8 / 15
本能に噛みつく
しおりを挟む「ぁ、もぉ、ふかい、のに、っ、なんで」
本人も理解し難い物足りなさを感じているのか、駄々っ子のように首を横に振り続けている。
「っばさ、おく、さみしい、……足りない……っ」
信じられない、とばかりに表情を歪ませた翠に、翼は目を瞠った。同時に、翠から放たれるフェロモンがいっそう濃くなり、脳がぐらりと揺れる。
子孫を残すことに特化したΩの本能が、αを籠絡させようとしているのだろう。搾り取るかのように大きく収縮する中の動きに、翼は奥歯を噛み締めた。
翠の身体がなにを求めているのかはわかる。わかるからこそ、耐えなければいけないのに。
「つばさぁ……」
涙で潤んだ瞳で縋るように名前を呼ばれ、目の前が真っ赤になった。湧き上がる欲求に従い、一心不乱に腰を振る。
「あ、ァあ、っ、つばさ、おく、もっと、いっぱい、……あっ、だめだ、またクる、ッ」
「っ、好きなだけ、イけよ……っ」
もうずっと絶頂から戻ってこれていない翠を、欲望のまま貪り続ける。強い快楽に喘ぐ兄は、けれどどこか切ない眼差しでこちらを見つめていた。フェロモンの匂いも増すばかりで、その濃密さで息が苦しい。
なにもかもを忘れさせるほど蠱惑的な香りに、思考が溺れていく。
(足りないんだ)
満たされていないからこそ、自分たちは飢えを感じている。お互い、足りないものはわかっていた。
(出したい)
翠の中に出したい。翠の中に直接触れたい。
ひとつの願望によってどんどん脳が侵されていく。
隔てている薄い膜を破り捨てて、満足するまで味わいたい。最奥に注ぎ込み、翠の中を自分でいっぱいに満たしたい。
どろり、と理性が溶けていく。頭に霞がかかる。
互いに望んでいることをして、何が悪いのだろう。今、翼と翠を線引きしているゴムの膜を一枚を取ってしまえば、叶う欲がある。
(胎の奥にありったけ飲み込ませてぐちゃぐちゃにかき混ぜて一滴も漏れないように蓋をしてそうすれば翠は、)
「中に、出してほしい……っ」
瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が翼を貫いた。
今、翠は何を口にした?
いや、それよりも。
(俺は、今、何を考えた……!?)
「も、やだ、中に、ほし……ッ、つばさ、おく、出してよ……っ」
恥も理性も何もかもを手放し、ひどく甘い声で必死にねだってくる翠に、一瞬で頭が冷える。
普段の翠なら絶対に口が裂けても言わないであろう言葉だ。そんなことをすれば何もかもが終わる。それほどの禁句を、翠は発している。
一人の人間としての思考を容赦なく塗りつぶしてくる本能に吐き気がした。
(クソが……ッ)
翠と翼は、実の兄弟だ。
そして、まだ自分たちだけでは生きていけない年齢だ。
いくら翼が世間は関係ないと豪語し、数ある問題に対して策を巡らしたところで、どうにもならないことがひとつだけある。
(妊娠だけは、させられない……!)
自分たちの関係だけであれば、どうとでも誤魔化して生きていける。隠す方法はある。
けれど、子供は駄目だ。誤魔化せなくなる。世間に隠しきれなくなる。確実に、家族に迷惑をかける。
翠はきっと、それを望まない。
しかも、正気に戻った時、誰よりもショックを受けるのは翠だ。万が一にも子を宿したとなれば、きっと彼は自分を許すことができなくなるだろう。
だって、先に欲しがる言葉を吐いたのは、翠だ。
強烈な快楽で理性が飛んだせいか、それとも運命の強制力のせいか、Ωの本能として子種を欲した。それが本意でなくても、口に出してしまったのが翠なら。
(絶対、苦しむ)
そして、優しい翠のことだ。自分の身に宿った新しい命を消すこともできないだろう。そうやって生まれた子を閉じ込めることすらできず、表立って祝福もできないような境遇に陥らせてしまったことにも胸を痛めるのだ。
何より、隠すことのできない大きな腹を抱えることになるのは、翠だ。子種を注ぐだけの自分には計り知れない苦労や苦痛を味わわせてしまうのは間違いない。
この片割れが愛おしいからこそ、翼は彼の望まぬことはしたくなかった。
できてしまったら、終わり。
そう理解しているのに、今も脳内で本能が暴れている。思う存分、翠の中に注ぎ込め、と。
(これに耐えれなきゃ、俺が俺として翠が好きだってことにならねぇだろ!)
幼い頃から抱いてきた片割れへの執着は、運命などという薄っぺらい言葉で片付けられるほど軽くはない。
それなのに、中に出したい、孕ませたい……そんな獣のような欲望が翼の脳を溶かそうとしてくる。
冗談じゃない。
強制的に脳内を塗り潰そうとする動物的本能に憎悪を感じた。
αはΩを孕ませたい。Ωはαの子種が欲しい。
強く惹かれ合う運命の番であれば尚更、その本能的な欲求にはどう足掻いても逆らえない。
こんなものを運命だと呼ぶのなら。
(クソ喰らえだ……ッ)
翼が欲しいのは翠との子供ではない。翠だ。
そんな唯一の相手の一生を後悔で縛るようなものを、生み出してたまるものか!
「俺はっ、……ッ、お前が欲しい、だけなんだよッ」
「あ、あ、つばさ、つばさぁ……ッ」
奥の奥、招き入れるように開いている場所に、何度も己を突き入れる。本来ならば、深くまで埋め込んでから腹いっぱいになるまで精を注ぎ込む、そこに。
一生、直に触れないことを決めた。
「翠、好きだ、……みどり……ッ」
決して最奥を濡らさない膜の中に子種を捨てながら、翼は力いっぱい翠の体を抱き締める。
他のものは何もいらない。自分の遺伝子も子孫も、欠片も残らなくていい。
翠を抱きたい。
翠だけが、欲しい。
だからこそ、ひとつの覚悟を胸に、翼は自分の片割れのうなじを噛んだ。
39
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜
ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。
成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。
「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」
23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。
モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。
そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。
「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」
「十八歳になるまで我慢してた」
「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」
年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。
夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。
年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる