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大学
第53話
突然の事態に、外務大臣の椅子が激しく音を立てた。書類を握りしめたまま、初老の男の顔からみるみる血の気が引いていく。
「!? 誰……いや、あなたは……リリスさん、いや、リリス様!?」
アポなしで突然、最高機密の塊である大臣室に現れた人間に狼狽しながらも、彼は即座に理解した。
目の前の女性が――地球上の全国家を従え得る絶対的な存在、『アーク連環』の民であり、リリスという名であることを。
彼女を含めたアーク連環の民の顔は、ヒノモトの閣僚級全員に、最重要機密として周知されていた。
「あら、名乗る手間が省けたわね。あなたがヒノモトの外務大臣ね?」
リリスは優雅に、まるで自分の庭を歩くかのような足取りで、重厚な執務机へと歩み寄る。
(何故彼女が現れる!? 私は抹消されるのか!? いや、身に覚えは全くない。では何かトラブルが発生したのか? そもそも、それ以前に――!)
内心の狼狽を必死に押し殺し、外務大臣は震えそうになる膝を叱咤してポーカーフェイスを取り繕った。
「リリス様、突然の転移は困ります。あなたがたアーク連環は、特定条件――『敵対行為を誅するため』にのみ転移を行う。そう明言されたのではありませんかな?」
リリスは答えない。それを返答に窮したと取ったのか、大臣はさらに言葉を被せた。
「我々はあなたがたの言葉を信用して、アーク連環を国家として認めたのですよ。言ったことを簡単に翻すようでは、とても――」
「私たちが無許可で転移を行わないというのは、国境を跨ぐ移動についてよ」
冷淡な声が、大臣の言葉を遮った。リリスは目を細め、唇の端をわずかに吊り上げる。
「国内の転移は問題ないはずよね? ここはヒノモトの領土、そして私が今いるのもヒノモトの領土。……何か問題かしら?」
「……そうでしたかな? その件の解釈については、後ほど検討させて頂くとして――」
大臣は額の汗を拭い、話を本筋へと戻そうと試みる。
「今回は、何故アポもなくこの場にいらしたのですか? 何か緊急の案件でしょうか?」
リリスは無言のまま、一枚の通知書を大臣のテーブルに置いた。
「これは……。税務署による、事実確認通知……ですか?」
「ヒノモト政府が、私たちアーク連環国民の動向をチェックしていることは知っているわ。
これは、私と生活を共にしているヒノモトの青年に送付されたものよ」
「なるほど。私も、あなたがヒノモトの国民と生活を始めたことは把握しております。
ですが、政府として具体的にどのような対応をしているかまでは……。報告には上がっておりませんでしたな」
大臣は慎重に言葉を選びながら、通知書の内容を精査する。そこに並ぶ「贈与」「対価性」といった単語に、彼は僅かに眉をひそめた。
「リリス様は……この通知に、何らかの異議があると?」
内容を把握し、通知書を丁寧にリリスに差し戻す。
「通知にではないわ。贈与税――贈与に対するヒノモトの解釈に思うところがあってね」
「しかし、それは……国を維持するため必要な、自国民に対する課税と徴収という主権行為です。
そもそも、贈与税について不服があるならば、管轄の税務署か、あるいはその上部組織である国税庁、ないしは税制を司る財務省へ行くべきと思いますが。
……何故、私のところへ?」
外務大臣の至極真っ当な指摘に、リリスはくすりと、氷のように冷ややかな笑みを漏らした。
「これがヒノモトの主権であることは理解しているわ。
だから、私たちも主権を行使する。私は、これを受け取った青年にアーク連環の国籍を付与しようと考えているの。
それについてあなたの見解を聞きたくてね。……それでここに来た、というわけなのよ」
「……っ!?」
大臣の喉が喘ぐように鳴った。
「彼がアーク連環国籍になれば、それ以後はいくら私たちが利益供与しても、ヒノモトの贈与税の課税対象にはならない。
それを使って国籍付与以前に課税して決定された額を納税すれば、それで全て丸く収まるでしょう?
どちらの主権も損なわない、スマートな考えだと思わない?」
「!? 誰……いや、あなたは……リリスさん、いや、リリス様!?」
アポなしで突然、最高機密の塊である大臣室に現れた人間に狼狽しながらも、彼は即座に理解した。
目の前の女性が――地球上の全国家を従え得る絶対的な存在、『アーク連環』の民であり、リリスという名であることを。
彼女を含めたアーク連環の民の顔は、ヒノモトの閣僚級全員に、最重要機密として周知されていた。
「あら、名乗る手間が省けたわね。あなたがヒノモトの外務大臣ね?」
リリスは優雅に、まるで自分の庭を歩くかのような足取りで、重厚な執務机へと歩み寄る。
(何故彼女が現れる!? 私は抹消されるのか!? いや、身に覚えは全くない。では何かトラブルが発生したのか? そもそも、それ以前に――!)
内心の狼狽を必死に押し殺し、外務大臣は震えそうになる膝を叱咤してポーカーフェイスを取り繕った。
「リリス様、突然の転移は困ります。あなたがたアーク連環は、特定条件――『敵対行為を誅するため』にのみ転移を行う。そう明言されたのではありませんかな?」
リリスは答えない。それを返答に窮したと取ったのか、大臣はさらに言葉を被せた。
「我々はあなたがたの言葉を信用して、アーク連環を国家として認めたのですよ。言ったことを簡単に翻すようでは、とても――」
「私たちが無許可で転移を行わないというのは、国境を跨ぐ移動についてよ」
冷淡な声が、大臣の言葉を遮った。リリスは目を細め、唇の端をわずかに吊り上げる。
「国内の転移は問題ないはずよね? ここはヒノモトの領土、そして私が今いるのもヒノモトの領土。……何か問題かしら?」
「……そうでしたかな? その件の解釈については、後ほど検討させて頂くとして――」
大臣は額の汗を拭い、話を本筋へと戻そうと試みる。
「今回は、何故アポもなくこの場にいらしたのですか? 何か緊急の案件でしょうか?」
リリスは無言のまま、一枚の通知書を大臣のテーブルに置いた。
「これは……。税務署による、事実確認通知……ですか?」
「ヒノモト政府が、私たちアーク連環国民の動向をチェックしていることは知っているわ。
これは、私と生活を共にしているヒノモトの青年に送付されたものよ」
「なるほど。私も、あなたがヒノモトの国民と生活を始めたことは把握しております。
ですが、政府として具体的にどのような対応をしているかまでは……。報告には上がっておりませんでしたな」
大臣は慎重に言葉を選びながら、通知書の内容を精査する。そこに並ぶ「贈与」「対価性」といった単語に、彼は僅かに眉をひそめた。
「リリス様は……この通知に、何らかの異議があると?」
内容を把握し、通知書を丁寧にリリスに差し戻す。
「通知にではないわ。贈与税――贈与に対するヒノモトの解釈に思うところがあってね」
「しかし、それは……国を維持するため必要な、自国民に対する課税と徴収という主権行為です。
そもそも、贈与税について不服があるならば、管轄の税務署か、あるいはその上部組織である国税庁、ないしは税制を司る財務省へ行くべきと思いますが。
……何故、私のところへ?」
外務大臣の至極真っ当な指摘に、リリスはくすりと、氷のように冷ややかな笑みを漏らした。
「これがヒノモトの主権であることは理解しているわ。
だから、私たちも主権を行使する。私は、これを受け取った青年にアーク連環の国籍を付与しようと考えているの。
それについてあなたの見解を聞きたくてね。……それでここに来た、というわけなのよ」
「……っ!?」
大臣の喉が喘ぐように鳴った。
「彼がアーク連環国籍になれば、それ以後はいくら私たちが利益供与しても、ヒノモトの贈与税の課税対象にはならない。
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