11 / 15
証明の約束
しおりを挟む自分たちにとって一番の危惧。それが妊娠だった。
他の問題は誤魔化すことができても、妊娠・出産・子育てを世間に隠せるわけがない。妊娠中の母体及び生まれた子供を、一生涯家の中で監禁でもしない限りは。
行為中、翼が最後の最後に理性を保てたのも、妊娠が自分たちにとっては不幸しかもたらさないものだからだ。翠を最も苦しめることを、自分の衝動的な欲を優先して行うことはできなかった。
αとΩ──しかも運命の番というオプションまでついている自分たちにとっては、一生拭いきれない不安の種。
現に、しっかりとこちらを見据える翠の瞳が、微かに揺れている。
だからこそ、翼は腹に力を入れて言葉を紡いだ。
「あぁ、そうだ。子供ができたら、どうしようもない。だから、翠は必ず避妊薬を飲んでくれ。もちろん、俺もα用の避妊薬を飲む」
「薬は絶対じゃない。ヒート時に中に出せば、着床する可能性の方が高い。運命の番なら余計に」
「ゴムも着ける」
「あれも100%安全ってわけじゃないだろ?」
「世の中の全てのことに100%はねぇよ。でも、今できる可能な限りの避妊をすれば、確率は相当低くなるだろ?」
こんな一般的な説明など、翠だって理解していることだろう。彼が恐れているのは、多分、物理的なことではなくて。
「おれ、お前にねだっただろ。……中に出せって」
沈痛な面持ちで、翠がぽつり、と言葉を零した。本意ではなかったことがありありとわかる表情に、翼は自分の決断が間違っていなかったことを確信する。
翠が恐れているのは、自分の理性が溶けたことで起こる過ちだ。自分のせいで、みんなを不幸せにしてしまうという恐怖。
でもそれは、片割れの彼だけが背負うものではない。
「俺が、絶対に中には出さない。どれだけお前にねだられても、絶対に。誓うよ」
迷いなく断言する翼を、翠はじっと見つめてくる。透き通るような瞳の奥、ちり、と火花が散った気がした。
それは一瞬のことで、すぐに薄い水の膜が張られていく。溢れることなく留まる涙の意味を、翼は理解することができなかった。わからないまま、言葉を続ける。
「これも、噛んだ理由の一つだ。中に注いでヒートの症状を軽くしてやれねぇからな。でも、番っておけば、フリーのΩの発情よりは軽くなるだろ?」
αの精が体内に注がれることによって、徐々にΩの発情は治まっていく。今のように発情抑制剤がない時代は、αと避妊具なしで交わることだけがΩにとっての鎮静剤だった。特に、パートナーのいないΩはひとりで過剰な昂ぶりに耐えねばならず、心と身体の安定を求めて番相手探しに躍起になる者も多かったらしい。
翠は、αの精を受け取れない。注がない、と翼は決めてしまった。ならばせめて、番うことによる心身の安定だけでも早々に与えてやりたかった。
それに、今回強烈に感じた運命の強制力も、番っていない状態だからこそここまで強かったはずなのだ。お互いをお互いのものにしてしまえば、運命強火のカミサマとやらも満足するだろう。
いまだ強張ったままの自分より細い肩に手を置き、安心させるように翼は笑う。
「子供は作らない。絶対に、ナマではしない」
「……無理だよ」
「無理じゃない」
「あんな強烈な本能に翼が勝てるわけない」
「今日、勝っただろーが。俺が本能に負けて噛んだわけじゃないのはわかってんだろ」
「うん、それは……わかってるんだけど」
信じたいし信じている、けれど不安が捨てられない。そんな様子で念押しという名の確認をしてくる兄の不器用さを静かに受け止める。これは拒絶のためではなく、受容のために翼に自分の発言を否定させている問答だ。
「でも翼、俺の頼み、断らないだろ?」
「普段はな。でも今回は、お前の泣きながらの懇願を聞き入れなかっだだろーが」
翠のためにならないことは、しない。シンプルな行動原理だ。翼はずっと、この生き方で生きている。
「俺は、翠が俺の隣でずっと笑ってられる世界しかいらねーんだから」
そのためなら、動物的──運命的欲求を死ぬまで我慢し続けることくらい、なんてことはなかった。
「一生かけて証明してやるから、覚悟しとけ」
◆◆◆
(あれからもう十年だ)
先程までともに快楽に耽っていた片割れは、今は深い眠りの中だ。珍しく巣作りなんて可愛いことをしてくれたものだから、少しばかり無理をさせてしまった。多分、明日は気怠さが強く残り、起き上がるのもしんどいはず。せめて、起きてから出社するまでは甲斐甲斐しく世話をしてやろう、と心に決める。
(こうまで順調に過ごせてるのは、翠が負担を担ってくれてることが大きいからなぁ)
十年経っても変わらず可愛らしさの残る童顔を眺めながら、翼は番となった後のことを振り返る。
29
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜
ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。
成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。
「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」
23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。
モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。
そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。
「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」
「十八歳になるまで我慢してた」
「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」
年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。
夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。
年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる