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17 ラブストーリー
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「すげぇ偶然」
びっくりした。ホント、こんなことってあるんだ。こんな偶然。
「案外早いな。もっと遅くなるんだと思ってた。飲んできたんだろ?」
スーツに黒いコートを羽織った久我山さんと駅でバッタリ遭遇するなんて。
「っぷ、酔っ払ってんのか? おーい。俺が誰だかわかるか?」
わかるよ。久我山さんでしょ。酔っ払って誰なのか忘れてるわけじゃないから。ただ、びっくりしただけ。
久我山さんはだんまりなままの俺の目の前で立ち止まり、フリーズしてる俺へと、コートの中に突っ込んでいた手を出して、ひらりと振って見せた。それからその手首にある高級時計を見ている。
十時、でしょ?
あんまり遅いと、久我山さんの寝る時間の邪魔になりそうだから早めに帰ってきたんだ。陽介はまだ飲みたそうにしてたけど。
「腹は……減ってないよな。先に帰ってるか?」
「え?」
「家の冷蔵庫、確かなんもない。昨日ほとんど使ったからな。だから、晩飯どっかで済ませて……あぁ、そうだ駅前のパン屋、美味いんだ。スープが」
そう、なんだ。
パン屋さんなのにスープが美味しいの? スープ屋さんでもないのに?
久我山さんは、はぁって白い溜め息をまるで身体の中に溜まっていた疲れと一緒に吐き出すように零すと眉をぎゅっと寄せた。それから、髪を手でくしゃりとかき乱した。
コートをきたところ初めて見たから、なんだか見慣れなくて。
黒いコートなんてありふれていてどこにでもありそうなのに、スタイルの良さのせいかどこにもなさそうな洗練された感じがあってさ。
けれど、髪のセットを乱してラフな感じにしちゃえばさ。
そしたら、ほら、土日一緒に過ごしたホラー映画を楽しんじゃう久我山さんに戻る。部屋の中、オフモードの久我山さん。
まるで手品か魔法みたいに、一瞬で、見慣れた表情になる。
「何食った?」
「え? あ、そんなに大したものは……バーだったから」
「じゃあ、スープくらい腹に入るだろ」
「え?」
「食ってこうぜ」
「え、でも」
これは、ついで、にならなくない?
料理はさ、一人分も、二人分も作ることに大差ないっていうの、わからなくもない、けど。でも、これって。
「おごり」
「……」
「行こうぜ。今日は外出が多かったから、身体が冷え切ってるんだ。あったかいものが食いたい」
これって、ついで、じゃない。
そう思って立ち止まってると、三歩、四歩、そのパン屋さんへと歩いていた久我山さんが振り返った。
「聡衣」
おれの名前を呼んだ瞬間、はぁって、白い吐息がふわりと広がって、冬の夜空に馴染んで、まるで魔法みたいにあっという間に消えた。
「へぇ、ゲイバーか」
「そ、だから、そんな大して食べてなくて」
「じゃあ、ちょうどよかったな。ミネストローネ美味いだろ?」
駅前のパン屋さん。
「うん……美味しい」
美味しいけど、猫舌なんだ。だから、たくさんすぐには食べられなくて。
パンが並んで売られている横のスペースがイートインになっていて、そこでなら軽食程度の食事とスープを飲むことができるようになっていた。
でも場所が場所だからかな。都会の洗練された? みたいな感じがあって、雰囲気が良くて、簡易的なスペースのはずなのにずっといられそうな心地よさがある。
それにこんな時間なのにけっこうお客さんが座っているし、パンが並んでる方では途切れることなくお客さんがそれぞれパンを買っていく。その様子をチラリと横目で眺めて、俺と久我山さんは店の大きなガラス窓のところに設置されたカウンターに並んで座った。
ガラスの向こうではほとんどの人が帰りなんだろう。少し足早に駅のホームを行き交っている。それをガラスの箱の中で眺めてる感じ。
俺はミネストローネ。クラムチャウダーとすごく迷ったんだけど、久我山さんのおすすめはミネストローネって言うから、そっちにした。
久我山さんはポトフ。
ここのポトフは自分で作るよりも数段美味しいって言ってた。
「行ったことないな。ゲイバー」
「そりゃないでしょ。ゲイじゃないんだから」
「ゲイ以外立ち入り禁止?」
「そうじゃないけど。もちろんゲイ以外の人だって遊び場として行くだろうけど、興味ないでしょ?」
あったらびっくりだし。
「それに久我山さんが言ったら大変なことになると思うよ」
「?」
「イケメンだー! って、人が群がる。群がりすぎて、頭からバリボリ……」
「こわ」
怖いでしょ? だから、近づいたらダメですって念を押すように、イケメンは餌食になってしまうと盛りに盛って、大盛りにして伝えた。だって実際、きっと声はかけられるだろうし。色目だって使うのいるだろうし。そんなの、ゲイじゃない、ノンケの久我山さんにとって不本意以外の何者でもないでしょ?
男に言い寄られて嬉しいノンケなんていないもの。
「でも、聡衣はそういうのないな」
「……」
「だろ?」
「……そりゃ」
そうでしょ。
「ノンケは範疇外なんです」
「ノンケ?」
「んー……久我山さんみたいなこと」
「女ったらし?」
「んもーそうじゃなくてっ。わかって言ってるでしょ? 異性愛者のこと!」
「あぁ、なるほど。じゃあ、それでも付き合えたってことになるんだな」
「蒲田さんに?」
「そう。すごい大恋愛ってわけだ」
もしも俺たちが付き合っていたのなら、そう言って久我山さんはよっぽど寒かったのか、まだとても熱そうなポトフをとても美味しそうに食べた。
そう。
もしも俺たちが付き合っていたのなら、それはすごくロマンチックなことだ。
女ったらしのエリート官僚がノンケは範疇外の生粋のネコを恋に落ちる。
「なんか……うちにいるみたいだな。カウンター……」
嘘つけ……。うちで一緒にご飯食べてる時、髪なんて触らないじゃん。そんなのしないじゃん。
「隣で飯食ってると」
「……」
指先が恐る恐る俺の長めの前髪に触れた。きっとどこかから鎌田さんのスパイが見てるって思ったんでしょ? だから、でしょ?
まるで恋人みたいに、触れた。
それはドラマみたいな恋愛。
テレビドラマの中にしかあり得ない大恋愛。
そんなの、並んでのんびりリビングで眺めるテレビ画面の中の。
「聡衣って、猫舌、なんだな」
ラブストーリーだ。
びっくりした。ホント、こんなことってあるんだ。こんな偶然。
「案外早いな。もっと遅くなるんだと思ってた。飲んできたんだろ?」
スーツに黒いコートを羽織った久我山さんと駅でバッタリ遭遇するなんて。
「っぷ、酔っ払ってんのか? おーい。俺が誰だかわかるか?」
わかるよ。久我山さんでしょ。酔っ払って誰なのか忘れてるわけじゃないから。ただ、びっくりしただけ。
久我山さんはだんまりなままの俺の目の前で立ち止まり、フリーズしてる俺へと、コートの中に突っ込んでいた手を出して、ひらりと振って見せた。それからその手首にある高級時計を見ている。
十時、でしょ?
あんまり遅いと、久我山さんの寝る時間の邪魔になりそうだから早めに帰ってきたんだ。陽介はまだ飲みたそうにしてたけど。
「腹は……減ってないよな。先に帰ってるか?」
「え?」
「家の冷蔵庫、確かなんもない。昨日ほとんど使ったからな。だから、晩飯どっかで済ませて……あぁ、そうだ駅前のパン屋、美味いんだ。スープが」
そう、なんだ。
パン屋さんなのにスープが美味しいの? スープ屋さんでもないのに?
久我山さんは、はぁって白い溜め息をまるで身体の中に溜まっていた疲れと一緒に吐き出すように零すと眉をぎゅっと寄せた。それから、髪を手でくしゃりとかき乱した。
コートをきたところ初めて見たから、なんだか見慣れなくて。
黒いコートなんてありふれていてどこにでもありそうなのに、スタイルの良さのせいかどこにもなさそうな洗練された感じがあってさ。
けれど、髪のセットを乱してラフな感じにしちゃえばさ。
そしたら、ほら、土日一緒に過ごしたホラー映画を楽しんじゃう久我山さんに戻る。部屋の中、オフモードの久我山さん。
まるで手品か魔法みたいに、一瞬で、見慣れた表情になる。
「何食った?」
「え? あ、そんなに大したものは……バーだったから」
「じゃあ、スープくらい腹に入るだろ」
「え?」
「食ってこうぜ」
「え、でも」
これは、ついで、にならなくない?
料理はさ、一人分も、二人分も作ることに大差ないっていうの、わからなくもない、けど。でも、これって。
「おごり」
「……」
「行こうぜ。今日は外出が多かったから、身体が冷え切ってるんだ。あったかいものが食いたい」
これって、ついで、じゃない。
そう思って立ち止まってると、三歩、四歩、そのパン屋さんへと歩いていた久我山さんが振り返った。
「聡衣」
おれの名前を呼んだ瞬間、はぁって、白い吐息がふわりと広がって、冬の夜空に馴染んで、まるで魔法みたいにあっという間に消えた。
「へぇ、ゲイバーか」
「そ、だから、そんな大して食べてなくて」
「じゃあ、ちょうどよかったな。ミネストローネ美味いだろ?」
駅前のパン屋さん。
「うん……美味しい」
美味しいけど、猫舌なんだ。だから、たくさんすぐには食べられなくて。
パンが並んで売られている横のスペースがイートインになっていて、そこでなら軽食程度の食事とスープを飲むことができるようになっていた。
でも場所が場所だからかな。都会の洗練された? みたいな感じがあって、雰囲気が良くて、簡易的なスペースのはずなのにずっといられそうな心地よさがある。
それにこんな時間なのにけっこうお客さんが座っているし、パンが並んでる方では途切れることなくお客さんがそれぞれパンを買っていく。その様子をチラリと横目で眺めて、俺と久我山さんは店の大きなガラス窓のところに設置されたカウンターに並んで座った。
ガラスの向こうではほとんどの人が帰りなんだろう。少し足早に駅のホームを行き交っている。それをガラスの箱の中で眺めてる感じ。
俺はミネストローネ。クラムチャウダーとすごく迷ったんだけど、久我山さんのおすすめはミネストローネって言うから、そっちにした。
久我山さんはポトフ。
ここのポトフは自分で作るよりも数段美味しいって言ってた。
「行ったことないな。ゲイバー」
「そりゃないでしょ。ゲイじゃないんだから」
「ゲイ以外立ち入り禁止?」
「そうじゃないけど。もちろんゲイ以外の人だって遊び場として行くだろうけど、興味ないでしょ?」
あったらびっくりだし。
「それに久我山さんが言ったら大変なことになると思うよ」
「?」
「イケメンだー! って、人が群がる。群がりすぎて、頭からバリボリ……」
「こわ」
怖いでしょ? だから、近づいたらダメですって念を押すように、イケメンは餌食になってしまうと盛りに盛って、大盛りにして伝えた。だって実際、きっと声はかけられるだろうし。色目だって使うのいるだろうし。そんなの、ゲイじゃない、ノンケの久我山さんにとって不本意以外の何者でもないでしょ?
男に言い寄られて嬉しいノンケなんていないもの。
「でも、聡衣はそういうのないな」
「……」
「だろ?」
「……そりゃ」
そうでしょ。
「ノンケは範疇外なんです」
「ノンケ?」
「んー……久我山さんみたいなこと」
「女ったらし?」
「んもーそうじゃなくてっ。わかって言ってるでしょ? 異性愛者のこと!」
「あぁ、なるほど。じゃあ、それでも付き合えたってことになるんだな」
「蒲田さんに?」
「そう。すごい大恋愛ってわけだ」
もしも俺たちが付き合っていたのなら、そう言って久我山さんはよっぽど寒かったのか、まだとても熱そうなポトフをとても美味しそうに食べた。
そう。
もしも俺たちが付き合っていたのなら、それはすごくロマンチックなことだ。
女ったらしのエリート官僚がノンケは範疇外の生粋のネコを恋に落ちる。
「なんか……うちにいるみたいだな。カウンター……」
嘘つけ……。うちで一緒にご飯食べてる時、髪なんて触らないじゃん。そんなのしないじゃん。
「隣で飯食ってると」
「……」
指先が恐る恐る俺の長めの前髪に触れた。きっとどこかから鎌田さんのスパイが見てるって思ったんでしょ? だから、でしょ?
まるで恋人みたいに、触れた。
それはドラマみたいな恋愛。
テレビドラマの中にしかあり得ない大恋愛。
そんなの、並んでのんびりリビングで眺めるテレビ画面の中の。
「聡衣って、猫舌、なんだな」
ラブストーリーだ。
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