供っぽい部分が顔出す事があり、夫人と娘に尻を叩かれているのもオレと一緒だ。
「でも、それが3人の良い所なのかなって気もしてる。お爺たちがそんなだから、お婆たちも老け込んでないよね。」
「ああ、確かに二人とも年相応には見えないな…」
フェルナンドさんには息子が増えたし、ハロルドさんとパトリシアさんの間にも息子が生まれた。二人とも、まだまだ現役でやっていける若さがある。
「カッコイイ女の人って漠然とお母さんたちみたいなの想像してたけど、そんな事ないよね。
お婆たちもみんな生き生きしててカッコイイ。」
「そうだな。」
窓際に行き、前庭を眺める遥香。
今も誰か手入れをしているのだろう。雑草など見当たらず、季節の花が綺麗に咲き誇っている。ノラが手入れを続けた庭は今も健在のようだ。
「私、あんな風になれる気がしないよ…
〈白閃法剣〉はあんなにカッコ良くなれない…」
「なれるさ。アリスも最初はお前達の母役を不安がっていたんだ。遥香になれない訳がないだろう?」
「どうだろう。私、自分の事しか考えられないから…」
そう言う遥香の頬を引っ張る。
相変わらずよく伸びる頬だ。
「〈白閃法剣〉は子供の世話だって上手だよ。今日までチビ達やミミの面倒を見てくれたから間違いない。」
「だと良いな。」
窓ガラスに映る遥香の顔は、伏し目がちながらも照れた様子だった。
「さあ、久し振りのルエーリヴの屋台飯だ。食って、休んで、東部へ行くぞ。オーディンに謝罪しないとな。」
「その為にワイン買ったの?」
「飲みたいなら一本開けても良いぞ。」
「やめとく。やっぱり酔って正常な判断ができなくなるのは困るから。」
いつかのあれは、影を落とし続けてしまっているなと思うと少し不憫になる。
「いつか、酔い潰れない範囲で一緒に飲もう。味が分からないと、仕込まれても気付かないからな。」
「そうだね。いよいよ私も大人の仲間入りかー」
人間換算なら17、8くらいだが、この世界では十分に大人だ。酒の味を知っても良い年頃だろう。
「長い気もするけど、振り返るとあっという間だったね。」
串焼きを手に懐かしげに話をする遥香。
「昔話をするほど老け込むにはまだ早いぞ。」
「ふふ。じゃあ、この先の事を話そう。例えば、オーディンにどう謝るか。」
「謝りたくないなぁ。」
「そうだよねー」
そんなこんなであれこれと話ながら買い込んだ食べ物を食べ終えると、揃ってオレの部屋で眠ることになった。
「自分の部屋で寝ないのか?」
「掃除する部屋は少ない方が良いでしょ?」
「まあ、そうだが…」
「じゃ、おやすみ。」
そう言うと、すぐに寝息が聞こえてくる。
女性と呼んでも差し支えない年頃の娘と寝るのも変な感じだが、オレもあっという間に眠ってしまったのだった。
酷かった寝癖をまだ気にする遥香の後ろ姿を視界に入れつつ、賑わう東部の街路を歩く。
東部には手紙配達で頻繁に来ていたが、こちらも人が多い。
イグドラシルが目的の冒険者と関係する職人や商人が中心なので、迷宮都市と言った方が相応しい気がする。
『お帰りなさいませ。旦那様、遥香様。』
「ただいま。久し振りだな、アクア、ケリー。」
東部の自宅に入ると、二人が出迎えてくれた。
アクアはますます女性らしさに磨きが掛かり、カトリーナと並ぶと思わず目を奪われてしまう事がある。
ケリーは独特の長い金毛をバッサリ切り、今はだいぶ短くなっている。切った髪は、娘達の学費や将来の為のお金にすると言っていた。
西方エルフの魔法で色を変化させるだけに留めているようなので、手入れも楽で良いとも聞いた。金毛羊だからなのか、母だけ全く老ける様子がない。
「二人だけか?」
中から他に反応が無いので尋ねる。
「はい。娘たちはノラと一緒に住み込みで研修中ですので。」
「ロッティとショコラは納品に出ていますよ。」
「ノラもか。」
「でも、ちゃんと夕方には一度帰ってきているようです。庭の手入れがされてますからね。」
「ルエーリヴもちゃんとされてたね。誰か引き継いでいるみたいだったけど。」
「そうなのですか?戻ってきたら聞いてみましょう。」
どうやらアクアも把握していないらしい。
どういう事なのか気になるな…
「こっちは変わりなかったか?」
「はい、平穏そのものですよ。
冒険者同士の諍いや、旦那様に会いたいとやって来る者もおりますがそのくらいです。」
「なんだかすまんな。」
「【ドゥーム・ブレイク】は、もう伝説みたいになってますからね。
憧れる魔導師、冒険者、戦士がますます増えるのは仕方ありませんよ。」
苦笑いしながらも誇らしげに話すアクア。
あの頃の旅を絵付きの本にして出版した所、一家に一冊と言われるくらいの大ヒット。より多くの者に読んでもらう為に、要点だけまとめた総集編も貧困層に大人気だそうだ。
劇にもなっているようで、役者や脚本家から取材依頼が入ったこともある。都合がつかなくて断ったが、話はそれっきりだな。
「仕込んだ張本人だよね。」
「てへっ☆」
舌を少し出し、明後日の方向を見ながら自分の頭を小突くアクア。さっき抱いた印象とのギャップが酷い。
「…コホン。まあ、それより、今日はどうなさいますか?」
「すぐにオーディンに会ってくるよ。のんびりしてると余計に怒られそうだからな。
これは向こうの食材と流行りの物になる。好きにして良いぞ。」
「かしこまりました。
おお、面白い食べ物が増えましたね。食材の方は、こっちでも揃うようになりましたよ。東部は畜産、農産が目覚ましいですから。」
エルディーのものはエルディーだけ、という時代は終わったようだ。
一家もだいぶ関わってしまっているので陛下には申し訳ないが、亜人連合全体の利益だからしかたないよ、と笑って済ませてくれそうではある。
ただ、やはり魔導具はエルディーの一人勝ちが続く。リリも木製魔導具の生産に助成をしているが、あまり伸びていない。
「じゃあ、行ってくる。寄り道はせずに戻ってくるよ。」
「お昼の準備をしてお待ちしてますね。」
軽く頭を下げる二人に、遥香と手を振って裏道からフードを被って出ていくことにした。
隠密がエンチャントされた外套なので、騒ぎにならずに済む。
はぐれて問題ないが、遥香の手を引いて入口までやって来ると、転送門前は行列となっていた。
どういう事かと思い眺めていると、出発前の儀式みたいなやり取りをどのパーティーも行い、長いと5分、10分も掛かっている。
『これはひどい…』
オレと遥香の声がハモった。
軽い打ち合わせ、出発前の気合い入れくらいはオレたちもしたが、儀式のような形になるのはやり過ぎである…
「来る度にこれを待つのは困るよね…」
「そうだなぁ…」
経験上、ここでも神は祈ったところで何もしてはくれない。
まあ、その神に今から会いに行くのだが、取引しかしてもらった事がないからな。
最近の冒険者の装備や魔力の状態についてあれこれ遥香と話すこと30分。ようやく受付嬢の前に到着した。
「いらっしゃいませ。こちらでの活動は初めてですか?」
「いや、数年ぶりにやって来た。」
フードを脱ぎ、そう言うと受付嬢が目をパチパチさせてから、飛び出しそうになるくらい見開いた。
「ひ、ヒガン様!?戻っていらしたのは本当だったのですね!」
「久し振りだね。受付嬢のお姉ちゃん。」
「ハルカ様も!ああ、こんなに大きくなられて…お母上と見間違える所でしたよ。」
「そう?ちょっと嬉しいかも。」
小さい時から遥香を見てくれている人だ。お互い、身の上について話したくもなるし、成長を喜び合いたい気持ちにもなる。
しかし、エルフということを差し引いても老けない人だな。15年程度だとそういうものだろうか?
「今日はビフレストの向こうへ行くのですか?」
「うん。そうだよ。」
「他の皆様もそうでしたからね。いったい何があったのかと、ギルド職員は大騒ぎでしたよ。」
「まあ、色々とありまして…」
元凶が歯切れ悪そうに言う。
まあ、詳細を答えるのは憚れる事だからな…
「そうなのですか?
それにしても、変わった出で立ちになられましたね。元々、目立ってましたけど、今は違う意味で目立ちますよ。」
「うん。武器を変えたからね。それに合わせて服装も変えてもらったんだ。」
「そうでしたか。変わってますけど、よく似合っていますよ。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
遥香が礼を言うと、『おぉぅ…』と妙な声が受付嬢から漏れた。まあ、カトリーナと意気投合してたらしいからな。そういう事なのだろう。
その後、素材売却の手順などの説明を雑に受け、受付を終えた。別れ際に手を振ってもらう辺り、遥香には今も変わらず溺愛してくれているのが分かる。
話が長くなってしまったので、儀式のようなあれをどうこう言えなくなってしまったのは反省しないとな…
その後は特に待つこともなく、オレたちは転移門を潜ってイグドラシルの最上層へと移動した。
「この先は通行止めだ!我々が突破するまで通さん!」
などとふざけた事を言うヤツが転移門の先で立ち塞がっていた。安全圏ギリギリという腰抜けっぷりが、小者さを引き立てている。
「いつまで経ってもなくならないね…」
「狩り場独占は人の性かもしれんな…」
遥香はそのまま、オレは追い付けないのでライトクラフトを装着する。
「押し通る。」
言い終えると同時に遥香が駆け出し、立ち塞がっていた男の腹に柄を叩き込む。ダメージは無いようだがノックバックが発生し、安全圏の外へと押し出された。
普通に飛び越えても良かったが、頭を冷やして貰わねば繰り返しになる。
技すら発動せずに普通に抜刀斬擊。男の体は鎧ごと横真っ二つに断ち切られ、ずり落ちる。遥香は向こう側でこちらを向いて納刀していた。
5年間、訓練を欠かさず、公務の合間の息抜きに師匠達に揉まれ続けた遥香とリリ。技の冴えは衰えるどころか磨きが掛かっている。
「おっ…がっ…」
「ひぃぇっ!?」
「い、いっしゅんで!?」
恐怖で完全に竦み上がるパーティーメンバー。
真っ二つにされた男は光となって消え去った。
「バカな事はもうやめろ。他と連携すれば、もっと容易く突破出来るはずだ。」
『は、はい…』
竦み上がったのはパーティーメンバーだけでなく、オレたちの後ろにいた連中も同様のようだ。
「は、白閃様だ…」
「英雄様、もしかして西部から…?」
向こうからでも登れるんだったな。用がないから忘れていた。
「行こう。」
「おう。」
駆け出す遥香。走ったら全く追い付けないのでライトクラフトで地面すれすれを飛ぶ。
さっきの連中の仲間だろうか。打ち合わせ最中だったので気にせずに通り過ぎ、ビフレストの前までやって来た。
『久し振りだな。見違えるほど強くなっている。』
「ヘイムダル、一度一人で戦ってみたいけど今日はやめとくよ。」
『怖じ気付いたか?』
「負けるつもりはないけど、装備や服を無闇に壊すと怒られるから…
回避できる戦いなら回避したい。」
『では、またの機会を待つとしよう。精進を怠るなよ。』
「ありがとう。じゃ、通るね。」
そう言って、駆け足で行く遥香に続いてオレも飛んで行く。
「全部行ったから分かるけど、ここから見える風景って嘘だらけだよね。オーディンのいい加減さがよく分かるよ…」
「まあ、精密な地図も衛星写真も現地の映像もないからな。行かなきゃ分からないのは嘘でも本当でも構わないんだろう。」
「そっか。でも、この風景で全部見たいって気持ちになったのは悔しいよ。」
「しっかり乗せられたって事だな。」
偽物と分かった以上、眺めていても仕方ない。
遥香の背を押し、先へ行くことを促した。
それほど時間が掛からずに場所が切り替わり、虹の橋は美しい花畑へと移る。
『やっと来たか。待っていたぞ。』
ふてぶてしい顔のオーディンがオレたちを迎える。
8本脚の馬に股がり、杖まで携えていた。本体と戦闘は無理ゲーなのでご遠慮願いたい。
「本日は先日の件で謝罪に参りました。」
深々と頭を下げるオレと遥香。
『先日?そうか。お前達にとって1500日程度は先日か。』
めちゃくちゃ怒ってらっしゃった。
そりゃ、不始末を5年も放置したらオレだって怒る。
【グングニール】
【激流】
不意を突く一撃を遥香の刀が打ち逸らした。
逸らされた一撃は背後で炸裂し、爆風がオレたちの背を押す。
『やるようになったな!娘!』
「素直に謝罪を受け入れて欲しいんだけど。」
『ならばこれを凌いでみせよ!』
【ミョルニル】
【波濤】
二人の間で雷撃と光がぶつかると大爆発が起き、吹き飛ばされそうになる。
バフを掛けるのは無粋だし、二人ともそれを望んでいない。お互い、ギリギリの所で力比べをしているようだ。
『娘、ワシの元へ来い。野に放っておくのが惜しい。』
とんでもないことを言い出す神様。
だが、遥香の答えは鼻で笑うだけで言葉すら返さない。
僅か数秒のやり取り。
今の遥香にはその数秒で十分だった。
【水天】
恐らく、普通なら変哲のない抜刀斬擊に見えていたのだろう。
だが、【認識拡張】は全く違うものを見せる。
天と地を断ち割らんとばかりに尋常じゃない魔力、闘気を纏った刃が解放される。
「っ!?」
驚愕の表情を浮かべたのは遥香の方だった。
下馬したオーディンが、杖で遥香の腕を押し留める。
恐らく、現世において誰も止められないであろうその一太刀。自称、神であるオーディンにはまだ届かなかったようだ。
『我の勝ちだ。』
デコピン一発で吹っ飛ばされる遥香。オレも巻き込まれ、抱き抱える形で転がりに転がった。
「…また負けちゃった。」
「でも、下馬させた上に密着距離まで来させたじゃないか…」
「うん…」
ヒールを掛け、立ち上がる。
既にテーブルと椅子を出し、寛ぎモードに入る神を名乗る者の姿があった。
中途半端に抜き欠けていた刀を納め、魔力や闘気も発散させる遥香。転がってだいぶ汚れてしまったので、洗浄と浄化で綺麗にしておいた。
「やっぱり強いね。」
『エインヘリャルなら止められなかった。我を動かしたこと、誇りに思え。』
「はぁ…そうだね。」
納得いかない様子だが、心を落ち着けてその思いを飲み込んだ。
「ルエーリヴで一番のワインとチーズだ。」
『うむ。今回も良い出来のようだな。』
「私からは西部産の木製コースターと鍋敷き。その内、お姉ちゃんがお鍋を振る舞いたいって言ってたから。」
『丁寧な仕事が為されている良い品だ。受け取ろう。』
コースターと鍋敷きだが、緻密な刻印は一流の職人の手によるものだというのが一目瞭然。いつ仕入れたんだろうか?
「オーディンに気に入ってもらえて、リリも喜ぶと思うよ。」
「リリのだったか…」
日々のストレスを木工にぶつけていると聞いてはいたが、それが見事に才能として開花したようである。
『独り占めしても良いが、今日は気分が良い。我からも振る舞おう。』
そう言うと、グラスを出して嗜む程度の量をオレと遥香にも注いでくれた。
「私もか…」
「良い機会じゃないか。」
多分、この前のやり取りを見て知っているのだろう。この出歯亀はきっと色々と覗いているに違いない。
『娘の成長を祝って。』
オーディンがそう言って、グラスを掲げたので、オレと遥香もそれに倣い、それから一気に飲み干した。
最高級のルエーリヴワインは甘口で、誰もが虜になると言われている。
甘さ、豊潤な香り、滑らかさはよく口にするワインと全く比べ物にならなかった。
「これがワイン…」
アルコール慣れしてない遥香は顰めっ面なっているが、不味いとも思っていないようではある。
「これを基準に考えるなよ。これはトップ中のトップだからな。」
「ああ…先に普通のワインを飲んでおくんだった…」
もう舌が覚えてしまったのでどうしようもない。
まあ、これでもう安酒で変な酔い方をする事はないと思おう。
『あの小さなうるさいだけの娘がここまで成長するとはな。人とは分からぬものだ。』
「そんな風に思われてたんだ…」
口直しと言わんばかりに、イグドラシル水を並々と自分のグラスに注ぐ遥香。 オレの方にもしっかり注いでくれる。
つまみは遥香のミニ串と、オレが依頼で飛び回る合間に溜め込んで煎ったナッツ類になる。
『あの弁えぬ人間とは比べ物にならんがな。
ここ一帯を焼け野原にした挙げ句、力を寄越せとは何を考えていたのか。
最後まで自分は何度でもやり直せると信じていたようだが、我がその糸を断ち切ってやったわ。』
世界の理から外れてしまっていたようで、やはり魔法でどうこうというのは無理だったようだな。
「ごめんね。他に方法が無くって。」
『あれを止めるだけでも大したものだ。
間違いなく、英雄の娘も英雄だったという証明だろう。』
「どうかな。【ドゥーム・ブレイク】は私だけじゃ使えないし。」
『では、もっと精進を重ねよ。この身と相対す日を待っているぞ。』
「うん。お婆ちゃんになる前に極めるから。」
『また転生すれば良い。魂が滅せぬ限り、それは可能だ。まあ、必要なものはいただくが。』
「出来ちゃうんだ。でも、それはまだかな。
私はこの体でもう少しこの道を生きてみたい。」
挑戦心と自信とやる気に満ちた顔で宣言する遥香。この娘は何処までも、何処へでも駆けていく気がした。
オレの娘にしておくのは惜しい。そんな思いさえ浮かんでくる。
「オレはもう一度、転生しないとダメだろうな。」
「なんで?」
「もう体がついていけていないし、お前がオーディンと戦える頃には引退してそうだ。」
人の身であればもう40が届きそうな所。
第一線で現役を続けるのは、亜人であろうと厳しくなっている。エルフならフェルナンドさんのように頑張れるかもしれないが、魔導師向きの傾向の体なら尚更だ。
「だから、教えてくれ。次の転生の条件を。」
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ここで北のアレ、『ホワイトドラゴン』が関わって来るとは思いもしなかった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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