パイライトの誓い

藜-LAI-

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全ては杞憂

 突然来たにも拘らず、仕事から帰った朱鳥は修を目に留めるなりハグして出迎えてくれた。
「ステフー、久しぶりだね」
「やあ朱鳥、お仕事お疲れ様。元気にしてたかい」
「ステフが来るって前もって分かってたら、もっと部屋の掃除しといたのに」
「その掃除って俺がするパターンかな?」
「当たり前でしょ」
 朱鳥が帰って来ただけで家の中が一気に賑やかになる。
 彼女は慌ただしくキッチンで手を洗いながら、食べるなら手伝えとあれこれ指示を出す。おかげで気を遣って客人として振る舞わなくて良いので気が楽だ。
 言われた作業をこなして夕食の準備を手伝うと、賑やかに食卓を囲みながらビールで乾杯する。
「じゃあ朱鳥も帰って来たし、ステフの悩みを聞こうじゃないか」
「ああ、それで来たんだったよね。力になれるかは分からないけど話してみて」
 漯と朱鳥の視線が修に向けられる。この家と同じであたたかい家族の眼差し。二人がいつまでも待つ姿勢で耳を傾けてくれる。
 修は小さく深呼吸すると決心したように、龍弥のことを少しずつ咀嚼するように話し始める。
 龍弥との出会いは偶然だったが、彼は憬が財産を遺した元恋人であり、憬が亡くなる前に唯一会いたいと零した存在だった。
 龍弥が抱える憬との元恋人としての確執のようなもの。そのもつれた糸を解こうにも、憬はもう既に亡くなってしまっている。
 それらの事情を抱えて、修自身、龍弥をどう愛せば良いのか気持ちを持て余す時がある。
「……あのさ、他人事だから気楽に言わせてもらうけど良いかな」
 真っ先に口を開いたのは朱鳥だ。
「構わないよ、聞かせてくれない?」
「ステフは否定したいみたいだけど、龍弥さんは本当に、彼が言ってる通り憬さんに1ミリも未練なんてないと思うんだけど」
 ビールを飲みながら食事を口に運ぶと、食べながら話そうよと朱鳥は肩の力を抜けと苦笑する。
「どうしてそう思うの。それは勘?」
「そうね。正直、龍弥さんに会ったことはないし、ステフから聞いた彼しか知らないから憶測の域を出ないけど、そもそも10年も前にこっ酷く捨てられた相手だよね。なんで龍弥さんがそんな相手をまだ愛してると思うワケ?」
 朱鳥は眉を寄せてビールを呷ると、大きく溜め息を吐いてから話を続ける。
「捨てられた本当の理由が今更分かったからって、傷付けられた過去は無くならないし、それを過去として乗り越えた自分も居なくはならないでしょ」
 不思議なことに朱鳥は龍弥と同じようなことを言う。修は驚いて目を見張ると、まだ言葉が続きそうな朱鳥を見つめた。
「それって彼が好きだから勝手に妄想して不安になってるだけでしょ。そんな事情があったなら仕方ない、やっぱり君だけを愛してる。そうやってドラマチックに愛が再燃したんじゃないかって」
「確かに言葉にしたらそんな感情だね」
「はあ……ステファン、アンタ相当ポンコツね。一体彼氏の何を見てるの。憬さんを愛してるんだったら、龍弥さんがなんでアンタと居る必要があるのよ。弟のアンタが傍に居たら、憬さんを思い出して余計辛くなるだけじゃない」
「だからそれはたまたま僕が事情を把握してて、龍弥にとって甘えるには都合が良いんじゃないかって……」
 修は自分で口にしていてその女々しさが嫌になる。こんな自分を龍弥が受け入れてくれるはずがない気がして、益々情けなさが募る。
「あのさ、龍弥くんはなんて言ってるの?」
 するとそれまで黙って話を聞いていた漯が突然口を開いた。
 
 なんでそんなに卑屈なのと興奮する朱鳥に深呼吸しろと苦笑いすると、落ち着くように肩を叩きながら、龍弥くんは?と再び修を見つめて答えるように促す。
「龍弥は……そうだね。朱鳥と同じようなことを言うね。憬は過去の存在で、受けた傷も今更消えない。僕が頼んだから協力したくて憬に会っただけだって」
 ほらねと勝ち誇った顔をする朱鳥を、もういいからと嗜めると、漯はまた一人で暴走してるのかと呆れた顔を修に向ける。
「人を好きになると不安になるよね。ステフが心配になる気持ちも分かる。実際憬くんはイイ男だし、亡くなってしまったから尚更勝てない気がするのかな」
 何か言おうとする朱鳥を制しながら、漯は修を見つめて龍弥くんの気持ちはどうなるの?と眉を寄せて悲しそうな顔をする。
「ステフのために酷く傷付いた過去と向き合ってくれたのに、そんな彼がステフに向ける好きって言葉が上っ面で、本当は愛してくれてないってどうして言い切れる。ステフは龍弥くんにそうやって否定されたらどんな気持ちになる?」
 諭すようなゆっくりとした口調にハッとする。
『再会して、別れた相手として話をする機会を作ってくれたことには感謝してる。だけどそれは憬との切れた縁を結ぶためじゃない。修との縁が繋がったから、そうやって今になってようやく、あの人の顔を正面から見ることが出来たんだって分かってくれないか』
 龍弥はそう言った。あの言葉に嘘が含まれているだろうか。
 憬が手酷く捨てる代償として、手切金代わりに譲渡された店を潰さずに10年も経営してる姿はいじらしかった。そんな龍弥を見ると、どんな事情があれ、兄である憬が龍弥を捨てたことに負い目を感じた。修のそんな思いの方がよっぽど傲慢で同情的ではないだろうか。
『傷の舐め合いが出来るから一緒に居たいのか、傍に居てくれる相手だから、自分を曝け出して傷を癒してもらえるのか。要するに捉え方だろ』
 あの言葉だってそうだ。龍弥はいつでも正直に向き合ってくれている。どうしてそれを疑い否定する必要があるだろう。
「人を好きになるってしんどいよね。恋人になったからって、家族になったからって、距離が近付いても心の中まで覗いて確認できる訳じゃない。もう信頼だよね、信じるしかないんだよ」
 漯が朱鳥を見て柔らかく笑っている。二人の間にも何かしらあったのだろう。仔細は分からないが、二人が見つめ合う様子を見ているとそう感じる。
『一人で変な考えを起こすなよ。お前ら兄弟は俺を巻き込んで傷付ける趣味でもあるのか。違うって言うなら、アンタまで俺を置いてどこかに消えないでくれ』 
 龍弥は照れ屋で捻くれた言い方はするけれど、修は嘘を吐かれたことはない。彼はいつも修に対して正直だ。
「なんだその顔。答え出たんじゃん」
「え?そうなの!?」
 驚く朱鳥にステフは身勝手で独りよがりなんだよと呟いて、龍弥に同情するよと漯が苦笑する。
「見なよこの顔。めちゃくちゃニヤついてるし、腹立つな」
 笑って文句を言う漯と黙ったままの修を交互に見ると、解決したなら食べようよと朱鳥までも苦笑いして、修にご飯を食べるように声を掛けてくる。
「ありがとう。僕は独りで空回りしてただけみたいだね」
 修は小さく呟くと、ようやく振る舞われた料理に手を付けて、久しぶりの家庭料理に舌鼓を打って賑やかな食卓を囲んだ。
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