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第5話
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「すっかり遅くなってしまったわね。
ようやく帰ってこれたわ。」
先刻までは秋の夕暮れの光と澄んだ空気の優しさに包まれて感傷に浸っていたが、
今は肌寒さを感じるぐらいすっかりと冷えていた。
風邪を引かなければよいのだけれど。
「もうすでに食事の準備も湯浴みの準備もできています。どちらになさいますか?ジェシカ様。」
従者の鏡のような言葉をかけてくれるこのモフモフした犬属は、
私が今欲しがっているものをすでに用意してくれていたようだった。
「ありがとう。では、先に食事にするわ。
今夜の献立は何かしら?」
「ジェシカ様の好きな、グスタフ王国で収穫された野菜とアンデルジャガイモを使ったポトフですよ。」
「あら。嬉しいわね。私、貴方の作ったポトフは好きなのよ。」
寒空から帰ってきた私には、体を暖める必要がある。
冷えは万病の元とお祖父様から毎日のように言われていましたからね。
「今回は、隠し味も入れてみましたから、当ててみてくださいな」
屈託のない笑顔を私に向けて、従者のララは厨房にかけて行った。
私はこの笑顔が好きで、屋敷に帰るのが密かな楽しみでもある。
部屋に戻り軽く着替えを済ませた後、食事をするためにサロンに足を向ける。
サロンに到着する前から、鼻孔をくすぐるような美味しそうな匂いが、私の足取りを軽やかにしてくれた。
最愛の婚約者が浮気をしていた事実が私から生きる気力の全てを奪っていったが、
この匂いを嗅げば、少しは気を紛らわせそうだ。
扉を開けると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
ああ。。。ここね。私が落ち着く場所は。
視界が開けた先には、先程言葉を交わしていた従者のララと、兄のレオニールが着席していた。
「遅かったじゃないか、ジェシカ。また、エリオットとでも遊んでいたのか?」
・・・一番聞きたくない名前が私の耳に聞こえてきた。悪気が全く無いのは頭で理解しているが。
「そうね。仲良く遊んできたわ。」
「随分棘のある言い方だな。さては、喧嘩でもしてきたな。」
「ええそうよ。」
私は先程のできごとが頭をよぎり、ラスカザスの火山も凍りつくような声で返答した。
「・・・冗談のつもりだったが、本当か?話を聞きたい。」
先程までからかうような顔で私を見つめていた輝かしいワインレッドの瞳が、一瞬にして曇った。
私はマトンコートの羽織を脱ぎながら、ルグサの樫でできた椅子に着席した。
目の前には、デジカ帝国の一流ガラス細工師が作った器に注がれたララ特製ポトフが湯気を立たせている。
「大したことないわ。エリオットには、別の婚約者がいた。ただそれだけの話よ。」
私の言葉を聞き、レオニールの表情が怒りに燃えていた。
・・・見慣れた優しい顔だけど、こんな怖い表情をする兄は見たことがなかったわね。
「どういうことだ?真面目なアイツが浮気していたのか?」
「そうなるのかしらね?
ガジェスの瞳を持っているから別れろと家の命令でさせられたから、本心はどう思ってるか知らないけれどもね。」
私は、先程起こった出来事を、簡潔にレオニールへ話した。
下座に同席していたララは、悲しげな表情でこちらを見ていた。
本来なら従者であるララは、主人と食事に同席することなどありえない話なのだが、
そんな世間一般常識などシャルドネーク家では関係ないわ。
大切な人と一緒に食事することは、人生最大の幸せの一つだもの。
私が許可するわ。
「なんでアイツがそんなこと知ってるんだ?」
発言した後に、迂闊なことを口に出したという表情の兄がいた。
「・・・お兄様も知っていたのね。私の血のこと。
瞳の話を禁じていたのも、そのせいかしら?」
「隠していたわけじゃない。
ただ、ジェシカには幸せに生きていて欲しかったからだ。」
「レオニール様は、ジェシカ様の出自を明かしても良いか、私に相談してくれました。」
ララの口からも、兄を庇うような発言が発せられた。
「二人共落ち着いて。別に驚くようなことじゃないわ。
他人と違うのは、昔から分かっていたことだから。」
「いつかは明かそうと考えていた。
結婚する際に瞳のことについて明かし、それでも良いという男と添い遂げさせるつもりだった。」
「・・・まぁ、どのみちショックなのは変わらないけど、でも、もう新しい人を探すわ。
急には無理だけど。」
気持ちを切り替える。
とても大切なことである。次に進むためには、現状を冷静に受け止め新しい道を考えることが重要なのだ。
そう落ち着いて考えながらも、この諸悪の根源の瞳からは大粒の雫が止まらなかった。
「・・・君に紹介したい人物がいる。立派な人だ。」
そう伝えられ、初めは理解できなかった。
私は落ち着きを得るために大好きなポトフを口に含むのだった。
ようやく帰ってこれたわ。」
先刻までは秋の夕暮れの光と澄んだ空気の優しさに包まれて感傷に浸っていたが、
今は肌寒さを感じるぐらいすっかりと冷えていた。
風邪を引かなければよいのだけれど。
「もうすでに食事の準備も湯浴みの準備もできています。どちらになさいますか?ジェシカ様。」
従者の鏡のような言葉をかけてくれるこのモフモフした犬属は、
私が今欲しがっているものをすでに用意してくれていたようだった。
「ありがとう。では、先に食事にするわ。
今夜の献立は何かしら?」
「ジェシカ様の好きな、グスタフ王国で収穫された野菜とアンデルジャガイモを使ったポトフですよ。」
「あら。嬉しいわね。私、貴方の作ったポトフは好きなのよ。」
寒空から帰ってきた私には、体を暖める必要がある。
冷えは万病の元とお祖父様から毎日のように言われていましたからね。
「今回は、隠し味も入れてみましたから、当ててみてくださいな」
屈託のない笑顔を私に向けて、従者のララは厨房にかけて行った。
私はこの笑顔が好きで、屋敷に帰るのが密かな楽しみでもある。
部屋に戻り軽く着替えを済ませた後、食事をするためにサロンに足を向ける。
サロンに到着する前から、鼻孔をくすぐるような美味しそうな匂いが、私の足取りを軽やかにしてくれた。
最愛の婚約者が浮気をしていた事実が私から生きる気力の全てを奪っていったが、
この匂いを嗅げば、少しは気を紛らわせそうだ。
扉を開けると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
ああ。。。ここね。私が落ち着く場所は。
視界が開けた先には、先程言葉を交わしていた従者のララと、兄のレオニールが着席していた。
「遅かったじゃないか、ジェシカ。また、エリオットとでも遊んでいたのか?」
・・・一番聞きたくない名前が私の耳に聞こえてきた。悪気が全く無いのは頭で理解しているが。
「そうね。仲良く遊んできたわ。」
「随分棘のある言い方だな。さては、喧嘩でもしてきたな。」
「ええそうよ。」
私は先程のできごとが頭をよぎり、ラスカザスの火山も凍りつくような声で返答した。
「・・・冗談のつもりだったが、本当か?話を聞きたい。」
先程までからかうような顔で私を見つめていた輝かしいワインレッドの瞳が、一瞬にして曇った。
私はマトンコートの羽織を脱ぎながら、ルグサの樫でできた椅子に着席した。
目の前には、デジカ帝国の一流ガラス細工師が作った器に注がれたララ特製ポトフが湯気を立たせている。
「大したことないわ。エリオットには、別の婚約者がいた。ただそれだけの話よ。」
私の言葉を聞き、レオニールの表情が怒りに燃えていた。
・・・見慣れた優しい顔だけど、こんな怖い表情をする兄は見たことがなかったわね。
「どういうことだ?真面目なアイツが浮気していたのか?」
「そうなるのかしらね?
ガジェスの瞳を持っているから別れろと家の命令でさせられたから、本心はどう思ってるか知らないけれどもね。」
私は、先程起こった出来事を、簡潔にレオニールへ話した。
下座に同席していたララは、悲しげな表情でこちらを見ていた。
本来なら従者であるララは、主人と食事に同席することなどありえない話なのだが、
そんな世間一般常識などシャルドネーク家では関係ないわ。
大切な人と一緒に食事することは、人生最大の幸せの一つだもの。
私が許可するわ。
「なんでアイツがそんなこと知ってるんだ?」
発言した後に、迂闊なことを口に出したという表情の兄がいた。
「・・・お兄様も知っていたのね。私の血のこと。
瞳の話を禁じていたのも、そのせいかしら?」
「隠していたわけじゃない。
ただ、ジェシカには幸せに生きていて欲しかったからだ。」
「レオニール様は、ジェシカ様の出自を明かしても良いか、私に相談してくれました。」
ララの口からも、兄を庇うような発言が発せられた。
「二人共落ち着いて。別に驚くようなことじゃないわ。
他人と違うのは、昔から分かっていたことだから。」
「いつかは明かそうと考えていた。
結婚する際に瞳のことについて明かし、それでも良いという男と添い遂げさせるつもりだった。」
「・・・まぁ、どのみちショックなのは変わらないけど、でも、もう新しい人を探すわ。
急には無理だけど。」
気持ちを切り替える。
とても大切なことである。次に進むためには、現状を冷静に受け止め新しい道を考えることが重要なのだ。
そう落ち着いて考えながらも、この諸悪の根源の瞳からは大粒の雫が止まらなかった。
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私は落ち着きを得るために大好きなポトフを口に含むのだった。
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