豆天狗

中邑優駿

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第四羽 さんにんよればもんじゅのちえ

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もう古都も完全に冬支度、師走らしい装いを始めている。
それでも年末に向けて観光客は減るどころか、寧ろ増えているぐらいだ。
相変わらず繁華街や観光スポットはヒトでごった返している。

次の大天狗様の候補と言われているサナトの考えた、マナー違反者を懲らしめる作戦は成功した。
一時的にせよ、京都を訪れる観光客のマナーは向上したのである。
京都市内の観光地や商店街のヒト達は不思議がりながらも、喜んでいた。
タバコの吸い殻や食べ歩きのゴミのポイ捨てが、目に見えて減ったからである。

次は寺社仏閣や神木を傷つけたり、神聖な土地に立ち入る者達への対策だ。
サナトは天狗集会で集まった者達に考えを説明した。

「十二月に入れば応援が来てくれる事になった、その者達を奈良に迎えに行って貰いたい。」

サナトによれば、天狗はヒトに直接手を下してはならない。
そこで、この時期だけに現れる妖怪にルール違反する輩を懲らしめてもらう。
我々天狗は、その手伝いと監視の両方を担当するという事だった。

説明を聞いていた小天狗のマメは、隣のカラス天狗ガルウダに言葉の意味を尋ねている。
ガルウダも確信は持てないといった表情で答えてくれた。

「かんし…って何?」
「やり過ぎない様に見張るって事だと思う。」
「そんなに強い妖怪が来るの?」
「噂だけだけど…、そうらしいな。」

何で十二月になったらなんだろう?
冬だけの妖怪なんて、話にも出て来た事はないのに。
マメは少しだけワクワクしていた。

「ガルウダ、頼まれてくれないか?」

サナトは天狗達の間でも腕っ節の強さで有名な彼を指名した。
そのまま、その応援の妖怪達の監視もしてもらうという算段である。

「分かりました、行って参ります。」

ガルウダは当たり前の様に答えた。
その隣でマメが好奇心旺盛な瞳を彼に向けて小さな声で囁く。

「ボクも一緒に行って良いでしょ…?」

ガルウダは少し驚いたが、マメの表情を見たら断れずに頷いた。
それを見たマメの小さな顔が喜びで溢れる。



暦が捲られ、とうとう師走へと入っていった。
小天狗のマメはカラスに姿を変えて、ガルウダに連れられて鞍馬山から飛び立った。
行き先は奈良の桜井という土地である。

「さくらい…?」

マメは行った事のない土地に降り立つのを今からワクワクしている。
一方のガルウダは表情に少し緊張が増えてきていた。
それぞれの気持ちを抱えたまま、二人は飛び続けていく。
あっと言う間に奈良県へと入っていった。

「あれだ。」

カラスに化けたガルウダは目的の寺院の屋根に止まり、マメが続いた。
その寺院とは安倍文殊院、日本三文殊の第一霊場として名を馳せている。

十二月から安倍文殊院の金閣浮御堂にて、秘仏十二天の内の三天が公開された。
それは「毘沙門天」「月天」「地天」であった。

「あれ?、鞍馬寺と一緒なんだね。」

マメが気付いてガルウダに問いかける、彼は頷いて答えた。
寺社仏閣に収められている作品は、同じエネルギーの伝達装置でもある。
その最たる物が仏像であり仏画である、法力の中継や強化まで行えるのだ。

つまり公開中は鞍馬寺との繋がりが強化され、密になっているのである。
サナトはこの機会を利用して、力を借りて京都を治めるのが目的だったのだ。

「そうか、誰が助けに来るのか予想がついたぞ…。」

ガルウダは呟きながら更に緊張を高めていた。
マメは顔を覗き込んで、少しだけ心配になっていた。
彼等は金閣浮御堂へと入っていったのだ。



同じ堂内には安倍晴明公の御尊像や御軸も祀られている。
そして陰陽道に関する古文書も展示されていた。
ガルウダは古文書が見える場所で羽を休める、マメも続く。
二人は、その時が来るのを待っている。

「そろそろだ…。」

月が出てきて暫く経った真夜中の丑三つ時、その古文書が捲られていく。
もちろんヒトなどいないし、風も吹き込んでなどいない。
勝手に古文書が捲れていくのである。

「あの古文書は、式札で作られているんだ。」

その様子を見ながら、ガルウダがマメに囁いた。
捲られた一枚が空中で止まった。
マメは信じられないといった表情で、その有様を見ている。

ふわり。

その捲られた古文書の間から、何者かが飛び出してきた。
大きさはヒトの子供ぐらいではあるが、着衣から露出しているそれは獣の様でもある。
ガルウダがマメを落ち着かせながら呟く。

「…式神。」
「しきがみ?」

次から次へと古文書が捲られ、飛び出てきた者達は増えていく。
その数は全部で十二、ガルウダとマメは圧倒されていた。

「式神十二天将。」

勢揃いした彼等は、ガルウダとマメに視線を集める。
ガルウダはカラスの羽を拡げて回転し、天狗の正体を現した。
続いてマメも天狗に戻るが、ガルウダの陰に隠れてしまう。
その姿を見た式神十二天将は皆、揃えた様に笑った。

少し見た目は怖いけれど、悪い者ではなさそうだ…。
微かに震えながら、マメは思った。
前に歩み出たガルウダが、式神達に挨拶をし始める。

「お迎えに参上致しました、天狗で御座います。」

式神の一人が同じ様に前に出て、挨拶を返した。
おそらくリーダー格の式神なのであろう。

「十二天将である、話は聞いておる。
 無法なヒト達を懲らしめれば良いのであろう?」

彼等は神の使役者として仕えてきた為に、必要とあらばヒトにも手を下せる。
そこが普通の妖怪とは違う部分で、サナトが頼った理由もそれであった。
だがヒトに存在を知られてはマズいのは同じ、どうやって成敗するのだろう。

「あまり懲らしめ過ぎると、関係ない京都のヒト達も不安に陥ります…。」

ガルウダは抑え役としてサナトから抜擢を受けている。
上手く彼等をコントロール出来るのか…一抹の不安も持っていた。
そんなガルウダの不安も吹き飛んで、その手際に驚く事になるのだが。



巡ってきた土曜日の朝、サナトの命により集められた錚々たる数の天狗達。
彼等が一斉にクルリと回転すると、皆がカラスの姿と化していた。
自分達も一緒にカラスとなったマメが、ガルウダに囁く。

「まるでヒトのラジオ体操みたいだったね。
 体育の授業でユイちゃん達がやってたんだ。」

カラスとしての彼等の使命は情報収集及び伝達である。
度が過ぎたルール違反をして聖域を汚している輩を報せるのが任務。
そこから先は、助っ人の十二天将の腕の見せ所だからだ。



カラスはかつて悪戯された場所へ散っていった。
愉快犯は犯行を繰り返すからである。
また初犯だとしても、今回は見逃さないという方針であった。
監視役として十二天将の控えにガルウダ、彼の控えにマメがいる。

少しして、散ったカラスから情報が伝達されてきた。
鞍馬寺にある魔王の滝、そこに建てられている魔王の碑。
その碑を刃物で傷付けようとしている輩が現れているとの事。

「行くとするか。」

十二天将の中から一人の天将が前に出た。
その姿は鈍く金色に光っていて、顔はまるで蛇の様でもある。
少しでもヒトに見られたら、それこそ確実に大騒動になるだろう。

「コウチンだ、京都の治安担当だ。」
「京都担当?」

その言葉には、ガルウダもマメも驚いた。
まるで警察みたいだ、最も京都府警全員が束になっても敵わない法力の持ち主であるが。

コウチンも鳥に姿を変えた、空を飛んで移動するなら必須だからだ。
だが彼はカラスではなかった、トンビになったのである。

「では魔王の滝に向かおうぞ。」

トンビに連れられて、二羽のカラスも飛んで行った。
鞍馬寺ならあっと言う間に着いてしまう。

魔王の滝に着くと、カラスが報せたその輩の姿が見えてきたのだった。
コウチンは着地した途端、構わず本来の姿に戻ったのである。
その輩は魔王の碑を今まさに刃物で削ろうとしている所であった。

どずっ。

コウチンは、その輩の背後に回り死角から急所に打撃を加える。
鞭の様に手をしならせたかと思うや否や、彼のうなじに打ち付けた。
何も言えずに意識を失わされた輩は、アッサリとその場に崩れ落ちる。

「あんなに簡単に…。」

目を見開いて驚いた上に感心しているガルウダとマメ。
固まっている二羽のカラスにコウチンが囁いた。

「大丈夫だ、かなり手加減はしておる。」

コウチンは気絶している輩の上半身を起こした。
そして、その額におみくじを貼り付けたのである。
その予想も出来なかったまさかの行動に、マメもガルウダも目が点になっていた。

「目が点になるのって、つい最近あったよね…。」
「まさか、また…。」

マメもガルウダも頭の中にサナトの顔が浮かんでいた、しかも笑顔で。
そんな二人にコウチンは言った、しかも笑顔である。

「何だ聞いとらんのか?…お前達の長の考えた事だぞ。」
「やっぱり。」
「サナトのアイデアか…。」

その倒れている輩の額に張られているのは、おみくじ。
しかもその運勢は、大凶であった。



そんな三人の元に次から次へと飛んで集まってくるカラス。
彼等が運んでくるのはルール違反者の情報。
コウチン一人だけで、片っ端から片付けては大凶のおみくじを貼っていく。

気絶から覚めた輩は驚いて、その額に貼られたおみくじに戦慄する。
そしてその後に彼等が真っ先に取る行動は…、SNSにアップするのであった。
額に大凶と見える様に貼り直して自撮りをするのである。
そんな写真が次から次へとタイムラインに流れていく。

その面白さと不思議さと怖さで、どんどんと拡散されていった。
そしてまた、その現象をまとめるサイトが立ち上がる。
サイト名は「大凶キョンシー」。

この二週間でマナー違反者もルール違反者も激減していた。
過激さをポップさで隠した作戦は大成功だった様である。
サナトは二つのサイトの管理人になった。



「他の十一天将は何の任務をしているのですか?
 あなた一人が全て片付けている様にしか見えないもので。」

すっかり打ち解けたコウチンにガルウダは尋ねた。
それはマメも同じ事を考えていたので、返事を聞きたいのであった。

「言うたろう、儂が京都担当だからと。」
「じゃあ他の天将は…。」
「観光しとるよ、久し振りの京都だからな。
 美人の川天狗に案内してもろうとるらしい。」

その言葉にガルウダは顔色を真っ赤にしてしまった。
それを見てマメが笑いながら囁いたのだ。

「きっとサコだよ。」
「俺達は任務を頑張っているのに…、俺たちは任務を頑張っているのに…。」

ガルウダは大切な事だから二度繰り返したのだと思う。
コウチンは微笑みながらマメに言って聞かせた。

「あのサナトは姿は若造だが法力は凄いな、だが頭の中はもっと凄い。」
「頭の中、見たの?」
「そりゃあね、透けて見えておる。」

コウチンは今回の作戦をかなり高く評価しているとの事だった。
誰一人にも傷を付けずにに、全ての悪い事柄を制圧してみせたのだ。
加害者を被害者にして、その理不尽さを説いてみせる。
その被害者の心ですら入れ替えさせた、ほんの少しの恐怖で。

「ヒトの思う事、式神の思う事。
 そして天狗の思う事、全部が同時に分かっている。」

コウチンがマメに分かり易く話して聞かせていた。
確かにヒトの感情が一番分かる天狗はサコであろう。
だがサナトは感情と共に、その動きまで読めているのである。
ヒトの思考過程や経路を完全に把握出来ているのだ。

「それぞれは少しづつ足りない、その足りない部分で争いが起こる。
 三人寄れば文殊の知恵、それで足りない部分を埋め合う。」
 
今回の件に関しても、天狗の立場からだけではない。
式神である十二天将やヒトの考えている事も併せて考えられている。
俯瞰で物事を見る事が出来るのは、上に立つ者の必要条件だ。

「マメには少し難しかったかな?」
「うん!」

マメは胸を張って答えた。



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