パイライトの誓い

藜-LAI-

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世間は狭い

 約束の時間に会場を訪れると思いの外、人でごった返す会場前で、待ち合わせの目印に指定された看板が複数あることに気付いて、修は一旦龍弥と離れて別の看板の方を確認しに行った。
「ミュージカルだろ?……ずげえ人集りだな」
 相変わらず唐突に歌い出すイメージしかない龍弥は、意外にも人出が多い会場前で困惑した表情を浮かべていた。
「……あれ、え?」
 壁にもたれて人の流れをボーッと眺めていると、目の前で立ち止まった女性が龍弥を見て眉を顰めている。
(なんだ……コイツ)
 目が合うと、女性は大袈裟に声を上げて龍弥の肩をバシバシと勢い任せに叩き、こんな所でなにしてるんですかと、嬉しそうに笑う。
「高崎さんじゃないですか!?私ですよ、待田!覚えてらっしゃらないですか?」
「は、待田?」
 突然声を掛けてきたかと思えば、フルスイングする勢いで腕を叩かれて、龍弥は困惑する。けれど彼女は龍弥を知っているらしく、龍弥を高崎さんと苗字を呼ぶ。
「えー。忘れちゃったんですか。そりゃまあ10年以上経ちますけど」
「ああ!お前かよ待田」
「あはは。だから待田ですってば」
 龍弥がまだ会社勤めをしていた頃に、指導係としてコンビを組まされていた後輩が彼女だ。彼女は龍弥よりも早く会社を辞めてしまい、しばらくは連絡も取っていたが、いつの間にか疎遠になっていた。
「こんな偶然があるんですね。でも意外ですよ。高崎さん、ミュージカルとか見なさそうなのに。え、めちゃくちゃ意外なんですけど」
「なんだよそれ、バカにしてんのかよ」
 待田の頭を叩くと、痛いですよと彼女は悪びれる様子もなく笑う。
 
 聞けば彼女も待ち合わせをしているらしく、恋人と手分けして待ち合わせ相手を探しているのだと言う。
「高崎さん背高いから手伝ってくださいよ」
「俺は物見櫓じゃねえよ」
「あはは。本当に昔と変わってないですね」
 待田はケラケラ笑ってお腹を抱えている。
 修は漯を探しに行ったまま、龍弥のスマホに連絡をすると言っていたがまだ着信はない。
 どうせ手が空いているので、龍弥は待田を手伝うことにして、探している待ち合わせ相手の特徴を聞く。
「助かります。これだけ人がいても頭一つ出てると思うからすぐ分かると思います。二人とも背は高くて高崎さんくらいですかね。一人はプラチナブロンドで目立つと思うんですよ。で、もう一人は……」
(……ん?)
 それだけ聞いて、ある人物が龍弥の頭を掠める。
「おい待田」
 辺りを見渡してキョロキョロする待田の肩を掴んで振り返らせると、待田はギョッとした顔でなんですかと龍弥を見上げる。
「お前、下の名前、朱鳥か?」
「え、そんなの覚えてたんですか」
 間違いない。修が言う漯の奥さんというのは待田のことだろう。
「いや違うけど、まあお前が朱鳥で間違いないんだな?」
「え?はい。朱鳥ですけど、どうかしましたか」
 キョトンとする朱鳥にその場を動かないように頭に手を置くと、龍弥はスマホを取り出して修に電話を掛ける。
 不思議そうに龍弥を見つめる待田、もとい漯の嫁である朱鳥に自分が龍弥だと説明すると、彼女は少し驚いた様子で口元を押さえた。
『もしもし?どうしたの』
「あー。待田……じゃなかった。朱鳥捕獲したぞ」
『え、朱鳥がそこに居るのかい?』
「まあ詳しくは後で話すから、さっきのところに戻れ。漯には待田に連絡させるから」
『分かった。今から戻るよ』
 電話を切って朱鳥を見ると、彼女は対応が早く、既に漯に電話をしてこちらにくるように伝えている。顔の横でOKサインを出しているので、待てば漯も来るだろう。
 そうしてようやく4人で集合すると、挨拶もそこそこに上演時間の迫った会場内に入ることにした。

 龍弥が想像していたものよりも、遥かにエンタテイメント性が高いミュージカルに、観劇後は少し気分が高揚するほどだった。
 お腹が空いたので腹ごなしになにか食べに行こうと、4人の意見が合致して、会場にほど近い居酒屋に入って個室で寛ぐことになった。
「まさか龍弥と朱鳥が知り合いだなんて、こんな偶然があるんだね。世の中って意外と狭いのかな」
 修は乾杯するなりにっこり微笑むと、漯を見つめて本当に知らなかったのかと確認している。
「知らないよ。朱鳥は龍弥くんって名前聞いてピンと来なかったの?」
「分かる訳ないじゃない。高崎さんの下の名前まで覚えてなかったし、まさか会社辞めて経営者になってるなんて知らないから、想像も付かなかったわ」
「俺もまさか待田が話に出てくる朱鳥ちゃんだとは思わなかったな」
 龍弥は小鉢の卯の花を食べながら、改めて漯の姿を目に捉える。
 華やかな顔立ちと屈託なく笑う少年のようなあどけなさが印象的で、黒髪は染めているのか、グリーンの澄んだ瞳は修から聞いていた通り外国の血が入っているらしく、整った顔立ちが一層華やかに見える。
「どうしたの龍弥、あんなに漯に会いたがってたけど、会ってみてどうだい」
 目の前で朱鳥となにか楽しそうに会話する漯を微笑ましい顔で見つめると、修は小声で龍弥に話し掛ける。
「ああ、色男だな。でもいい奴そうだ。お前にキスマーク付けてくるの忘れたけどな」
「ふふ、まだ言ってる。だから言ってるじゃないか。漯は自慢の弟、それだけだよ」
 修は龍弥の膝を撫でると、目の前の賑やかな二人の話に混ざって笑い声を上げている。
 取り越し苦労とはこのことだ。しかも漯の嫁である朱鳥は、昔可愛がっていた後輩だ。彼女の旦那だと分かれば、モヤモヤした情けない嫉妬も薄れていく。
「高崎さん、そんな一人でしっぽり飲んでないでステフのこと色々聞かせてくださいよ」
 朱鳥がこれ美味しいですよと小皿に分けた料理を手前に置いてくれる。
「そうだよね。龍弥くんからは色々話を聞いてみたいね。ステフは独りよがりで面倒臭くないですか?迷惑掛けてませんか?」
「どうして僕が一方的に迷惑を掛けていることになってるんだよ」
「だって龍弥くんいい人じゃん。絶対迷惑掛けてるよ。ね?龍弥くん」
「そんなことはないよ。俺の方が色々助けてもらってる」
「本当ですか?ステフになにか握られて言うこと聞かされてませんか」
「漯、なんてこと言うんだい」
「ねえ、それよりこの豚バラめちゃくちゃ美味しいよ!高崎さんも冷めないうちに早く食べてみてください。この人たち放っといていいですから、食べましょう」
 三方から色々な声が上がって賑やかな時間が過ぎていく。

 2時間ほど食事やお酒を楽しむと、朱鳥が明日は朝から会議があるからと、まだ呑みたそうな彼女を引き摺るように漯が手を振って駅の方へ歩いていく。
「漯たちと連絡先を交換したのかい」
 二人を見送るように手を振りながら、修はどこか嬉しそうに龍弥を見つめて反対の手で龍弥の手を握る。
「待田が教えろってうるさくてな。漯は漯で、だったら俺もって俺の取り合いしてたぞ、あの二人。変わってるよな」
 苦笑いしながらまだこちらを振り返る二人に手を振ると、龍弥は修の手をしっかりと握ってタクシーで帰るかと、その場から歩き出す。
「僕が凛太郎くんに嫉妬する気持ち、少しは分かってくれた?」
「まあな」
「僕が好きなのは龍弥だよ。他の誰でもない。君が好きなんだ」
「こんな場所で告白か?」
「どこにいても、君が望んでくれるなら、いつでも言葉にして伝えるよ」
「……もういいよ」
「照れてるのかい」
「ムラッとさせんなよ」
「ははは。じゃあ早く家に帰らないとね」
「そうだな」
 握り合った手を口元に寄せて唇を押し当てると、龍弥は驚いた様子の修の頬を包むようにして、人目も憚らずその場で修にキスをした。
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