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38 金曜日
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「珍しいな。朝、この時間に起きるなんて」
「あ……うん」
廊下に出た瞬間、旭輝の低い声とスーツ姿にキュッとつま先が止まった。
金曜日、朝、もう十二月ともなると廊下は少しひんやりとしてる。旭輝はそろそろ出勤なのか、身だしなみを整えるためにリビングから玄関までの途中にあるバスルーム前の鏡でネクタイを直してた。
今日はかなり黒に近いダークグレーにしたんだ。スーツ。それにタイピンの、俺があげた黒のキャッツアイがすごく似合ってた。
「それ、つけてくれてる……」
「? これか?」
長い指が、黒い石をそっと撫でて。その拍子に石の中に閉じ込められてる光がきらりと光った。
「あぁ、ありがとな」
「……ううん」
「今日は早いのか? 出勤」
「あ、うん。なんか今日、入荷する商品があるから早めに行かないと」
到着は多分日中。けど、閉店した直後からすぐに陳列の作業に入れるように、今日は早めに行って、在庫の整理とかしておこうと思ったんだ。国見さんも早く来るそうだからそれに合わせて。
「そっか。頑張れよ」
「うん。ありがと。ぁ」
「?」
「あ、なんでもない。行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
「……うん。仕事、頑張って」
そう手を振ると笑ってくれた。笑いながら。ピカピカな革靴を履いて、トンとつま先で音を立ててから玄関を出ていった。
「……」
まるで、本当にここに暮らしてるみたい。
まるで、本当に、ここで旭輝と――。
そこでそれ以上の言葉を続けることなく、パタンと閉じた扉から目を逸らした。
「さて、と……」
そして、俺も早く準備始めないといけないんだってば、って、旭輝がいたバスルームで顔を洗って。
「……」
さっき、あやうく訊きそうになっちゃったと溜め息をこぼした。
もう少しでさ。
今日、帰り何時くらいになる?
なんて、まるで本当の恋人みたいなこと、訊いちゃうところだったって。
「はぁ……」
溜め息が、こぼれた。
待ちに待ったクリスマスグッズは夕方近くになってやっと到着した。
段ボールは長旅を思わせるくたびれ具合だったけど、中のグッズたちは無事だった。たまに、海外から送られてくる輸入品は中の梱包が驚くくらいに簡易で破損しそうなこともあるから。
国見さんが海外から買い付けた品はファッション関係だけじゃなく、クリスマスのオーナメント、それからソーサー付きのコーヒーカップやグラスもあった。
中にあったストールがとても可愛くて。
何色もの毛糸を使って織られた生地は風合いが優しくて、触ると……。
「それ、触り心地が気に入った? 毛糸に絹が混ざってるんだ」
「これ、ですか?」
毛糸本来の柔らかで温かみのある風合いに、ハリのある艶やかさが少し混ざってる感じ。
「そ。一番のお気に入り。聡衣君も気に入った? もし気に入ったなら」
国見さんは店の反対側でトルソーの着替えをさせてるところだった。入荷したばかりの品を混ぜつつ、今月のディスプレイをアレンジしている最中。
俺は窓際、ウインドウでグッズたちを並べてるところだった。
「すごく素敵だけど、ちょっと……お値段が……あはは」
「あぁ、ちょっと値がはるよね。じゃあ、社割ってことで」
「えぇ? いいですって! そんな新商品なんですからっ」
絹も入ってるし、多分さっきああ言ってたから手織りなんじゃないかな。そりゃこの値段になるよねって気がする。それでもお金に余裕があれば欲しいなぁって思うけど、まだ再就職したてだし。
これから。
たぶん。
引越し費用とか。
かかっちゃうだろうから。
「……この前言ったことだけど」
「!」
閉店後、お客さんがいなくなったお店の中、二人で大急ぎで開封して、入荷したての品を陳列してた。そろそろ作業の方は終わりに近い。
お店がやってる時は営業の声だから少し高くて優しさが増す国見さんの声。でも、お店が閉まると、多分、地声。少しだけ低くなって、でも優しさとかが滲む口調が心地良くて。
「あんまり気にしないでね」
「……」
「少し、ぎこちなくさせてしまったなと反省してる。職場で公私混同甚だしいよね」
「ぁ……えっと」
確かに、気にしちゃってた。意識しちゃってたって感じ。
だって、素敵な人だなぁって思ったし。こんな人の恋人さんはきっととても大事に、今、トルソーに優しく俺が手に持っているストールとカラー違いのそれを首に巻いてあげるように、優しく優しく扱ってもらえるんだろうなって。
そう思って、少し……じゃない、かな。
ドキドキしてた。
「考えてはもらいたいけど。やめられてしまったら困る。今日もだけど、本当に聡衣君が来てくれて助かってるんだ」
「そんなっ、やめるつもりないですし」
「本当?」
「もちろんですっ、っていうかセレクトショップって楽しいですし」
「よかった」
優しくて、大人な人だ。
安堵した顔をしてくれる。意識して、仕事の最中、ぎこちなく接してしまったのはこっちなのに。
「じゃあ、ちょっとだけ調子に乗ってもいいかな」
「え?」
「デイスプレイを手伝ってくれたお礼にこの後、少しご飯、食べに行こう。美味しいイタリアンの店があるんだ。少し離れてるんだけど。奢るよ」
大人の余裕がある人なのに。俺みたいなのを夕食に誘って、コクンと頷いただけで、とても嬉しそうに顔を綻ばせる、優しくて、可愛い……人だなって。
「あ……うん」
廊下に出た瞬間、旭輝の低い声とスーツ姿にキュッとつま先が止まった。
金曜日、朝、もう十二月ともなると廊下は少しひんやりとしてる。旭輝はそろそろ出勤なのか、身だしなみを整えるためにリビングから玄関までの途中にあるバスルーム前の鏡でネクタイを直してた。
今日はかなり黒に近いダークグレーにしたんだ。スーツ。それにタイピンの、俺があげた黒のキャッツアイがすごく似合ってた。
「それ、つけてくれてる……」
「? これか?」
長い指が、黒い石をそっと撫でて。その拍子に石の中に閉じ込められてる光がきらりと光った。
「あぁ、ありがとな」
「……ううん」
「今日は早いのか? 出勤」
「あ、うん。なんか今日、入荷する商品があるから早めに行かないと」
到着は多分日中。けど、閉店した直後からすぐに陳列の作業に入れるように、今日は早めに行って、在庫の整理とかしておこうと思ったんだ。国見さんも早く来るそうだからそれに合わせて。
「そっか。頑張れよ」
「うん。ありがと。ぁ」
「?」
「あ、なんでもない。行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
「……うん。仕事、頑張って」
そう手を振ると笑ってくれた。笑いながら。ピカピカな革靴を履いて、トンとつま先で音を立ててから玄関を出ていった。
「……」
まるで、本当にここに暮らしてるみたい。
まるで、本当に、ここで旭輝と――。
そこでそれ以上の言葉を続けることなく、パタンと閉じた扉から目を逸らした。
「さて、と……」
そして、俺も早く準備始めないといけないんだってば、って、旭輝がいたバスルームで顔を洗って。
「……」
さっき、あやうく訊きそうになっちゃったと溜め息をこぼした。
もう少しでさ。
今日、帰り何時くらいになる?
なんて、まるで本当の恋人みたいなこと、訊いちゃうところだったって。
「はぁ……」
溜め息が、こぼれた。
待ちに待ったクリスマスグッズは夕方近くになってやっと到着した。
段ボールは長旅を思わせるくたびれ具合だったけど、中のグッズたちは無事だった。たまに、海外から送られてくる輸入品は中の梱包が驚くくらいに簡易で破損しそうなこともあるから。
国見さんが海外から買い付けた品はファッション関係だけじゃなく、クリスマスのオーナメント、それからソーサー付きのコーヒーカップやグラスもあった。
中にあったストールがとても可愛くて。
何色もの毛糸を使って織られた生地は風合いが優しくて、触ると……。
「それ、触り心地が気に入った? 毛糸に絹が混ざってるんだ」
「これ、ですか?」
毛糸本来の柔らかで温かみのある風合いに、ハリのある艶やかさが少し混ざってる感じ。
「そ。一番のお気に入り。聡衣君も気に入った? もし気に入ったなら」
国見さんは店の反対側でトルソーの着替えをさせてるところだった。入荷したばかりの品を混ぜつつ、今月のディスプレイをアレンジしている最中。
俺は窓際、ウインドウでグッズたちを並べてるところだった。
「すごく素敵だけど、ちょっと……お値段が……あはは」
「あぁ、ちょっと値がはるよね。じゃあ、社割ってことで」
「えぇ? いいですって! そんな新商品なんですからっ」
絹も入ってるし、多分さっきああ言ってたから手織りなんじゃないかな。そりゃこの値段になるよねって気がする。それでもお金に余裕があれば欲しいなぁって思うけど、まだ再就職したてだし。
これから。
たぶん。
引越し費用とか。
かかっちゃうだろうから。
「……この前言ったことだけど」
「!」
閉店後、お客さんがいなくなったお店の中、二人で大急ぎで開封して、入荷したての品を陳列してた。そろそろ作業の方は終わりに近い。
お店がやってる時は営業の声だから少し高くて優しさが増す国見さんの声。でも、お店が閉まると、多分、地声。少しだけ低くなって、でも優しさとかが滲む口調が心地良くて。
「あんまり気にしないでね」
「……」
「少し、ぎこちなくさせてしまったなと反省してる。職場で公私混同甚だしいよね」
「ぁ……えっと」
確かに、気にしちゃってた。意識しちゃってたって感じ。
だって、素敵な人だなぁって思ったし。こんな人の恋人さんはきっととても大事に、今、トルソーに優しく俺が手に持っているストールとカラー違いのそれを首に巻いてあげるように、優しく優しく扱ってもらえるんだろうなって。
そう思って、少し……じゃない、かな。
ドキドキしてた。
「考えてはもらいたいけど。やめられてしまったら困る。今日もだけど、本当に聡衣君が来てくれて助かってるんだ」
「そんなっ、やめるつもりないですし」
「本当?」
「もちろんですっ、っていうかセレクトショップって楽しいですし」
「よかった」
優しくて、大人な人だ。
安堵した顔をしてくれる。意識して、仕事の最中、ぎこちなく接してしまったのはこっちなのに。
「じゃあ、ちょっとだけ調子に乗ってもいいかな」
「え?」
「デイスプレイを手伝ってくれたお礼にこの後、少しご飯、食べに行こう。美味しいイタリアンの店があるんだ。少し離れてるんだけど。奢るよ」
大人の余裕がある人なのに。俺みたいなのを夕食に誘って、コクンと頷いただけで、とても嬉しそうに顔を綻ばせる、優しくて、可愛い……人だなって。
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