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噂のボイン 雪乃ちゃん現る!の巻
しおりを挟む同窓会が始まって3時間半。
誰も帰ろうとしないのには
理由があった。
主役がまだ到着していないからだ。
わざわざ東京から来たのも、
その人に会うためだった。
「なぁ今日さ、
雪乃ちゃんが来るって知ってるか」
赤ら顔になったヤスジが
嬉しそうに笑った。
「なんか映画のロケで
こっちに来てるらしく
ちょっとだけ顔出してくれるって。
俺のこと覚えていてくれてるかな」
「言っても、雪乃ちゃんって
1学期の途中で転校したから、
たぶん分からないんじゃない」
「でも文化祭で、俺達のバンド演奏
前列で見てくれてたやん。
絶対覚えてくれとるって。
それに、あの曲だって
聞いてくれたんやし」
そう言うとワインを一口で飲み干した。
桃園雪乃…
その当時の福岡の高校生で
彼女の名前を知らない奴は
いないくらいの伝説の美少女だった。
隣の男子校にはファンクラブもあり
親しく話していたという理由だけで
ヤンキーにボコられた
クラスメートもいた。
高3の途中、親の転勤で
東京へ引越した時は
市内の男子高校生の誰もが涙に暮れた。
ヤスジは「もう恋なんてしない」
なんて叫んでいたし、
羽鳥は「俺の青春は終わった」と
2週間学校を休んだ。
そして次に僕らの前に
現れたのはテレビの中だった。
颯爽とCMに登場し、
朝ドラのヒロインを経て
次々と話題の映画の
主役の座を射止めていった。
そのたびに僕らは画面を指差し、
「高校のクラスメートやったんよ」と
自慢しまくっていた。
あれから15年、桃園雪乃は
押しも押されぬ
人気女優へと変貌を遂げていた。
永遠のマドンナなんて言葉は
古臭いけれど、
今でも雪乃ちゃんは僕らの憧れであり
自慢のクラスメートだった。
だから彼女が来るという噂を聞きつけて
北海道から、わざわざ
駆けつけた奴もいた。
「雪乃ちゃんが来たよー」
嬌声が上がると店内がざわついた。
カウンターの客も、
その姿に気づいたのか目で追っている。
すらりと伸びた手足と、
手の平くらいしかない顔。
遠近法を狂わせるような
スタイルの良さは
高校時代よりも洗練されていた。
「ごめんね、遅くなって」
サングラスを取ると、
いつもテレビで見ている
その笑顔が姿を現した。
「こないだのドラマ、
めっちゃ良かった」
「映画のロケで、こっち来とるとやろ」
スマホを手に、女子たちが話しかける。
「めっちゃ久しぶりやん。
みんな変わらんねー」
コートを脱ぐと、
高校時代に僕らを熱狂させた
胸の膨らみが目に飛び込んできた。
白のタートルネックに
心を揺さぶられる。
「ちょっと、いい加減にしときーよ。
雪乃は映画の撮影で
疲れとるんやけん」
自称・親友の雨宮が
スマホのカメラをさえぎる。
「じゃぁ、私もワインを貰おっかな」
そう言うと、さっきまで
羽鳥が座っていた席についた。
なんという奇跡だ。
僕らの目の前に天使は舞い降りた。
ヤスジが震える手でグラスを差し出す。
「安川くんだったよね」
その一言に、ヤスジは
声を裏返して返事をした。
「映画のロケで来とっとですか」
雪乃ちゃんはグラスを受け取ると
笑顔で頷いた。
「それと、こっちは…」
その視線が注がれた瞬間、
ワインボトルを手にした
雨宮が戻ってきた。
数人の女子も椅子を抱えて
周りに陣取った。
「いつも職場の人に自慢しよるとって、
雪乃ちゃんと知り合いって。
あとでサイン貰ってもよか?」
「今度の映画って、
椎名亜蓮と共演すっとやろ。
まじで、やばかよね」
その熱気に押されながらも、
雪乃ちゃんは楽しそうに笑っている。
次第にまた人だかりができ、
勝手に撮影会が始まった。
「お願いやけん、可愛く撮ってねー」
ワインを片手にポーズを取り、
飛び跳ねたりしてる。
僕らのマドンナは相変わらず可愛くて、
相変わらず天真爛漫だった。
「やばか、覚えてくれとった」
ヤスジが小さな声で耳打ちする。
「俺は忘れられとったっぽい」
その言葉を聞くと、
嬉しそうに微笑んだ。
「あとで文化祭のことば聞く。
だって、雪乃ちゃんのために
演奏したんやぞ。
1週間も徹夜して。
それに、お前は曲まで書いだじゃん」
「いや、覚えとらんって。
調子に乗って恥かくだけさ」
こっちに背中を向けた雪乃は
大声で笑いながら、
雨宮たちと話している。
「やばかね、首筋」
「まじ、やばか」
僕らは高校時代に戻ったような
会話を小声で続けた。
あの頃も、こんな感じで
話しかけることも出来ず
後ろ姿を眺めていただけだった。
クラスメートなのに、
目が合っただけで喜び合っていた。
「なんか泣きそうになるな」
「あぁ、なんやろな、この気持ち…」
僕らは黙ってグラスを合わせた。
しばらくすると
赤いエプロンを腰にまいた店員が
追加注文のピザをテーブルに
届けに来た。
「お熱いので、お気をつけてください」
それを取り分けようとした時だった。
「ちょっと待って、
あたしの頼んだやつ。
朝から何も食べとらんとって」
雪乃ちゃんは振り返ると、
携帯をテーブルの上に置いて
嬉しそうにピザに手を伸ばした。
すると急にヤスジが声を上げた。
「うわ、そのステッカーって
マスク・ド・ファイヴやん。
しかもベースのデルフィンのやつ。
雪乃ちゃんってファンなん?」
僕は思わず、それを二度見した。
まじだ…
マスク・ド・デルフィンの
ステッカーだ。
喉が渇いていくのが分かった。
雪乃ちゃんは、
熱さに顔をしかめながら
ピザを飲み込むと
「めっちゃ好きなんよ。
安川くんもファンなん?
こないだのアルバムやばかったよね。
明日のライブも行くとって」と
嬉しそうに声を上げた。
雨宮たちも会話に加わってくる。
「マスク・ド・ファイヴって、
海外でも人気の覆面バンドでしょ。
たしか紅白にも出たよね」
「そうそう、今一番チケットが
取れないバンドって
テレビでも特集されてた。
なんだっけ、
あのめっちゃ売れた曲の名前?」
すると雪乃ちゃんがステッカーを
指差しながら声を荒げた。
「ちょっと待って、ちょっと。
あたしはデビュー当時からのファン。
ミーハーな最近の子たちと
一緒にせんでよね。
これだって初期ファンクラブの
限定のやつなんだから」
古びたステッカーは、
セロテープで補修してあった。
「色物バンドみたいに言う人もおるけど
めっちゃ演奏上手いとよ。
それにデルフィンの書く歌詞が最高。
まじ泣けるんやけん」
その言葉に、僕は思わず
叫びそうになった。
神様ありがとうって、
シャウトしたかった。
頑張ってきて良かった…
諦めないで良かった…
テーブルの下でガッツポーズする。
それに噂は本当だったんだ。
雪乃ちゃんは
マスク・ド・ファイヴの
ファンだったんだ。
しかもデルフィンのファンなんだ…
「ほら、俺のも見て」
ヤスジが自分のスマホを取り出して、
マスク・ド・チャボの
ステッカーを見せびらかした。
「これもデビューアルバム限定のやつ」
調子に乗って雪乃ちゃんと
ハイタッチなんかしてる。
すると雨宮が口を開いた。
「リョータくんも音楽やってるなら
このバンド知ってるでしょ。
まさか共演とかしたことあるの?」
知ってるかって、俺に聞く?
それに、共演したことあるもなにも…
喉まで答えが出かかった時に、
さっきのマネージャーの
電話が脳裏をよぎった。
するとヤスジが肩を
抱き寄せながら言った。
「いやいや、可哀想なこと
聞いてやるなって。
こいつのバンドは
売れなかったんだから。
確かブレイブ・カンパニー
だったっけ。
一回はメジャーデビューしたんだけど
たしか3年前に解散したとやもんな。
でも、演奏はめっちゃ
上手かったとぞ」
酔いが回ってきたのか、
肩を叩く手が加減を知らない。
「今でもバンド続けてるらしいけど、
名前教えてくれんとさね。
なんか知らんけど、もったいぶって。
まぁ言われても
分からんやろうけどさ」
思わずステッカーを
指差しそうになった。
ていうか、お前うちの
バンドのファンじゃん!
しかもお前が貼ってる
マスク・ド・チャボは、
羽鳥の弟のユートだよ!
僕は心の中で叫んだ。
「こいつもデルフィンくらい
才能があれば
今頃、バイトなんか
続けてないのになぁ。
雪乃ちゃんのコネで、
どうにかしてやってよ。
ほら、お前からもお願いしろよ」
ヤスジは煙草に火をつけながら言った。
答えに困ったような顔をしている僕を
可哀想に思ったのか
雪乃ちゃんがフォローに入った。
「凄いじゃん、
メジャーデビューまで行ったなんて。
それだけでも大変なことなんだよ。
それに売れてなくても、
いいバンドってあるし、
いいバンドだからって
売れるわけでもないしね。
これから何があるか
分からないじゃない、
続けてたら必ずいいことあるよ」
見つめる瞳に
吸い込まれそうになりながら
焼酎の水割りを一気に喉に流し込んだ。
そうでもしなきゃ、
叫んでしまいそうになる言葉があった。
どんな時だった我慢してきたけれど
今言わなくて、いつ言うんだ。
覚悟を決め、口を開きかけた時だった。
「これからも音楽活動頑張ってね。
影ながら応援しとーよ。
だけど、もしさ
マスク・ド・デルフィンと
知り合いになったら
こっそり電話番号教えてね」
そう言うと、可愛く舌を出した。
思わず携帯を差し出した
僕の頭をヤスジが叩いた。
「バカ、お前のじゃねーって」
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