双子の番は希う

西沢きさと

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様々なハードル


「運命かどうかなんて、正直どうでもいい。翠と離れないための手段として使えるなら使うし、使えないなら使えるようにするだけだ」

 翠の最後の切り札であり、翼にとっては他人に翠を奪われる危険性のひとつであった『運命の番』という要素が立ち消えた。同時に、それに代わって新しい問題が増えた。翼としては、その認識以上の感想はない。
 どの道、根底にある願いは何も変わらないのだから。

「俺は、翠しか欲しくない。それだけだから」
「……うん」

 翼ほどはまだ割り切れないのだろう。翠は、頷きつつも兄の顔を覗かせている。
 こればかりは仕方ないことだ。翠が翠であるからこそ生まれる葛藤を、無理矢理に捻じ曲げさせる気はなかった。
 だからこそ、互いに納得できる妥協案を探るしかない。

「でも、翠はこれからも気にするだろ?」

 停滞しそうな空気を裂くように問うと、翠はきゅ、と唇を閉じた。図星だが、それを素直に口にするのは躊躇われる。そんな表情をしている。翼は、返事を待たずに言葉を続けた。

「家族とか世間とか。そう簡単に割り切れないのもわかってる。……翠、今回のヒートで番ったのは早まったんじゃないかって、ちょっと思ってるだろ」
「……それは、」

 途切れた言葉の先にあるのは肯定か否定か。相手の声音は判断がつかないほど曖昧なものだった。正直、どちらでも良い、というのがこちらの本音ではあるが。

「俺は、噛んだこと自体は間違ってないと思ってる。今後のことを考えれば、これが一番、全部を守れる方法だからな」

 番になったことで強制的に離されることなく共に生活を送れるし、なにより不安定な発情期に起こり得る様々な危険性を潰せたことが大きい。

「何かの間違いが起こって、お前が俺以外の誰かのものになる可能性だってあっただろ」

 抑制剤のおかげで激減したとはいえ、その類の事故はゼロではないのだ。
 うっかり自分以外のαといる時に、うっかり抑制剤を飲み損ねた翠がヒートになり、理性が吹き飛んだ相手にうっかりうなじを噛まれてしまったら?

「俺以外の人間と番う翠を見るなんて、死ぬよりつらい。そもそも、お前のフェロモンが俺以外に届くのも嫌だ。誘惑された奴らを殺したくなる」
「……俺の弟は物騒だなぁ」
「今更だろ。お前のことに関しては、ずっと必死で、ずっとガキのままだ」

 誰にも取られたくない。何もかも全て、自分のものであってほしい。まるで、母親を独占したい幼いこどもだ。
 翼の場合、その対象が母親ではなく翠であっただけのこと。

「あの匂いを他のαに嗅がせたくない。たとえ、薬でほぼ完璧に抑えられた微かなものであっても」

 嫌なものは嫌なのだ。

「あのフェロモンは、俺だけのものだ」

 他の誰にもやるつもりはない。他の誰にも、翠の匂いのひと欠片だって、くれてやるつもりはなかった。

「それに、逆の可能性だってある。俺がお前以外の誰かのものになったら、翠、泣くだろ」
「…………あぁ、……うん」

 吐息のように小さな声だった。小さくて、けれど本心からの肯定だった。
 翠からの返答に満足した翼は、これからの話をするために居住まいを正す。

「まぁ、そうは言っても世間に対する翠の不安は消えないだろう? だから、お前が寝てる間に考えたんだ」
「具体的には?」

 翠もひとまず思考を切り替えたのか、先を促してくる。

「誰にも俺たちの関係は悟らせないようにする。だから、翠はΩであることを隠してβとして生きてくれ」

 翼の返答に目を丸くした翠は、少しだけ思案するように眉を寄せ、それから頷きを返してきた。

「確かに、薬さえ効けばできなくはないか」
「ああ。翠のフェロモンは、もう他のαには届かない。ヒート期間も、薬さえ飲めば一日程度で終わるんだ。誤魔化す方法はいくらでもあるし、今はそうやって自分の第二の性を明かさないΩも多いだろ」

 現に、そうやって己のバース性を偽りながら問題なく過ごしているΩの数は増えている。センシティブな内容ゆえに、相手に根掘り葉掘り聞こうとするほうが批難される時代でもあった。

「でも、今は公表しない人間も多いのに、あえてβだと嘘をつく理由は?」
「どうせ、俺たちのバース性は探られるだろ? だったら、成人になった瞬間にでも公表すりゃいい」

 一応は、有名企業の跡取り息子──しかも運命の番などという稀な関係性の両親を持つ、バース性に特化した製薬会社の子供だ。家族ぐるみで記事の題材にされた経験もあるため、一般家庭よりは内情を探られる可能製が高いことは自覚していた。昔よりプライバシー保護への意識が高じている時代になったとは言え、いつの世も民衆はゴシップに飢えている。

「下手に探られるよりは、こちらから先に伝えておけば疑われることも少なくなる、かな?」
「多分な。そのかわり、αでもΩでもない、平凡とされるβだったことに口さがない連中は何かしら言ってくるかもしれねぇけど」
「それは別にいいよ。俺が、お前に引けを取らないくらい優秀であればいいだけの話だろ?」

 なんてことないようにさらりと返してくる兄に、こういうとこが好きなんだよなぁ、と翼は心を震わせた。気負いなく、これを本心から口にしているのだ。当たりは柔らかく心配性ではあるものの、芯は強い。
 翠の根本には、眩いほどの強かさがあった。

「それで? 俺はβとしてお前はどうするんだ?」
「俺はどうとでもなるだろ。今時、独り身を貫くαだっているんだ。運命の番を待ってるとでも言ってりゃいいんじゃねぇか?」
「翼が? 似合わないなぁ」

 屈託なく笑う翠に、翼も笑みを返す。それから、この提案の最初の問題点を伝えるべく相手に視線を合わせた。

「親父とおふくろには、俺が説明する」

 さすがに、両親には隠せないだろう。すでに二人の第二の性を知っている上に、自分たちは未だ扶養の身なのだ。隠し通せるわけがない。

「俺がちゃんと説明するから」
「俺も同席するよ。まぁでも、何か良い案があるなら切り出し方は翼に任せようかな」
「運命の番だってことを素直に伝えることしか考えてねぇけど」
「そうなるよなぁ」

 法にも倫理にも背く関係の、唯一の言い訳だ。けれど、自分たちの両親にはある意味で、一番理解を得やすい言い訳でもある。

「あの、運命による抗えない効力を誰よりも実感してる人達だから、なんとかなるんじゃねぇかなって思っては、いる」

 どうしても歯切れの悪くなる翼の言葉に、翠はただ苦笑を浮かべていた。多分、同じ気持ちなのだろう。最終的に、自分たちの互いへの恋情は、その時の流れで伝えるかどうかを決めよう、という結論になった。

「あとは、俺たちのバース性を診断した医師への口止めかな」
「あの人なら、両親を説得さえできれば大丈夫だろ」

 自分たちが幼い頃からの真堂家のかかりつけ医であり、両親の古い友人でもある人だ。他言をするようなタイプではないことも知っている。

「あ、でも、噛み痕はどうするんだ? 完全に失念してた」

 そこに考えが至らないほど頭が回っていなかったのか、と翠が自嘲する。翼も、番うことを決意したときは頭を過ぎることすらなく、寝て起きてからようやく気づいたという体たらくだった。発情中の思考の鈍さを痛感する。
 長期休み中の今は外出さえしなければ誤魔化せるが、学校が始まったら何かしらの対策が必須だった。

「痕隠し、あるだろ。あれ使ってくれ」
「あー、なるほど、あれか」

 第二の性に対して特化している自社が最近発売した商品の中に、噛み跡を隠すための薄いシートがある。世の中には、番になったとはいえ、噛まれたことを隠さなければいけない事情というものが想像よりも多くあるものだ。そういった人達のために開発された痕隠しは、目立つ位置に大きな傷を負った人たちにも好評らしい。汗にも水にも強く、顔以外ならどこでも貼り付けられる評判の商品である。

「長時間服を脱いでるとかでもない限り、大抵は誤魔化せるだろ。高校、水泳は必修じゃねぇし。……翠にばっか手間と負担かけて悪いな」
「翼だけのせいじゃないだろ」

 結局、俺が許したんだから。謝るなよ、と眉を下げて笑う翠を無性に抱き締めたくなり、翼は椅子から立ち上がった。彼のそばに腰掛け、そっと抱き寄せる。

「俺が寝てる間、いろいろ一人で考えてくれてありがとな、翼」

 背中に回された腕にぽんぽん、と軽く叩かれ、ほっと息を吐く。思っていた以上に、自分は強張った表情をしていたのかもしれない。
 だが、話さなければいけないことはもう一つある。
 多分、自分たちの生活はどうとでもなるのだ。このままの状態でいられるのであれば。

「でもさ、一つだけどうにもできないことがあるだろ?」

 密着していた身体を離した翠が、ぎゅ、と一度唇を固く結ぶ。それから、挑むように真っ直ぐ翼を見つめた。

「……俺が妊娠したら、終わりだよな」

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