13 / 39
第13話 想い出
しおりを挟む
今日は暖かくなる、と朝の配信で彼が言っていた。
「ねえお母さん。ラムール、行こうよ。今日はきっとお散歩日和だよ!」私は母親を誘ってみる。
「そうね、母さんもたまには歩かないと。ひかりちゃんの最近の行動力は大したものね」母親もなんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、おひるごはんはサンドイッチで軽めに済ませて、アップルパイ、食べよ!」食事のリクエストを母親にしたのは久しぶりだ。子どもの頃によくおねだりしてカレーライスを作ってもらったことを思い出す。
「サンドイッチね、わかったわ。すぐに作るから、待ってて。コーヒーでいい?」
コーヒー。私は、どうしてもラムールのコーヒーの想い出を薄れさせたくなかったので、少しだけワガママを言うことにした。
「紅茶の方がいい、かな……?」
「そ、じゃあ紅茶にしましょ。ま、母さんの淹れたコーヒーじゃ、ラムールにはかなわないものね」
味の違いとはまた別問題なのだが、そこは母親の勘違いに感謝しておくことにする。
***
サンドイッチを食べ終えた私は、2年前まで毎日使っていたパソコンの電源を入れる。当然ながら、視覚障害者用のツールがたくさん入っている。
――これすら使わなくなったことを心配した母親が買ってくれたスマートフォンで、いろいろなことがあったな。そう考えながら、少しいじろうとしてみたが、もうすっかり忘れていた。
20歳になってから支給され始めた、さして使い途のなかった障害者年金を預金してあったので、近々パソコンを買い換えよう、と私は思った。
***
「ねえお母さん、歩くの速くない?」早足で母親とふたり、歩く。
「ひかりちゃんが子どもの頃はもっと速く歩いていたわよ」息を切らせながら母親は言う。
白杖に頼らずに、母親に頼って歩くのは何年ぶりだろうか。少し汗ばむほどの気温の中を歩いて、ラムールへと辿り着いた。
とん、とん、と階段を2段。開く自動ドア。煎りたてのコーヒーの薫り。マスターの声。
「やあ、よく来たね。本当にお母さんと来てくれたんだ? もうすぐ自慢のアップルパイが焼き上がるところだけど、どうする?」
「あ、じゃあ、コーヒーとアップルパイ、二人分お願いします!」
母親がいる前で”この前と同じ”コーヒー、とは言えなかったが、きっとわかってくれるだろう、と私は思っていた。と――
「ひかりちゃん……っと失礼、ひかりさんのコーヒーは、この前のと同じ?」
私は戸惑いうなずきながら、頬が熱くなるのを感じていた。
「ひかりさんのお母様。本日のブレンドでよろしいでしょうか?」
「ええ、それでお願いします」
「ねえお母さん。ラムール、行こうよ。今日はきっとお散歩日和だよ!」私は母親を誘ってみる。
「そうね、母さんもたまには歩かないと。ひかりちゃんの最近の行動力は大したものね」母親もなんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、おひるごはんはサンドイッチで軽めに済ませて、アップルパイ、食べよ!」食事のリクエストを母親にしたのは久しぶりだ。子どもの頃によくおねだりしてカレーライスを作ってもらったことを思い出す。
「サンドイッチね、わかったわ。すぐに作るから、待ってて。コーヒーでいい?」
コーヒー。私は、どうしてもラムールのコーヒーの想い出を薄れさせたくなかったので、少しだけワガママを言うことにした。
「紅茶の方がいい、かな……?」
「そ、じゃあ紅茶にしましょ。ま、母さんの淹れたコーヒーじゃ、ラムールにはかなわないものね」
味の違いとはまた別問題なのだが、そこは母親の勘違いに感謝しておくことにする。
***
サンドイッチを食べ終えた私は、2年前まで毎日使っていたパソコンの電源を入れる。当然ながら、視覚障害者用のツールがたくさん入っている。
――これすら使わなくなったことを心配した母親が買ってくれたスマートフォンで、いろいろなことがあったな。そう考えながら、少しいじろうとしてみたが、もうすっかり忘れていた。
20歳になってから支給され始めた、さして使い途のなかった障害者年金を預金してあったので、近々パソコンを買い換えよう、と私は思った。
***
「ねえお母さん、歩くの速くない?」早足で母親とふたり、歩く。
「ひかりちゃんが子どもの頃はもっと速く歩いていたわよ」息を切らせながら母親は言う。
白杖に頼らずに、母親に頼って歩くのは何年ぶりだろうか。少し汗ばむほどの気温の中を歩いて、ラムールへと辿り着いた。
とん、とん、と階段を2段。開く自動ドア。煎りたてのコーヒーの薫り。マスターの声。
「やあ、よく来たね。本当にお母さんと来てくれたんだ? もうすぐ自慢のアップルパイが焼き上がるところだけど、どうする?」
「あ、じゃあ、コーヒーとアップルパイ、二人分お願いします!」
母親がいる前で”この前と同じ”コーヒー、とは言えなかったが、きっとわかってくれるだろう、と私は思っていた。と――
「ひかりちゃん……っと失礼、ひかりさんのコーヒーは、この前のと同じ?」
私は戸惑いうなずきながら、頬が熱くなるのを感じていた。
「ひかりさんのお母様。本日のブレンドでよろしいでしょうか?」
「ええ、それでお願いします」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる