夜空に打ち上がるのは、僕らの

西沢きさと

文字の大きさ
10 / 10

俺の、普通の幸せ

しおりを挟む

 ガタンゴトン、と揺れる車窓の向こう側には、長閑な田園風景が広がっている。田舎のローカル線ならではの美しくも単調な景色とまばらな乗客のおかげで、電車内には落ち着いて物事を考えるのにぴったりな空気が流れていた。それは同時に、眠気を誘う状況でもある。
 隣で気持ちよさそうに眠る桃瀬を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
 電車での旅を何より好んでいる彼が、居眠りをしてしまうほど疲れている。明らかに俺のせいなので申し訳ない気持ちになるものの、心は満足感でいっぱいだった。
 焦燥と後悔と迷いで頭痛を感じるほどだった行きの電車とは大違いだ。桃瀬と二人で電車旅をしているというシチュエーションと交わす会話は楽しかったが、内心で渦巻く葛藤が大きすぎてそれを隠すことで精一杯だったのだ。もちろん、完全に自業自得なのでどうしようもない。

 どんな手段を使ってでも、桃瀬を抱きたかった。

 我ながらひどい欲望だと自嘲する。それでも、初めて肌を重ねる相手──契約を結ぶ人間は彼以外考えられなかった。他の誰かを選んで命を繋ぐくらいなら、恨まれても構わないから桃瀬に触れたかった。
 相手のことを考えれば、本当に最低最悪の思考だ。許されないことを覚悟の上で行動に移そうとした俺とは違い、桃瀬は友情を裏切られた挙句、身体を好き勝手に扱われるところだったのだ。傷つける、なんて生易しい表現では足りないほどの非道だろう。
 だから、企みが失敗してほっとしている自分もいる。
 ひどく勝手な話だと思う。欲求が抑えられなくて桃瀬を騙してでも抱こうとしたのに、止めてもらえて安心するなんて。けれど、どちらも間違いなく自分の気持ちだった。
 だからこそ、少しだけ戸惑ってもいる。
 こんな幸せな現実が、俺に許されていいんだろうか。
 代償が頬への平手打ちを一発だけなんて甘すぎる。桃瀬が俺に説いたことは全て正しく、虚偽による誘拐からの脅迫と強姦は未遂であっても犯罪だろう。
 それを、直接本人に指摘してくる桃瀬の強さには、純粋に感動するが。

 桃瀬は自分のことを平凡だと思っているようだが、俺からすれば『容姿に限る』という注釈がついて初めて頷くことができる話だった。見た目こそごく一般的ではあるが、桃瀬の中身は飛び抜けて強靭だ。

 彼にとっての『普通』も『当たり前』も、真っ当で強いからこそ持ち得るものだ。

 みんな、嫌われたくないから相手に合わせる。好かれたいから肯定する。間違ったことに直面しても、周囲から浮かずに済むのなら正しさを押し殺してでも周りに合わせるのが一般的な人間というものだ。
 特に、対象が好きな相手なら尚のこと。
 だから、桃瀬が俺のことを好きだと知って本当に驚いたのだ。彼はいつでもどこでも誰にでも、──俺に対してですら、常に桃瀬聡のままだったから。
 惚れた相手であろうと、間違っていれば叱ってくれる。そんな彼の強さが俺には眩しかった。

 それでいて、好きだからこそ甘やかしてもくれるのだからたまらない。平手打ちだけで済んだのもきっと、俺に好意を抱いてくれていたからだろう。もちろん、反省も謝罪もしない男ならば即座に見捨てただろうが。
 罪を犯せば叱り、真摯に謝罪すれば許す。当たり前のようでいて安易ではないことを、桃瀬は間違えずに行える。
 他では得難いこの安心感を、手放せるはずがなかった。
 普通ではない環境で育った自分だからこそ余計に、強さゆえの『普通』を持ち続けている桃瀬に惹かれたのだろう。

 しかも、触れれば可愛いところも見せてくれるなんて、どこまでこちらを翻弄するつもりなんだろうか。あちらにはそんな気などさらさらないとはわかっていても、体を重ねた際に見せた素直で可愛らしい反応は、俺の胸をダイレクトに殴ってきた。目も眩むほどの興奮状態を必死で隠していたことに、彼は気づいていただろうか。
 行為中の桃瀬を思い出し、俺は無意識にごくり、と唾を飲み込んでいた。食欲に似た飢えと腰の当たりから湧き上がる熱を感じ、うっすらと口を開ける。 

 触れたい、舐めたい、入れたい、……食べたい。

 人としての欲と鬼人としての欲が混ざり合った、厄介な衝動が湧き上がってくる。それを理性で何とか抑えながら、肩口にある桃瀬の黒髪に唇を寄せた。
 すやすやと眠る彼に、口にするのもはばかられる俺の酷い欲求をぶつけたらどうなるだろう。
 鳴かせて泣かせて、俺以外のことを考えられなくなるまでずぶずぶに溺れさせたい。俺なしではいられないくらい、どろどろに甘やかして依存させたい。誰にも見せず、誰とも話さず、俺だけを見て俺だけを欲しがるように作り替えたい。
 そんな、相手の人権を無視した身勝手な妄想を、今でも捨てることができないでいる。
 けれど、そんな桃瀬は桃瀬ではないし、きっと彼の強さは俺のこんな醜い欲など、普通に・・・撥ね退けてしまうのだ。
 そう信じられることが、本当に嬉しかった。

 人と鬼。
 大事にしたい気持ちと、隅々まで食べ尽くして自分だけのものにしたい衝動。そのどちらの欲も捨てられない俺たち鬼人の根本にあるのは、相手への愛おしさだ。
 愛おしいから生涯大切にしたい。愛おしいから今すぐにでも喰らいたい。
 相反するようでいて複雑に混ざり合ったこれらの感情を切り離すことは、とても難しい。

 こんな厄介で重い執着を、それでも桃瀬は受け入れてくれたから。

 肩に感じる重みとぬくもりに、思わず頬がゆるむ。
 きっとこれから自分たちには、乗り越えなければいけないことが沢山待ち構えているのだろう。全てが順風満帆に進む、なんて能天気に考えることはできない。
 けれど、電車が進む先にはきっと幸せな日々があるのだ、と。そう信じられる相手を唯一と定めることができた己の幸運に、俺の心は満ちていた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた

BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。 けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。 もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。 ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。 「俺と二人組にならない?」 その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。 愛が重い執着美形攻め×無意識に人を引きつける平凡受けのちょっと不穏な学園BL。 ※色々設定変えてたら間違って消してしまったので再投稿しました。本当にすみません…!

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話

さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り

攻め→→→→←←受け

眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。

高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。

有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

声なき王子は素性不明の猟師に恋をする

石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。 毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。 「王冠はあんたに相応しい。王子」 貴方のそばで生きられたら。 それ以上の幸福なんて、きっと、ない。

処理中です...