6 / 16
序章
幼少期4
しおりを挟む聖司と那乃が優を引き取ってから二年が経ち、優は七歳になった。
幼稚園には結局通わなかったが、小学校にはきちんと入学した。
優自身はあまり行きたがらなかったのだが、聖司と那乃に勧められて嫌々ながらも通うことを決めた。
七歳になる前から、優は家にこもりがちになっていた。
友達を作ったらどうかと那乃が言ってみたところ、返ってきたのは驚くほど強い拒絶だった。
仕方がないのでそれ以降、家の外に出ろとは言えなかったが、それでも小学校は行かなくてはならない。
優は入学直前まで嫌がって、珍しく駄々をこねていた。普段の優はどちらかといえば聞き分けがいい子供なのだが、この時ばかりは泣きながら嫌だ!と騒いだ。
結果、那乃は優を説得できず、見かねた聖司が仲裁に入るはめになった。
「どうして行きたくないんだい?」
聖司が優しく尋ねると、優はふくれた顔でぼそぼそと答えた。
「嫌だから行きたくない」
聖司と那乃は顔を見合わせた。
一見理由になっていないが、他に言いようがなかったのかもしれない。
二人と暮らすようになってから優も出かける機会は増えたが、いざ出かけるとなると優が嫌がることがたまにあった。
優は、他人とコミュニケーションをとることに慣れていないようだった。
実の両親と暮らしていたときは兄の希以外と話す機会がほとんどなかったようだし、ある意味当たり前かもしれないが。
聖司と那乃は、できる限り優を普通の子供と同じように育てようとしていた。
ずっと家にこもっていたら不健康だと考え、嫌がる様子を見せているときにも無理やり外出したことがあった。
たが無理やり外出させると、優は途中で意識を失ってしまう。
『希』の人格が出てきてしまう。
そして家に帰ってから優が目覚め、出かけたことを覚えていない。そんなことがざらにあった。
自分に不自然な記憶の混濁があることに優はなんとなく気づいているようで、公園で遊ぶとか児童館に行くとか、他の子供と関わる機会がある場所には決して行きたがらなかった。
どうやら家の外に出ることと他の子供と遊ぶことは優にとってかなりのストレスのようだ。
何度か無理な外出をして何度か希が出てきてから、聖司と那乃は優に外出を強いるのをやめた。
多重人格といっても、普段の様子は普通の子供とまったく同じだ。
だから聖司も那乃もつい、優が多重人格だということを忘れてしまうのだった。
人格の交代は、過度なストレスにさらされた時に起こることが多いとネットや本には書いてあった。
過度なストレスを優に与えるのはよくない。
聖司も那乃もそう考えてはいる。
だが小学校だけはどうにもならない。
日本では小学校と中学校は義務教育だ。
個人的な理由で入学しないことは、ほぼ不可能に近かった。
聖司と那乃は、小学校は優が成長するチャンスだと思っていた。
これから先大人になれば、嫌でも他人と話さなくてはいけなくなる。
いつまでも聖司と那乃とだけ一緒にいる、というわけにはいかないのだ。
優は頭の回転が速い方だ。
きちんと説明すれば分かってくれるはずだ、と聖司はわかりやすい言葉で優に学校に行くことの意味を説いた。
優は最終的に納得する他なかった。
子供ながらに、聖司が間違ったことを言っていないとわかったからだ。
…それでも優が頷くまでには丸二日かかったが。
そうして優は、近くの公立小学校に通いはじめた。
夏になる前くらいまでは、順調に通っているように思われていた。
聖司も那乃も、毎朝きちんと起きて小学校に行く優にほっとしていた。
だがもうすぐ夏休みという時期のある日、優は頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れになって帰ってきた。
聖司と那乃が驚愕したのは言うまでもない。
その日の天気は快晴だった。
雨で濡れたのではないことはすぐにわかった。
聖司にも那乃にも、優は何があったのか語ろうとしなかった。
ぎゅっと口を結び、二人の問いかけを黙ってやり過ごした。
その日以降も様子は変わらず、夏休みになっても優はその日のことを話さなかった。
いつも以上に頑なな優の態度に、聖司も那乃もびしょ濡れになった理由を聞くのをやめた。
何故びしょ濡れになってしまったのかはもちろん気になるが、優が何も言わないのだからそっとしておくべきだと二人は考えたのだった。
優は何事もなかったかのように小学校に通い続けた。
びしょ濡れで帰ってくることはなかったし、態度にもおかしいところはなかった。
優が小学校での自分のことを語ることはほとんどなかったが、聖司も那乃も、優が馴染めている証拠だと信じて疑わなかった。
ようやく優が普通の子供らしく生活できるようになったのだと、二人とも心の底から喜んでいた。
優が小学校でどのように過ごしているのか、きちんと知らないままで。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
となりのソータロー
daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。
彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた…
という噂を聞く。
そこは、ある事件のあった廃屋だった~
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる