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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第389話 罪人を皇宮へ連れて行ったら……
しおりを挟むさて、捕縛したシュバーツアポステル商会や『黒の使徒』の罪人達に対し、逃げられないように文字通り首に縄を打って皇宮まで歩くことになった。
ソールさんには、ケントニスさんに事情を伝えてもらうため魔導車で先に皇宮へ行って貰ったの。
わたしは元々留守番のつもりだったが、乗りかかって船で衛兵さん達と一緒に歩いている。
リタさんを先頭に、手を拘束され、首に打たれた縄で相互に繋がれた四百人近い罪人がぞろぞろと歩いていく。
皇宮までは僅かな距離だけど、帝都の中枢であるこの辺りは人通りが多く、注目を集めているよ。
連行される罪人の中には『黒の使徒』の司祭と分かる服装の者や税金泥棒と悪名高い魔導部隊の制服を着た者もおり、衆目を集めるのは当然とも言えた。
こいつ等が晒し者になったというのは『黒の使徒』の幹部連中にも伝わるだろうし、魔導部隊の者が衛兵に連行されてことは皇帝の耳にも入るだろう。
さぞかし怒り狂うことだろう、メンツ丸潰れだものね。
そして、このことも商人の口コミによってあっという間に近隣に広がるだろう。反応が楽しみだね。
**********
大した距離ではなかったものの、四百人近い捕縛者、しかも、全員が力なく項垂れている事もあって移動に結構な時間を要してしまった。
皇宮の前まで辿り着くと皇宮警護の騎士らしき人が、わたし達の集団に気付いてやってきたの。
見事に『色の黒い』人だった、皇宮警護は近衛騎士の職務ではないらしい。
ハイジさんから、近衛騎士は中立の立場の人が任命されるため、特定の派閥に組する人はいないと聞いている。
どう見てもこの人、中立の立場には見えないよね。何処の部隊に属する人だろう。
「こら、そこの一団止まれ、ここは皇宮である。
軽々しく立ち入るところではないぞ。
見れば、罪人を捕らえた衛兵ではないか、市中に牢獄があるだろう。
何故そちらに向かわない。
えっ……。」
騎士はわたし達を制止したが、捕縛されている者の中に顔見知りがいたのか、『黒の使徒』の司祭の服装に気付いたのか、はたまた、魔導部隊の制服に気付いたのか、捕縛者を見て絶句してしまった。
「私は、オストマルク王国の大使館に勤める公使のリタ・シューネフェルトです。
本日公務で皇太子殿下に拝謁するお約束があり、皇宮へ向かう途中、騒動に出くわしました。
たまたま、衛兵と協力して騒動を起こした罪人共を捕縛したのですが、市中の牢獄に拘留するには少々問題があると判明したため、皇太子殿下のご判断を仰ぐべく連れて参った次第です。」
騎士は、リタさんの立場を聞いてイヤな顔をし、ケントニスさんの指示を仰ぐと聞いてあからさまに顔をしかめた。
この騎士は十中八九、『黒の使徒』の息のかかった人物だと思われ、司祭達を開放したいようだ。
しかし、リタさんが高位の人物と知り、いつものように強気に出ることが出来ないようだ。
「それは、協力に感謝いたします。
しかしながら、市中で起こった平民に関する事項を裁くのは官憲の役割、皇太子殿下のお手を煩わすわけには参りません。
どうぞ、こちらにお引き渡しください。
小官の方から然るべき部署の方に身柄を預けることと致しましょう。」
騎士は口先だけ丁寧な言葉でリタさんに対応しているが、不快そうな表情が隠しきれていない。
「いえ、その市中の者を裁く官憲が信用できないので、皇太子殿下のご判断を仰ぐのです。
この者達は市中の下級役人達を賄賂で買収しており、官憲に任せたら公正な裁きが期待できません。
このような悪党共が無罪放免にされるかと思うと、他国のこととは言え寝覚めが悪いです。
皇族の皆様はそれぞれ罪人を裁く権限をお持ちのはず、ここは役人の綱紀粛正を掲げておられる皇太子殿下にお任せするのが一番妥当かと。」
リタさんの返答に騎士は機嫌を損ねたようで、顔を赤らめ何かを言おうとしたが……。
「リタ殿、先触れの者から騒動に巻き込まれたと聞き、心配しておったぞ。
此度は、騒動の鎮静化に協力してもらったようであるな、感謝するぞ。」
そのとき、皇宮の正面から数名の護衛騎士を伴ったケントニスさんが歩いてきたの。
皇太子様がわざわざ出てくるなんて普通ありえないよね、ソールさんが根回ししてくれたのかな。
それを見た騎士の悔しそうな顔、まったく良い気味だよ。
「皇太子殿下自らお出ましとは誠に恐縮でございます。
この度は、お約束の時間に遅れましたこと深くお詫びいたします。」
リタさんが恭しく頭を下げると、ケントニスさんは鷹揚に言った。
「いや、こちらこそ帝都の中で騒動が起きるとは不徳の至り、お恥ずかしい限りである。
して、そこに捕縛している者が、帝都で騒ぎを起こした罪人どもか。
ことの経緯とここへ連れてきた理由をお聞かせ願えるか。」
「はい、まずは騒動の経緯について、衛兵隊長に説明させることをお許し願えますか。」
「良いぞ、直答を許す、衛兵隊長よ、申してみよ。」
ケントニスさんに命じられて、衛兵隊長は緊張しながらも今朝パン屋で子供が暴行を受けてからのここに至るまでの出来事を、詳細に説明した。
「ふむ、そなたの言うことはわかった。
しかし、殺人に、小麦の不正取引か、ことはかなり大きな事案であるな。
これだけの騒ぎになったのだ、間違いでしたでは済まんぞ、証拠はあるのであろうな。」
ケントニスさんに問われた衛兵隊長は、さっき押収した書類を差し出して説明したの。
「こちらに、殺害が完了したことを記した実行犯から幹部に宛てられた報告書が多数ございます。
また、『黒の使徒』に殺害の依頼をしたものもあるようで、幹部の覚書の中に殺害を依頼した旨が書かれております。これについては『黒の使徒』からの殺害完了報告の書簡もございます。
また、小麦の不正取引については、払い下げ価格、販売価格の資料の他に、払い下げに便宜を図るようにと役人に賄賂を渡した旨の覚書や賄賂を渡した役人の名簿も押収しました。
更には、小麦の不正取引に掛かる利益の流れについての内部資料も押収しています。
それによれば、不当に得た利益の半分程度が『黒の使徒』に流れていることが分かりました。」
証拠書類を差し出されたケントニスさんは、表情を緩め笑顔を浮かべて言ったの。
「衛兵隊長、よくやった。
大手柄であるぞ、衛兵隊の一同には今回の件、十分な褒美を取らせるので期待するが良い。」
ケントニスさんからお褒めの言葉をもらった衛兵さんはすごく恐縮しているが、その傍らで忌々しげにその様子を睨んでいる者がいる。さっきの皇宮警護の騎士である。
ケントニスさんもその視線に気付いたようで、騎士に向かって言った。
「なんだ、君はまだいたのか。早く持ち場に戻りなさい。
ここは、私が引き受けるから、君は下がってよいぞ。」
事の次第を見届けたかったのだろう騎士は、「くっ」っと歯噛みすると渋々下がった言った。
きっと、派閥の上司に報告したかったのだろうね。
「さて、ことの経緯は了解した。
リタ殿がいることで、どうしてここに罪人どもを連れてきたのかも予想できる。
しかし、衛兵と罪人以外にこの場に相応しいとは言い難い市井の者が何人かいるようだが。」
「暴徒と化しそうな民衆を宥め、解散させるために、私は民衆に対しある約束をしました。
私がその約束を果たしたことを民衆に周知して貰うために、町の顔役を連れてきたのです。」
ソールさんから、リタさんの用件を予め聞かされているであろうケントニスさんは、少し思案した後にこう言った。
どうやら、情報をうまく市井に流したいというリタさんの思惑を理解してくれたようだ。
「なるほど、リタ殿が必要というのであればやむをえまい。
特別に、その者達の傍聴を許可しよう。隅に席を設けるので静かにしているように。
して、私以外に誰がリタ殿のお相手をすれば良いのだろうか。」
「ご寛容に感謝いたします。できれば、交易担当の大臣の同席を願えればと。」
リタさんの申し出を了承したケントニスさんは、傍らに控えていた近衛騎士に罪人達を投獄し誰一人として近付けない様に指示していた。また、衛兵さんには罪人を牢まで連行するのに協力するよう指示したの。
そしてケントニスさんは、
「この罪人共は証拠を吟味したうえで、私が直接裁きを下すことにする。
それまでは、私の配下の者以外は誰一人として、接触できないようにした。
罪人共には公正な裁きを下すことをこの場で約束しよう。」
とその場にいる町の人に宣言したのだった。
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