最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第14章【間章】ノノちゃん旅日記

第341話 この地の良いとこ探しです

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「えええっ、牧場見物?牛の乳搾り?
 それの何処が楽しいの?」

 昨晩、子供達との雑魚寝をしているベッドの上での会話です。
 今日の予定を聞いたナナが疑問の声を上げました。
 ナナもわたしと同じ感想を抱いているようです。

 だって大きな牛ですよ。猫やウサギのように愛らしい動物ではありません。
 そんなモノを見て、子供達が喜ぶと思いますか?

 寝る前には、そんな話をしていたのです。

 ですが、今わたしの目に映っているのは…。

「ののおねえちゃん、たかい、たかい。」

 牛の背から、わたしを見下ろしてクララちゃんが嬉しそうにはしゃぎます。
 牛…、わたし達の予想に反して子供達に大変喜ばれました。

     ********

 朝迎えに来たお父さんの案内で、村長さんの営む牧場へやって来ました。
 村長さんの手短なあいさつの後、牛が放牧されている牧草地にやって来ると。

「ねえ、ねえ、ノノおねえちゃん、なんか、でっかい動物がいる。
 あれ、何だ?」

 牧場のあちこちで草を食む沢山の牛たちを指差してベン君が尋ねてきました。

「くらら、しってる!
 あれ、いぬしゃん!」

 残念、犬はそんなに大きくないかな…。
 クララちゃん、猫より大きな動物は全部犬だそうです。それしか、見たこと無いのですね。

「あれが牛よ。
 あの牛から搾ったミルクが、チーズやバターになるのよ。
 朝食によく食べるでしょう。」

 わたしはベン君たちに、牛という名前と牛に関わる身近なモノを教えました。
 すると、ベン君をはじめ、数名の子が顔を顰めます。

 どうやら、ベン君たちはチーズが苦手のようでした。
 チーズの匂いが苦手なようです。

 ベン君の言う事も理解できます。
 産地から遠いせいか、アルビオン王国の王都で食べるチーズは熟成が進んでいて、押しなべて匂いが強いのです。
 余り良い匂いとは言えませんので、ベン君達が顔をしかめるのも無理からぬことかもしれません。

 チーズの話は置いておくとし、子供達は見上げるような大きさの牛に興味津々です。

 ベン君はわたしの手を引っ張ってわたしのお父さんのもとへ行くと。

「おじさん、牛には乗れないの?
 ボクのってみたいなぁ。」

 そうせがみました。
 この子ったら、大きな動物を見ると乗りたがるのですね。
 ドラゴンを見た時、真っ先に乗りたいとせがんだのもベン君でした。なんという怖いもの知らず…。

「なんだい、坊ちゃん、牛の背に乗りたいんかい。
 んじゃ、あっちに大人しい牛がいるから、乗っかるか?」

 ベン君のお願いに応えて、お父さんは気性の穏やかな牛のところに連れて行ってくれました。

 そして、…。

「わっ!高い!
 あっ、動いた、すごい、すごい!」
 
 ゆっくりと歩く牛の背に跨ったベン君は大喜びです。
 お父さんに誘導されて牧場の中を小さく回った牛がみんなのところに戻ってくると。

「こんどは、わたしがのりたい!」

 ベン君が喜ぶ姿を見て、牛に乗っても危なくないと思ったのでしょう。
 他の子もこぞって牛に乗りたいと言い出しました。

 そして、私が目にしている光景があります。
 最後に牛に乗ったのは、クララちゃんともう一人の四歳児、クララちゃんは牛の背に座ってご満悦です。
 この二人を牛の背に乗せたまま、わたし達は乳搾りをする牛舎へ向かうことになりました。

     ********
 
 そして、牛の乳搾り…。
 わたしもナナも呆然としてしまいました。

「みて、みて、ののおねえちゃん!
 ほら、うしさんのミルクがこんないっぱい!」

 木桶に溜まった自分で搾ったミルクをわたしに自慢気に見せるアリスちゃん。
 みんな、夢中になって牛の乳を搾っています。

「凄い!ミルクってこんなに出るモノなんだ。
 あはは、面白い!
 でも、牧場に放し飼いになっている牛って凄く沢山いたわよね。
 あれだけの数の牛の乳を搾るんじゃ大変ね。」

 参加したお母さんも楽しそうにミルクを搾っていました。
 ですが、さすが大人です。
 一頭でも結構な量のミルクが搾れるのです。
 牧場に放されている多くの牛の乳を毎日搾るのがどんなに大変な作業かに気付いたようです。

 わたしも、ナナも、それを両親から聞かされているので、乳搾りなどをして喜ぶのかと思っていたのです。

 ですが、ほんの十分にも満たない時間、実際に牛のミルクを搾ってみるのは存外面白いようです。
 クララちゃんも、ミルク塗れになりながら楽しそうに乳搾りをしていました。
 あーあ、ログハウスへ戻ったらお風呂に入れてあげないといけませんね。

 牛の乳搾りに夢中になる子供達を不思議な表情で眺めるわたしとナナ。
 わたし達に対してシャルロッテ様が説明してくださいました。

「あなた達にとっては、牛なんて人の数よりたくさんいて、見慣れたものでしょう。
 でも、アルビオン王国の王都生まれのあの子達にとっては、初めて目にする珍しい生き物なのよ。
 乳搾りだってそう。
 ここに住む人たちにとっては大変な仕事なのでしょう。
 でも、あの子達にとっては、あんな風に楽しむ遊びと同じなの。
 自分達にとっては見慣れたものでも、環境が違う人にとっては珍しいものってことは沢山あると思うの。
 このアルム地方にあるものの中から、他から来てくださるお客様に喜んでもらえるものを探すこと。
 それが、今回、アルビオン王国からお客様を招いた目的でもあるの。
 こうやって、子供達が牧場を楽しんでくれると分かっただけでも収穫だと思わない?」

 シャルロッテ様は、領主様と組んでアルム地方を各国の裕福な方々が集まるリゾート地にしたいと考えています。
 今回、招いたお客様は、近隣諸国でもっとも豊かなアルビオン王国の有力者の皆さんです。
 そういった方々にアルム地方の魅力を知って頂き、アルビオン王国で広めてもらうという意図があります。

 わたしは、数日前に『シューネフルトの奇跡』を目にして、お客様を『奇跡』の目撃者に仕立て上げるのが主目的かと思いました。
 でも、それはわたしの浅はかな理解だったようです。
 シャルロッテ様にとっては、『奇跡』も人を呼び込むための一つの手段に過ぎないようです。
 もっと幅広く、お客様に喜んでもらえるモノを探して、お客様を飽きさせない仕組みを考えているようです。
 それにより、お金持ちの人々が長く滞在したいと思う、また、繰り返し何度も来訪したいと思う。
 そんなリゾート地にアルム地方を仕立て上げたいと、シャルロッテ様とご領主様は考えているそうです。

 お客様にアルム地方の色々な魅力を知ってもらうですか…。
 では、今晩はとっておきの郷土料理を味わってもらいましょうか。

      ********

 と、その前にまだお昼前です。
 その日のランチは、シャルロッテ様がこの企画を考えた最初から決まっていました。
 極上のステーキを、開放的なテラスで味わってもらうと言うものです。

 何と言っても、そのために広いウッドデッキを作ったと言っても過言ではないくらいですから。

 帰り際に村長さんから渡された大きな肉の塊、わたし一人では持ち切れず、ナナと二人で運ぶことになりました。
 ログハウスに帰ると、ウッドデッキの脇の庭に設えられたかまどに炭火が熾されていました。
 わたし達が戻ってくる時間を見計らって侍女の方々が用意を始めてくださっていました。

 既に付け合わせの野菜は切られ、パンやスープの準備も整っています。
 わたしが、村長さんから受け取ったお肉を侍女に手渡すと、切り分けるためにまな板の上に置きます。

 まな板の上で、布に包まれたお肉が姿を現します。
 それは、程よく脂がのった柔らかそうなお肉でした。
 まだ肉質が柔らかい子牛肉の一番上等な部分です。

 もちろん、わたしも、ナナも、そんなお肉は口にしたことがありません。
 通常、ミルクが搾れない牡牛はある程度の大きさまで育てると、肉が硬くなる前にシューネフルトの町に出荷されます。
 村の貴重な収入源ですので、わたし達村人は口に出来ないのです。

 わたし達が食べられるのは、ミルクの出が悪くなった老牛を潰したお肉です。
 しかも、その中でも良い部分は行商人に売り渡す事が多く、牧場で働く者に配給されるのは硬いお肉ばかりです。
 いえ、それでも、家族が少なければお腹いっぱい食べられる量が支給されるから良いのです。

 お肉の支給は給金の一部のようなモノで、働き手の数に応じて配られます。
 通常、夫婦二人で働いているので、子供の数に関係なく支給される量は同じなのです。
 なので、子沢山のわたしの家では十分な量のお肉がもらえません。

 ですから、不足を補うため、村長さんのところから捨てる屑肉をもらってきたり、魚を獲ったりしないといけなかったのです。

 で、今日のお肉ですが、今まで見た事もないような上等な部位を惜しげもなく厚切りにしていきます。
 それが、かまどの上に置かれた金網の上で焼かれていきます。
 するとすぐに、肉汁が炭火の上に滴り落ちて、それが焦げる良い匂いが漂い始めました。

 食欲をそそる良い匂いに、生唾を飲み込む音すら聞こえてきます。

「ねえ、おねえちゃん、ボク、おなかがすいた。」

 わたしの向かいに座るベン君が耐えかねて、わたしに訴えたとき待望のお肉がベン君の前に置かれました。
 次々と焼かれたお肉がみんなに配られ、シャルロッテ様の企画した清々しい屋外で極上のお肉を味わうランチの始まりです。

 で、二人参加しているお母様方にも、子供達にも、このランチは大好評でした。
 分厚いステーキを切り分けてあげると、クララちゃんも一心不乱にお肉を頬張っていました。
 
 皆さんが喜んでくれたのは良いのですが…。

「うううっ、ノノお姉ちゃん、お肉ってこんなに美味しいモノだったんだね。
 私、知らなかったよ。
 お肉って、硬くて、アゴが疲れるものだと思ってた。
 味も全然違う、なんて言えばいいんだろう。
 まろやかと言うか、甘みがあると言うか。
 それに、これなんだろう、少しピリッとして、なんかいい匂いがする。」

 うん、感動するのは良いけど、涙を流すのは止めて。情けなくなるから…。

 ええ、お母さんの一人が言ってましたが、このお肉、分厚いのに噛み切るのに全然力が要りませんでした。
 脂が程よく乗っているので柔らかいですし、味の方もとても甘みがあるのです。

 で、更にお肉の味を引き立てているのが、貧乏な我が家ではとても手がでない高価な香辛料の胡椒です。
 いえ、高価なんて以前の問題ですね。
 行商人のおじさん、貧乏なわたしの村で売れる訳がないと踏んで、胡椒など持ってきません。
 わたしも領主様のもとに下働きに行って、初めて胡椒というモノを知ったのですから。

「あら、ナナちゃん、涙を流すほど美味しかった。
 良いのよ、遠慮せずにたくさん食べてね。
 お替わりは幾らでもあるから。」

 そんな、ナナを気の毒そうな表情で見つめて、シャルロッテ様がお替わりを勧めてくれました。
 ほら、気を遣わせてしまったじゃないですか。

 このランチは大絶賛で、お替わりを重ねた結果、大きいな肉の塊はみなさんのお腹の中に全て消えていきました。
 ええ、わたしもお言葉に甘えてお替りさせて頂きました。

 ここまで、シャルロッテ様の企画は大当たりのようです。

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