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生倉 湊

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演奏の間は時々CDを買う人が来るくらいで、それ以外やることがない私たちはずっと小声で話しをしていた。
「あんた、これから先も手伝いに来られる?」
「え?来てもいいんですか⁉︎」
「まあね。あんた、それなりに使えそうだし。っていうかあんた、私の弟子なんでしょ?」
「はい!」
一番弟子を自称しています!
「じゃあ、手伝いに来るのは当然ね」
「もちろんです!」
新しい居場所ができて、私はとっても嬉しかった。
私がニコニコしていると、一瞬奏くんがこっちを向いた
えっ、何、どうしたの⁉︎
いきなり目があって私がドキドキしていると、奏くんは何事もなかったかのように次の曲を弾き始めた。
「そ、奏!その曲、今日のCDに入ってないわよ!」
次に弾き始めた曲は、今日のリストに入っていないらしかった。
でも奏くんは、智さんの声を無視して予定にない曲を弾き続けた。
「この曲って?」
「ドビュッシーの月の光よ」
と智さんは不満げな顔で答えた。

それは、今日みたいな雲もない満月の夜にぴったりな、穏やかな曲だった。
気のせいか、奏くんの横顔も穏やかに見える。

金曜の夜、通路を歩く人たちは、立ち止まって曲に聞き入ったり、気にせず帰りを急いだりといろいろだった。そんな中でも曲は止まることなく、柔らかに流れていく。
私は数ヶ月前の夜を思い出して、あの時、ここで立ち止まってよかったなと思いながら、穏やかな気持ちで奏くんのピアノを聴き続けた。

・・・その日、私たちは気づかなかったんだけど、通路の端で無表情のまま奏くんの演奏を見つめている女性がいた・・・

生倉 湊 編 終わり
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