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「どう、麻希ちゃん。おいしいでしょう?」
和泉はニコニコしながら麻希に尋ねた。
「はい・・・おいひい、です」
麻希は少し悔しそうな、嬉しそうな顔でケーキを頬張った。
「和泉さん、余ったケーキは持って帰りますか?先生も鷹文くんも食べないでしょうし」
普段はどういう予測をしているのか、ほぼ過不足なくおやつを買ってくる和泉だっがが、今日はなぜか2つ余っていた。
「あー、それはねぇ・・・」
「い、和泉さん」
と、誰かが和泉に声をかけた。
「あーら、いらっしゃい。しのちゃん、ゆずちゃん」
和泉が満面の笑顔で答えた。
「えっ、ゆず⁉︎帰ったんじゃなかったの⁉︎」
リビング側のドアを見ると、そこにはゆずとしのがおどおどしながら立っていた。
「あ、あのね、さいちゃん・・・」
「ゆずちゃんはねぇ、今日は私に用事があってきたのよぉ」
「ひゃっ!」
いつのまにかゆずの後ろに回っていた和泉が、ゆずの両肩に手を乗せた。
「さ、ゆずちゃんしのちゃん、こっちに座って。彩香ちゃん、ゆずちゃんとしのちゃんに紅茶とケーキお願いね!」
「は、はい」
彩香は、訳もわからぬまま、和泉に言われるまま準備を始めた。
「麻希ちゃんもせっかくだから、飲み物持ってこっちにいらっしゃい!」
「麻希さん、これ使って」
彩香が麻希に木製のトレーを渡した。
「は、はい・・・」
麻希は自分と和泉のカップなどなどをトレーに乗せてリビングへ行った。
しばらくすると別のトレーを持った彩香がやってきて、しのとゆずの前に紅茶とケーキを置いていった。
「お待たせしました。ところでなんでしの先輩とゆずが一緒なんですか?」
不思議に思った彩香がしのに尋ねた。
「わわわ、わたしにはちょっと・・・」
彩香の言葉に、しのは少しほおを染めながら俯いてしまった。
「和泉さんがね、私にしのさんを迎えに行けって・・・」
隣に座って紅茶を一口飲んだゆずが、しのの代わりに答えた。
「そうなのよぉ。しのちゃんったらここに1人でくるの怖いとか言い出しちゃってねぇ」
さっきからなぜかわざとらしい口調の和泉。
「き、北村大先生のお宅に、ひ、1人でなんて、おおお、恐れ多くてとても・・・」
しのにとっての盛雄は神の如き存在だった。
「・・・そういえば先輩のお父様って有名作家さんですもんね。しのさん、でしたよね?お父様のファンなんですか?」
「ももも、もちろんです!『ひとりぼっちの王様』は涙なしでは読めません・・・せせせ、先日もサイン本をいただきまして、わ、私の部屋に神棚を作って、飾らせていただき、毎日拝んでいます」
言いながらしのは、盛雄の書斎の方を向いて両手で拝んだ。
「はぁ、すごいですね」
麻希は呆気に取られてしのを見つめた。
「和泉くん。皆さん揃いましたかね」
とそこに盛雄がまたやってきた。
「きき、北村、大、先生・・・」
しのはにこやかに入ってきた盛雄を茫然と見つめた。
「はい、持ってきていただけました?」
そんなしのはお構いなしに、和泉は盛男に声をかけた。
「4冊でよかったですかね?」
「はい、ありがとうございます。じゃあまずしのちゃんから」
「はいはい。えーと、しのさんは・・・ああ、君でしたね。いつも読んでくれてありがとう。最新刊にサインしましたからよかったらどうぞ」
呆然としたままのしのの前に、盛雄はサイン本を差し出した。
「いいい、いただけるん、ですか⁉︎」
「ええ、和泉くんから若い読者さんをもっと大切にしろと言われましてね。まずは一番身近なみなさんからということで」
「あああ、ありがとう、ございます!こここここ、このご本もまた家宝にさせていただきます!」
いつも以上に焦りまくったしのは、盛雄の手から恭しく両手で本を受け取った。
「こちらこそ、ありがとう」
そんなしのに盛雄は笑顔で答えた。
しのは大先生の前で何も考えることが出来ず、ぼうっと盛雄を見つめていた。
「先生、彩香ちゃんたちにも」
「ああ、そうですね。えーとこちらは・・・」
和泉の言葉に盛雄は麻希の方を向いた。
「お、小野田麻希です。鷹文先輩の後輩です!」
「そうですか。鷹文がいつもお世話になってます。小野田さんもこれどうぞ」
「あ、ありがとうございます!大切にします」
しのほどではなかったが、麻希も嬉しそうな笑顔で本を受け取った。
「次は・・・ゆずくんですね。またよかったらピアノ弾きにきてくださいね。ゆずくんのピアノを聴くと仕事が捗ります」
「あ、ありがとう、ございましゅ・・・」
思ってもいなかったお褒めの言葉に、ゆずは真っ赤になりながら本を受け取った。
「彩香くんもどうぞ。いつもありがとう」
「私までいただいちゃっていいんですか?」
「もちろんです。彩香くんが来てくれて本当に助かっていますから」
「あ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
彩香も笑顔で本を受け取った。
「ではみなさん、ごゆっくり」
みんなのありがとうございましたの言葉に笑顔を向けながら、盛雄はリビングを出ていった。
「いいい、和泉さん、ありがとう、ございます。わわわ、私はもう思い残すことはありません」
目をウルウルさせながら、しのは和泉の手を握った。
「あらら、しのちゃん。しのちゃんにはまだお仕事頑張ってもらわなくちゃ」
「ももも、もちろんです!命をかけて頑張ります!」
「よかった」
「しの先輩たちはこのために来たんですか?」
「それもあったんだけどねぇ・・・メンバー見て気づかない、彩香ちゃん?」
と和泉は意味ありげな視線をメイド服姿の彩香に向けた。
「・・・まさか」
「うふふ、わかっちゃった?」
満面の笑みを浮かべる和泉。
「もうやらないって言ったじゃないですか!」
彩香の顔は真っ赤になっていた。
「彩香先輩、そんな大きな声・・・どうしちゃったんですか?」
麻希が心配そうに尋ねた。
「あー、麻希ちゃんは知らないのよねぇ・・・ほらこれみて」
和泉は、お得意のタブレットを麻希の前においた。
「???にゃんぱら?・・・コスプレイベント?にゃんパラって、確か人気の4コママンガですよね。それが何か関係あるんですか?」
「麻希ちゃん、その写真よく見てごらんなさい」
「写真・・・??メイド服の人と猫耳の人がいますね・・・ええっ!これって、彩香先輩⁉︎」
「猫耳ちゃんもよぉくごらんなさい」
言われた麻希は猫耳のレイヤーもじっくり見た。
「・・・えっ・・・こっちはゆず、先輩・・・」
「やっぱりわかっちゃう?そうなのよぉ。去年の夏、イベントにこの2人が出てね、グランプリとったの。それがこの写真なのよ」
「ええっ!グランプリなんですか⁉︎それって、すごいじゃないですか!」
麻希は驚きの表情で、彩香とゆずを交互に見た。
「で、でもなんでメイド服と猫耳なんですか?」
「あら?麻希ちゃんってにゃんパラ読んだことないの?」
「はい。私、小説ばっかりでマンガってほとんど読んだことないんです」
「そうなの・・・しのちゃん、布教のチャンスよ。持ってきたわよね」
「ははは、はい!ででで、でも私のサインなんて、みなさんいらないんじゃ・・・」
しのはいつもにも増しておどおどしながらサインを書いた単行本を取り出した。
「何言ってるのしのちゃん。アニメになったりイベントしたりなんてマンガ、そんなにないのよ」
「いいい、言われてみれば・・・あ、あの、い!いらなかったら、その・・・捨ててくださってかまいませんので・・・」
しのは大きなバッグから、ニャンパラの最新刊を取り出して、麻希に渡した。
「あ、ありがとうございます・・・もらっちゃっていいんですか?」
麻希は訳もわからぬまま、しのから本を受け取った。
「これって、にゃんパラって言う漫画の本なんですね」
「ははは、はい」
「それをしのさんが」
「ははは、はい」
「サイン?」
「ひ、表紙をめくっていただくと、そそそ、そこに・・・」
言われるまま、麻希は表紙をめくった。
「あ、ほんとだ、サイン書いてある」
「ややや、やっぱり私のサインなんて、いらない、ですよね・・・」
サインを無感動に見つめる麻希に、しのは少し悲しそうな顔をした。
「そ、そんなことないですよ・・・でも、なんでしのさんのサインなんですか?」
麻希はまるで要領を掴めないまま尋ねた。
「麻希ちゃん、ニャンパラの作者の名前知ってる?」
「はい・・・確か『ヒンシノ』さんですよね?」
言いながら麻希は表紙の名前を確かめた。
「そうそう。ヒンシノちゃん・・・」
「・・・えっ!し、しのさんって、まさか・・・」
「しのちゃんのフルネームは『品川しの』っていうの。『品』に『しの』で・・・」
「ええっ!しのさんが作者さんなんですか⁉︎」
「は、はい。わわわ、私が、これ、書いて、ます・・・」
まだ意気消沈したままのしのは、消え入るような声で答えた。
「す、すごいじゃないですか!マンガ読まない私が知ってくるくらい大人気なんですよ!アニメにもなってるし。それをしのさんが書いたなんて・・・」
麻希の目は、先程盛雄に会った時と同じような尊敬の眼差しで、しのを見つめた。
「そ、そうなんですか、ね?わわわ、私は、ただ思いついたままを描いているだけで・・・」
感動する麻希を見て、ついさっきまで落ち込んでいたしのの顔に少し赤みが差した。
「だ、だって、文芸部の先輩たちだって大好きなんですよ。文芸部員なのに小説の話より毎月毎月最新号のにゃんパラの話題ばっかり・・・」
「よよよ、読んでくださっている方が、いらっしゃるんですか⁉︎」
しのの顔がぱっと明るくなった。
「いやいや。先輩2人とも単行本発売日に買ってるくらいですから・・・」
しののあまりの控え目ぶりに、さすがの麻希も呆れてしまった。
「ほら、しのちゃん、同世代の人たちにもこんなに人気あるんだからもっと自信持って」
「ははは、はい。う、嬉しい、です!」
しのは目をウルウルさせながら和泉に答えた。
「しのちゃんはね、こんな感じだからサイン会もやったことないし、イベントでも絶対に顔出さないのよ。だから間接的にとはいえ、読者の声を生で聞けたのはほとんど初めてと言ってもいいくらいなの。麻希ちゃんありがとう」
和泉はしのの頭を撫でながら麻希にお礼を言った。
「いえ、私こそ、読んだことなくってごめんなさい」
「いいい、いいんですよ。まま、麻希、さんは、マンガ読まないって、おっしゃってましたし・・・」
「せっかくですからこれを機に読んでみようと思います」
と麻希はしのから渡された本を見つめた。
「あ、ありがとうございます」
「さあさあ、しのちゃん。2人にも渡すんでしょ?」
「そそそ、そうですね。さ、彩香さん、ゆずさん、お、お二人にもサイン、書いてきました」
「私ももらえるんですか!ありがとうございます!」
ゆずが飛びつかんばかりの勢いで、しのからサイン本を受け取った。
「さ、彩香さんも」
「ありがとうございます。大切にしますね」
彩香がにっこりと微笑んだ。
「ははは、はい。そ、それから、これからも、よろしくお願いします」
としのが彩香にとゆずに深々とお辞儀した。
「?なんで彩香先輩?」
「ねえ麻希ちゃん、今度はその表紙の絵よく見て?」
「表紙ですか・・・さっきの写真とそっくり・・・って、えっ⁉︎」
「にゃんパラってね、もともと彩香ちゃんとゆずちゃんをモデルに書いたんですって」
「ほ、ほんとですか⁉︎」
「ははは、はい。彩香さんは、ちゅ、中学の後輩さんで、その頃から、ずっと、私の理想の美少女、なんです。ゆずさんは、だ、大好きなパン屋さんに、よく来る女の子で、か、かわいいなぁってずっと思ってって・・・そ、そんな2人が、楽しそうにしている世界が、わ、私の理想の世界、だったんです。で、でも2人は全然別のところに住んでいたので、本当に一緒にいるようになるなんて、考えることもできなかったから、せめて空想の中でだけでも、私の理想の世界が作りたいなって思って・・・」
「それでマンガにしちゃったんですって」
「は、はい。ででで、でも、その夢の世界が現実になるなんて・・・私も港川高校に行けばよかった・・・」
言い終えたしのは、ガックリと肩を落とした。
「でもよかったじゃない。彩香ちゃんたちがイベントに出てくれたおかげで仲良くなれたんだし」
「そそそ、そうですね。それに春からは・・・うふふ・・・」
しのが怪しい笑みを浮かべた。
「しの先輩、どうしたんですか?変な笑い方して」
「そういえばまだ言ってなかったわよね。春からしのちゃんうちに住んでるから」
「ええっ!そうなんですか⁉︎」
「そうなのよぉ。ほら、しのちゃんもう高校卒業しちゃったじゃない。4月から専業になったんだけど、マンガ家さんってほとんど家に篭ってばかりだから、ネタ探しなかなかできないみたいなのよ。でね、うちからなら高校もよく見えるから・・・」
「ははは、はい!ままま、毎日彩香さんたちが見られて、う、嬉しいです!」
しのは胸元で両手を握り合わせ、目をキラキラさせながら彩香を見つめた。
「見られてって・・・和泉さん⁉︎」
「あー、大丈夫よ。ただ見てるだけだから」
「そそそ、双眼鏡・・・よく、みえます・・・」
「しの先輩!」
「だだだ、だめ、ですか・・・」
しのはしゅんとなってしまった。
「決まってるじゃないですか!犯罪ですよ。見るにしても道具はなしです!」
「み、見るのはいいんですか?」
「ほ、本当はあんなりよくないですけど・・・しの先輩は女性だから、まあ・・・」
と口籠る彩香。
「あああ、ありがとう、ございます。さ、彩香さんたちに会えなくなったら、私、も、もう、描けません・・・」
「あの、和泉さん・・・私、今度和泉さんちに遊びに行っていいですか?」
ゆずが控えめな声で尋ねた。
「ええいいわよ」
「ありがとうございます。それで・・・あの・・・しの、さん・・・お部屋見せてもらってもいいですか?」
今度はしのの方を向いて恐る恐る尋ねた。
「わわわ、私の部屋、みみみ、見たいん、ですか?」
「はい!マンガ家さんの部屋なんて、滅多に見られませんから」
「いいい、いい、ですよ。ゆ、ゆずさん、なら、大歓迎、です」
「ありがとうございます!じゃあ今度、ケーキ作っていきますね」
「ゆ、ゆずさんの、て、手作りケーキですか?たたた、たのしみ、です」
しのがもじもじしながら微笑んだ。
「あ、あの、私も行っていいですか?」
「ま、麻希さんも、ですか?かまいませんけど・・・」
「ありがとうございます!職業作家さんのお宅なんて、なかなか行けないから」
「あらぁ、麻希ちゃん、ここも職業作家さんのお宅よ」
「・・・あっ!す、すいません」
自分がしょっちゅう職業作家の家に入り浸っていることに、今やっと気づいた麻希だった。
和泉はニコニコしながら麻希に尋ねた。
「はい・・・おいひい、です」
麻希は少し悔しそうな、嬉しそうな顔でケーキを頬張った。
「和泉さん、余ったケーキは持って帰りますか?先生も鷹文くんも食べないでしょうし」
普段はどういう予測をしているのか、ほぼ過不足なくおやつを買ってくる和泉だっがが、今日はなぜか2つ余っていた。
「あー、それはねぇ・・・」
「い、和泉さん」
と、誰かが和泉に声をかけた。
「あーら、いらっしゃい。しのちゃん、ゆずちゃん」
和泉が満面の笑顔で答えた。
「えっ、ゆず⁉︎帰ったんじゃなかったの⁉︎」
リビング側のドアを見ると、そこにはゆずとしのがおどおどしながら立っていた。
「あ、あのね、さいちゃん・・・」
「ゆずちゃんはねぇ、今日は私に用事があってきたのよぉ」
「ひゃっ!」
いつのまにかゆずの後ろに回っていた和泉が、ゆずの両肩に手を乗せた。
「さ、ゆずちゃんしのちゃん、こっちに座って。彩香ちゃん、ゆずちゃんとしのちゃんに紅茶とケーキお願いね!」
「は、はい」
彩香は、訳もわからぬまま、和泉に言われるまま準備を始めた。
「麻希ちゃんもせっかくだから、飲み物持ってこっちにいらっしゃい!」
「麻希さん、これ使って」
彩香が麻希に木製のトレーを渡した。
「は、はい・・・」
麻希は自分と和泉のカップなどなどをトレーに乗せてリビングへ行った。
しばらくすると別のトレーを持った彩香がやってきて、しのとゆずの前に紅茶とケーキを置いていった。
「お待たせしました。ところでなんでしの先輩とゆずが一緒なんですか?」
不思議に思った彩香がしのに尋ねた。
「わわわ、わたしにはちょっと・・・」
彩香の言葉に、しのは少しほおを染めながら俯いてしまった。
「和泉さんがね、私にしのさんを迎えに行けって・・・」
隣に座って紅茶を一口飲んだゆずが、しのの代わりに答えた。
「そうなのよぉ。しのちゃんったらここに1人でくるの怖いとか言い出しちゃってねぇ」
さっきからなぜかわざとらしい口調の和泉。
「き、北村大先生のお宅に、ひ、1人でなんて、おおお、恐れ多くてとても・・・」
しのにとっての盛雄は神の如き存在だった。
「・・・そういえば先輩のお父様って有名作家さんですもんね。しのさん、でしたよね?お父様のファンなんですか?」
「ももも、もちろんです!『ひとりぼっちの王様』は涙なしでは読めません・・・せせせ、先日もサイン本をいただきまして、わ、私の部屋に神棚を作って、飾らせていただき、毎日拝んでいます」
言いながらしのは、盛雄の書斎の方を向いて両手で拝んだ。
「はぁ、すごいですね」
麻希は呆気に取られてしのを見つめた。
「和泉くん。皆さん揃いましたかね」
とそこに盛雄がまたやってきた。
「きき、北村、大、先生・・・」
しのはにこやかに入ってきた盛雄を茫然と見つめた。
「はい、持ってきていただけました?」
そんなしのはお構いなしに、和泉は盛男に声をかけた。
「4冊でよかったですかね?」
「はい、ありがとうございます。じゃあまずしのちゃんから」
「はいはい。えーと、しのさんは・・・ああ、君でしたね。いつも読んでくれてありがとう。最新刊にサインしましたからよかったらどうぞ」
呆然としたままのしのの前に、盛雄はサイン本を差し出した。
「いいい、いただけるん、ですか⁉︎」
「ええ、和泉くんから若い読者さんをもっと大切にしろと言われましてね。まずは一番身近なみなさんからということで」
「あああ、ありがとう、ございます!こここここ、このご本もまた家宝にさせていただきます!」
いつも以上に焦りまくったしのは、盛雄の手から恭しく両手で本を受け取った。
「こちらこそ、ありがとう」
そんなしのに盛雄は笑顔で答えた。
しのは大先生の前で何も考えることが出来ず、ぼうっと盛雄を見つめていた。
「先生、彩香ちゃんたちにも」
「ああ、そうですね。えーとこちらは・・・」
和泉の言葉に盛雄は麻希の方を向いた。
「お、小野田麻希です。鷹文先輩の後輩です!」
「そうですか。鷹文がいつもお世話になってます。小野田さんもこれどうぞ」
「あ、ありがとうございます!大切にします」
しのほどではなかったが、麻希も嬉しそうな笑顔で本を受け取った。
「次は・・・ゆずくんですね。またよかったらピアノ弾きにきてくださいね。ゆずくんのピアノを聴くと仕事が捗ります」
「あ、ありがとう、ございましゅ・・・」
思ってもいなかったお褒めの言葉に、ゆずは真っ赤になりながら本を受け取った。
「彩香くんもどうぞ。いつもありがとう」
「私までいただいちゃっていいんですか?」
「もちろんです。彩香くんが来てくれて本当に助かっていますから」
「あ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
彩香も笑顔で本を受け取った。
「ではみなさん、ごゆっくり」
みんなのありがとうございましたの言葉に笑顔を向けながら、盛雄はリビングを出ていった。
「いいい、和泉さん、ありがとう、ございます。わわわ、私はもう思い残すことはありません」
目をウルウルさせながら、しのは和泉の手を握った。
「あらら、しのちゃん。しのちゃんにはまだお仕事頑張ってもらわなくちゃ」
「ももも、もちろんです!命をかけて頑張ります!」
「よかった」
「しの先輩たちはこのために来たんですか?」
「それもあったんだけどねぇ・・・メンバー見て気づかない、彩香ちゃん?」
と和泉は意味ありげな視線をメイド服姿の彩香に向けた。
「・・・まさか」
「うふふ、わかっちゃった?」
満面の笑みを浮かべる和泉。
「もうやらないって言ったじゃないですか!」
彩香の顔は真っ赤になっていた。
「彩香先輩、そんな大きな声・・・どうしちゃったんですか?」
麻希が心配そうに尋ねた。
「あー、麻希ちゃんは知らないのよねぇ・・・ほらこれみて」
和泉は、お得意のタブレットを麻希の前においた。
「???にゃんぱら?・・・コスプレイベント?にゃんパラって、確か人気の4コママンガですよね。それが何か関係あるんですか?」
「麻希ちゃん、その写真よく見てごらんなさい」
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「猫耳ちゃんもよぉくごらんなさい」
言われた麻希は猫耳のレイヤーもじっくり見た。
「・・・えっ・・・こっちはゆず、先輩・・・」
「やっぱりわかっちゃう?そうなのよぉ。去年の夏、イベントにこの2人が出てね、グランプリとったの。それがこの写真なのよ」
「ええっ!グランプリなんですか⁉︎それって、すごいじゃないですか!」
麻希は驚きの表情で、彩香とゆずを交互に見た。
「で、でもなんでメイド服と猫耳なんですか?」
「あら?麻希ちゃんってにゃんパラ読んだことないの?」
「はい。私、小説ばっかりでマンガってほとんど読んだことないんです」
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「ははは、はい!ででで、でも私のサインなんて、みなさんいらないんじゃ・・・」
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「何言ってるのしのちゃん。アニメになったりイベントしたりなんてマンガ、そんなにないのよ」
「いいい、言われてみれば・・・あ、あの、い!いらなかったら、その・・・捨ててくださってかまいませんので・・・」
しのは大きなバッグから、ニャンパラの最新刊を取り出して、麻希に渡した。
「あ、ありがとうございます・・・もらっちゃっていいんですか?」
麻希は訳もわからぬまま、しのから本を受け取った。
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「ははは、はい」
「それをしのさんが」
「ははは、はい」
「サイン?」
「ひ、表紙をめくっていただくと、そそそ、そこに・・・」
言われるまま、麻希は表紙をめくった。
「あ、ほんとだ、サイン書いてある」
「ややや、やっぱり私のサインなんて、いらない、ですよね・・・」
サインを無感動に見つめる麻希に、しのは少し悲しそうな顔をした。
「そ、そんなことないですよ・・・でも、なんでしのさんのサインなんですか?」
麻希はまるで要領を掴めないまま尋ねた。
「麻希ちゃん、ニャンパラの作者の名前知ってる?」
「はい・・・確か『ヒンシノ』さんですよね?」
言いながら麻希は表紙の名前を確かめた。
「そうそう。ヒンシノちゃん・・・」
「・・・えっ!し、しのさんって、まさか・・・」
「しのちゃんのフルネームは『品川しの』っていうの。『品』に『しの』で・・・」
「ええっ!しのさんが作者さんなんですか⁉︎」
「は、はい。わわわ、私が、これ、書いて、ます・・・」
まだ意気消沈したままのしのは、消え入るような声で答えた。
「す、すごいじゃないですか!マンガ読まない私が知ってくるくらい大人気なんですよ!アニメにもなってるし。それをしのさんが書いたなんて・・・」
麻希の目は、先程盛雄に会った時と同じような尊敬の眼差しで、しのを見つめた。
「そ、そうなんですか、ね?わわわ、私は、ただ思いついたままを描いているだけで・・・」
感動する麻希を見て、ついさっきまで落ち込んでいたしのの顔に少し赤みが差した。
「だ、だって、文芸部の先輩たちだって大好きなんですよ。文芸部員なのに小説の話より毎月毎月最新号のにゃんパラの話題ばっかり・・・」
「よよよ、読んでくださっている方が、いらっしゃるんですか⁉︎」
しのの顔がぱっと明るくなった。
「いやいや。先輩2人とも単行本発売日に買ってるくらいですから・・・」
しののあまりの控え目ぶりに、さすがの麻希も呆れてしまった。
「ほら、しのちゃん、同世代の人たちにもこんなに人気あるんだからもっと自信持って」
「ははは、はい。う、嬉しい、です!」
しのは目をウルウルさせながら和泉に答えた。
「しのちゃんはね、こんな感じだからサイン会もやったことないし、イベントでも絶対に顔出さないのよ。だから間接的にとはいえ、読者の声を生で聞けたのはほとんど初めてと言ってもいいくらいなの。麻希ちゃんありがとう」
和泉はしのの頭を撫でながら麻希にお礼を言った。
「いえ、私こそ、読んだことなくってごめんなさい」
「いいい、いいんですよ。まま、麻希、さんは、マンガ読まないって、おっしゃってましたし・・・」
「せっかくですからこれを機に読んでみようと思います」
と麻希はしのから渡された本を見つめた。
「あ、ありがとうございます」
「さあさあ、しのちゃん。2人にも渡すんでしょ?」
「そそそ、そうですね。さ、彩香さん、ゆずさん、お、お二人にもサイン、書いてきました」
「私ももらえるんですか!ありがとうございます!」
ゆずが飛びつかんばかりの勢いで、しのからサイン本を受け取った。
「さ、彩香さんも」
「ありがとうございます。大切にしますね」
彩香がにっこりと微笑んだ。
「ははは、はい。そ、それから、これからも、よろしくお願いします」
としのが彩香にとゆずに深々とお辞儀した。
「?なんで彩香先輩?」
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「それでマンガにしちゃったんですって」
「は、はい。ででで、でも、その夢の世界が現実になるなんて・・・私も港川高校に行けばよかった・・・」
言い終えたしのは、ガックリと肩を落とした。
「でもよかったじゃない。彩香ちゃんたちがイベントに出てくれたおかげで仲良くなれたんだし」
「そそそ、そうですね。それに春からは・・・うふふ・・・」
しのが怪しい笑みを浮かべた。
「しの先輩、どうしたんですか?変な笑い方して」
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「ええっ!そうなんですか⁉︎」
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「ははは、はい!ままま、毎日彩香さんたちが見られて、う、嬉しいです!」
しのは胸元で両手を握り合わせ、目をキラキラさせながら彩香を見つめた。
「見られてって・・・和泉さん⁉︎」
「あー、大丈夫よ。ただ見てるだけだから」
「そそそ、双眼鏡・・・よく、みえます・・・」
「しの先輩!」
「だだだ、だめ、ですか・・・」
しのはしゅんとなってしまった。
「決まってるじゃないですか!犯罪ですよ。見るにしても道具はなしです!」
「み、見るのはいいんですか?」
「ほ、本当はあんなりよくないですけど・・・しの先輩は女性だから、まあ・・・」
と口籠る彩香。
「あああ、ありがとう、ございます。さ、彩香さんたちに会えなくなったら、私、も、もう、描けません・・・」
「あの、和泉さん・・・私、今度和泉さんちに遊びに行っていいですか?」
ゆずが控えめな声で尋ねた。
「ええいいわよ」
「ありがとうございます。それで・・・あの・・・しの、さん・・・お部屋見せてもらってもいいですか?」
今度はしのの方を向いて恐る恐る尋ねた。
「わわわ、私の部屋、みみみ、見たいん、ですか?」
「はい!マンガ家さんの部屋なんて、滅多に見られませんから」
「いいい、いい、ですよ。ゆ、ゆずさん、なら、大歓迎、です」
「ありがとうございます!じゃあ今度、ケーキ作っていきますね」
「ゆ、ゆずさんの、て、手作りケーキですか?たたた、たのしみ、です」
しのがもじもじしながら微笑んだ。
「あ、あの、私も行っていいですか?」
「ま、麻希さんも、ですか?かまいませんけど・・・」
「ありがとうございます!職業作家さんのお宅なんて、なかなか行けないから」
「あらぁ、麻希ちゃん、ここも職業作家さんのお宅よ」
「・・・あっ!す、すいません」
自分がしょっちゅう職業作家の家に入り浸っていることに、今やっと気づいた麻希だった。
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「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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