金曜の夜、駅前に座る少年は彼女たちを癒しているのかもしれない

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水沢 美園

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何度も引き返そうとしながら会場の近くまで来ると、もう5時を過ぎていた。
「あそこだ」
入り口に「陶芸家 川本真奈 作品展」と書かれているので間違いない。
「陶芸家だって、ふふ」
私は、なぜかまだ可愛らしい顔の中学生だった真奈ちゃんを思い出し、その顔と陶芸家という言葉のギャップに思わず吹き出してしまった。
「中には大人の真奈ちゃんがいるんだ」
そんなことを思いながら入り口を見ていると、お客様と一緒に出てきた人が私に気づき、一瞬動きを止めた。
「まな、ちゃん・・・」見間違い様がなかった。
「・・・そのちゃん!」
私に気づいた真奈ちゃんが、駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね!」
真奈ちゃんは嬉しそうに私の手を握った。
「来てくれないかと思ったよ。さあ、入って」
真奈ちゃんは、私を引っ張るようにしながら会場へ入った。

真奈ちゃんに案内されながら、私はひとつひとつ作品を見ていった。
どれも真奈ちゃんを感じさせる、でも昔よりもずっと素敵な作品ばかりで、私は目を奪われた。
「少しは良くなったでしょ?」
恥ずかしそうに笑った。
「すっごく素敵だよ」
私も笑顔で答えた。
その瞬間、私たちは親友に戻っていた。

それからすぐに6時を回り、しばらくすると会場の中は私たち2人だけになった。

「・・・最近ね、エチュード聴いてるんだ」
何を話していいかわからなかった私は、エチュードのことを話し始めた。
「そうなんだ。昔よく一緒に聴いたよね」
「うん。でも最初は聴くの、辛かった」
「そう・・・」
真奈ちゃんは少し悲しい目をした。
「でもね、真奈ちゃんの好きだった曲聴いてたら、初めて会った頃のことたくさん思い出せる様になって・・・それで今日、来れたんだ」
「そっか・・・私もね、そのちゃんの招待状書くとき聴いたよ、きらきら」
私たちはお互いの好きな曲でつながっていた。

「・・・初めて会ったときのこと、中学生の頃のこと思い出せるようになった。高校の時なんて、毎日一緒にいたよね。
そうやってエチュード聴きながら真奈ちゃんのこと考えてたら・・・」
私は真奈ちゃんの横顔を見つめた。
「・・・ごめんね。約束破っちゃって」
やっと謝ることができた。

「私ね、時々話すんだよ。そのちゃんのお母さんと」
「えっ・・・」
一瞬、真奈ちゃんが何を言っているのかわたらなかった。
「気づかなかった?私、そのちゃんの部屋の住所聞いてないよ。そのちゃんから」
「あっ・・・」
「聞いたんだ。就職のときのこと・・・卒業式の後で」
あまりの驚きに、私は言葉が見つからなかった。
「不景気ですごく苦しんだお父さんのお願いに逆らえなかったって。
そのちゃん、優しいもんね・・・
それからこうも言ってたよ。
美園の夢を応援してあげたい気持ちはあったけど、私たちみたいに苦しむようになるかもしれないって考えると、お父さんの言葉に逆らうことはできなかったって。
美園にだけは苦しい思いさせたくないって思ってたんだって、お母さんも」
真奈ちゃんから聞かされた母の私への思いに、胸が熱くなった。

「ほら見てこれ」
私のデザインしたマグが、真奈ちゃんのスマホに表示された。
写真は、母が使っている色のマグだった。
「お母さん、そのちゃんが新しいの作るたびに教えてくれたんだ」
次々と写真が切り替わってゆく。みんな私が会社でつくったもの。
「うちにもあるんだよ・・・ほら」
次の写真は私が真奈ちゃんにプレゼントしようと思っていた色のマグだった。
「・・・使ってくれてるんだ」
「うん!たっぷり入るし飲み口もいい感じだし、私のお気に入りよ」
陶芸のプロが100均のマグを常用しているだなんて、ちょっと他では言えないような話だ。
「やっぱりそのちゃんなんだよね。かわいいデザインで、ちゃんと使いやすい」
真奈ちゃんは嬉しそうにマグの写真を見つめた。

「そのちゃんのお母さんと話してから思い出したことがあって、小学校の保健の先生のところまで行ってきたんだ・・・」
いじめにあって保健室に来るようになっていた真奈ちゃんに、先生は陶芸教室へ通うことを勧めてくれた。
「初めて教室に入った時、大人の人しか見えなくてとっても怖かったんだよ」
先生に案内されて、私の前にやってきた真奈ちゃんがホッとした顔になったのを、今でも覚えている。

「でね、『なんで陶芸教室だったんですか?』って先生に聞いたの」
「水沢さんがいるはずだから」と言うことだったそうだ。
「えっ・・・」
私は意味がわからなかった。なんで真奈ちゃんの学校の先生が、私が陶芸教室に通っているって・・・
「・・・もしかしてその先生って松島先生?」
「そうなの!松島先生なの!」

松島先生は、私が4年生の時の保健の先生で、私にも陶芸教室を紹介してくれた先生。
5年生に進級するタイミングで他の学校に移っていたから、始業式の日、学校に行くのが本当に怖かった。
あの男の子と違うクラスになっていなかったら、学校に行けなくなっていたかもしれない・・・

「そっか・・・じゃあ私たち2人とも松島先生に会ってたんだね」
「うん。それで私たちが仲良くなれたのがわかって、とっても安心できたんだって」
私たちは同じ背ような時期に、それぞれの学校でいじめにあって、保健室の住人になっていた。途中で関われなくなってしまった私のことはずっと心配してくれていたようで、ちょうど同じ学年だった私たちを会わせようと思いついたのだそうだ。
「でね、そのちゃんと仲良くなったって先生にお話ししたら、エチュード のこと教えてくれたんだよ。
先生、エチュード の演奏がうまくいかなくて、音大に入れなかったんだって」
毎日毎日、何度も練習した木枯らしのエチュード。
もう完璧だと言う慢心のせいなのか、受験当日、手ひどい失敗をしてしまった。
それで挫折した先生は、ピアニストの道を諦めて養護教諭になった。
「この話、その時まで誰にも言えなかったんだって。私に初めて話したって言ってた」
当時の先生にとっては、かなりショックな出来事だったのだろう。だから誰にも言えず、心の中に封印して忘れようとした。私のように。
「私ね、大人っていつでも完璧なんだって思っていたところがあってね。
先生なんて、私たちに勉強教えてくれるくらいだし、絶対失敗も間違いもしない人たちだって思い込んでたの。でも、先生の失敗の話聞いてね」
「聞いて?」
「すごく安心できたんだ。大人でも完璧じゃないんだってわかって」
真奈ちゃんは、成績は良かったが、一番大好きな絵や工作がなぜか一向に上手くならず、そのせいでずっと劣等感を抱えていた。
「それでね、ちょっとだけ自信持てるようになって、だから全然上手くならなかったけど陶芸続けられたんだ。もちろん、そのちゃんが一緒だったから、っていうのが一番の理由だけど」
私たちは、話しながら入り口まで戻ってきた。

「そのちゃん。私、1つ目の夢、叶えたよ。いっぱい苦労しだけど、個展ができるくらいちゃんとした陶芸家になった」
真奈ちゃんは私の目を見つめながらしっかりとした声で言った。
1つ目・・・
「2つ目も明日叶うかもしれないんだ」
「えっ・・・」
それは、私がどうしても思い出せなかったものだ。
「それって・・・」
「明日来てくれればわかるよ」
2時ごろ来てと言って真奈ちゃんは私を送り出した。
「そのちゃん、また明日」
「う、うん・・・また明日」
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