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捜査開始

61. 十日目(謹慎二日)、夜飯タイム&夜中の着信

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 3分が経った事が分かると直ぐに蓋を剥がして割り箸を口にくわえると均等
に割って右手に持ってからズルズルと音を立てながら胃袋に収めていく。外で
ラーメンを食べる時は必ずスープから味わう事に決めているがカップラーメン
は別物と捉えており、胃袋を満足させる方を優先していた。後藤は袋麺がもっ
と上手くなれば良いのにと思っていたが決して周りに言う事は無かった。もち
ろんカップメンでしか味わう事の出来ない具材の食感は割と好きな方でお気に
入りは、卵とキューブ型のお肉(味付け豚肉)だった。なので必然的にメーカ
ーは限定される事になるが世界中で愛されているヒット商品なので独自路線も
継続してる事が何よりも嬉しかった。材料費が何らかの理由で高騰して原価が
上がり、それを安価な物で代用しようとすれば品質が落ちるのは当然の事で、
品質が落ちれば、味も格段に下がり、固定客も離れていくので値上がりよりは、
むしろ、量を減らして定価をキープして貰う方が顧客としては継続して購入す
る理由に該当する方だった。もちろん、麺を一気に減らすという単純な発想で
はなく具の数にもメスを入れて全体的なバランスを考慮した方が説得力はかな
り違ってくると食材入手困難なニュースを見る度に思っていた。麺だけを減ら
せば麺好きが怒り出し、具材だけを一気に減らせば、お楽しみ感は、奪われて
美味しさも半減してしまうだろう。 

「ふぅーっ。生き返った気分だぜっ!」
 スープまで全て飲み干して完食すると久しぶりのまともな食事で体が温まっ
たし、空腹が満たされたので急に眠気が襲ってきて、そのままキッチンテーブ
ルに突っ伏してしまっていた。一日に必要なエネルギー量に対して極端な栄養
不足の状態からのエネルギーが供給されたので今度いつ食べれるか分からない
かもしれないと脳が判断して身体を休ませる為のブレーキサインである眠りの
信号を促していた。20代で体力に自信があるとはいえ、十時間以上も食べず
に活動を続けられる筈はなかった。サイボーグではなく生身の人間として当然
の結果だった。


 その頃、組員の恩田は顔面蒼白な表情で子分からのメールに添付されている
一枚の写真とにらめっこしていた。そこには、紛れもない"中国拳法の達人"の
法海侯が写っており、武力を行使すると決意した時の正装である辮髪とカンフ
ー道着を着用している事で封印していた記憶の蓋が開きかかっていた。煙草を
吸う余裕さえ無くなり、生気が無くなりそうな気怠さを覚えて予定していた債
務者の帰宅を待つ事を断念して一本の電話を掛けた。
「サユリ? もしもし、オレだ」
「私、オレオレ詐欺には引っ掛かりませんよーだっ」
「お前、ひょっとしてバカだろ。電話切んなよ。恩田だ」
「あーっ。返済日が近づいてますもんね。確認ですか? 明日と明後日を頑張
れば何とか返せると思いますけど?」
「今日は、その件じゃない。今から俺に付き合ってくれ」
「明日から出勤日なんで激しい運動はちょっと困るかな~」
「何言ってんだよ。”性の底なし沼”って言われてんだろ!?」
「えーっ。そんな事、誰から聞いたんですか?」
「夜の歌舞伎町で働いてる奴なら大抵知ってるよ」
「私ってそんなに有名人だったんだー。ちょっと嬉しいかも」
「仕事以外で電話で長話するのは好きじゃねぇから、お前の家に行く。今日だ
け優しく奉仕してくれ。頼む。独りじゃ眠れないんだっ」
「来るのは良いですけどアレの後は爆睡しちゃうから借金は返せなくなるかも
ですよっ」
「今月分は、それでも構わない。足りない分は特別に俺が立て替える!」
「えっえーっ。そんな事、今までした事ないですし、恩田さんがそういう事し
たのを他の人から聞いた事ないですよ! 一体何があったんですか!?」
「今回が初めてだ。電話で話せる内容じゃない。満タンの湯も用意してくれ。
体が解れたら、ゆっくりと打ち明ける事を約束する。お前が必要なんだ!!」
「分かりました。着いたら携帯でワン切り、お願いします!」
 恩田はサユリから確約を得ると知り合いの彫刻師に頼んで作って貰った蛇柄
(二匹が絡まった)のジッポで煙草に火を付けると左手の指の定位置に固定し
た。
「助かるよっ」
 恩田は何年振りかに呟いた本気の感謝の気持ちを言葉に出してから、ゆっく
りと吸い込んで紫煙をくゆらせながら、女を口説く時の常套句を持ち出した。
「あぁ、やっぱり、お前は良い女だ。俺の目に狂いはねぇ」
 携帯電話の電源を切るとキャバ嬢のサユリは恩田の口から聞き慣れない用語
が出た事に戸惑っていた。
(恩田さんが誰かを心から頼ってくるなんて普段からは絶対にあり得ない事だ
から、そう考えると尋常が無い事が起こってるって事だし……。でも私を必要
としてくれてる事に対しては超嬉しかったから、本気で対応しようかなー)
 サユリは先にシャワーを浴びて身体を隅々まで丁寧に洗う事に決めてバスタ
ブに熱いお湯を張る準備に取り掛かった。
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