精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第470話 生きていて良かった……

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 学園を出た私達は、王宮のミルトさんに挨拶をした後、王宮裏の精霊の泉から帝都近郊の館へと跳びました。

 その際には、ミルトさん、フローラさんだけではなく、国王陛下まで見送りに来てくださいました。

「一国の玉座に座る者は孤独だと言う者もいるけど、そんなことはない。
 困ったことがあれば、信頼できる者を頼ればよい。
 何も自分一人で抱え込む必要はないのだ、君の周りには頼れる者達がいるのだから。
 それよりも、くれぐれも体を大事にするのだよ、君の代わりはいないのだからね。」

 国王陛下は温かい言葉を添えて見送ってくださいました。
 私の即位式の日には国賓としてお招きすることになっています。
 もちろん、長旅などさせません、ターニャお姉ちゃんが転移で送迎するよう打ち合わせ済みです。

 
      **********


 即位式の準備と共に職務の引継ぎもあり、それから一ヶ月はめまぐるしく過ぎていきました。
 そして、即位式を前日に控えた、四の月の上旬のことです。

 即位式を明日に控え、準備も大詰め皇宮内に勤める者全員が慌ただしく動き回る中、フェイさんから来客の知らせがありました。
 丁度、私が休息を取る時間にあわせた来客です、どなたか私のスケジュールを知っている人のようです。

 フェイさんに誰が訪ねて来たのかを尋ねると、ターニャお姉ちゃんが知らない人を連れてきたようです。
 珍しいですね、いつもなら私の部屋にいきなり現われるのですけど。
 今日は、どなたか初対面の方を紹介するために来たらしく正規の手続きを踏んだようです。

 フェイさんの案内で一般来客用の応接に向かいます。お客さんは平民の方のようです。
 皇宮の来客用の応接は、賓客用、貴族用、一般用と分かれており、向かう部屋で相手の身分が分かるようになっています。また、プライベートなお客さん向けの応接は居住区画に別にあります。

 フェイさんが応接の扉を開くと、ターニャお姉ちゃんの後ろに初老の男女が立っていました。
 どうやらご夫婦のようです。
 豪商のご夫妻のようなきちんとした服装の割には痩せ細っていて、髪に艶もありません。
 あまり、良い生活をしているようには見受けられません。
 おそらく、今日ここへ来るためにターニャお姉ちゃんが服を用意したのでしょう。

 こんな風に冷静に観察しているようですが、その実、私は小刻みに震えていました。
 その面影は九年経った今でも、忘れるはずありません。

「おとうさん、おかあさん、……。」

 初老などではありません、まだ三十代半ばにも届いていないはずです。
 そんなに老け込むほど苦労したのですね……。

「本当に、ハンナ、なのかい……。」

 少ししわがれていますけど、忘れもしないお母さんの声です。
 私はお母さんに駆け寄り抱きつこうとしました。

「ストーップ!」

 そこに水を差すターニャお姉ちゃんの声、私が視線を向けると。

「そのご婦人は肺の病を患っているの。
 感染する病気だから無闇に接触してはダメよ、あなたの身はこの国で一番大切なのだから。
 命にかかわる病気だから本来なら私が治してから連れてくるべきだったのだけど。
 まだ、昨日、今日でどうにかなってしまう症状でもなかったからそのまま連れてきたの。
 ハンナちゃん、あなたなら出来るでしょう。」

 肺の死病ですか、栄養状態の悪い人が疲労すると罹り易くなるそうですね。
 私に治療しろ、成長した姿をみせろというのですね……。

 私は、指先にマナを集め、おチビちゃん達に呼びかけます。
 光のおチビちゃん、その『浄化』の力でお母さんの体に巣食う病魔を消し去って。
 水のおチビちゃん、その『癒し』の力で病気で衰えたお母さんの体に生きる力を与えて。

 私の願いに応えて、最初は明るい光が次いで青白い淡い光がお母さんを包み込みます。
 ゆっくりと光が消え去った後には、青白くやつれていた顔に赤みが差し頬に張りを取り戻したお母さんの姿がありました。

 少し間をおいて、お母さんはフラフラと私に寄って来て私を抱きしめてくれました。

 本当に久し振りにお母さんの抱きしめられた私は、不覚にも涙を抑えきれず、言葉が途切れてしまいました。

「おかあさん、会いたかったよ……。」

 そんな私に、お母さんも涙を零しながら、

「ごめんなさい」

と一言いったのです。

 その後はひとしきり無言で抱きしめていたのですが、やがてポツリポツリと話し始めました。

「今朝、この方がいらして、ハンナに会わせてくれると言われたの。
 ハンナが生きていると聞いて本当に驚いた。
 せめて、今際の際に一言、ハンナにごめんなさいと謝りたくて。」

 お母さんは、あんな小さい私を一人置き去りにしてしまったので、もう生きてはいないと思っていたようです。
 私が生きていると聞いて喜んだ反面、私を置き去りにしたことに強い後ろめたさを感じたそうです。
 心情的には、今更顔を出すのも気が引けたとのことでした。
 ただ、自分に残された時間がそう長くないと感じていたので、生きているうちに一目会いたいと思ったそうです。

 こんなに痩せ細っているのです、相当な苦労をしているのでしょう。
 なのに、私を捨てたことに酷い罪悪感を感じているようです。
 たしかに、普通であれば恨み言の一つでも言いたくなる場面だと思います。

 でも、私の場合、凄く気まずいです。
 たしかに、あの日、ターニャお姉ちゃんに拾われなければ、あの場で命を落としていたでしょう。
 そう考えると恨み言をいう権利はあるのかもしれません。
 しかし、私はあれから何一つ不自由することなく、王侯貴族のような生活をしてきたのです。
 一方の両親は私を捨てた罪悪感に捕らわれながら、今まで極貧生活を強いられたようです。

 とても恨み言などいえません、むしろ、私の方が生きていてくれて有り難うと言いたい気分です。 

「ハンナ、こんなに立派になって…、生きていてくれて有り難う。
 こうしてまた会えただけでも有り難いのに、病気まで治してもらえるなんて……。
 まさか、ハンナが治癒術師様になっているなんて思いもしなかった。
 『色なし』だって、散々虐められていたのに…、神様が奇跡を与えてくださったのかしら。
 その力のおかげで、お貴族様のところのお抱えになれたの?
 こんな立派なところにお仕えしているとは夢にも思わなかったわ。」

 ええっと、ターニャお姉ちゃんは何も説明せずに連れて来たのでしょうか…。
 ここが皇宮だということすら分かっていない様子です。

 両親は私が貴族のお抱え治癒術師になったと思っているみたいです。
 それなら、今日のところは誤解させたままにしておきましょう。

 せっかく、再会できたのです。
 次期皇帝のハンナより、子供の時のと同じ只のハンナの方が良いでしょう。
 皇帝になるなどと言って、変に壁を作られたら悲しいです。

 ターニャお姉ちゃんの事です、その点を考慮して、あえて何も説明せずに連れてきたのでしょう。
 私が皇帝になると知ったら、両親は尻込みしてしまい来てくれないかも知れませんから。

 
 名残惜しいですが、休憩時間は短くスケジュールは詰まっていました。
 その日は詳しい話も出来ないまま、そこでお別れとなったのです。
 両親には帝都近郊の精霊の森の館に暫く滞在してもらうことにしました。
 即位に伴う式典や祝賀パーティを終えるまではまとまった時間が取れそうもないですから。

 腰を落ち着けて話もしたいし、今後のことも決めなくてはなりませんから。

 翌日の即位式はターニャお姉ちゃんに両親を連れてきてもらうようにお願いしました。
 また、ソフィさんには、貴族席とは別に式典がよく見える席を用意して欲しいとお願いしたのです。



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