精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第411話 ドキドキの図書室、静寂が支配する空間で二人は……

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 追い立てられるように寝室を出た私は、次の目的地、この孤児院が誇る図書室にケントニス様をご案内しました。

 先程の寝室二部屋分ほどの広い部屋に大人の背丈ほどの書架がずらっと並んでおり、書架いっぱいに本が収められています。

「ほう、これは確かに凄い、本は高価なもの。
 これだけの数の本が収められているとは……。」

 さすがにこれにはケントニス様も驚いたようで、言葉を詰まらせました。
 ここの図書室の蔵書の数は初等国民学校の図書室よりも多いと院長に聞かされてます。
 この図書室には王国語で書かれた本と帝国語で書かれた本が収められているため冊数が多いそうです。

 ポルト公爵やミルトさんは、将来この孤児院の子供が両国の架け橋になるようにと願っています。
 両国の言葉を等しく馴染めるように、二ヶ国語の本が備え付けられたのです。
 他の孤児院の図書室の蔵書はここの半分程度だと聞きました。

 図書室の中をご案内しながら私はその辺のお話をさせていただきました。
 するとケントニス様はおっしゃりました。

「この半分でも凄いことだ。
 王国は孤児の教育にも熱心だと聞いたがこれほどのものとは……。」

「はい、孤児院の図書室の充実は孤児ゆえのハンデを少しでも減らすためだと聞いています。」

 この国では孤児も手厚く保護されている。
 しかし、やはり親がいないと言うのはハンデです、後ろ盾がないのですから。

 この国では国民全員が文字の読み書きができるといわれています。
 小さな農村にまで初等国民学校が創られ全ての国民に義務教育が施されるからです。
 しかし、得て不得手もありますし、何より農村部では文字の読み書きの機会が少ないのです。
 そのため、農村部では最低限の読み書きしか出来ない人が多いそうです。
 それでも、文字の読み書きができない帝国の農村の人々に比べた数段凄いのですが。

 そうした中にあって、やはり読み書きに堪能な方が職に就く際に有利になります。 
 後ろ盾を持たない孤児達が少しでも有利になるように、小さな頃から文字に慣れ親しむため図書室の充実が図られているのです。

 ですから、小さな子の興味を引くような、絵本や動物や草木の図鑑といった書籍が多数収められています。
 実際、この孤児院では最年少の五歳の子でも文字の読み書きが出来るようになりました。
 普通、平民が文字を習うのは八歳からだと聞きましたので、如何に早いかが分かるでしょう。

 ただ、ここの蔵書が多いのはもう一つ理由があるのです。
 それは、子供達が勝手に孤児院の外に抜け出さないように、孤児院の中で子供達が退屈しないで過ごすため。
 少ない職員で私達の面倒を見ています、子供の一人一人には中々目が行き届きません。
 孤児院の子供が勝手に外に遊びに行って、迷子になったり誘拐されたりしたら大変です。

 ですから、図書室には子供達の気の引く絵本や図鑑をたくさん備え付けているのです。

 そんな説明をしながら図書室の中を視察します。
 ケントニス様は興味深げに図書室の本を手にとって見ています。

「なるほど、いくつか見てみたが本当に小さな子供向けの本から法律や技術の本まで幅広い本が集めてあるのだな。
 小さいうちから本に親しんで教養を身に付けさせるのは良いことだ。」

 静寂が支配する図書室でケントニス様の柔らかいお声が耳に心地よく響きます。

 図書室ではおしゃべりが禁じられていて、年少の子に対する絵本の読み聞かせ等も談話室でするように言われています。そのため、本当に静かのなのです。

 聞こえるのはケントニス様のお声だけ、否が応でも胸の鼓動が激しくなります。
 この胸のドキドキが聞こえてしまうのではと思うくらいの鼓動を誤魔化すように、私は一冊の本に手を伸ばしました。
 小さな女の子達に人気の花の図鑑です。
 女の子はやっぱりきれいな花が大好きなのです、この天然色に彩色された図鑑は大人気です。

 私が手を伸ばしたところに、丁度ケントニス様の手が重なります。
 ケントニス様も同じ本を手に取ろうとしていたみたい。
 私は慌てて手を引き、そのまま一歩後ろへ下がりました。
 慌てていたので体重の移動が拙かったようです、そのまま後ろに倒れ込んでしまいました。

 『倒れる!』、そう思って思わず目を瞑ってしまいましたが、衝撃を感じることはありませんでした。
 柔らかく受け止められる感触に目を開けると、わたしの目の前にはケントニス様のお顔が。

 どうやら、ケントニス様が抱きとめてくださったようです。
 そこで、私は今ケントニス様の腕の中にいることに気が付きました。

「も、申し訳ございません!」

 私が慌てて謝罪し、腕から離れようとすると。

「大丈夫ですか?どこか痛い所はありませんか?」

 ケントニス様はそう優しく尋ねてくれて、私を腕の中から離してくれませんでした。

 多分ほんの一瞬のことなのだと思いますが、私には抱きとめられている時間が凄く長く感じられました。
 その感触が心地よく、できればずっとこのままでいたいと思った時でした。  
 
 ゴホン!

 また、わざとらしい咳払いが聞こえました。

 慌ててケントニス様から身を離して、声がした方を見ました。
 いつから見ていたのでしょう、そこには蛇蝎を見るかのような目をケントニス様に向けたリタさんの顔が。
 何故かその横には、ニヤニヤと笑うターニャちゃんまでいます。

ところをするようで恐縮ですが、午前中に孤児院の施設を回りきれなくなります。
 午後からの予定に差し支えますので、次の場所に移動をお願いできますか。」 

 と寝室で注意されたのと同じような注意をされました。
 ここでも時間を取りすぎたようです。

 私が図書室を出てケントニス様を次の視察場所、裏庭へご案内しようとした時です。

 リタさんが、ターニャちゃんをケントニス様の前へ差し出すようにして言いました。

「皇太子殿下、お忘れかもしれませんが、ソフィさんはターニャちゃんと同じ十二歳なのですよ。
 どうですか少しは萎えたでしょう、くれぐれも自重してくださいよ。」

 確かに、歳の割りの長身の私は周囲からは大人びて見えるらしいです。
 逆に小柄で童顔のターニャちゃんは歳よりも幼く見え、私と同い歳と言ってもにわかには信じられないかも知れません。

 ターニャちゃんを目の前に突き出されたケントニス様はあからさまに消沈した表情をして、

「ああ、どうやら気持ちが高ぶり過ぎていたようだ。
 気付かせてくれて感謝する、これからは自重するように心がけよう。」

 と言いました。

 一体なんなのでしょうか?

 ケントニス様をご案内して図書室を出ようとした時のことです。

「わたしの顔を見てあからさまにガッカリするなんて、なんて失礼なんだ……。」

 ターニャちゃんのぼやき声が聞こえました。


     **********


 そして次にご案内したのは、孤児院のもう一つの自慢の施設広い裏庭です。
 ここは、腕白盛りの男の子が自由に走り回れるように何もない広い空間が広がっています。
 走り回って転んでも怪我をしないように一面に芝生が敷き詰められており、きれいに刈り揃えられた青々とした芝がとてもキレイなのです。
 
 そして、庭の隅には図書室くらいの広さの生垣の迷路があり、小さな子や女の子に大人気です。

 庭の隅の方には、迷路の他にも、花壇や小さな畑まであります。
 花壇はたまに遊びに来るハンナちゃんが、気まぐれに作ったとのことです。
 魔法を使って咲かせるため、季節感を無視した様々な花が咲いていて目を楽しませてくれます。
 失われたといわれていた植物魔法の使い手だそうですが本当に凄いです。

 畑は昨年から住んでいる子達が始めたもので、アーデルハイト様が魔法を使った土の耕し方や水遣りの方法を直々に教えてくださったそうです。

 そんな説明をしながら裏庭をご案内していると、丁度アーデルハイト様が小さな子供達に交じって何かしているところだった。

「お兄様、見てくださいませ。
 このお芋は、孤児院の子供達が作ったのですよ。
 ターニャちゃんやハンナちゃんの魔法に頼ることなく、孤児院の子供達の手だけで。」

 そう言って、丸々と肥えた紡錘形の芋が何本もついた芋の蔓を掲げて見せた。
 アーデルハイト様の話では、この畑は孤児院の子供達が土を耕すところから全て自分達で作り上げたものらしい。
 アーデルハイト様が指導した魔法を使いこなせる小さな子が増えているらしい。 

「そうか、立派な芋が出来たものだな。
 子供達が頑張って作ったのであろう、努力が実って良かったではないか。」
 
 ケントニス様はアーデルハイト様に返答しながら、芋の蔓を相手に奮闘する年少の子供達を微笑ましげに眺めていた。

「今回、ここへ来て本当に良かったと思う。
 子供達のあの笑顔を見られただけでも、ここまで来た甲斐があった。
 帝国の悪しき施政はあの子供達の笑顔を奪っていたのだな。
 いや、笑顔だけではないか、その命すら奪っていたのだから。
 やはり、帝国の孤児の問題は一刻も早く対策を打たねばならない。
 ソフィさん、その時は私の隣に立って一緒に孤児達を救う活動をしてもらいたい。」

 そんなケントニス様に、もちろん私は、

「はい、私もケントニス様のお側でお役に立てれば幸せです。」

と答えました。

 何年先のことになるか分かりませんが、必ず。
 
 
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