パイライトの誓い

藜-LAI-

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弟の気遣い

 少し仕事が押した結果、夕方を過ぎてアトリエを後にすると、周りに気を遣わなくて済むという理由で、漯に誘われるまま修がやって来たのは彼が恋人と暮らす自宅だった。
「はいどうぞー。上がってー」
「彼女が留守にしてるのに僕が上がって大丈夫なの?」
「ステフなら良いってさ。ちゃんと確認したよ。黙って上げてる訳じゃないから安心しなよ」
 早く扉を閉めろと言われて玄関に入ると、ブーツを脱いで部屋に上がる。
「鍵閉めといて」
「分かったよ」
 玄関から短い廊下の先は扉もなく、視界にダイニングキッチンとリビングが一気に広がる。
 修も暮らす龍弥の部屋と違って生活感に溢れたこの部屋からは、家族のような温もりを感じて気持ちが穏やかになる。
「コート貸して。掛けとくから」
 ハンガーを持って反対の手を伸ばす漯にコートを脱いで手渡すと、リビングの真ん中に置かれたコタツに思わず顔を綻ばせる。
 適当に寛げと座るように言われて、コタツに脚を入れた途端に更にほっこりした気持ちが心の中に広がっていく。
「ほら、コーヒー」
「悪いね。ありがとう」
 マグカップを受け取ると冷ましながらコーヒーを飲み、漯が出してくれたお菓子を頬張りながら他愛無い会話を交わす。
「さて、そろそろ本題に移ろうか。それともまだ話す準備整ってないの?俺コーヒー全部飲んじゃったよ」
 漯は空になったマグカップを見せると、ちょっとトイレと言って席を立つ。その後ろ姿を見て可愛い弟分も大人になったものだと小さな溜め息が漏れた。
 
 漯と交代するようにトイレを借りて、洗面所で手を洗ってからリビングに戻ると、漯が困った顔で頭を下げる。
「ごめん悪い、ステフ」
 漯が手を合わせるので、コタツに脚を入れながらどうしたのかと首を傾げる。
「どうかしたの?」
「よく考えたらもうすぐ朱鳥が帰ってくるんだよ。近くにいい店があるから移動しよっか」
「どうして?僕が朱鳥に会ったらダメなのか」
「あれ、プライベートな相談事なのに朱鳥が居てもいいの?」
「プライベートな問題だからこそ、僕は朱鳥にも意見を聞いてみたいんだけどダメかい」
「ダメって言うと思う?じゃあ朱鳥に連絡入れるから、ちょっとごめんね」
 漯は修に断りを入れるとスマホを操作してメッセージを打ち込む。
 その様子を見ながら呑気にお菓子を口に放り込むと、すぐに返事が返って来たらしく、漯は顔の前でOKサインを作るとまたスマホを操作する。
「大丈夫だって。ステフに会えるの喜んでたよ。せっかくだから晩御飯も食べていきなよ、その方が朱鳥も喜ぶから」
「そうだね、久しぶりだしお言葉に甘えようかな」
 修は断りを入れてスマホを手に取ると、今日は漯の家でご飯をご馳走になると龍弥にメッセージを送った。
「なんだよ、噂の恋人にメールしてんの?」
「まあね。噂もなにも普通の恋人だよ」
 スマホをコタツの上に置くと、またお菓子を頬張ってモゴモゴと口を動かす。
「日本の人?」
「そうだよ。帰国してから出会ったからね。今一緒に住んでるんだ」
「もう一緒に住んでるの?じゃあ、あの借りた家はどうしたんだよ」
 そんな恋人が居るなら早く言えよと漯が目を丸くする。別に隠していた訳じゃなく、憬のことも含めてバタバタしていたから言い出すタイミングを失ってしまったのだ。
「もう解約したよ。住まないのに家賃だけ払うのもバカみたいだろ」
「そっか。本気で付き合える人なら良かったじゃないか」
「まあ、そうだね……」
 伏せ目がちに曖昧な笑顔を浮かべると、漯はなるほどねと呟いて、やっぱり恋人が原因なんじゃないかと修の顔を覗き込んだ。
「喧嘩じゃないならどうしたんだよ。なにがあった」
「二度手間になるから、それは朱鳥が帰ってから話すよ。もう一杯コーヒーくれるかい」
 朱鳥の意見も聞きたいと云う修の言葉を覚えていたのか、漯は何も言わずにマグカップを手に取るとコーヒーのおかわりを入れに席を立った。
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