精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第341話 この人には難しかったそうです

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 いかん、いかん、談話室だけを見せに来た訳ではないんだ、他も見せなくては。
 わたしがザイヒト皇子に他の場所も案内すると言うと、ネルちゃんも一緒に行くと言う。
 ザイヒト皇子が心無いことを言わないか心配だったが、ネルちゃんはわたしの足にしがみ付いて離れてくれそうもない。
 まあ、わたしがいるから大丈夫だろう。


   **********


 廊下を歩いているとザイヒト王子が言った。

「なんとも立派な建物であるな、まるで宮殿のようではないか。
 本当にこの建物が孤児を保護する施設なのか?」

「そうね、この孤児院は精霊神殿の一部を使わせてもらっているからね、特別なのよ。
 精霊神殿は王祖様を育てたと言われている精霊を祀っている王家の施設だから立派なの。
 元々、孤児院の経営は精霊神殿が担っていたんだけど、経営が国に移され、王都の孤児院と統合されたので、昔孤児院に使っていたスペースが空いていたの。
 今回、この子たちを保護することが急に決まったので、新たに孤児院を建てるのが間に合わなくてここを借りることにしたのよ。」

「では、昔からこの部分は孤児院だったのか。
 しかし、古い建物とは思えないくらいきれいに磨かれているな。
 吾はまだ新しい建物なのかと思ったぞ。」

 ええ、わたしがたっぷりとマナを振り絞って念入りにキレイにしましたから…。

 そして、最初に案内したのがこの孤児院の自慢である図書室だ。

「なんだ、これは。この並んだ棚に収められているのは全て本だと言うのか。
 本は希少なものだと聞いているぞ、一般の平民には手の届かないものだと。」

 まあ、帝国では文字の読める平民も少ないから、平民にあまり馴染みのある物ではないだろうね。

「王国でも本は高価なもので、本を買える平民は少ないって聞いているよ。
 でも、ほぼ全ての国民が文字を読める王国の人にとっては本は主要な娯楽の一つなのよ。
 そこそこの大きさの町に行くと国が設けた図書館があって国民であれば誰でも本を借りられるの。
 学校に通う生徒なら学校にはここよりも何倍も大きな図書室があって無料で本が借りられるわよ。
 孤児院にも必ず図書室があるんだけど、ここは特別に大きいわね。
 王国語と帝国語の本が両方とも置いてあるから。」

「本が平民の娯楽だと?本など読んで何が楽しいのだ?
 やれ、算術だの、やれ法律だの、やれ礼儀作法だのと、小難しくて面倒なことばかり書いてあるではないか。」

 そんな本ばかり読まされていれば本を好きにはなれないよね。でも、こいつでもそういう分野の本を読まされるんだ。
 また、侍女あたりが読みたくなければ読まなくても結構ですよと言うかと思った。

「そんなことないよ、ご本は面白いよ。
 ネルはお姫様のことを書いた絵本とか、お花の本とかが大好き!」

 ネルちゃんがザイヒト皇子に本は面白いと主張すると、ザイヒト皇子は驚きを隠せなかった。

「おぬし、本が読めるのか、随分と小さいようであるが。
 吾がおぬしくらいの歳の時は文字なんか読めなかったぞ。」

 さすがに王国でもネルちゃんくらいの歳で文字が読める子は少ないと思う。
 ネルちゃんの場合、周りのみんなが文字を習っているので一緒にいて覚えたんだと思うよ。
 小さな子を一人にしておくことは出来ないので、みんなが文字の読み書きを勉強している間一緒に談話室にいたのだと思う。

「うん、ネル、ご本読めるよ。帝国のも、王国のも両方!
 難しい言葉はわかんないけど、院長先生やお姉ちゃんに教えてもらいながら読むの。
 ターニャお姉ちゃんがネルたちを迎えに来てくれたとき、王国語は難しくないって言ってたのは本当だね。」

 ネルちゃんに王国語が難しくないと言われてザイヒト皇子はショックを受けたようだ。
 確か、こいつ、家庭教師が付いてみっちり王国語を教えられていたのに、学園の入学試験のとき王国語が読めないで散々な成績だったんだよね。ハイジさんが情けないって嘆いていたっけ。

「何ということだ、吾は王国語を習得するのにあれだけ苦労したのに。
 吾はこのような幼子にも劣ると言うのか。」

 うわぁ、心の声が漏れているよ……。

「この子たちはね、日々の食べ物に事欠いて毎日を生き延びることで精一杯の生活をしてたの。
 ここに保護されて食べることの心配がなくなると、他のことに気が回るようになってきたのよ。
 心にゆとりが生まれたら、これまで抑圧されていた知識欲が湧き上がってきたのだと思うわ。
 普通なら親が教えてくれるようなことを何も教えてもらえなかったのですもの。
 ねえ、ネルちゃん、ここでお勉強することは楽しい?」

「うん、孤児院の先生達が色々な事を教えてくれるの。
 ネルたちは知らないことばっかりだから、新しいことを教えてもらうのは凄く楽しい!」

 ネルちゃんの言葉を聞いたザイヒト王子が言う。

「何と賢い、これがスラムの子供だと言うのか。
 まるで、貴族か、大商人の娘のようではないか。
 スラムの子供に教育を与えれば皆このようになるのか?」

 いや、それはないと思う。子供だって多種多様、勉強に嫌いな子だっているでしょう。
 それに、矯正の効くうちだったら良いんだけど、製材所の村で会った少年のようにカツアゲや引ったくりをしていたことを自慢するようになってしまったら手遅れだと思う。
 そこまで、性根が腐ってしまった子を保護するのは孤児院の手に余る。


「どう、わたしが最初に言ったことが理解できた?
 人の優秀さに孤児だとか、貴族だとかいう生まれは関係ないの。
 全ては、本人の資質とやる気の問題なのよ。
 だから、孤児だといっておろそかに扱うことは社会にとって損失になるの。
 反面、貴族だからといって優遇することも社会にとって大きな損失なのも分かるわね。
 血筋だけがとりえの愚かな貴族が上にいると税の無駄遣いなだけじゃなく、国の運営も誤るわ。」

「おまえは国の仕組みそのものを批判するのか?
 貴族制度は国の根幹を成すものだぞ、それを否定するような言動は不穏分子として取締りの対象になるのではないか。」

 ザイヒト皇子にはわたしの言葉は体制批判に聞こえたらしい。
 おかしい、この意見は王族のミルトさんが良く言っていることなのに……。

「わたしは貴族制度を否定している訳ではないのよ、貴族社会にも能力主義を徹底すべきだと言っているだけなの。
 それに、この国ではとっくにやっていることだもの、別に体制批判という訳ではないわ。
 さっきも言ったでしょうこの国の宰相は王宮で一番の働き者よ。
 今の宰相は庶民上がりの先代宰相と違って、この国で一番大きな領地を持つ大貴族の当主なのよ。
 凄く優秀な方で、先代宰相の薫陶を受けてるから優秀な人材なら生まれで差別したりしないの。
 笑っちゃうのよ、休みの日に部下に休日を取らせて、自分だけ書類に埋もれて仕事しているの。
 普段片付けをしてくれる側近まで休ませちゃったものだから書類が散らかって大変だったの。
 宰相が率先垂範しているものだから、この国で実績主義に面と向かって文句言える貴族は少ないわ。
 声高々に不満を言っていた貴族はみんな取り潰してしまったし。」

 わたしの説明にザイヒト皇子は顔をしかめて、「なんて恐ろしい国だ…」と呟いていた。


 その後、ザイヒト皇子はネルちゃんが面白いと言っていた子供向けの絵本やもう少し年上向けの冒険譚などを手に取り、その内容に感心して言った。

「こんな本があるなんて知らなかった。
 吾がもっと幼い頃にこういった本を与えられていれば、本を読むことが苦にならなかったであろうに。」

 うん、今からでも遅くないよ。
 学園の図書室には物語本ももっとたくさんあるから、学園に戻ったら読んでみれば良いよ。

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