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その日、病院を出た由美と鷹文は通りを歩いていた。
「ママ、今日はお魚食べたい!」
「そうね。じゃあ鷹文の好きなブリの煮付けにでもしましょうか」
楽しそうに話しをしながら二人が歩いていると、歩道を渡っている老女が見えた。
「あ、危ない!」
横断歩道でその老女が突然倒れた。それを見つけた鷹文が、慌てて老女の元に向かった。
「おばあちゃん、大丈夫」
「すいません。ふらついてしまって・・・」
老女は鷹文に手助けされて立ち上がろうとした。
「鷹文!」
と背後から由美の大きな声が聞こえ、老女ごと鷹文が突き飛ばされた。
キキキーッ!
突き飛ばされた鷹文は、尻餅をついて呆然としていた。
我に帰った鷹文が、音の下方向を見ると
「ま、ママ・・・」
トラックの前に倒れて動かなくなっている由美を見つけた・・・

「そんな事故、だったんですか・・・」
突然の由美の葬儀以来、斉藤の家に近づくことができなかった奈緒は、当時の状況を初めて知った。
「はい。脇見運転、だったそうです。ちゃんと前さえ見ていてくれれば・・・」
話している盛雄の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。
「鷹文は、自分のせいで由美さんが亡くなったと、今でも思っているようです」
「そんな・・・」
「『僕のせいでママが』と葬儀の後もずっと悔やんでいました。私はそんな鷹文に何もしてやることができませんでした」
「そんなことないですよ、先生。先生が書いたお話のおかげで鷹文くん、学校にいけるようになったんじゃないですか」
和泉が口を挟んだ。
「お話?」
「はい。私が商品にしてしまったんですが、『ひとりぼっちの王様』は鷹文くんを元気づけるために先生が書いたものなんです」
「そうなんですか。彩香も雄大さんがいなくなってから何度も読んでいました」
「そうですか。彩香くんもそんな風に読んでくれていたんですね」
「はい。彩香も雄大さんがいなくなってからずっと元気がなくて、大好きなカメラも持てない状況だったんです。でも、こちらに戻ってあの本を何度も読んで、母と一緒にいるうちにいつのまにかあんなにしっかりした子になっていました」
「そういえば彩子さんも」
「はい。母のお葬式の時はありがとうございました」
奈緒が頭を下げた。
「もうこんな時間ですか、そろそろ彩香くんのところにいきましょうか」
「はい。お願いします」
4人は立ち上がった。
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