パイライトの誓い

藜-LAI-

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冷めた観察眼

 換気が追い付かず白い煙が充満した店内で、狭いテーブルを囲むように顔を突き合わせると、ジョッキを鳴らして乾杯してから焼き鳥を手に取る。
「お前ホントこの店好きだな、凛太郎」
「安いし美味しいからね」
 早くも3本目の串を掴むと、その細い体のどこに入るのか、一緒に頼んだ鶏レバーの煮付けの皿をもう空にしている。
「お前焼き鳥飲んでるの?」
「それ毎回言うよね。飽きないの?」
 会話をしている間にも、ブラックホールに吸い込まれるように焼き鳥が次々と消えてゆく。
 龍弥からの急な呼び出しにも拘らず、文句も言わずに二つ返事で承諾すると、スリーピースのスーツにシンプルなデザインのコートを羽織って、集合場所であるこの店に時間通りに現れた。無駄にお洒落なのは最近恋人が出来たからか。
 目の前で焼き鳥を飲む、いや、食べる松村凛太郎とは保育園からの腐れ縁で、龍弥が気の置けない数少ない友人の一人。幼馴染みと言いたくないほどに、色々な過去を掌握されている悪友だ。
「なんか話があったんじゃないのか。言いたそうな顔してるぞ」
 凛太郎は龍弥を一瞥すると、タレがたっぷりと絡んだ焼き鳥を頬張ってやっぱり美味いと呟いて豪快にビールを飲む。
「言いたそうな顔ってなんだよ」
「その顔見たまんまだよ。飯に誘うってことは仕事のことじゃないもんね。言いたそうだなぁ、めちゃくちゃ言いたそう」
「だから言いたそうな顔ってなんだよ。別にそんなんじゃねえよ。お前は色々と勘繰り過ぎるんだよ」
 ビールを飲んで焼き鳥を頬張ると、凛太郎にはなんでもバレてしまうなと、龍弥は苦々しい顔をする。それを見逃すほど凛太郎はお人好しではない。
「なにか話したいのがバレたからって、負けて悔しそうな顔するのやめなよ」
「お前ねえ……」
「俺は大丈夫だよ。二軒目?場所変えたほうがいいんだな」
 あっという間に最後の一本を食べ切ると、凛太郎はようやく真正面から龍弥を見つめて、有無を言わさずお会計お願いしますと店員を呼んだ。
 店を出ると携帯用の消臭スプレーをジャケットとコートに振り掛けて、龍弥に使うだろとスプレーを差し出すと、凛太郎はその隙に上着を羽織る。
「この時間なら小料理屋で個室が取れる店があるよ。そこでいい?」
「任せる」
 龍弥の返事を聞いてすぐにスマホを耳に当てると、席を押さえているのだろう。顔は無表情なのに爽やかな声で応対する温度差が可笑しくて、龍弥は静かにお腹を抱える。
「ほら、笑ってないで行くぞ」
 淡々とした様子で凛太郎が歩き出す。龍弥はひとしきり笑ってからその後ろ姿を追い掛けた。

 凛太郎に連れて来られたのは、カウンターに5席、奥に通路を挟んで一部屋個室があるだけの、こぢんまりとした小料理屋だった。
「どうしてだろうね。こういう飲み屋に来ると、大人になった気がしない?俺だけかな」
「お前が言いたいことは分かる」
 奥の個室で足を崩すと、凛太郎が事前に連絡したからなのか、肉じゃがなどの煮物が数種類と瓶ビールが2本が一度に運ばれてきて部屋の襖が閉まった。
「それで?思わず顔に出ちゃうくらい言いたい話ってなんなんだよ」
 見てないようでしっかりと見ている凛太郎の鋭い洞察力には目を見張る。
 凛太郎はネクタイを緩めながら手元でグラスにビールを注ぎ、それを龍弥の前に滑らせると続け様に自分の分を手酌で注いでカツンとグラスを鳴らした。
「憬さん、亡くなったんだ」
「……そうか、残念だね」
 それまで飄々としていた凛太郎の声音が変わる。
「お前のことも懐かしがってた」
 スマホを取り出して画像を見せると、さすがの凛太郎も声を詰まらせる。
「あの時からもうダメだったらしい。今更情けないけど、俺は嫌われて捨てられたんじゃなくて、あの人なりに考えた最善の方法で遺産を受け取ってた訳だ」
「……長らえない病気だったから、お前の未練が残らないように、あんな酷い捨て方で姿を消したってことなんだね」
「そうなるな」
「会ったんだったら、再会をお膳立てした人が居たんじゃないのか?さっきの写真に映ってた綺麗な人か?」
「ああ。それで今、その人……憬さんの弟と付き合ってる」
「なるほどね。そりゃ色々と話したい訳だ」
 凛太郎は龍弥から視線を外すと、少し冷えた煮物を箸で摘んで口に運ぶ。
 
 龍弥はお前が言わせるように仕向けたんだからなと、断片的な話を縫い合わせるように話し始める。
 修との出会いは偶然だったが、彼は知り合う前から憬のために元恋人、つまり龍弥を探していた。それが兄孝行の一環でしかなくても、修が望むことなら叶えたくて病床の憬の顔も見に行った。
 10年も前に自分を捨てた憬はやっぱり過去の人で、見舞いに行けてそれが確認できると蟠りも消えてスッキリした。けれど修はそうは思っていないらしい。
 龍弥からすれば、修の方こそ自分を兄孝行のための材料としか見ていない気がして、修とどう向き合えば良いのか気持ちを持て余す時がある。 
「人を好きになるってさ、しんどいね」
「それはなに、お前の経験則?」
「まあ、それもあるね。お前も知ってるじゃないか。どんなに好きでも届かなければ苦しいだけだよ。修さんは怖いんじゃないかな」
「……怖い?」
「憬さんのことを抜きにして出会えてたら、どんなに良かっただろうって思ってる気がする。憶測だから、変に期待させる言い方になってて悪いけど」
「確かにな。修には俺と居ると傷の舐め合いになるって言われた」
 グラスに水滴が浮いたビールを一気に飲み下して、空になったグラスをテーブルに置くと、何も言わずに凛太郎がまたビールを注ぐ。
「事実の側面として、修さんにとっては自分の兄貴が財産まで残して、傷付けてでも遠ざける選択をして、そこまでして守りたかった人、それが龍弥だろ」
「……そうだな」
「お前になにを言われても、憬さんはもう居ない。修さんの立場じゃ八方塞がりなんじゃないかな。もちろん大前提として修さんがお前を大切に思ってるからこそ、そんな空回りをしてるんだと俺は思う」
「もっと甘えてくれれば分かりやすいんだけどな」
「なんだよ、もう惚気るのか」
 ビールを飲んで凛太郎が揶揄うように笑って肩を揺らす。
「うるせえよ。いつもそっちの惚気聞いてやってるだろ。まあ、モヤモヤしてたから聞いてくれて助かったよ凛太郎。頭の中がちょっと整理できた気はしてる」
「じゃあ一個貸しね。俺が頼んだらなんでも言うこと聞くこと」
「なんでだよ」
 こうやって気楽に話せる相手がいることが、どれだけ自分にとって大切か、龍弥は改めてその有り難みを痛感していた。
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