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生倉 湊

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次の金曜日、私は智さんに言われてライブの手伝いにやってきた。
集合は20時、あの楽器店だった。
「ほら湊、しっかり運びなさいよ」
「だだだ、だって、アンプ、おも、い・・・」
私はやっとのことで持ち上げたアンプを、なんとか台車に乗せることができてホッと一息ついた。
「力ないわねぇ」
「じょ、女子は力なくてもいいんです!」
「うわー、こんな時だけ女子ヅラしてる」
ジト目の智さんを無視しつつ、私は駅前までの道を運び始めた。

「台車も重い」
「あら、私はいつも一人で運んでるのよ」
「奏くんはやらないんですか?」
不思議に思って聞いてみた。
「あのねぇ。演奏前のピアニストにそんな力仕事させられるわけないでしょ!」
バカなの?と言う顔で私を見る智さん。そんなこと知らないもん!
「そうですよ、ね・・・」
心の言葉とは裏腹に、素直に答える私だった。

道は微妙に下り坂になっているので、スピードつかないように必死に押さえながらゆっくりと進んでいく。
もう30分くらい過ぎただろうか、私たちはやっとのことで駅の下まで台車を押してきた。
「ふう、やっとここまできた」
「喜んでる場合じゃないわよ。今度は階段」
「えっ!階段」
すっかり忘れていたが、会場は上にあるのだった。
私は泣きそうになりながらこれから行く方を見上げた。
「ほら、早くアンプ持って登んなさい。それともピアノにする?」
「い、いえ。アンプで・・・」
比較するとほんの少し軽いアンプを持って、私は一段一段ゆっくりと階段を登り始めた。
といってもこの階段、かなり長い。
「ほら、早くしなさい。テーブルやスタンドもあるんだから」
「うへー、むりー」
「まったく」
と言いながら智さんはケースに入ったピアノを持って、スタスタと階段を上がっていった。


やっとのことで会場までアンプを運んだ私は、なんだか体が軽くなったように感じながら、階段を降りてきた。
「奏くん。何やってるの?」
戻ってみると、奏くんは空になった台車の上にあぐらをかいていた。
「楽譜」
「えっ、楽譜なんてどこにもないよ。ま、まさか落としちゃったとか!」
私はどうしたらいいのかわからなくなって、意味もなく左右を見回した。
「ど、どこにもないよ」
どどど、どうしよう!
「持ってない」
「えっ・・・」
奏くん、何言ってるの?
「楽譜、思い出してた・・・」
「えっ?そういうこと・・・って思い出せるものなの⁉︎」
だってあれ、オタマジャクシたくさん泳いでるじゃない!
でも、奏くんはこくんとうなずいて、またあっちの世界に行ってしまった。

「あんた何やってんの?早く運びなさいよ」
「奏くんが、楽譜って・・・」
「ああ、いつものね」
と智さんは半ば呆れるように奏くんを見た。
「いつもなんですか?」
「ええ。私にもよくわからないけど、全曲再生してるらしいわよ」
「全曲・・・」
奏くんの頭の中ってどうなってるんだろう。
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