そしてクリスマスの奇跡

daimon1369

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そしてクリスマスの奇跡

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『そして、クリスマスの奇跡』

 ざっ………俺の一蹴りで体が宙に浮く。

 俺は跳んだ。

 ざっ………俺はもう一歩跳んだ、さらにもう一歩。



 奴から逃げるには力を使い果たすか、朝を待つしかない。

 そのどちらかになるまで、あいつは俺に話しかけてくる。


 血を!

 女を!

 暴力を!



 俺の中で暴れているあいつの名は、狩猟者!

 ククッ…ヤナガワヨ、イツマデサカラウキダ?

 サカラッテモサカラッテモ、イツカオマエハヒトヲコロス、

 オンナヲモトメル、ハヤイカオソイカノチガイダケダ。

 嫌だっ!俺は人間だっ!鬼なんかじゃないっ!

 もう一度跳んだ俺は、建物のベランダに飛び移った。

 病院?

 消毒薬のにおい、血のにおい、死のにおいに引き付けられたのか、俺は?

 そのとき何故なのだろうこの俺は?窓に手を掛けて引いてみた。

 からからと音を立ててその窓は、開いた。



 その部屋には、一人の幼女が眠って居た。

 !

 なぜ、何故俺はこんな所に来てしまった?柳川は混乱した。


 「ん…むにゅう?」

 あくびを一つして、幼女が目を覚ます。

 「んん………えっと、サンタさん?」



 ?! オレガ? コノシュリョウシャ[あしき存在] ガ サンタ[よき存在] ニマチガエラレルトハ?



 その台詞に混乱をきたした、狩猟者はしばし沈黙する。  



 幼女は柳川に向けて言葉を続けた。

 「サンタさん、サンタさん、お願いです」































 「みゆりを」


































 「みゆりのことを」










































 「殺してください」


 ?!


 「みゆり、もういっぱい頑張ったでしょ?」


 「もう嫌だよ、痛いのも、苦しいのも、いっぱいいっぱい我慢したもの」


 そして、みゆりは涙を流す。


 「でももう、我慢できなくなっちゃった」

 「みゆりね、先生とパパたちのお話聞いちゃったの」

 「みゆりのおなかの中は、がんさいぼうってやつでいっぱいで、
 もう手術をしても助からない所まで来てるんだって」

 「パパもママもいっぱい泣いてたけど、みゆりも泣いちゃったよ」


 くっ!

 柳川はおもわず目をそらす。


 「そう、ママや看護婦さんも最近はみゆりから目をそらすの」

 「パパも殆んど来なくなっちゃったの」


 軽くため息を吐くみゆり。


 「酷いよね、見て」

 パジャマを脱ぐと、そのおなかには大きな手術跡。


 息を呑む柳川。


 「こんなに我慢したのに、みゆりはもう一年持たないんだって」

 「もう、体もだんだん動かなくなってきてるの、今朝なんか痛くて動けなくて」

 「おもらし…しちゃったの」

 ポロポロとみゆりは涙を流す。

 「みゆり、もう赤ちゃんじゃないのに…おもらししちゃったんだよ?」 

 「友達だったあの子みたいに、毎日毎日痛くて痛くて痛くて痛くて泣いているだけで、
 やせ細って、何も出来なくて」

 「そんな風になる前に、お願いだから」

 「みゆりを殺してください」


 足が震える。

 冷汗が止まらない。

 どうしようもなく頭痛がする。


 狩猟者はささやいている。

 コロセ殺せころせ、ムシロ、コロシテヤルノガ慈悲ダ、コロセ、チヲ!チヲ!チヲナガセ!


 やがて俺は、のろのろと歩みを進めて、幼女の元に向かう。

 「目を瞑っておいで」

 俺の右手がそっと

 その細い首にかかる

 少し力を入れれば折れてしまいそうなその首に

 手をかけて


 あごを持ち上げて


 その子に俺はキスをした。



 それは、一つ目のクリスマスの奇跡なのか。


 狩猟者の声が消えた。


 柳川がささやく。


 「サンタに治療を任せてくれるかい?」

 コクンとかわいらしく、うなずくみゆり。


 くすっ


 やさしく柳川が微笑んで思う。


 (もし、この血のせいで君が狩猟者になったならちゃんと殺してあげるから)


 柳川は、自分の手の平に爪を立て、その血を手術跡に塗りつける。

 「きゃん」

 そして2つ目の奇跡なのか、それとも血のちからなのか?

 みゆりの傷が消えた。 


 最後に口移しにそっと柳川は自分の血を飲ませる。









 数年後


 そして、それはきっと愛の奇跡。

 癌が消えて、退院をするみゆり。

 彼女が向かうのは、家ではなく、柳川のマンション。



 あの日以来、柳川の中の狩猟者は出てこない、そして、隣にみゆりがいる限り。

 これからもきっと出ることは無いだろう。

 そう、柳川は確信していた。


 そして、その確信は一生裏切られることは無かったという。



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