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3章【盟約、あるいは縄張り争い】
第30話【同盟、あるいは悪党の信条】
しおりを挟む「この回路、美しい……配線の取り回しが芸術的」
美咲は、思わず足を止めた。
ひなたが、普段は眠たそうな目をわずかに見開いている。
手にしているのは、七区由来と思しき基板だ。 装甲も規格もゴテゴテしている。
そんな見た目なのに、配線パターンだけは異様なほど合理的で無駄がない、らしい。
「じゃろ? ここのバイパスが味噌なんじゃ」
それに答えた七区の技術者は、強面の中年男だった。
任侠映画に出てきそうな顔立ちで、服装もどこか時代錯誤だが、基板を覗き込む目だけは、少年のように輝いている。 ちょっとキモい。
「通常なら安全マージン取って三重にするところを、あえて単線で通しとる」
「信号の純度を優先した、ってことですね」
ひなたの隣で、透がスケッチブックに回路図を描き写していた。
万里特製のクッキーを口に放り込みながら、真剣な表情で線を引いていく。
リスのように膨らんだ頬と、技術者としての集中した眼差し。 ギャップが強すぎて、こっちの認識が追いつかない。 ホント、技術屋ってこんなんばっか。
「リスクは高いが……出力は二割近く上がる。面白いアプローチですね」
「兄ちゃん、話が分かるのぅ!」
そんな会話を皮切りに、専門用語が飛び交い始める。
バイパス配置、周波数干渉、増幅効率。
美咲は談話室の入口に立ったまま、その光景を眺めていた。
「……オタクに国境はない、ってやつね」
思わず、ため息が漏れる。 ここだけ切り取れば、平和そのものって感じ。
技術談義に花を咲かせる、癖のある職人たち。 そこには世代も立場も関係ない。
だが現実は、野犬と任侠、そしてテロリストの集まり。
神も仏も、匙を投げるレベルの混沌っぷりだ。
「中央の連中には怖くて出来ん設計じゃ」
「確かに。 規格通りで冗長性は高いですが、遊びがあり過ぎる」
ひなたが大きなあくびをして、目を擦った。
「……この設計、ウチの増幅器にも応用できるかも。 バイパスの配置を変えれば、安定性が上がるハズ」
「次のメンテナンスで試してみますか」
「若い衆同士で話が進むのはええことじゃ。わしも昔は——」
その言葉は、途中で途切れた。
「なんか、また濃い会話をしてますねぇ……」
美咲の口から、思わず言葉が飛び出していた。
技術者どもが振り返り、ニヤリと笑う。 こえーんだよ。
「今日は指揮官はおらんのか? こういう話をしとると、いつも湧いてくるじゃろ」
「この時間なら、子どもと遊んでる」
「ほぅ……随分と良いパパじゃな。クズの風上に置けん」
思わず美咲の眉根が寄った。
なんだよクズの風上って。 そんな奴ら、上も下もすべからく燻し殺すべきでは?
「余所者は、ここでその呼び方はしない方がいい……私も、不快」
ひなたの淡々としていた声には、はっきりとした拒絶があった。
「そうですね。 姉さんにでも聞かれたら、下手したらポーン、ですよ」
透が、自分の顔の前で手をパッと開く。 ポップコーンでも弾けるみたいな仕草だ。
何が弾けるんだろうね。 あ、詳しくは聞きたくないので大丈夫です。
取り敢えず、無表情でやるのは止めてほしい。
「テロリストまで手懐けるとは、大した狼じゃのう」
技術者が感心したように呟く。
クズで有能。 不本意な存在だなぁと毒づき、美咲は執務室へと向かった。
***
こぢんまりとした、かつての司令室。
と言っても仰々しいものではない。簡素な空間だ。
壁には最低限のモニターと端末、中央に無骨なテーブルが一つ。
今では、篠崎 響が踏ん反り返る執務室だ。
その斜め後ろ、少し距離を取った位置に、美咲が立っている。
記録係として同席しているが、半ばは監視役で、半ばはブレーキ役のようなものだ。
ただ、壊れたダンプカー相手に、自転車のブレーキが効くのかは疑問だが。
そのテーブルの向かい側に、玲が立っていた。
優雅でありながら無駄のない立ち姿と、刃のように研ぎ澄まされた雰囲気。
確実に『危険な側の人間』だと分かる佇まい。
「闇市場で、特定の部品を大量に買い集めている組織がいるわ」
前置きはない。 いつも通り、用件だけをブン投げてくる。
感情の起伏を感じられない声が、空気を張り詰めさせた。
玲が端末を操作すると、壁面モニターにデータが展開された。
型番、数量、流通経路。 ずらりと並ぶ数字の列に、美咲は一瞬で理解を諦めた。
だが、響の反応は違った。 彼の表情が、わずかに険しくなる。
「……音響系ばかりだな。 アンプ、変調器、共振補助部品……何に使う気だ?」
顎に手をやる響の視線は、データの一角に固定されていた。
「さぁね」
玲は肩をすくめた。
「でも、単なる装置更新や個人利用の規模じゃないわ。
間違いなく、誰かが糸を引いていると見るべきよ」
「ヘムロック内部の動きは?」
響の問いに、玲は即答しなかった。
一拍、間を置いてから首を横に振る。
「少なくとも、私のところには降りてきていない。
一部の過激派が独自に動いてる可能性はあるけれど……」
玲は画面を見つめたまま、言葉を切った。
生粋のテロリストが過激派と呼ぶ存在って何? 美咲は震えた。
「あるいは別の勢力、か」
響が低く呟く。
九区、七区、ヘムロック。
すでに十分すぎるほど厄介なのに、さらに未知のプレイヤーが介入している可能性が浮上だと? そんなん考慮しとらんよ。
「どちらにせよ、監視は続けるわ——透も、ここを気に入っているし」
「へぇ……『も』ってことは」
響が、いつもの調子で口元を緩める。 シリアスさんは一旦休憩入りまーす。
「玲ちゃんも、九区ライフ悪くない感じ? 満喫してる系?」
「ご想像にお任せするわ」
即答。 表情一つ変えず、玲は踵を返した。
でも、心なし早めのスタスタで出口へ向かっている気がする。
「何か掴めたら、すぐに連絡する」
「よろしく頼むよ。 玲ちゃん」
扉が閉まる。 室内に残ったのは、美咲と響だけになった。
やっべ、またこの危険物と二人きりになっちゃった。
美咲の焦りとは裏腹に、響は椅子に腰掛けたまま、窓の外を見ていた。
彼の視線につられて、美咲の視線もその先へと流れる。
九区の雑多な建物群と、曇った空。
その向こうに、何があるのか。
「……素直じゃないよねぇ。 みんなさ」
独り言のような声だった。 軽口のようでいて、どこか冷たい。
みんな、貴方にだけは言われたくないと思うよ。
美咲は端末に視線を落とし、記録を続ける。
この男が何を考えているのか、未だに完全には分からない。
一つだけ確かなのは、彼がこの状況を『面白がって』はいないということだ。
七区との関係。
そして、ヘムロック内部の不穏な動き。
どれか一つでも読み違えれば、九区は簡単に崩壊する。
それを分かった上で、響は前に進もうとしている。
「……嫌な予感しかしねぇなぁ」
珍しく、本音が漏れた。
この平穏が、嵐の前の静けさであることを、きっと全員がどこかで察している。
***
再び、あの会議室が使われることになった。
長机と簡素な椅子だけが並ぶ、殺風景な空間。 中央の正規施設に比べれば、仮設もいいところ。 だが、九区にとっては『交渉の場』として十分すぎる。
錬達は、数名の部下を伴って入室してきた。
年季の入った体躯と、鋭い眼光。 七区の代表としての威圧感は健在だが、前回とは明らかに違う空気をまとっている。
篠崎 響は、すでに席についていた。
その背後には、カレンを除く第九の主要メンバーが控えている。 続いて、弥生とひなた。 そして、少し離れた位置に、美咲が立っていた。
今回も記録係だが、実質的には『証人』だ。 いる? 私この空間にいる?
錬達が椅子に腰を下ろす。
「疑うなら証拠を出せ、と言いたいところだが……」
錬達は、響の顔をまっすぐに見た。
「お前さんのことだ。手ぶらで呼び出すほど、間抜けじゃあるまい」
響は軽く肩をすくめる。
「話が早くて助かるぅ」
その合図を受けて、リリィが一歩前に出た。
端末を操作すると、空中にホログラムが展開される。
複雑な線が絡み合った流通経路図。 数字と記号の羅列が空間を埋め尽くした。
「第九から流出した部品の追跡データです」
リリィの声は冷静だった。
「経路は意図的に撹乱されていました。
でも、複数のデータを突き合わせた結果、終点を特定できました」
地図の一角が赤く点灯する。
七区領内。 しかも、過激派拠点とされる地区近辺。 弥生の情報網やべぇね。
ひなたが眠そうな目を擦りながら、淡々と補足する。
「……一部の部品には、特殊マーキングが施してあった。 微細な周波数変調。 追跡も難しいけど、消すのはもっと難しい」
リリィが頷いた。
「流通経路の解析結果とも一致しています。 偶然ではありません」
錬達の表情が、わずかに強張った。 部下たちの間にも、ざわめきが走る。
「お前らの身内が、ウチから盗んで商売してやがったぞ」
響の声は低く、飾り気がない。
だが、その一言で、場の温度が一気に下がった。
「……認める。 統制が行き届いていなかった……俺の責任じゃ」
潔いが、それで終わる話ではない。
「お・と・し・ま・え! お・と・し・ま・え!」
響の声が、妙にリズムを刻み始めた。
「エ・ン・コ・づ・け! エ・ン・コ・づ・け!」
弥生の声が、それに続いた。
ヤな夫婦だ。 交渉の場で何やってんだこいつら。
優しそうな見た目の弥生が、カレンとやり合えている理由が少し理解できた。
この女、のんびりした口調の裏で、根っこの部分は相当えげつない。
鉄の意志と容赦のなさが隠れている。
錬達が、苦々しい表情で小指を差し出す。
「……ケジメはとる」
だが、その手は、途中で止められた。
「おっさんの指なんぞ、本気で欲しがるかよ。 使い道もねぇし」
響が、鼻で笑う。
「え~?」
美咲は弥生の顔を見た。 本気で残念そうな顔をしている。 何に使う気なの。
「あ、内臓の方がフェルマータも喜びそうだし、他の使い道があるってことか~」
違うね。 絶対に違うと思うね。 極妻通り越してマフィアなんだよね。 思考が。
「……欲しいのは『保証』だ。 だからそんな捨てられた濡犬みたいな顔するな」
チワワみたいに震える錬達の肩に手を置き、響は言い聞かせるように呟いた。
いや、あんたの嫁のせいだろ。
ひょっとして、これが飴と鞭戦術?
交渉の空気は、すでに決着後のそれに変わっていた。
だが、まだ誰も立ち上がらない。
言葉一つで、再び刃が抜かれかねない距離感が残っている。
美咲は無意識に、端末を握りなおした。
響が、ゆっくりと口を開く。
「今回の件は——不問にする」
その言葉に、七区側の部下が小さく息を吸った。
許されるとは思っていなかったのだろう。
「——その代わり、正式な技術提携を結べ。
中央を介さない、辺境同士のネットワーク構築に全面協力しろ」
響の視線が錬達を射抜き、会議室が静まり返る。
その条件が、どれほど重い意味を持つかを、ここにいる全員が理解していた。
錬達は腕を組み、しばらく天井を仰いだ。
「……一部の人間は、すでに気に入っとるようじゃな」
「技術屋同士は話が早い」
弥生が、にこやかに頷く。
「そうね~。あの子たち、話し出すと止まらないのよ~。
銃より回路図の方が、よっぽど血を見ることになるのに」
冗談めいた口調だが、内容は冗談ではない。
技術共有とは、互いの急所を差し出す行為だ。
錬達は、長い沈黙の末、深く息を吐いた。
「……いいじゃろう」
低く、しかしはっきりとした声。
「借りを作りっぱなしは、性に合わん。 中央の犬になる気もない」
錬達の発言に、控えたく部下たちがざわめきを起こした。
「わしの判断じゃ。 異論は受け付けん。 ウチの指揮官にもきっちりナシをつける」
その反応を、錬達は一睨みで黙らせる。
そして、一歩前に出て、響へ手を差し出した。
美咲は息を止めた。
これが、この場の核心だ。
響は一瞬だけ、その手を見た。
それから——迷いなく握り返す。
硬い握手。 温もりはあるが、親しみはない。
「じゃが、一つだけ言っておく。 裏切ったら、容赦はせんぞ。 若造」
「前科持ちのクセに。 不問にしたからって、調子に乗るなよボケが」
二人の目は、どちらも笑っていなかった。
利害の一致。 それ以上でも、それ以下でもない。
美咲は、その握手を見ながら生唾を飲み込んだ。
これは牙を抜かずに並び立つ、危険な契約。
シンジケートの結成だ。 アイドルものに出てきていい単語じゃないな。
「歴史に残る瞬間だぞ。 ちゃんミサキ、記録ヨロシク」
響が肩越しに、美咲を見た。
「残したくない歴史もありますけど」
美咲はそう返しながら、端末に打ち込んだ。
温泉の話とかね。 またあの地獄が待ってると思うと、憂鬱で仕方がない。
——第九区と第七区、非公式技術同盟、成立。
その一文が、後にどれほどの火種になるのか。
この時点では、誰も正確には分かっていなかった。
ただ一つ確かなのは。
もう後戻りはできない、という事実だけだった。
会議室の扉が閉じられ、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。
七区の一行は帰路につく準備を進め、第九の面々も各自の持ち場へ散っていく。
美咲は端末を抱えたまま、廊下の壁に背を預けた。
胸の奥に残る感触は、達成感というよりも、重たい予感に近い。
「……疲れた顔してるねぇ」
声をかけてきたのは響だった。
人目を避けるように、少し離れた通路の角へと歩く。
そして、美咲にだけ聞こえる声量で続けた。
「納得いってねぇ顔だ」
「あれで『めでたしめでたし』になるほど、単純じゃないでしょう」
美咲の言葉に、響は小さく笑った。
甘ちゃんが成長したねぇ」と言いたそうな目だ。 大きなお世話だよ。
「そりゃ完璧には信用してないもん。 裏で何考えてるか、全部は分からんし」
その声は、交渉の場で見せていたものとは違って軽い。
「……心の音が聞こえるんじゃないんですか?」
「嘘発見器みたいなもんさ。 心拍や雑念をコントロールすれば誤魔化しが効く。
まぁ、ナギみたいに何も聴こえないのは異常だけどさ」
知らなければ無防備だが、知っていれば何とかできる。 使えんチートだな。
「……じゃあ、どうして同盟なんて」
美咲がそう問うと、響は一瞬、言葉を探すように視線を逸らした。
「商売相手としては、信頼できる」
「矛盾してません?」
「してない。 信頼と信用は別物ってだけ」
響は壁に手をつき、窓の外を見た。
七区の技術者たちが、名残惜しそうにひなたや透と話し込んでいるのが見える。
「任き——技術屋ってのは、義理と人情で成り立ってる。
義理を踏み倒す奴は、あの世界じゃ生きていけねぇ」
美咲は、その背中を見つめながら思った。
この男は、誰よりも人を疑い、同時に、人の『筋』を信じている。
「錬達は古いタイプの任き——技術屋だ。一度交わした約束は守る。
少なくとも、正面から裏切ることはしねぇだろう」
「言い直す前の単語は聞こえなかったことにします」
「あいつらは技術屋のように見せかけてるが、なんとその実は任きょ——」
「聞きたくねぇっつってんだろ!」
美咲は、響の言葉を必死で封じた。
その会話に、少しだけ笑いが混じる。
一方、廊下の反対側では、弥生と錬達が向かい合っていた。
人の流れから外れた場所。 二人は、しばらく無言のまま立っている。
「……本当に、ここでええんか」
錬達が、低く問いかける。
「多々良に戻りゃあ、幹部の席は空いとる。お前の腕なら、技術部門のトップも夢じゃない。こんな辺境で燻っとるより、よっぽどマシな暮らしができる」
弥生は、いつもの調子で微笑んだ。
「ここが、私の居場所——あの人の背中を、見ていたいの」
軽い口調だが、迷いはない。
その芯の強さに、錬達から苦笑が溢れた。
「篠崎 響、か。 そんなに惚れ込むような男かのう」
「惚れてるのは否定しないけど~」
弥生は、少しだけ視線を落とした。
「それだけじゃないわ——そういう人の傍にいられるのは、幸せなことよ」
錬達は深く息を吐いた。
「……頑固な上に、物好きな女じゃ。 昔から、一度決めたら絶対に曲げん」
「錬兄さんに言われたくないわね~」
弥生が、くすっと笑う。
二人の間に流れるのは、かつて同じ場所で過ごした者同士の時間だった。
それはもう戻らないが、消えたわけでもない。
錬達が背を向ける。 その背中は、どこか寂しげに見えた。
「……達者でのぅ」
「錬兄さんもね~。 身体には気をつけて」
「年寄り扱いしおって。10も変わらんじゃろうが」
毒づく錬達の声には温かみがあった。
血縁の情と、新しい居場所への忠誠。弥生は迷いなく後者を選んでいた。
だが、それで縁が切れるわけではない。
弥生は、その背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……ありがとう、錬兄さん」
その声が届いたかどうかは分からない。
だが、それでよかった。
言葉にしなくても、伝わるものはある。
それが、家族というものだから。
美咲は、その一連を少し離れた場所から見ていた。
同盟は成立した。
だが、それぞれが何かを手放し、何かを選んだ結果でもある。
辺境で生きるということは、常にそういう選択の連続だ。
「……悪党の信条、ですかね」
誰に聞かせるでもなく、美咲は呟いた。
シンジケートにブラザーフッド。むしろアサシンなクリードが始まりそう。
ただ一つ確かなのは——
もう、引き返せない場所まで来てしまった、ということだけだった。
***
三区本部。
中央塔上層に位置する会議室。
磨き上げられた黒曜石の机と、最低限の照明。
室内には五人。
粛清の後、急速に地位を上げた新任幹部たちだ。
「第九と七区の同盟が、正式に成立した」
最初に口を開いた男は、淡々と報告を読み上げる。
感情はない。 ただ事実だけを並べる声だった。
「……想定より早いな」
「交渉役は篠崎 響。やはり、あの男が中心か」
「七区側の指揮官も了承済みのようだな」
別の女幹部が、端末を操作しながら続ける。
「つまり、我々の管理網を一部回避する形になる」
空気が、わずかに張り詰めた。
「放置すれば、前例になるな。 辺境が独自に繋がる流れを許せば、統制は緩む」
「——だが、取り潰すのは得策ではない」
先ほどまで黙っていた幹部が、ゆっくりと口を開く。
「第九の技術力は、すでに三区全体の防衛ラインに組み込まれている。 排除すれば、こちらの損失も大きい」
「つまり——」
別の男が、薄く笑った。
「潰すより、取り込むべきだ」
誰も反論しない。 すでに結論は共有されていた。
「問題は、篠崎 響だな。アレがいる限り、第九は一枚岩だ」
「しかも厄介な事に、都合の悪い『独立思考』を持ちすぎている」
誰かが、机の上で指を鳴らした。
「頭を挿げ替えるか」
その言葉は、あまりにも自然に発せられた。
「必要なのは、技術と判断の履歴だけだ。 脳髄を引き抜き、記憶と演算資源として再利用すればいい」
「厄介な人格を相手にせずに済むか……少々過激で、スマートさに欠けるが」
形式的な問いが投げられる。
「道具の扱いに、倫理を持ち込む必要があるか?」
誰も答えなかった。 答える必要がなかったからだ。
「まずは調査だ。 第九内部に、協力者を作れるか探れ。同時に、篠崎 響の弱点を洗い出す」
「なら情だろうな。あの男は、合理性の皮を被った感情主義者だ」
「……使えるな」
決定事項が、淡々と端末に記録されていく。
「兵藤様には悟られるな。まだ『泳がせる価値がある』と判断されている」
「承知した」
会議は、それで終わった。
誰も立ち上がるまでに、数秒の間があった。
最後に残った一人が、窓の外を見下ろす。
遥か下、辺境区画の灯りが微かに瞬いている。
「篠崎 響……」
男は、興味深そうに呟いた。
「お前が『物語の主人公』のつもりなら——そろそろ、交代の時間だ」
夕闇に沈む中央塔。
確実に、九区を率いる狼の首を狙う刃は、研がれ始めていた。
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